四
他人の印象とは、様々な要因で変化するものだ。第一印象には、顔やスタイルといった外見が強く作用する。
だが、第一印象が良くなかったとしても、相手の内面的な評価できる部分が、その印象を変えていく事は往々にしてある。また、外見を良く思うか悪く思うかは、個人の主観に大きく左右される。
一般的に美男美女と呼ばれる者が、良く思われる事は多いかも知れない。だが、そうでない者も優しそうに見える等の理由で、好印象を相手にもたれる事は少なくない。そして、第一印象を変化させる大きな要因である内面的な部分も、人それぞれの好みや考え方でとらえ方が違う。
このように他人の印象は、個人的な考え方で決定づけされる事が多いように思える。だが、その印象へ大きく影響を与える一つの要因の中に、他人等外部からの情報がある事を忘れてはいけない。そして、そのもっとも注意するべき点は、その外部からの情報が常に正しい訳ではないという事だ。
集団生活をする人間は、外部からの情報が溢れる中で過ごしており、情報の正否を判断するのは容易ではない。そんな中で人は、時に自分の判断を忘れ、他人の意見に飲み込まれてしまう事がある。現在省吾は、その集団心理から悪い意味で多大な影響を受けていた。
日本特区に来る前の省吾は無理のある指示でも素直に受け、成果を残す為上司からよく思われていたのに不思議はない。また、部下からしても自分達の窮地を何度も救うほど頼れる存在である省吾は、嫌われるはずがない。何よりも、必要以上の高圧的な態度を決してとらず、作戦の嫌な部分を率先して行ってくれる省吾を、部下達が慕うのは当然といえるだろう。
だが、その上司部下問わず省吾が人望を集める最大のポイントとなっていたのは、兵士としての高い実力があったればこそだという事を忘れてはいけない。学園では、ファントム対応の生徒警護側任務につく為、生徒達が省吾の実力を知る機会は少ない。そんな中で、省吾の印象は地に落ちた。
第一印象で重要になってくる省吾の外見は、決して悪くはない。派手な顔ではないが、十分整っている。個人的な嗜好があるので、点数をつければばらつきは出るだろうが、五十点以下をつける者は少ないだろう。平均点を出せば、七十点以上が出るかもしれない。
しかし、兵士として最前線を渡り歩いていた省吾の目は、兵士達の中ならばさほど目立たないが、一般人の中に入ってしまうと強さが際立つのだ。狂気や混沌が渦巻く戦場で本当の殺気すら身に付けているのだから、人生で不良や町のチンピラ程度しか見た事のない生徒から畏怖されても仕方が無いだろう。
その上運が悪い事に、超能力者が集められたPSI学園の生徒は、かなりの確率で常人よりも直感が鋭い。その為、省吾から正体不明の圧力を感じている者も少なくない。ファントムと戦えない程度の力しかないと誤認されている省吾から感じる圧力は、生徒達から不気味だと思われている。それが、目付きの強さと相まって、距離を置かれる原因となった。
勿論、省吾を見た目で判断しない者達も、少数ではあるが存在した。省吾が編入してすぐに話し掛けた、彰や綾香達だ。だが、そこでも省吾にはある苦難が待っていた。省吾は、日本語が下手だったのだ。
大災害後、国が崩壊し、各地で様々な国の言葉が入り乱れたが、最終的に一番多く使わる事になったのが英語だった。人口比率を考えれば中国語が広まる可能性は高かったが、中国人以外の人間が中国語を扱えず、逆に中国人の多くが英語を扱えたため、結果として英語が生き残ったのだ。閉鎖的な日本人でさえ、生き残るために英語を習得している者は多い。だが、日本人は日本人を見ると、日本語で話しかける。特区内でも、その習慣に変わりはなかった。
イギリス人に拾われ、ヨーロッパで戦っていた省吾も、英語は堪能だ。キングスイングリッシュから軍隊で使われるスラングまで、省吾は自在に扱える。だが、日本語は片言でしか喋れないフランソアから少しだけ教わった程度で、特区へ来た直後の省吾は日常会話すらままならなかった。普通の日本人を演じ、目立ってはいけないと考えていた省吾は、結果的に相手から不信がられるほど、無口なキャラになっていた。
堀井の助けもあり、現在の省吾は日本人として恥ずかしくない程度には喋れるが、喋れるようになった頃には喋る相手がいなくなっていた。いつの間にか、印象のよくない省吾の悪い噂は、たとえ嘘だったとしても驚くほどの早さで広まり、いい噂は消えていくという最悪の環境が出来ていた。本来公平なはずの綾香達も、無意識でその先入観にとらわれていると気が付いていない。
省吾は編入して二か月立たない間に、気持ちの悪い目つきと圧力のある、能力が弱い変人とレッテルが張られてしまったのだ。周囲の空気には省吾も気が付いているが、目立つ行動を起こす事も出来ず、学生は仮の姿だと割り切って生活している。そんな省吾の、朝は早い。
