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名無しのエース  作者: 慎之介
七章
73/82

 大よその人間には、本人がそれを認識しているかは別問題だが、表の顔だけではなく裏の顔がある。裏の顔という言葉を聞いて、黒い感情を隠していると先に考えてしまいがちだが、日頃態度のよくない者の優しさもそれに該当するだろう。


 ぶっきらぼうと表現できる態度の者に助けられた場合、相手はよく思われようとも見返りを求めようともしていない可能性が高い。その為、相手が純粋な善意で動いていると考えられる。


 逆にいえば、笑顔で近づいてきた者は、なんらかの見返りを求めている可能性があり、注意をする必要があるともいえるだろう。悪意を持った者に助けられた場合には、見合わない代償を求められる事もあり、ただただ搾取される事まである為、注意が必要なのだ。


 ただ、本当の善意や、相手からただよく思われたいだけ等の、不当ではない見返りを求めて笑顔を作る者もいる。相手の事を信じつつも、頭の片隅では疑わなければいけないその状況こそが、裏の顔を人間が持った原因の一つなのかもしれない。


 金属生命体の力を借りて超能力者となった者達も、いまだにその問題を解決できてはいなかった。相手の気持ちが分からないからこそ面白いと思えるかどうかで、他人と接した時のストレス度合いは大きく違うだろう。


「えっ? あ……はい! 嬉しいです!」


 エミリは口元の前で、指を開いた手を合わせる。そして、犬歯がはっきりと見えるほど口角を上げ、喜びを表現した。


……少々、罪悪感はあるが。まあ、仕方ない。


「俺の時代にあった、新陳代謝を高める薬を調合してみた。といっても簡単にいえば、ようは栄養剤だ。大した効果はないが、飲んで損はないはずだ」


 人間はよく思っていないもしくは、嫌っている相手の言動であれば、なかなか信じようともしない。しかし、それが逆であれば、本来嫌な気分になる事や、疑っても仕方ない行動でも、正しいと思ってしまう。


 現在のエミリは、話しかけてきたのが仲間として以上に淡い想いを抱く男性だった為、疑えるはずもない。


「あの……これは……今すぐにですか?」


 省吾から渡されたコップに入っている水と、二粒の糖衣錠を見つめながら、エミリは上目づかいで問いかける。


「ああ。効果が出るまでに、少し時間が必要だからな。あ、ただ、噛み砕かずに飲み込んでくれ」


 当然ではあるが、省吾が救護室から薬品を盗み出して調合し、糖衣にまで包んだそれは栄養剤などではない。


「はい! ありがとうございます」


 エミリはまだ省吾とほとんど喋った事もなく、想いを寄せる男性が裏の顔も持っていると分かっていないようだ。自分が無表情なのを認識できている省吾は、それを利用して嘘をつく事に、目的が正しいと思えば躊躇をしない。


「あの……これは……他の皆さんにも?」


「いや……。時間がなくて、調合できたのはその二粒だけだった。他の者には、黙っておいてくれ」


 自分を特別扱いしてくれたのだと思い、エミリは顔を更にほころばせた。だが彼女は、省吾が迷彩色の戦闘服に着替えていた事に、注意を払うべきだったのだろう。


「あの! あの! ありがとうございます! 私! 頑張ります!」


……よし。これでこちらの下準備は整った。


「ああ、任せたぞ」


 エミリがしっかりと薬を飲み込んだのを見た省吾の瞳は、怪しい輝きを増し、声にいつもの強さが感じられない。


「あのぉ……それで……その……」


 自分の部屋から出て行こうとした省吾を、もじもじとしながらエミリは、少しだけ引き留める。


「腕は……その……すみませんでした。その……大丈夫ですか?」


 ドアノブに手をかけたまま振り返った省吾に、本当に申し訳なさそうに眉尻を下げたエミリは、問いかけていた。


……これで、三度目か。どういえば納得するんだ? いや、どう答えても同じか。


「ああ。この通りだ」


 右腕を動かして見せた省吾は、十分すぎるほどの痛みを感じたが、それを全く顔に出さない。省吾はまともに笑えもしない自分の顔を、善きにしろ悪きしろ最大限に活用しているようだ。


