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名無しのエース  作者: 慎之介
六章
58/82

 反乱軍の拠点に変わった地下鉄の駅は、様々な施設が作られるほど多くの人々が利用した場所だった。そんな施設が作られていたのは人口の少ない田舎であるはずもなく、元々はかなり大きな都市が地上に存在していたのだ。


 国の要となれるほどだった場所は、敵国から標的とされる事が多い。拠点の地上にかつてあった大都市も、大昔の戦争で壊滅している。ミサイルによる攻撃を受けたその場所は周囲の地形が変わるほど、科学の炎で焼き尽くされ、長い間人の住みにくい場所へと変化した。省吾がノアへの攻撃に使用した巨石も、元は建造物の一部だった物で、川の元となったため池も遡れば浄水施設だったのだ。


 長い時間をかけて、自然の力だけで人間以外の者達には楽園となったその場所だが、人間の介入によって短い時間で再び大きく姿を変えている。大量の血が流れ、硝煙の臭いも残っているそこは、もう戦場と呼んで差し支えないだろう。今後動かす者は現れないかもしれない巨石達は自然の一部として取り込まれ、押し潰された林も蘇るだろうが、それは先の話だ。


 戦いの終わりを能力で知った反乱軍の者達は、勝利した事の喜びよりも、生きていられる事を真っ先に感謝した。その者達が感謝を捧げるのは神ではなく、窮地に駆けつけてくれた一人の英雄に対してだ。


「うっ!」


「あれが……英雄……殿……なのか?」


 ケイト達を連れて帰ってきた省吾は、反乱軍の者達が思い描いていた想像と程遠いただの人間だった。その為、時間介入組ではない者達のほぼ全員がギャップに戸惑う。


 ブーツの中にまだ水が入っている省吾の足音は耳障りなもので、戦闘服もぼろぼろになっており、鋭い目つきからは良い印象を受けない。だからこそ、省吾を見た反乱軍の者達は、英雄と呼ばれる青年に頭を下げて、敬意を体で表現した。


 反乱軍の者達は、省吾をただの人間であると認識した瞬間から、どれほどの苦労をしてきたのだろうと考える力があったからだ。どんなにみすぼらしい姿をしていたとしても、他人でしかない自分達の為に怪我を増やした省吾を悪く思うような者は残っていなかったらしい。


 ジョージによる不快な事件は、十分すぎるほどの犠牲者を出した。だが、同時に反乱軍内で溜まった膿も消す効果があったのだろう。


……これが、反乱軍か。


 拠点入口を目指していた省吾だったが、足を止めてケイト達のいる方向へ向き直り、念の為に指示を出す。


「カーン。これから、何をすればいいかの認識は出来ているか?」

 

 自分の肩を貸していたオーブリーをケイトの隣に座られたカーンは、顔を上げて省吾へ返事をした。


「ああ。索敵をしながら、万が一の準備を進めるんだろ? あの……ノアの奴等を処理するのは、それが終わってからでいいんだよな?」


 カーンからの返答を聞いた省吾は、満足したらしく相手から見えるように少し大きく首を縦に振る。


「後は、任せていいな?」


「ああ!」


 自分から問いかけた省吾だが、相手からの返事は分かっていたのか、カーンが返事を発するより少しだけ早く歩くのを再開していた。


 拠点の入り口である小屋の前では、古参の男性とヤコブが待っており、歩み寄ってくる省吾を真っ直ぐに見つめ続けている。戦闘を終えたばかりの上に痛みと戦っている省吾は、性格的な問題もあり、相手に気を遣った表情を作っていない。


「こりゃ……また……。凄い存在感だな……」


 血に染まっている戦闘服を着た青年の発する眼光を直視した古参の男性は、生唾を飲んで体を緊張させた。初対面の相手が強いと分かっており、鋭い目つきを向けてくるのだから、その男性が脈を早めるのは当然だろう。