「ふぅ」
目覚まし時計を止めた省吾は、十分な睡眠をとり顔色が良い。寝起きでも、きびきびとした動きに陰りはなく、ベッドから出ると洗面所へと向かった。
その洗面所で歯を磨く省吾の顔は、何処か嬉しそうだ。それは、大好きなゲームソフトの新作が発売されるからだ。事前情報が記載された雑誌を三冊も買ってしまうほど、楽しみにしていた。
規則正しい生活を送る省吾は、学園に通う平日と同じ時間に起床している。つまり、ゲームを販売する店舗がオープンするまで、まだかなり時間があるのだ。
省吾はゲームソフトの予約をしている為、売切れる事はない。だが、オープンと同時にソフトを購入するつもりであり、筋力トレーニングをしながら事前情報の載った雑誌を眺め、予定の時間を今か今かと待った。
「よし!」
数時間のトレーニングにより汗だくになった省吾は、シャワーを浴びてから外出する。扉を力強く開いた省吾の目は、あり得ない程きらきらと輝いていた。その光景を見て、寮の廊下を歩いていた男子生徒が、省吾から目線を逸らしたのと同じ頃、綾香が駅の改札口をくぐった。
「あっ! お帰りぃ!」
「お疲れ様です。先輩」
連休を利用して特区外にある実家へと帰っていた綾香を、クラスメイトのイザベラ・ハリスと、後輩のジェーン・ロスが迎えた。仲のいい三人は、連休の最終日に買い物をしようと約束していたのだ。
「わざわざ、ありがとうございます。ただいま」
女性すら見惚れるほど優しく美しい笑顔を、綾香は迎えに来てくれた二人に向けた。その顔を見て、後輩のジェーンは少しだけ頬を染める。
「で? どうする? その荷物を、一度寮に置いてくる?」
自分の持った大きめのバッグを顎で指したイザベラの質問に、綾香は少しだけ考えた後、返事をした。
「荷物は、コインロッカーに預けます。買い物に向かいましょう」
綾香からの言葉で、ジェーンがバッグへと目を落とす。実家だとしても女性の二日宿泊する荷物にしては少ないのではと思えた、ジェーンが疑問を口に出す。
「あの、先輩の荷物はそれだけですか?」
「他の大きな荷物は、寮宛に送ったんですよ。お土産は、夜にでも渡しますね」
お土産を催促したわけではないと、言い訳を始めてしまったジェーンを、先輩である二人が笑う。そして、三人での買い物へ出かけた。
おしゃべりをしながら歩く三人は、行き交う人々に見つめられる事が多い。特区内の未成年は全員が学園に通っており、セカンドクラスの三人を気に留めるのは当然だ。だが、学園に通っていない大人達も、その三人には見惚れてしまう。それほど、三人は美しいのだ。
中等部セカンドクラス三年生であるジェーンは、三人の中で一番髪が短いと、くりくりとした目が特徴的だ。そんな彼女は、陸上部らしく胸を含めた無駄な贅肉の一切ない体型をした、低身長の可愛い女性だ。
逆にイザベラは、金色の長い髪と男性にも劣らない身長を持っている。そして、イザベラは冷たくも感じるほど大人びた顔に化粧をし、大きな胸を強調する服を着ている為、プロのモデルにしか見えない。
その二人に加え、日本人の中でもトップレベルといえる綾香が並んで歩いているのだから、見とれる男性が出てくるのも当然だろう。中には、彼女とのデート中に三人を見つめ、怒られている男性までいる。
「あっ、あれって」
綾香達三人は、寮に一番近い駅から繁華街へ向かっていたのだが、道を挟んだ反対側の歩道を歩く省吾を見つけた。
走っている訳でも、競歩をしている訳でもないが、省吾は人の波を縫うようにすり抜け、すぐに三人の視界から消えた。省吾の鍛えられた脚力と、人を避ける判断の素早さは、一般人とは比べ物にならない。
「ええっと、どこから回る?」
「あっ、そうですねぇ」
三人はしばらく省吾の消えた方向を立ち止まって見つめていた。しかし、その事には触れないように会話を再開し、再び歩き出した。ただ、イザベラの眉間には少しだけしわが入り、綾香の笑顔は少しだけ引きつっている。
綾香は一度気持ち悪いと思って以降、省吾の事を考える時間が増えていた。ただ、考えているのは好意的な事ではなく、人を差別してはいけないという自分の正義感と、気持ち悪く感じる生理的な問題との葛藤についてだ。つまり、綾香が考えているのは、自分は省吾を嫌いなのかもしれないという事だ。
また、イザベラも別の理由で省吾を嫌っており、それが眉間に表現されたのだ。
それから二時間ほど経過した所で、省吾はゲームショップから満足げな顔をして出てきた。その省吾が常連となっているゲームショップの男性店長は、気さくな性格をしているだけでなく、ゲームやアニメに詳しい。その為、省吾はその店長と好きなゲームについて、語り合っていたのだ。店長側からしても、人の意見をほとんど否定しない省吾は、暇な店番を楽しくしてくれる友人だと思っているようだ。
……ぬう?