「はい。あの、よかったです。本当に……ごめんなさい……私……」


「もう、気にするな。それよりも、出発まで時間がないはずだ。有効に使ってくれ。これで、俺は失礼させてもらう」


 自分の準備を済ませる時間が必要な省吾は、エミリが次の言葉を口にする前に、素早く部屋から出て行った。


「あ……ふふっ……」


 エミリはにやけている口元を手で押さえ、笑いを堪えながら、ベッドにうつ伏せに飛び込んだ。省吾が自分の為に薬を作ってくれた事だけでなく、冷たく思える態度を愛情のように感じられるエミリは、枕に顔を埋めたまま身悶えしている。死ぬかもしれない戦いを前に、自己犠牲に喜びを感じられるエミリは、ある意味で幸せなのだろう。


「んふふふふっ……。あっ! そうだ! もう時間がないんだった!」


 ベッドから飛び起きたエミリは、家族や友人へ宛てた手紙を持ち、ハンナの部屋へと向かった。そして、もっとも仲の良いハンナとだけ特別な別れの挨拶を済ませ、自分が戻ってこなければ手紙を配って欲しいと頼む。


「うん、分かった。でも本当に、自分で渡しに行かなくていいの?」


「うん。いいの。ごめんね。後……戻ってきたら返して。ちょっと、恥ずかしい事も書いちゃったから……。じゃあ、お願いね」


 ハンナとのハグを終えたエミリは、少し赤みを増した目を細め、笑顔で友人の部屋を出て行く。扉が閉まると同時に、床へ水滴を落とし始めたハンナは、これでよかったのだろうかと幾度も自分に問いかける。


 同時刻、食事と準備を終えたオーブリー達は、隠し部屋の最深部で第三世代の者達に、機器操作の指導をしていた。


「で?」


 仕方ないと自分に言い聞かせながらも、第三世代の男性から険のある返事をされたオーブリーは、片眉をぴくりと反応させる。


「ふぅ……つまり、この部屋自体は、目的地と同じ時間軸に移動させられないの。だから、この装置で目的の場所を補足する必要があるわ」


 第三世代の四人は、腕を組んだり、ふんぞり返るような姿勢をとったり、教えを受けているとは思えない態度を続けていた。省吾との裏計画に加担している四人のそれは、気付かれないようにとの芝居だが、される側としては気分がいいはずもない。


「でね。補足した画面が、これ。画面の縦と横に表示される数字で、時間軸を割り出せるの。性能はかなり低いけど、私達が使っていた物の初期型だから、分かるわよね?」


 黄色く光る線と点が表示された、緑色の画面を指さしたオーブリーは、第三世代の者達に問いかけるが誰も返事をしなかった。


「落ち着いて下さい。ね? はい、深呼吸ですよ」

 こめかみ部分に青筋を浮かべたオーブリーの肩に手を置いたケイトは、落ち着かせる為に声を掛ける。


「ったく……お前らなぁ……。納得しきれないのは、俺達も分かるが、ここの使い方はちゃんと頭に入ってるのか?」


 カーンの言葉で無言のまま顔を見合わせている四人は、心配されている事ではない部分で鼓動を早めていた。


 省吾を信じている四人は、態度こそ悪いが話はしっかりと聞いており、その部分の心配はない。だが、隠さなければいけない計画の為に行っている不機嫌なふりが、やり過ぎではないかという部分と、それがばれないかという部分で内心穏やかではないのだ。


 ケイト達の前で相談も出来ない状況だった第三世代の男性二人は、仕方ないとばかりに腹を決める。


「こっちはこれでも、我慢してるんだ。そっちも我慢するのが通りじゃないのか?」


「悪かった。ちゃんと聞いてるよ。続けてくれ……」


 今までの態度を貫こうとした意見と、改めようとした意見を同時に出してしまった男性二人は、気まずそうに顔を見合わせた。もしその態度が芝居じゃなかったとしても、そうなる事はあるはずだが、後ろめたい気持ちから二人は冷静さが不足している。