「ありがとう! 助かった!」


 省吾が二人の前に立ち止まると、大人である古参の男性がまず頭を下げた。それに続いて、トレードマークである帽子を取ったヤコブも頭を下げる。


「僕からも……。本当に、ありがとうございました。貴方が来てくれなければ、僕達は今ここにいなかったでしょう……」


……この子が兄か。苦労をしてきたようだな。


 ヤコブを見下ろしていた省吾は、まだ幼い少年が苦労したのかと考え、遣る瀬無い気持ちから目を細めた。


「お前がヤコブだな? 案内を頼めるか?」


 ヤコブが帽子をかぶり直すのを待った省吾は、知っている者だけが分かる短い依頼をする。全てを理解しているヤコブは、首を傾げた古参の男性に仲間を手伝うように頼み、小屋の扉を開く。


「はい。こちらへ、どうぞ」


 地下へと続く階段からは、シェルター内に隠れていたはずの救護班の者が、仲間に連れられて駆け上がってきていた。


「あ……あの……」


 救護班である女性の一人は、省吾を見た瞬間にその場で治療を行うとしたのか立ち止まるが、ヤコブが首を横に振る。その女性は見た目もそうだが、勘で省吾の治療をするべきではないかと感じたようだが、ヤコブの真剣な目を見て救急箱を開こうとした手を止めた。


「暗視は使えないんでしたよね? そのランタンを、貸してくれるかい?」


 省吾がうなずくのを見て、ヤコブは救護班の女性が持っていたランタンを指さし、少しだけ表情を緩める。


「あ……はい……これ……。あのぉ……」


 救護班の中年女性は、省吾の治療をしなくて本当にいいのかと確認しようとしたが、瞬きを増やして言葉を詰まらせた。省吾の目付きが鋭いままなのも原因の一つだが、ヤコブがいつも以上に重苦しい雰囲気を醸し出している事に気が付いたからだ。


「あの人が……そうなの? 怪我……深そうだけど……」


「おいってぇ! 急いでくれよ! こっちだって!」


 救護班を呼びに行っていた男性はすでに小屋の外に出ており、怪我をしている仲間と女性を交互に見て、顔をしかめていた。省吾には治療が必要ではないかと気になっていた女性だったが、その男性からの催促で地下へ向かう階段に幾度か目線を送りながら、仕事をする為に小屋の外へ出る。


「こちらです。足元には、お気を付け下さい」


 シェルター内にいた者達にもノア撃退の報告はすでに済んでおり、拠点内は騒がしくなっていた。暗い通路を反乱軍の者達が忙しなく動いているが、ヤコブとその後ろの省吾を見ると、通路の端に寄って道を譲る。ヤコブの後ろにいるのが聞いていた英雄だとほぼすべての者が認識しており、好奇にも似た視線を送っていた。


「ふぅぅぅ……。ふぅぅ……」


 呼吸する事さえ辛くなっている省吾は殺気を感じ取る事は出来るようだが、その視線を気に留めるほどの余裕がない。


……まだいける。まだ、大丈夫だ。


 麻痺している箇所も多いが、発信している場所を特定できないほど大量の激痛が、省吾の体を駆け巡り続けている。今すぐ倒れ込みたい欲求を省吾も持っているが、それをしてしまえばしばらく動けなくなると分かっており、立ち止まろうとはしない。


 他の者に弱い部分を見せないのは強さといえなくもないが、やはり省吾の弱さなのだろう。弱さを見せず、笑う事もろくにできない省吾だが、恐怖も苦痛も悲しみも知って尚戦い続ける事だけは出来る。そんな省吾は誰よりも弱く、何者にも負けないほど強いのだ。


「ふぅぅぅ……。ふぅぅ……」


 ヤコブは慣れているせいか足早に通路をかなり奥へと進み、二人の周囲から徐々に人の気配も少なくなっていった。


「ここです……。ここに、僕のママがいます」


 通路の突き当たった場所にある扉をヤコブは鍵で開き、後ろを歩いていた省吾を先に中へと入らせる。省吾を気遣ったのか、ガブリエラは自分が必要としないろうそくに火を灯して待ち構えていた。


 ベッドで上半身だけを起こしているガブリエラの顔をはっきり見ようと、視界がぼやけている省吾は近づいていく。


……うん? なっ!