一刻も早く寮に帰ってゲームをしたいはずの省吾が、歩道で足を止めてしまった。模型専門店のショーウインドウに飾られたロボット模型の誘惑と、眉間に深いしわを刻みながら省吾は戦っているのだ。そして、負ける。
戦場で百戦錬磨の中尉が、誘惑に抗えたのはわずか三十秒ほどだった。ゲームソフトのはいったビニール袋を片手に、仁王立ちで塗装まで済ませたプラモデルを眺める省吾は、運悪く綾香達三人に見つかってしまう。
昼食をとる場所を探す三人が、デパートを出たすぐ近くに、省吾が立ち止った店があったのだ。再び立ち止まってしまった三人は、無言でその場を立ち去った。その三人は、省吾に声を掛けようとも、昼食に誘おうとも思う事はないだろう。
食事の場所を雑誌で紹介されていたカフェに決めた三人は、オープンテラスの席に座り、思い思いの食事と飲み物を注文した。そして、飲み物が運ばれてくると、ついにイザベラが重い口を開いた。
「あんなに堂々と女の人形眺める奴、初めて見たわ」
「ロボット? の人形もありましたし、そちらを見ていたのかも知れませんよ?」
笑顔をひきつらせながらいった綾香の意見は、正しかった。女性に異性としての興味を持っていない省吾は、大好きなロボットを凝視していたのだ。近くに並べられていた美少女フィギュアには、目もくれていない。
「いいえ。あれは、絶対女の人形を買って、部屋でパンツとか脱がしてるはずよ」
「そこまでは……」
イザベラの言葉を否定しながらも、美少女フィギュアを買って帰る省吾を想像してしまった綾香は、顔から血の気が引いていく。ジェーンだけがその話を俯いたまま聞き流し、返事をしない。
「あんな気持ち悪いのと、子供だなんて、冗談じゃないわ。絶対、研究所側のミスよ。そうよ。絶対そうに決まってる」
イザベラが省吾を嫌う理由を知っている綾香は、視線を逸らす。そして、もう省吾の事は考えたくないと思い、大きな溜息をついた。
超能力者同士が子供を作ると、高確率でその子供も超能力者になる。超能力者を一人でも増やしたい国連は、その事だけを研究する機関を作っていた。しかし、その仕組みの解明はあまり進んでいない。
人工授精で作った胚を、超能力者以外の女性が育てても、超能力者はほとんど生まれてこない。また、妊娠中に母体から影響を受けるとも考えられるが、父親側も超能力者であれば子供に超能力が備わる確率が高い説明が出来ない。
予算を得る為の会議で結果を求められ、焦った研究機関が発表したのは、超能力者の相性パターンテストだった。超能力者である男女の相性を調べ、子供が超能力者になりやすい相手を探す仕組みだ。そのテストは未完成ながらも、それなりの効果が上がっており、学園でも行われている。
学園で行われているのは、相性の合う者同士を無理矢理結婚させるような、非人道的な事ではない。相性のいい相手を教える事で、その相手を意識して、自由意志の元、恋愛や結婚に結びついてくれればとだけの意味しかない。
イザベラが省吾を嫌うのは、そのテスト結果が原因だ。日本以外の特区を含めて、セカンド内で一番イザベラと相性がいいと出たのは、省吾だった。編入当初、偏見のなかったイザベラは、あまり得意ではない日本語で、省吾を食事に誘った。
それはイザベラが、相性の良いとされた省吾の内面を知ろうとしただけであり、彼女が省吾に一目ぼれをしたわけではない。ただ、研究機関側の思惑通り、相性の一番いいと教えられた相手と恋人になる生徒は多く、彰が綾香を意識し始めたのもそれが切っ掛けだ。つまり、イザベラはまだ人物像の見えない省吾が、恋人候補になりえるかを早く知りたかったのだ。
明るい笑顔で食事に誘うイザベラに対して、省吾は無表情のまま返事をしなかった。省吾にはイザベラの下手な日本語が、全く聞き取れなかっただけで、悪意はない。だが、あまりにも返事をしない省吾に、怒りを覚えたイザベラは、食事に誘っているのだから返事ぐらいしろと英語で叫んだ。
そこで初めてイザベラの言葉が分かった省吾は、日本語が下手な事がばれてはまずいと考え、流暢な英語で結構ですと返事をした。馬鹿にされたと思うイザベラが、省吾を嫌うのは当たり前かもしれない。その上で、ファントムと戦わない仮の姿を見て、悪い噂だけを聞けば、イザベラの嫌いな感情の上に大が付いてもおかしくはないだろう。
大きめのマグカップを両手で持ち、熱い紅茶を吐息で冷ましながら少しずつ飲んでいたジェーンが、恐る恐る無言になった二人に質問をした。
「あの、井上先輩って、そんなに気持ち悪いですか?」