「あ……ああ。そうだ。そっちが我慢しても……」


「ちっ……。分かった少しは態度を?」


 再び逆の意見をぶつけてしまった二人は、相手にどうするのだと聞きたい気持ちが、交差させた目線に現れた。


「どうしたんですか? 何か変ですよ?」


 見つめ合ったまま固まってしまった二人を見ていたケイトは、疑うように目を細めて問いただす。


「あ……あの……えぇぇ……っと……」


 泡を食った男性二人を見かねた車椅子に乗る女性が、溜息を吐いてから抑揚のない声で発言する。


「この二人も、喧嘩をしたいわけじゃないの。でも、気持ちの整理がまだついていないから、素直になれないだけ。私もそうだもの」


 後ろめたさから土壇場で狼狽えた男性二人と違い、女性側二人の方はすでに肝を据わらせているようだ。


「私も、そんな感じ。でもまあ……はぁ……少しはましにしてるから、続けてくれる?」


 第三世代である女性二人の言葉で納得が出来たケイトは、それ以上の詮索を止め、伺う様な目線をオーブリーに向ける。


「ま……まあ、そうしてくれると、こっちも助かるわ。えと……こっちが転送装置のコントローラーで、発信機とはもうリンクさせてあるの。で……」


 深呼吸を終えたオーブリーは、衛星アンテナのようなすり鉢状の金属を並べた装置に移動し、説明を再開した。


「ふぅぅぅ……うっ……」


 危機を脱したと息を吐いた男性二人は、ケイト達から見えない背中を、女性二人に叩かれ姿勢を正す。


「信号は間違いなく届くみたいだけど、音声は正直微妙ね。発信機側の信号を拾い次第、自動で引き戻すようにはセットしておいたわ。でも、もし音声が届けば……」


 相変わらずぼろを出さないように口数は少ないままだが、多少態度を改めた四人は説明を聞いていく。


 第二世代の者達から、第三世代である四人への説明は一時間以上を要した。ケイト達が説明を終え、五分ほど経過したところで、白い新品の軍服を着たフィフス達が玉座の間へと集合する。


「これが、異世界からこちらへ帰る為の、発信機です。お配りしますので、しっかりと服に取り付けて下さい」


 ケイトが説明を開始すると同時に、カーンが一人一人に手渡しで緑色のバッジを配り始めた。ガブリエラの車椅子を押したヤコブは、それが終わるよりも少しだけ早く部屋へと入ってくる。それから少しだけ遅れはしたが、戦闘服を着て武装を済ませた省吾が、玉座の間へと入室した。


……なんとか、間に合ったな。


 異世界にある都市内での移動を考えなければいけなかった省吾は、デビッド達との戦いを幾度もシミュレートし、装備を最小限に抑えるのに時間がかかっていたらしい。


 特殊な金属の弾丸を装填してあるサブマシンガン等は、 反乱軍で古株だった男性や、第三世代の者と早朝に運び込んだ物だ。ニコラス老人達が装備や食料を備蓄してあったシェルターを、省吾は全て使い切っておらず、そこから二人に回収させていた。


「皆さん……つけ終わりましたね? あ……ああ。えと、使い方は簡単です。このボタンを押せば、奥の部屋に自動で転送されます」


 省吾の姿を見たケイトは、一度言葉を詰まらせはした。だが、皆から見えやすいようにバッジを頭上に掲げ、すぐに説明を再開する。


「いいですか? 帰還はこちらのボタンです。あ! 今は押さないでくださいね」


……なるほど。俺からすると、あのバッジだけでも、十分なオーバーテクノロジーだな。


 自分の胸元につけたバッジと、ケイトを交互に見ているフィフス達の興味は、もう一つあるボタンに注がれていた。


「こっちは、通信用ですが……バッテリィ残量を考慮して、私達以外は使用しないでいただきます。いいですね?」


 ケイトに向かってうなずいたフィフス達は、作戦開始が迫っているのだと感じ、深呼吸などで自分を落ち着かせていく。


「んっ? あれ?」


 フィフス達の中で、エミリだけが自然と落ちてくる瞼を擦り、首を傾げていたが、それを気にする者はいなかった。それは、顔をしかめたギャビンと走り出したケイトのせいで、皆の注意が省吾へと向いたからだ。