 視界が余りにもぼやけた為に、幾度か続けて瞬きをした省吾の耳に鈍い音が届き、ヤコブの声が聞こえる。


「ママ!」


 省吾の背後で扉に施錠をしていたヤコブは、ベッドから落ちた母親に気付き、叫んでいた。


 ガブリエラがベッドから落ちたのは事故などではなく、彼女自身が一人でベッドから出ようとして為だ。


 自分に走り寄ろうとしたヤコブに向かって首を左右に振ったガブリエラは、両手だけで省吾に向かって這うように床を進む。それに気が付いた省吾はガブリエラの前まで素早く進み、片膝をついてノアの王妃だった女性を間近から見つめた。


……これは。なんてことだ。


 ヤコブに反乱軍を任せガブリエラが第一線を退いたのは、そうするしかなかったからだ。片足や指の幾本かを無くしているガブリエラは、喉元に大きな傷があり、声を出す事が出来ないだろう事が省吾にも分かる。


 ヤコブには双子の弟がおり、兄のヤコブは母親から予知を受け継ぎ、弟のダニエルは父親から洗脳能力が遺伝した。王の洗脳能力を受け継いだ自分の子供を、ガブリエラはノアの者達から守ろうとして戦った。結果的にその子供を守りきれなかっただけでなく、ガブリエラは瀕死の重傷を負い、内臓にまで深刻なダメージを受けている。


 現在もほとんど寝たきりの生活を送っているのは、そうせざるを得ないからであり、好き好んでやっている訳ではない。ノアの参謀達が反乱軍殲滅を凍結した大きな理由も、ガブリエラ達が手強いからではなく、一番の目的をすでに果たしたからだ。


 ガブリエラの日記によって大よそを知っていた省吾だが、痛々しい女性の姿を肉眼で確認し、目を細めている。うつ伏せの状態から上半身を上げていたガブリエラは、省吾へとやつれた顔と虚ろな目を向けて再び涙を流し始めた。


「なっ! おい! なにを……」


 省吾を確認したガブリエラがとったのは、その時不自由な体で自分がとれる最大の謝罪行動だ。三つ指を付いたガブリエラは自分の額を床へと擦り付けており、省吾もさすがに驚きから動きが止まった。


 過去視の能力も持つガブリエラはサラ達の事を含め、省吾がどれほど辛い思いをしたか知っている。未来の為とはいえ、それを助けもしなかった自分を省吾が恨んでも仕方ないとガブリエラは考えているのだ。そんな相手へ更に助力を頼もうとしているガブリエラは、省吾に殺される覚悟までしているのだろう。


……この人は。俺なんかより、ずっと強いんだな。


 驚きから大きく開いていた目を再び細くした省吾は、相手に抵抗する暇を与えずに抱きかかえ、ベッドへと寝かせる。そして、もう一度ガブリエラを寝かせたベッドの前で片膝をつき、相手の目を真っ直ぐに見つめて言葉を発した。


「遅くなってしまった。すまない」


 省吾の優しさで出来た強い言葉は、ガブリエラの心に突き刺さり、溜めこんでいた気持ちを噴き出させる。


 今までの人生でどれほど重く辛いものを省吾が背負い、現在もどれほど厳しい状況に置かれているかを、ガブリエラはよく分かっていた。仰向けにベッドに寝た状態で首だけを省吾に向けたガブリエラは、尽きる事なく涙を流し続ける。


「俺を信じて貰えるか? 俺は……まだ……戦える!」


(はい……)


 省吾の肩に手を伸ばしたガブリエラは声を出せない為、テレパシーで返事をしたが、もし声が出せたとしても上手く喋れなかっただろう。顔をぐしゃぐしゃにして泣いているガブリエラは、省吾が自分の命を奪おうとしても、抵抗などするつもりはなかった。苦しさから死にたいと思う気持ち以上に、省吾がそれを望むのであれば、応えたいと考えていたからだ。


 洗脳状態で王の妃となったガブリエラは、王を今でも悪くは思っていないが、それは恋や愛とは少し違う。そんなガブリエラは幾度も過去を見つめていくうちに、省吾へ特別な気持ちが芽生えていたのかもしれない。今も自分の背負った重荷を容易く取り払った省吾に、ガブリエラはどうしようもないほど心を震わされている。


「ぐすっ……」


 母親の泣きながら笑う顔を見たヤコブは、鼻を一度すすると、ベッドから背を向けて扉へと向き直った。自分に時間が無いと分かっている省吾は、肩に乗せられた白く細い手を優しく掴み、自分から念波を送る。


(ガブリエラ……。俺に、オーダーを聞かせてくれ!)