学園にいるほとんどの女性から、省吾が嫌われていると思っていた綾香とイザベラは、ジェーンの言葉に耳を疑う。そして、仲のいい後輩をいぶかしげな顔で見つめた。
「あのですね。私、二カ月くらい前に、学校を少し休んだじゃないですか」
「確か、捻挫だったわよね?」
「その時に、井上先輩が助けてくれたんです」
その時ジェーンは、陸上部の練習中に転倒して足首をひねってしまった。保健室で湿布をもらい、練習を切り上げて寮に戻ろうとしたジェーンを、足首の痛みが襲う。その痛みは一歩歩くごとに増していき、ついに歩けなくなったジェーンは、歩道の隅でうずくまってしまった。
歩けないほどの痛みで動けないジェーンを、気に留める通行人はいなかった。そして、運悪く友人が通り掛かりもしなかった。痛みと不安で泣きそうだったジェーンを救ったのは、省吾だ。状況を察知した省吾は、動けないジェーンを抱きかかえて寮まで走ると、すぐに救急車を手配した。
「それは、人間として最低限の事で、当たり前ではないでしょうか?」
「そうよね。それに、抱きかかえたんでしょ? 貴女に触りたかっただけじゃない? 変態っぽいしさぁ」
ジェーンは自分が体験した話を、脚色なしで二人に話した。しかし、よくないイメージを持った二人は、それを素直には受け入れない。
「いえ、まぁ。そうですね」
体育会系思考で先輩に逆らおうとしないジェーンは、そこで会話を終了してしまう。他にもジェーンは友人から、誤って階段から落ちそうになった所を省吾に助けられた話や、雨の日に傘を忘れて困っている時に、自分の傘を差し出して濡れながら帰っていく省吾の話を聞いているのだが、喋ることが出来なかった。
省吾の話で空気が悪くなっていた三人の元へ、店員が料理を運んできた。バーゲンによる疲れで空腹だった三人は、食事を取る事で笑顔を取り戻す。
「そういえば、綾香に聞きたいんだけど」
噛んでいたパスタを飲み込んだイザベラは、サンドイッチを持った綾香に質問をする。
「なんでしょうか?」
「彰とは付き合ってるの? 付き合ってないなら、気持ちはある?」
イザベラからの質問に、一切動揺せずに綾香は返事をした。
「神山君ですか? いえ、相性は分かっているのですが、恋愛的な好きの気持ちはないですね。友達としては、好きですけど」
全く動揺せずにはっきりと言い切った綾香を見て、イザベラはその言葉に嘘はないだろうと確信を持つ。そして、自分の計画を打ち明けた。
「彰と私って、相性が二番目にいいんだけど……。アタックしてもいいかな?」
その言葉を聞いた綾香とジェーンは、目を丸くした。そして、つい根掘り葉掘りと聞いてしまう。
「先輩は、神山先輩を?」
「うん、そうね。悪くないかもとは、前から思ってたんだけどねぇ。綾香といい感じだったら、邪魔はしたくないと思ってたのよ」
「ああ、私の事は気にしないでください。それよりも、何時からですか? 切っ掛けはなんですか?」
先程まで強気だったイザベラが照れながら委縮し、目をらんらんと輝かせた綾香とジェーンから質問攻めにされた。三人は、彰が綾香に気がある事を知らない。
「応援してくれる?」
「もちろんです!」
「私も応援します! 先輩!」
照れながら笑うイザベラが、友達二人にハグしようとした時、少しだけ予想外な事がおこる。眼鏡をかけた男性と、コートを着た女性に、いきなり話しかけられたのだ。
「すみません! この辺で、五歳くらいの男の子を見ませんでしたか? 緑のオーバーオールを着ています!」
綾香達に声を掛けた二人は、三十代らしき日本人だ。そして、かなり焦っている。それを見た三人は、二人の子供が迷子になったのだろうと、事情を推測した。
「申し訳ありません。見かけませんでした」
「そうですか、ありがとうございます」
頭を下げて走り出そうとした二人を、綾香は呼び止めた。そして、念の為に携帯電話の番号を交換し、見つけたら連絡を入れると約束する。それを黙ってみていた他の二人は、正義感が強い綾香らしいと、苦笑いを浮かべていた。
綾香達に話し掛けた二人が、頭を下げて立ち去る頃、省吾は模型専門店から商品を買って出てきた。
……さて、どちらから取り掛かるべきかな。
プライベートな時間が限られている省吾は、欲しい三種類あった模型の中から一つだけを選んで購入した。ゲームの新作を買った以上、二つ購入すれば仕事に差し支えると計算したのだ。そして今、ゲームとプラモデルのどちらを先に楽しむべきかと考え、顔を緩めていた。
……うん?