「どういう事ですか? それは? まるでこれから、戦闘に参加する様に見えますが?」


 横一列に並んでいたフィフスの列で、一人だけ後ろに振り向いたギャビンは、不機嫌そうに省吾へと声を掛ける。


「その通りだ。お前達が失敗した場合に備えるのは、当然だ。必要に応じて俺が異世界に跳びこむ。流石に、これは反対してくれるなよ」


 自分の恰好をギャビン達が不審がる可能性は、省吾も計算しており、用意していた言葉で即答した。


「なるほど……。そうなれば、私には止めることも出来ませんし……。今は口論する時間がない。はぁ……」


 省吾に、ガブリエラと添い遂げてもらおうと考えているギャビンは、呆れたように息を吐き、失敗できないと自分に気合を入れ直す。


「あの! エー! あの! 私……」


……うっ。近いな。


 想いを寄せる相手を見た瞬間から、ケイトの内面にあった黒い感情を、喜びが吹き飛ばしていた。相手のパーソナルスペースすら気を回さずに、ケイトは省吾に口づけでもするかのように、体を接近させる。


 省吾と喋れると考えただけで、信じられないほどの幸福感を得た笑顔のケイトは、目頭が熱くなるのを感じる。カーンとオーブリーは笑っているが、ガブリエラは眉間にしわを作り、それを見たギャビンが顔をしかめた。


「えっ? えっ?」


 なんの事情も知らないエミリだが、周囲の空気を敏感に読み取り、瞼の重さを跳ね除けて目を見開く。省吾を脳内で美化しているエミリは、すでに恋人がいてもおかしくないと思えたらしく、それがケイトなのだろうかと考える。異世界へ行く事さえ一時的に忘れたエミリは、自分の考えを確かめるすべはないかという事で、頭がいっぱいになっていた。


……まずいな。ここで、時間をかけると失敗する可能性が高まる。


 不穏とも思える空気を切り裂いたのは、恋愛に興味がないおかげで、目的を見失わない省吾だ。


「ケイト。時間がないはずだ。装置へ向かいながら話そう」


 瞼を再度擦ったエミリを見た省吾は、第三世代の者達に目配せを送ると、ケイトの両肩を掴んで反転させる。


「え……あ……きゃあっ!」


 省吾の手が肩に触れた事が嬉しかったケイトだが、その場で急回転させられ、腰と膝を屈めた。そのケイトを、力技で支えている省吾は、背中を押して隠し部屋の方へと、まだ動揺している女性を押していく。


「さあ、急ごう。余裕はないはずだ」


 省吾が真面目だと知っているカーン達だけでなくヤコブ達も、二人に続いて部屋の奥へと進む。


「ふぅぅ……。遅れるな。行くぞ!」


 ガブリエラの事で省吾に何かいいたそうにしていたギャビンだが、不真面目だったと気持ちを切り替え、フィフス達に指示を出して歩き始める。ギャビンよりも先に、命を掛けて戦うのだと闘志を高めていたフィフス達は、胸を張って後に続く。


「あ! あの、あれです。あの……」


 省吾に力強く押され続けていたケイトは、すり鉢状の金属板に囲まれた円柱を指さし、目的の場所に到着した事を教える。黒い塗装がされているその金属製の円柱には扉が付いており、外からでも中に五、六人ほど人が入れそうだと推測できた。


……なるほど。あのタイムマシーンにあった部屋の、プロトタイプか。


「では、作戦の最終確認を行う!」


 見た事もない機材が並んだ部屋で、きょろきょろとしているフィフス達に、ギャビンが気合ののった声で喝を入れ、作戦の最後となる打ち合わせを行う。


「目的は、異世界の中心部にあるピラミッドへ、この三人を無事に到着させる事。そして! ネイサン達を討ち取る事だ! いいな!」


「はっ!」


 そう広くはない部屋の中で、フィフス達三人が大きな声を出した為、ヤコブは耳の痛みを感じた。


「渡した、見取り図を覚えていない者、心残りがある者はいるか? よろしい! では、これより作戦開始だ!」


 ガブリエラから兵士達の労いを貰おうかとも考えたギャビンだが、無理をさせたくない気持ちが大きく、自分一人でその場を締めくくる。


「起動……完了。動作も問題……なし。出力安定」


 オーブリーとカーンは、キーボードとディスプレイを見ながら、転送装置を起動させていく。周囲にあるすり鉢状の金属板が淡く発光し、響くような唸り声をあげはじめた転送装置は、部屋全体を微かに揺らす。