 本心を隠す事も出来なくなったガブリエラは、子供達二人と平和な世界で暮らしたいと念波に乗せた。


「その依頼……引き受けた!」


 力強くうなずいた省吾は、掴んでいたガブリエラの手をベッドの上に戻し、勢いよく立ち上がる。そして、寂しそうに表情を歪めたガブリエラに顔を向けずに出口へと歩きだし、ヤコブの背後へと立つ。


「ありがとう……ございます……」


「礼をいわれる事じゃない。これは、俺が勝手にやっているだけの事だ」


 目を擦って振り返ったヤコブは、ちらりとガブリエラを見たが、すぐに鍵を開けて部屋から出て行く。予知の能力を持つ親子は、省吾が何故その場からすぐに立ち去ろうとしているかの理由を知っているのだろう。


「ついて来てください。用意はしてあります」


……予知か。なるほど。


 母親と住んでいる自室から出たヤコブは、通路を少しだけ進み、金属で出来た扉の前で立ち止まる。


「この部屋は、完全防音です。中に、薬や包帯も置いてあります。地上の処理は、僕に任せてください」


「助かる……」


 扉の鍵とランタンをヤコブから渡された省吾は、部屋に一人で入ると、内側から鍵を閉めた。そして、膝から崩れ落ちながら表情を苦痛に歪め、ついには床へ完全に倒れ込んでしまう。


「ごほっ! く……そ……はぁはぁ……。この……ポンコツめ……はぁはぁ……。ぐっ! ぐうっ! ううぅぅ……」


 口からだけでなく、目や耳からも血が流れ出した省吾は、一人薄暗い部屋の中で苦しみと戦っている。


 省吾を苦しめているのは、少し前に戦った大勢のノア兵士達から受けたダメージだけではない。限界を超え続けた省吾の体は、今やほぼ全てが死への階段を転がり落ちており、どうする事も出来ないのだ。


 異常ともいえる急激な回復は、省吾の寿命を信じられない速度で削り取っており、もう削る部分もほとんど残っていない。対価を必要としない力がないとよく分かっている省吾は、農園にいた頃から始まった不調で、自分の最後は悟っていたようだ。


……まだだ。まだ、終わってない。もう少しだけでいいんだ。くそっ!


 元の時代にいた頃から、省吾は死んでもおかしくないほどの怪我を幾度も負い、寿命を消費して立ち上がっている。そんな状況でも、平均寿命のまだ三分の一も生きていない省吾には、もう少しだけ時間の猶予が残っていた。


 だが、未来の世界で全ての始まりとなったウインス兄弟との戦いが、省吾の運命を変えたのだ。


「がっ……はぁ……ぐううっ! はぁ……はぁ……ぐう!」


 今までの省吾は、死んでもおかしくない怪我を負ってきたが、ウインス兄弟の攻撃は死んでないとおかしい怪我だった。省吾の強い意志は三途の川を渡った魂を二度も呼び戻したが、心肺まで停止した体は大きな代償を払っている。寿命を数十年単位で二度も削られれば省吾がいくら若くても、砂時計に残った砂は限られてしまう。


 体全体の細胞自体が最後を迎え始めた省吾は、一人で苦痛に耐えている。だが、瞳からは炎が消えない。省吾の強い意志は、守れなかった者達を思い出しながら、紅蓮の炎に燃料を注ぎ続けており、死への恐怖をかみ殺していく。まだ守れる者達が手に入れるべき未来の為に、その強い意志を持った省吾は、立ち上がろうとしているのだ。


「ふぅぅぅぅ……」


……よし。まだいける。俺は、死なない限り戦える。


 コンクリートで出来た部屋の床が、泥水と血で目を覆いたくなるほど汚れた頃、省吾は一人で立ち上がり、怪我の手当てを始めた。


 省吾が諦めない事を理解した絶望は現れもしないが、運命だけは時を超えた英雄を見つめ続けている。用意されていたバケツに入った水と雑巾で、省吾が床を掃除し終えたのと同時に、運命の歯車が短針を次の数字へと進ませた。


 能力により省吾の事が分かっているガブリエラは、省吾の出て行った扉を見つめ続け、まだ涙を流している。彼女の十年以上溜めてきた涙は、そう簡単には尽きてくれないのだろう。