寮に早く帰りたいはずの省吾は、再び足を止めた。今度は誘惑ではなく、ショーウインドウを見つめる少年が気にかかったのだ。その少年は、省吾が模型専門店の前へ立ち止ったすぐ後に、同じく隣に並びロボットの模型を眺め始めていた。
……三十分は、経過したはずだがなぁ。
ある程度まで目途をつけた省吾は、店内に入って吟味を始めた。だが、その間も少年は寒空の中で眺め続けていたのだ。うっすらと涙を浮かべ、赤くなった鼻をすする少年を見て省吾は昔の自分を重ねた。
省吾がまだ救助隊員だった男性に育てられており、隕石の被害が少なかったイギリスに戦争の影が迫っていた頃の話だ。偶然、幼かった省吾は自分がその男性の子供ではないと知った。
血も繋がっていないのだと小さいながらも頭のよかった省吾は理解してしまい、大きなショックを受けた。だが、どうすればいいか分からない省吾は、それを小さな胸に抱えこみ、笑う事が少なくなっていた。
その省吾を元気づけようと、男性は玩具店へ連れて行き、好きな物を一つ買ってやると笑った。だが、欲しい物があったにも関わらず、省吾はそれを口に出すことが出来なかった。シューウインドウを眺めたまま涙をいっぱいに溜めた省吾に、男性は訳を聞いた。
男性に向かって訳を喋り、捨てないでほしいといった省吾を、男性はその太い腕で力いっぱい抱きしめた。そして、自分は本当の親ではないかもしれないが、本当の家族だと優しいが強くはっきりと、省吾に言って聞かせた。
「一人か? お父さんかお母さんは、どうした?」
少年の隣にしゃがみ、目線を合わせた省吾は、その少年に問いかけた。だが、少年からは返事が返ってこない。それからも色々聞いては見たが、時折首を左右に振るだけで、何もしゃべらない。
もし、省吾に色々な苦い経験が無ければ、そのまま少年を放置して寮に帰宅していただろう。しかし、そうではない省吾には、それが少年からの精一杯の救難信号だと分かっていた。だからこそ、急いで店内へと戻った。
「えっ? お兄ちゃん? これくれるの?」
自分が買ったプラモデルと同じものを、省吾は少年に差し出した。
「ああ。だが、ただじゃないぞ」
少年の涙が零れ落ちる前に、省吾は取引を持ちかけた。
「俺の聞いた事には、答えろ。そうすれば、これはお前のものだ」
大きくうなずいてビニール袋に入ったプラモデルを受け取った少年に、省吾は自分が羽織っていた少し薄手のコートをかけた。そして、そのまま少年を担ぎ上げ、自分の肩に座らせる。
その光景を、ヨーロッパで一緒に戦った省吾の同僚が見れば、懐かしく思うだろう。戦時中に難民キャンプで、迷子になった子供の親を探す時、親から子供が見つけ易い様に、省吾はそれをよくやっていたのだ。そして、迷子だろうと推測した少年の親を探し始めた。
少年が指をさす方向に歩き続けた省吾だが、その少年の親は日が沈み始めても見つけることが出来なかった。
「夕暮れが綺麗ですねぇ」
「買い物してると、時間が経つのが早いよねぇ」
買い物を終え、一度寮に帰った綾香達は、夕食を自分達で作ろうと提案したイザベラに賛同した。そして、材料を買い込むために、夕日を眺めながら三人でスーパーへと向かっている。
「あっ……この場所……」
ジェーンは、省吾に助けられた歩道で、意図せずに呟いてしまう。それを聞いてしまったイザベラは、二人に顔を向けず独り言のように喋り出した。
「あいつってさぁ。常に、サイコガードをかけてるのよ。余程後ろめたい事があるのよ、きっと」
「それは……」
イザベラはジョーンの言葉が聞こえないかのように、言葉を続ける。
「てか、最低限隠し事があるってことでしょ。それって、あんまり気持ちのいい事じゃないと思うけどなぁ」
イザベラのいったサイコガードとは、超能力の精神的な防壁である。能力者の体内で精神面を保護する膜のようなもので、ファースト以上の超能力者ならば、ほぼ全員が少し訓練をすれば習得できる技術の一つだ。敵超能力者から受ける事のある強制的な記憶の読み出しや、催眠攻撃をある程度まで防ぐことが出来る。
学生がそれを展開させ続ける事はないが、重要な情報を持つ特務部隊員は、常時展開を義務付けられている。当然、省吾も起きている間は常に、展開させ続けていた。
「イザベラ? もしかして、覗こうとしたのですか?」
「わざとじゃないのよ。偶然、練習中に触っちゃったの」
セカンドであるイザベラは、ファースト以上のサイコキネシス以外に、物や生物から記憶を読み出す超感覚の力も持っていた。イザベラが省吾の記憶を覗こうとしたのが、偶然だったか故意だったかは綾香には知るすべがなく、友達を信じようと思い、それ以上の追及を止めた。
「サイコガードですか……」
「そうよ。変な事ばっかり考えてるから、必要なんじゃない? それ以外に、理由が無いわよ」
気に入っている後輩であるジェーンと価値観を共有したいイザベラは、説得するように言い聞かせた。険悪な空気になりたくないジェーンは、反論しない。だが、それを肯定する言葉も口にはしなかった。
「さあ、何を作りますか?」
雰囲気を良くしたいと考えた綾香は、スーパーでカートにカゴを乗せ、無理矢理明るい調子の言葉で二人に問いかける。それを察したイザベラとジェーンも、笑顔で答えた。