「よし。座標補足完了。データ送るぞ」


 オーブリー達のいる席から、少し離れた場所に座っていた第三世代の男性は、キーボードの決定ボタンを少し強く叩いた。その男性に、立ったまま画面を見つめていたカーンが、親指を立てる事で上手くいっている事を知らせる。


「二班のどちらかだけでも、到着できればいい。いいな?」


「はっ!」


 フィフス達に背を向けたまま、見つめている転送装置の準備を待つギャビンの顔が、どんどん険しくなっていく。


……よし。このタイミングだな。


「すまないが……。先に、そっちを送ってもらえるか?」


 ケイトの肩に背後から手を乗せた省吾は、自分のいった意味は分かるだろうといいたげな顔をした。


「オーケー。じゃあ、後は任せていいわね?」


 省吾にうなずいたギャビンに続き、第三世代の者へ顔を向けたオーブリーは、女性二人と機器の操作を変わる。


「じゃあ、入ってくれ。扉を閉めなければ、転送は開始できない」


「では! 行ってまいります!」

 カーンが転送装置の扉を開き、ガブリエラに最後の挨拶をしたギャビンを先頭に、眩しいほど明るい円柱内部へと入っていく。


 転送装置の扉が、内部から閉められたのを確認した第三世代の女性は、転送実行コマンドを打ち込んでいった。


「そっちも、問題ないわね? 転送開始五……四……三……二……一……ゴー!」


 すり鉢状の金属板から、中心にある円柱へ光の粒が大量に飛ばされ、まるでカメラのフラッシュをたいたかのように部屋全体が光に包まれる。風船が一度に複数個破裂したような音の後に、光を弱めた転送装置は、焦げ臭く酸素濃度の高い空気を辺りに充満させた。


「えっ? うわぁ……」


 転送の確認をしていた第三世代の女性は、タイムマシーン内にあった装置を使い慣れている。その為、旧式の転送装置が連続して転送を開始できない事や、新型では不要だった毎回異次元の座標を毎回セットし直さなければいけない事を知り、顔をしかめた。


「どうしようもないみたいなの。再調整をお願いします」


 第三世代の女性が顔をしかめた理由がすぐに分かったケイトは、説明が不十分だったと頭を下げる。時間が無かった為、ケイト達は機器の使い方と、トラブルの際にどうするかを重点的に説明しており、大よそ同じという事で基本スペックを教えていなかったのだ。


「うおっ! おぉぉ……なんだ……画面がずれただけか。焦った……」


 座標の補足と確認を担当していた第三世代の男性も、新型の機器では考えられない旧型機の動作で、冷や汗をかいていた。ギャビン達が、正常に転送されたかを補足し続けようとしたが見失ってしまい、転送の失敗が男性の頭をよぎったようだ。異世界の座標をモニターしていた画面が、転送装置の影響でずれをおこし、正常に転送できていないかもしれないと、その男性は焦ったらしい。


「あ、そちらもです。再補足お願いしますね」


「了解。はぁ……びびらせてくれるぜ……」


 ギャビン達が正常に転送された事が確認できた男性は、息を吐きながら背後にいるケイトの方へ顔を向けずに、中空で手だけを軽く振る。


……よし。好都合だ。


 第三世代の者達が機器の再調整を行う光景と、エミリがしきりに頭を左右に振っている姿を見て、省吾はヤコブ達に歩み寄った。


(アリサを……。農園の事を頼めるか? あの人達は能力を持っていない。皆、俺にとって大事な人達なんだ)


 省吾の手が肩に触れると同時に、流れ込んできた弱い念波で、ヤコブとガブリエラの顔が悲しそうに歪む。ヤコブにも寿命がほとんど残っていない省吾が、無理にでも異世界に向かうかも知れないと予測出来ていた。それでも、ギャビン達ならばと省吾が考え、短くとも一緒に平和な時間を過ごせるかもしれないと、儚い希望を抱いてしまっていたらしい。


 自分達を真っ直ぐに見つめる省吾が、止められない事はもうすでに理解できている二人は、そっと目を閉じる。


(分かったよ。絶対……僕が守って見せる。絶対に……)


(恩にき……。いや、ありがとう。俺は、お前達なら……信じられる。そして、お前達のおかげで……戦える!)