「どうした? 怪我が痛むか?」


 班長である男性は、眉間にしわを作ったままのヤコブに声を掛けた。しかし、省吾の事を喋る訳にはいかないヤコブは、作ったしわをすぐに消して誤魔化す為に嘘をつく。


「なんでもない。ちょっと、目にゴミが入っただけだよ。ありがとう」


「そうか。どっか痛かったら、すぐにいえよ」


 ヤコブは自分を心配する男性に向かって、少しだけ不自然さがある笑顔を作り、索敵を再開する。


「はぁ……」


 拠点出入り口である小屋の前で索敵を終えたヤコブは、ジャケットのポケットへ両手を入れ、雲すらない空へと目を向けながら溜息をつく。


 太陽が一番高い位置から地平に向かって落ちて行く中で、反乱軍の者達は体力が残っている帰還した者達を中心に活動を続けている。森の中に転がっているノアの兵士だったものを、兵士達が使っていた馬と荷車を使って運び、川の中へ捨てていく。


 敵の首都は上流方向の更に先である為、下流方向に流してしまえば、気付かれ難いと考えてそうしているのだ。医療技術が衰え、疫病なども恐れなければいけない上に、地面を掘る労力を割けない反乱軍にとってはそれ以外の選択肢が無いのだろう。


「能力を無駄に使えないし……岩の下はどうしようもないな……。さて、後は馬か……」


 伏兵を含めたノア兵士達が乗ってきた馬は全員分ある為、百頭以上おり、どうするべきかと現場の指示をするカーンは腕を組んだ。


「そうよねぇ……。逃がして首都に帰られたら、洒落じゃすまないし……」


「あいつらが持ってきた、食料や服は助かるけどな」


 カーンの隣に並んだ第三世代の男女も、多すぎる木に繋がれた馬達を見ながら、頭を掻いている。


「草はいくらでも生えてるから……こいつらの食事には困らんが、世話をする労力がなぁ。最悪は……食料にするしかないかもしれんな」


「マジで? 馬食うの?」


 第三世代の男性から受けた非難に、カーンは馬を食用にしてきた地区が昔からあった事と、自分も嫌だと説明していく。


「中尉さん……。ちゃんと休んでくれてるかな……」


 馬を殺したいわけではないが、カーンへ反論するつもりが無い第三世代の女性は、拠点入口方向に顔を向けて呟く。帰還した者達は省吾が倒れるまで戦う姿を見ており、戦力云々ではなく、純粋に心配している者も多い。


「はぁぁ……」


 シェルター内で毛布にくるまり、横になっていたケイトも、上半身を起こして大きな溜め息をついていた。


「大丈夫?」


 隣で横になっていたオーブリーも体をおこし、涙を溜めながら膝を抱えたケイトの背中に手を置く。同じように休んでいる第三世代の者達も、ケイトの気持ちは知っている為、渋い表情をケイトに向けていた。


 ノア兵士達が再度攻めてこないとは決まっていない中で、戦闘不能になった者達は自室へとは帰らず、シェルター内で休んでいる。ただ、ケイト達がシェルター内に入る代わりに、戦闘力が低いファーストやセカンドの者達は、カーン達の手伝いをする為に外へ出ており、内部の人数はあまり変わらない。


「オーブリー……。あの人は……強いです。一人でも……。私は、あの人に何が出来るでしょうか……」


「体力と能力を回復させて、精一杯手伝うしかないじゃない。大丈夫。あんたなら、あの人を支えられるようになるって。ね?」


 省吾を心配する事で頭がいっぱいになっているケイトは、意味がないと分かっていながらもついつい考えを口にしてしまう。オーブリーもケイトの気持ちが理解できているらしく、優しい顔で根気強く慰め続けていた。