「前に作ってくれた、日本式のカレーってどう? 作り方知りたいんだけど」
「あっ、いいですねぇ」
心にしこりが残った状態で、表面上を取り繕った会話を三人は続ける。
「あれ? なに?」
「あっ! 昼間の……」
三人がすっかり忘れていた子供を探す夫婦が、そのスーパーにいた。そして、大きな声を出すその二人は、野次馬に囲まれていた。その夫婦の喧嘩する会話で、綾香は子供がまだ見つかっていないと知り、忘れていた事に罪悪感を覚えた。
綾香が喧嘩をする夫婦の仲裁を始めている頃、省吾は子供を公園のベンチへ座らせ、自動販売機で買ったホットドリンクを渡していた。そして、気が付いている事を、少年に問いただす。
「三人で買い物に来たんだったな?」
「うん……」
「お父さん達に、会いたくないのか?」
俯いた幼い少年は、再び目に涙を溜めて、小さな声でつぶやいた。
「喧嘩ばっかりする。お父さんもお母さんも、嫌い……」
その言葉で、省吾は少年が語らなかった事情を察した。それだけでなく、少年が俯いた事で問題解決に繋がる糸口も目敏く見つける。その少年が身に付けているオーバーオールの内側に、名前や住所が記載されたタグが縫い付けられていたのだ。
そのタグは、少年がベンチに前かがみに座り、シャツとオーバーオールの隙間が出来て始めて見える場所にあり、自分の肩に乗せていたのでは気が付けない。ベンチの隣に建てられた外灯の光で、省吾にはそのタグがはっきりと読み取れた。
タグからの情報を軍か警察に連絡すれば、強制的に問題が解決するだろうと考えた省吾は、肩からたすき掛けしていた自分のショルダーバッグに手を伸ばした。しかし、バッグから取り出したメモ帳に、少年の名前と住所を書き終えた省吾の手が止まる。
その省吾のぼんやりとした目線こそ、蓋の開かれたショルダーバッグに入ったゲームソフトとプラモデルに向いているが、早く帰りたいなどとは微塵も考えていない。少年をこのまま家を送り届けても、根本的な心の問題が解決されないだろうと考えているのだ。
そんな省吾の脳裏に、父親と呼べるイギリス人男性との思い出がよみがえる。きれいに手入れをされた髭を撫でながら男性は、幼い省吾に笑顔で強くなれといった。そして、その強さで、弱い者を守れともかつての省吾に教えたのだ。
メモ帳をバッグに戻した省吾は目を閉じ、少年との会話を予測し、少年の心に直接響く言葉を選び出す。短い時間でシミュレートを終えた省吾は、少年の前にしゃがむ。そして、右手で少年の肩を掴み、真っ直ぐに潤んだ瞳を見つめた。
「お父さんは嫌いか?」
「仕事ばっかりするから、嫌い……」
鼻声で返事をした少年に、省吾はさらに問いかける。
「お母さんは嫌いか?」
「すぐ怒るから、嫌い……」
少年の溜めた涙を見ても、省吾は質問を止めようとはしない。それが、少年の為になると確信しているからだ。
「なら、もう二度と会えなくなってもいいんだな?」
省吾からの言葉を聞いた少年の目から、大粒の涙がこぼれ出す。そして、精一杯の返事を搾りだした。
「いやぁぁ……」
省吾はそこで初めて、怒っているようにも見えた真剣な顔を、少しだけ緩める。
「もう一度、聞くぞ。お父さんは嫌いか?」
「あぞんでぇ、ぐでるぅ……おどうざんが、ずぎぃぃ……」
「じゃあ、お母さんは?」
「ひっぐ! おがっ……あっざんも……ひっ! ずぎぃ」
盛大に泣く少年の言葉は横隔膜の痙攣などにより、聞き取り辛かった。だが、省吾は少年が両親を好きだといった事を、認識出来た。手で縫いつけられたと思われるタグを見た時から、省吾には少年が両親から愛情を受けている子供だと分かっていたのだろう。
省吾は泣きながらも自分を見つめる少年に、父親と変わらない愛情で自分を育ててくれた男性を真似て優しく笑いかける。そして、肩に置いたままだった右手を少年の頭へ移動させ、髪の毛をぐちゃぐちゃにかき回すようにして撫でる。
「よしっ! 偉いぞ! よくいった!」
悲しそうに泣いていた少年が、省吾につられて笑顔になる。その笑顔からは、陰りが消えていた。
「ええ……涼太? で、いいな?」
少年がうなずいた事で、漢字を読み間違えていないかと、内心不安だった省吾の心も晴れる。
「じゃあ、涼太! 行くぞ! 大好きなお父さんとお母さんを探すんだ!」
省吾の力強い言葉を聞いた少年は、服の両袖で何度も涙を拭き取り、首を大きく振ってうなずいた。
「あなたがいけないのよぉ! あなたがっ! あなたがぁぁ!」
「お前が、いきなりキレたせいだろうがぁ!」
「あの、冷静に。冷静になりましょう」
省吾が公園を出た時刻、涼太の両親はスーパーの中で恥も外聞もなく、大げんかをしていた。涼太の両親は、二人ともかっとなると我を失うタイプの人間らしい。その二人を、綾香は何とか落ち着かせようと頑張っている。
わざわざ面倒事に自分から首を突っ込む綾香を、イザベラは呆れ顔で見つめていた。そこが綾香の長所だと分かっていながらも、度が過ぎると考えているようだ。
「あの子に何かあったら、あなたのせいよっ!」