 恩を着たとしても、もう自分には返せないと分かっている省吾の言葉は、二人の目に涙を溜めさせた。ヤコブは逆向きにかぶった帽子のつばを正常な位置に戻し、今までよりも深くかぶる事で目元を省吾から隠す。ガブリエラも握っていたハンカチで目元を隠すが、そのハンカチには生暖かい水がどんどん染み込んでいった。


 フィフス達の出発ではなんとか我慢できた涙を、二人はもう抑えることが出来なくなっているようだ。ギャビン達も命を掛けて異世界に向かっており、残していった想いや言葉は、決して軽いものではない。だが、帰還できる可能性が十分すぎるほど残されているギャビン達の言葉と、確実に命が消えていく男性の遺言とでは、どうしても重さが違うのだろう。


「えっ? あの……えっ?」


 第三世代の者達に不足していた部分の説明を終えたケイトは、自分達の出発を遅らせた省吾が、何をしてくれるのだろうと期待に満ちた顔で振り向いた。しかし、震えながら声を殺して泣くガブリエラ達を見て、雰囲気を読み取れないほどケイトは鈍感ではない。


「あれ? あれ? えと……そう、深呼吸でも……」


 体の異変を感じながらも、ケイトと省吾の事が気にかかっていたエミリは、それを緊張のせいだと誤魔化して目を擦る。


「な……なんだ? この雰囲気は?」


 エミリの隣で機器を操作する第三世代の者達を眺めていたフィフスの男性も、何気なく振り向いて首を傾げた。その男性だけが、省吾の計画どころか人間関係など諸々の情報を全く持ち合わせていない為、当然の反応だろう。また、その男性は女性の気持ちを表情だけで察するほどは敏感ではなく、目に映る光景だけでは状況の推測も出来ないらしい。


「あの……エー? あの……あの……どうしたのですか? その目……あの……」


 フィフスの男性と違い、自分達のいる方へ顔を向けた省吾の目に、強い意思を読み取ったケイトは、言い知れない恐怖を感じている。母親代わりの女性に嘘をつかれていた事で傷ついているケイトは、まだ自分ではっきりと意識できていないが省吾に裏切られるのを怖がっているのだ。省吾はどんなことがあっても裏切らないとケイトは思っていたはずだが、あまりにも相手が見返りを求め過ぎないせいで、疑心暗鬼が生まれている。


 ケイトがつい想像してしまった通り、実は省吾が自分の利益を得る為に行動していたならば、ギャビン達のいない今が事を起こす絶好の機会だろう。欲望のない人間など存在しないと、厳しい世界で生まれ育ったケイトはよく知っており、このタイミングで掌を返されたらと冷たい汗を滲ませる。


 当然ではあるが、省吾にも他の者達と同等かそれ以上の欲望はある。ただ、それは優しい人達をどうしても守りたいという欲望であり、自分の命よりもそれを優先する省吾は、決して道を曲げない。


「こうするしかなかったんだ。騙した事は謝ろう。だが、平和の為に戦う気持ちに嘘はない。だから……もう一度だ。俺を、信じろ」


 元の世界で省吾が計画を暴露している頃、モニターには点としてしか表示されていないギャビン達は、動きを止めていた。転移を行った四人全員の無事を確かめたギャビン達は、幻想的ともいえる景色に、つい見惚れてしまっているのだ。


 その場所が自分達の住んでいた首都の元になっていたと、フィフス二人は街並みの雰囲気で理解した。だが、床や壁が黄金色の金属で出来ているその場所が、人間では到底作り出せないと感じ、驚きを隠せない。


 異世界の都市は外への出口がなく、大きなドーム状になっており、二十一世紀でも作れないであろう特殊な金属等特殊な素材だけで構成されている。壁や床は自身で光を放っており、都市全体が光に弱い者が少し眩しいと感じるほどの明るさだ。


明らかに作り物だと分かる天井には、恒星や衛星らしき星が幾つも並ぶ、見た事もない空が一定間隔で何種類も表示されていく。床と同化し、半分だけが見えている巨大な半円状のリングが、都市のいたる所に作られている。そして、そのリングのもっとも天井に近い位置には、金属のパイプがリングとリングを繋ぐように、伸びていた。床や壁に謎の記号がびっしり書き込まれている事や、空気中に銀色の球体が数え切れないほど浮かんでいるのも、不思議な雰囲気を醸し出している原因の一つだろう。