「それで、それで?」


 時間介入組が固まっている所から少し離れてはいる場所では、同じ人物を話題にあげているが、内容が全く違っている。


「大岩に乗って、颯爽と登場だ。間近で見ると、もうそりゃ、すげぇ迫力だったぞ。地面も地震みたいに揺れてたしなぁ」


「いいなぁ……。私も英雄様の活躍……見たかったなぁ……」


 省吾のダメージに気付いていない者達は、反乱軍内で唯一の明るい話である英雄譚を、笑いながら喋りあっていた。


「流石、フィフスを倒すだけはあるよ。百人のうち、ほとんどを一人で倒しちまったらしいからなぁ」


「うふふっ。まさに、英雄って人なのねぇ。私らとは、別世界の人よねぇ」


 事情を知らない者達に敢えて説明をしようとはケイト達もしないし、悪気が無いともよく分かっている。だからといって、聞いていて気分のいいものではないようだ。


「仕方ないんだけどさ……。勝手な事いってるよね。エーさんも、同じ人間なんだけどなぁ」


 第三世代の女性が呟いた言葉に、両目を閉じて溜め息を吐いたオーブリーが、念の為に釘を刺す。


「そっ……。あんたのいった通りよ。仕方ないの。ね?」


 ただでさえ浮いた存在として扱われる時間介入組は、口論にでもなってしまえば、敵が増える事はあっても減る事はない。大事な時期に不協和音を響かせるのはよくないと、オーブリー以外の者も分かっており、それ以上の言葉を止める。


 省吾の活躍によって暗かった雰囲気がはらわれるのは、時間介入組の皆も悪い事だとは思っていないのだろう。


「はぁぁぁ……」


 フィフスを省吾が倒したと聞いて、自分も浮かれていた事を思い出して更に気が重くなったケイトは、ゆっくり立ち上がる。


「お手洗いに行ってきます……」


「一人で大丈夫?」


 毛布を軽く折りたたんだケイトは、オーブリーに力なく笑いかけながらうなずく。そして、シェルター内のではなく、その時は外のトイレへと向かう。その場から離れて一人になりたいのかもしれないと察したオーブリー達は、ケイトの行動に問いかけたりはしない。


「今だからいうけど……。ケイトがあの人を好きになった理由が、やっと理解できたって感じなんだよねぇ……」


 ケイトがシェルターを出て行くと同時に、第三世代の女性が目を細めて笑い、オーブリーがその女性へ顔を向ける。


「一応いっておくけど、ケイトの事も分かってるから、私は変な事しないわよ。私がいいたいのは、ケイトってうちらの中ってか、普通に美人じゃん? で……」


「ああ、はいはい。いいたい事は分かる。中尉さんって、ぱっと見華やかなタイプじゃないし……」


 オーブリーと第三世代の女性は、周りの会話を聞きたくないという部分もあるのだろうが、省吾の事をあれやこれやと分析し始めた。


「ちょっと、硬すぎるけど、性格悪くなさそうだよね。てか、他人の為に必死になれる時点で、十分なんだと思うけど」


「でもそれって、彼女からするとマイナスだと思うわけよ。だって、他の人の為に命かけちゃうんでしょ? やめろ、馬鹿ってなるでしょ? 普通」


 姉のような存在である女性の隣に座っていた第三世代の男性は、壁に背をつけて腕を組んで目を閉じていたが、女性二人の会話が気になったらしく目蓋を開く。そして、もう一人の第三世代である男性も、喉の渇きから目をさまし、水筒の水を飲みながら女性二人に目を向ける。


「口数少ないのも、良し悪しって所? あそこまで何考えてるか分からない感じは、あたしは駄目ね……。分かりあってるって、結構大事でしょ?」


「てか、それ以前に、危険な香りのする男じゃなくて……。間違いなく危険ってとこが……ねぇ」


 自分の傍らで寝息を立てている女性の前髪を、指で目蓋にかからない様に動かした第三世代の男性は、息を吐きながら首を小刻みに左右へと振った。もう一人の第三世代である男性も、眠れないといわんばかりに上半身をおこし、胡坐をかいて大きな欠伸をする。


 家族と変わらない女性達の気を遣わない会話は、男性二人の居心地を悪くさせているようだ。会話に加わるだけの勇気もなく、これ見よがしに女性二人から離れるほどは怒っていない二人の男性は、どちらからともなく口を開く。