母親は、興奮と不安で顔を真っ赤にして、自然と流れ出た涙を手の甲で拭っていた。
「だからぁ! さっきから、探しに行こうっていってるだろうがぁ!」
この問題の始まりは、どこにでもある日常からだった。休日を使って家族サービスをしようと考えたはずの父親は、移動中にだるい、疲れたと悪意はないが無神経な言葉を連呼してしまった。それに対して、パートや家事で疲れていた母親がキレてしまい、二人はそのまま喧嘩を始めてしまったのだ。
喧嘩の最中に涼太がいなくなってしまい、冷静になれない涼太の両親は、警察に届けるといった正しい対応をしておらず、闇雲に町中を探し続けていた。そして尚も、喧嘩を続けているのだ。そんな両親を嫌いといってしまった涼太の気持ちが分かる者も、いなくはないだろう。
「綾香ぁ。警察でも呼ぶぅ?」
「はぁ……。そうしたほうが、いいですかねぇ?」
一向に喧嘩を止めようとしない二人に、イザベラから提案された対応をしようかと考え始めた綾香の背筋に、悪寒が走った。ファーストだった中等部時代から実戦を経験していた綾香は、他の二人よりも早く対処を始めたのだ。持っていた手提げバッグから携帯電話を取り出しつつ、綾香は後ろを振り向いた。
「きゃあああぁぁ!」
つられて後ろを振り向いたイザベラとジェーンも、綾香の顔がこわばった理由を知る。スーパーの店内に、ファントムが出現したのだ。スーパー店内は、ファントムを見た客の悲鳴が響き渡っている。
「あっ! 高等部一年の高梨です! ファントムが出ました! 至急応援を!」
教えられていた軍の緊急回線につないだ綾香は、場所と状況を伝えながら、探索の力を発動しており、頭部が淡く光り始めていた。
「どきなさい!」
両掌を輝かせていたイザベラが、混乱する客に叫んだ。そして、ファントムと自分の射線上に人間がいなくなると同時に、両手を突き出した。そのイザベラが発生させた半円状の刃は、障害物を切り裂きながら敵へと突き進む。
綾香達のクラスにいる女性の中で、イザベラはサイコキネシス側の力が一番強い。イザベラの使う光る刃は、正面にいたファントムを両断しただけではなく、金属でできた商品棚をも切り裂いた。そして、さらに後方にいたファントムの腕を切り落とした。
その腕のみしか切り落とせなかったファントムを倒す為、イザベラは両手にもう一度力をチャージする。イザベラの刃は一撃の威力が高い代わりに、溜めの時間が必要であり、隙も大きい為、一人でファントムと戦うには向かない力だ。
「えいっ!」
ジェーンも視界に入った客を襲おうとするファントムに向けて、淡く光る力をぶつける。超感覚のセカンド能力を開花させているジェーンは、サイコキネシスの力がセカンド内で強いとはいえない。だが、超感覚に特出しすぎて、光すら発しない綾香の力よりは強く、ファントムに十分な効果がある。
「嘘っ……七? 九体?」
天井の隙間から店内へと侵入する黒い霧状のファントムを見て、綾香が顔を歪ませた。今いる三人では、犠牲者なしに切り抜けられないと分かってしまったのだ。その焦りが、優秀なはずの綾香にミスを誘う。
「あっ……そんな……」
涼太の両親に襲いかかろうとしたファントムが見えた綾香は、手元を狂わせてしまった。目の前に迫ったファントムにぶつけようとしていた力は、相手の肩をかすめるだけに留まった。
防護服も身に着けていない綾香に、ファントムの凶暴な爪が生えた大きな手がどんどん迫っていく。それに対して、綾香は何をすることも出来ない。イザベラとジェーンも自分の目の前にいる敵に集中しており、綾香の危機に気が付いていない。恐怖で目を閉じ、へたり込んだ綾香は悔しさで歯を噛みしめた。
「えっ? なんで?」
人間では対応できないほどの速度で、振りぬかれていたはずの敵の腕が、へたり込んでも歯を噛みしめても、綾香に届いていない。異変に気が付いた綾香は、自分が死んでしまったのだろうかとも考えながら、恐る恐る瞼を開いた。
そこに綾香を襲おうとした敵の姿はなく、涼太の両親を襲おうとしたもう一体の敵も消えていた。狐につままれた気分の綾香は、背後からもう一体の気配を感じ取り、振り向いた。
「何? 何? これ?」
綾香が振り向くと同時に、背後に迫っていたファントムは消滅した。放心状態の綾香には、状況が全く呑み込めない。それだけでなく、店内にいた他の客や店員も、敵がいなくなったらしいという事しか分かっていない。
それは当然の事だった。明々と輝く蛍光灯の下で、微弱にしか光っていない超高速で飛んでいく弾丸を、目視できる人間はそうはいないからだ。
周囲を千里眼で確認し終えた無表情の省吾は、ショルダーバッグの中から断熱素材で出来た巾着袋を取り出す。そして、床に転がった薬きょうと、まだわずかに硝煙が出ているサイレンサーのついた拳銃を、その巾着袋に詰め込んだ。
省吾が行った早業を、見ることが出来たのは、近くにいた涼太だけだ。その涼太は、巾着袋をバッグにしまった省吾に、テレビの中にいるヒーローにでも向けるような熱い視線を送っていた。
「すごい……お兄ちゃん! かっこいい!」
涼太の目線に合わせてしゃがんだ省吾は、着せていた自分のコートを脱がせた。そして、ショルダーバッグにしまっておいた、涼太の分であるプラモデルを差し出した。