「あ……」


 空気中を漂っていた、金属ではないかと思える球体を触ろうとしたオーブリーは、罠の存在を思い出して手を引く。その声で、ぽかんと口をあけて天井を見上げていたギャビンが作戦を思い出し、背後の仲間へ声を掛ける。


「行こう! 私達には時間がない!」


 ギャビンの気合が入った声で、立ち尽くしていたカーン達も我に返り、ギャビンにうなずいて見せた。


「えぇぇぇ……うん! そっち! 行きましょう!」


 見取り図の複製品を懐から取り出したオーブリーは、立方体の建物が並ぶ一角を指さし、細い裏路地の様な道へ進めと促す。


「では、周囲の気配には、常に気を配れ。行くぞ!」


 ギャビンが先頭に立ち、雷を操る男性がカーンとオーブリーを挟み込む様に、最後尾についた。

 サイコキネシスの力を自在に操れる四人は、足を蹴り出すと同時に足の裏から床を押す能力を放出し、重力を無視したかのように前へと進む。一蹴りで、走り幅跳びの世界新記録でも出せそうなほど跳ねる四人の速度は、常人の比ではない。出力の足りないセカンドや、制御が不安定なサードには無理だが、フォースであれば、訓練さえすれば誰にでも使いこなせるスキルだ。


 逆にいえば、その速度にサイコキネシスの補助もなしに、ついていけた省吾の方が異常ではある。


「来た……。この感覚は……一人か? 間違いない。敵は一人だ……」


 カーン達にあわせて、速度を抑えながら先頭を走っていたギャビンは、敵の気配を逸早く察知した。


「えっ? 来たのね……」


先頭のギャビンが、後ろから続く仲間に送った手信号を見たオーブリーとカーンは、唾液を飲み込む。フィフスが二人ついているとはいえ、フォースでしかないオーブリー達二人が、敵との交戦に緊張してもおかしなことではないだろう。


 細い道を抜け、開けている場所で立ち止まった四人は、敵であろう人影を見てすぐさま身構える。


「これは……予想外ですね」


 次に自分達が進まなければいけない通路をふさぐように立つ男性を見て、ギャビンは怪訝な表情を浮かべた。


「君一人……のようだな。マイヤーズ……」


 フォースでしかないリアムが待ち構えていた事で、ギャビンは罠かも知れないと周囲を能力で探るが、デビッドの気配はない。


 リアムがたとえ逆立ちしようとも、フィフス二人に勝てない事は、本人も分かっているはずだとギャビンは目を細めたのだ。


「くくっ……。ありきたりなセリフですが……。ここは、通しません。貴方達には、消えてもらいます」


 自分の出方を待つギャビン達を笑ったリアムは、わざとらしく両腕を広げ、余裕を消そうとはしない。


「さあ……。いつでもどうぞ」


 リアムの余裕がはったりなのか、本当に何か罠があるのかと躊躇したギャビンだが、拳を握る。


「迷っている時間がない……か。はああああぁぁぁ!」


 ギャビンが叫ぶと同時に、六角柱の結晶が幾つも空中に出現し、緩やかな自転運動を始めた。


「はあぁ!」


 右拳をギャビンが突き出すと同時に、六角柱の一つだけがリアムに向かって、音と同等の速度で飛んでいく。リアムは自分の前に長方形の膜を出現させるが、フォースの出した薄い膜でギャビンの力は防げない。


「なっ! そんな……馬鹿な……」


 ギャビンの放った力の結晶は、光の膜に触れると同時に軌道を変えられ、建物の壁にぶつかって消える。大理石を容易く砕いたギャビンの能力でも、不思議な金属で出来た建物は、傷一つついていない。


「おっと、言い忘れていました。私は……ここの機材を使ってフィフスに……進化しました。ふふっ……ふふふふっ……」


 罠もなく、リアムが一人で自分達の前へ現れた理由が理解できたギャビンは、目つきを鋭くし、砕けた結晶を再度出現させる。


 余裕を滲ませ、怪しく笑うリアムを前に、身構えている四人はそれまで以上の緊張を走らせた。

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