「この事は、お父さんやお母さんにも内緒にしてくれるか?」
涼太は省吾からの頼みを、正義の味方は正体を隠すのだろうと間違った解釈をした。そして、笑顔でうなずいた。
「男と男の約束だ。頼んだぞ」
「うん!」
念押しの確認にも、笑顔で返事をした涼太の頭を撫でながら、省吾は立ち上がる。そして、プラモデルを両手で抱えた涼太の背中を、軽く押した。
「さあ、行ってこい」
両親に向かって一目散に走り出した涼太を、省吾は最後まで見届けない。そのまま背を向けるとコートを肩にかけ、店舗から出て行く。
「お父さん! お母さん!」
涼太の父親は、ファントムから自分の嫁を守ろうと覆いかぶさっていた。それが本当に嬉しかった涼太の母親は、ファントム達が全滅して一息ついたところで、気恥ずかしくなり頬を染めてもじもじとしていた。その二人は、笑いながら走ってくる自分の息子を見て、走り出していた。
「涼太ぁぁぁ!」
「馬鹿野郎! どこ行ってたんだぁ!」
命の危機に遭遇し、心身ともに穏やかではない涼太の両親は、息子を抱きしめながら涙を流した。その心中には、嬉しい以外にも色々な感情が混ざり合い、自分達が何故泣いているのかも分からない程だった。
「被害はなさそうね。これも不幸中の幸いってやつ?」
超感覚が弱いイザベラだけが、呑気に笑っていた。敵を探索する力がある綾香と、周辺の力を完全ではないが知覚できるジェーンは、笑っていない。
「あれって、もしかして……」
人ごみの中に消えたショルダーバッグを持った男性を、ジェーンは見つめ続ける。そのショルダーバッグに、見覚えがあったからだ。コートを脱いでいたので背中の印象が違っており、自信を持てないようだが、ジェーンは昼間に見たバッグをうっすらと覚えていたらしい。
「あら? 涼太? これどうしたの?」
涼太の両親は、息子が抱えていたプラモデルの箱に気が付いた。
「かっこいいお兄ちゃんから、もらったの!」
プラモデルの箱を袋から出した涼太の両親は、一枚のメモに気が付く。それは、涼太が両親から盗んだと疑いをかけられない為に、入れられたものだ。
「涼太君へ、少し早いクリスマスプレゼントです? サンタより……ホーホーホー? なんだ? これ?」
満面の笑みで笑う息子と違って、その両親は薄く笑ってはいるが首を傾げる。
「そんな……そんな事ないわよね。たまたまよね……」
記憶力のいい綾香は、涼太の持っていたプラモデルに見覚えがあった。ある模型専門店で、男性が仁王立ちをして凝視していた物と同じなのだ。
ジェーンと綾香が手に入れたパズルのピースを合わせれば、犯人が浮かび上がってくるのだが、自信の無い二人はお互いの欠片を出さない。腑に落ちない点を自分で抱え込み、出るはずの無い答えを探す。
模型専門店での姿を含めて、見られているとは思っていない省吾にとっては、幸運ともその逆ともいえるだろう。
「どうしたの?」
何故か険しい顔をした友人二人を、イザベラだけが不思議そうに眺めていた。その三人がいるスーパーへ、緊急車両に乗った国連軍兵士が到着したのは、それからすぐの事だった。
「えっ? 中尉? どうしたんですか?」
「偶然、居合わせたんだ。敵はすべて殲滅した。後処理は、任せていいな?」
自分が受け持つ生徒からの連絡に、学園で仕事をしていた堀井も急いで駆け付けていた。その堀井は省吾からの情報を聞き、事件は解決したのだと胸を撫で下ろす。生徒が犠牲になる可能性があると、気が気ではなかったようだ。
省吾の過去を知らない堀井だが、実力と仕事の手腕には既に信頼を持っているようだ。緊張感の緩んだ顔になった堀井に、省吾は一枚のメモを渡す。そこには、涼太の名前と住所が書かれていた。
「あの、これは?」
「その少年は、超能力者の可能性がある。既に、ピックアップされているかもしれないが、念の為調べておいてくれ」
省吾が涼太の親に五時間以上も会えなかったのは、不運や偶然だけが原因ではない。涼太の指さす方向が、ことごとく両親のいる方向と逆だったのだ。それは一般人には難しい事だ。しかし、涼太が超能力者ならば不可能では無い。直感が鋭い省吾は、なんとなくそれに気が付いており、ESPカードを使って測定すれば、すぐに分かるだろうとまで考えていた。
「ふぅ……どうしたものかな」
特務部隊の部下達に状況報告をし終えた省吾は、デジタル式の腕時計を見て、大きな息を吐いた。そして、眉間に深いしわを刻む。
「中尉? どうかしましたか?」
「実は、睡眠開始予定時刻まで時間が限られているので、ゲームか模型作成かを選ばないといけないのですが……。どちらも、魅力的でして……。どうするべきでしょうか?」
仕事モードが終了し、趣味の事しか頭にない省吾を見て、堀井は笑わない。無言で空を見上げ、顔を引きつらせる。
「では、俺はこれで失礼します」
「あっ……ああ……お疲れ様でした」
……さて、やはり、ゲームだろうか? いやぁ、もう少し考えよう。
堀井の事など気にもしない省吾は、一人で腕を組んだまま帰路につく。冬の澄んだ空気に浮かぶ月は、そんな省吾が進む道をうすぼんやりと照らしていた。