 聞きたくない事を聞かない為には、耳をふさぐのではなく、別の事で気を紛らわせる事が一番だと二人は知っているのだろう。


「しかし……あれだなぁ。まさか、あの人があんな性格だったなんて……。へっ……思いもしなかったよな」


 持っていた水筒をもう一度傾け、口元から垂れた水を袖で拭った男性は、相手の会話に付き合おうと考えたらしく返事をする。


「分かる訳がない。内面どころか強さですら、お前から話を聞いていても、実際に戦うまで俺は分からなかった」


「んんっ? お前って、あの人と直接戦った事あったか?」


 首を分かりやすく傾けた男性に、自分が発生させた光の膜を、省吾がアンチマテリアルライフルで破ろうとした事を第三世代の男性は説明した。


「俺の防御は完璧だ……と、あの時までは自惚れられもしたんだがな。よくよく考えれば、あの時も殺せなかったじゃなくて、殺さなかったなんだろうよ」


 相手からの話を聞き、学園で省吾と戦った事を思い出していた男性は、自分の肌が粟立つのを感じている。念の為に近くで待機していたオーブリーが、ヘリを使って助けてくれなければ自分が死んでいたと、その男性は分かっているのだろう。


「俺も正直、あの人とやり合うまでは、自分が一番強いって自信があった。まっ、俺達の世界ではフィフスなんて化け物は、いなかったからな」


 少し自虐的に笑いあった二人の男性は、目線を逸らすとしばし沈黙し、強さについて自分達なりに考えていく。


「今……。俺達が戦いを挑めばどうなるだ……。いや、聞くまでもないな。ほぼ間違いなく負ける。あの時でさえ、俺達はほぼ負けていたんだよな……」


「多分それだけじゃないぞ。今は、俺達十に……九人が、万全で挑んでも、ぼっこぼこにされるんじゃねぇか?」


 握っていたタオル代わりの布で、姉のような女性の額に浮き出してきた寝汗を拭いた男性は、少しだけ寂しそうな顔をする。


 時間介入をしていた者達は、お互いが本当の家族の様な関係であり、ダリアの事を簡単に忘れられるはずもないのだ。虫がいいと自分達で分かっていながらも、省吾がもう少し早く合流してくれていれば、ダリアも生きていられたかもしれないと考えてしまう。


「ああ……ええぇぇ……。お、お前、どれぐらい回復してる? 俺は、もうすぐ動けそうなんだけどさ」


 オーブリー達の会話が聞こえ始めた事で自分の沈黙を認識できた男性は、握っていた布を眠っている女性の枕元に置いて問いかける。相手がなぜそのように取って付けたような会話を続けたか分かっている第三世代の男性も、苦笑いを浮かべて話を続けた。


「うん? そうだな。俺は、怪我も大した事ないし、寝たからな……。もう動ける。まあ、能力は一割までって所だが……」


 それからも男性二人は、意味の無い話をぎこちなく続け、女性達の生々しい会話を耳に入れない様に努力していく。


「はぁぁ……。いけませんねぇ……。私って、いつからこんなに弱くなったんだろ……。はぁ……」


 シェルター外のトイレ内個室で、一人泣くでもなく思い悩んでいたケイトは、ろうそくを持つと立ち上がって個室を出た。そして、桶にくんである水で手を洗い、洗面台に取り付けられている古びた鏡で、自分の顔を見ながら再び物思いにふける。


……このブーツも限界だな。うん? これは、使えということか?


 掃除を終えた部屋で仮眠から起きた省吾は、靴底が剥がれ始めたブーツを床に置くと、ヤコブが用意した袋から靴を取り出す。立体成型した少し厚手の布に、木やゴムを縫い付けたその靴は、反乱軍の者が日常的に使っている物だ。


……流石に、こっちも無理だな。これを使わせてもらうか。


 汚れだけでなく、敵の攻撃で穴だらけになった戦闘服を小さく纏めた省吾は、ヤコブの用意したシャツとズボンを身に着けた。その上から、防弾チョッキやホルスターをつける事を忘れない省吾だが、戦闘服と違ってあまり見た目はよくない。


……よし。これでいい。


 見た目を全く気にしない訳ではないが、今は実用性が大事だと考えている省吾は、そのままランタンを持って外へと向かう。


 後ろや前に進むだけでなく、立ち止まってさえ死が口を開けて待っている状況でも、省吾の目に迷いはない。どこまでも自分にストイックな省吾は、己の命をもっとも有効に使う為にだけ、歩を進めていく。


「あ……あの! エー! あの!」


……うん?


「シス……ケイト。もう、体は平気なのか?」


「はい! あの、エーも……その……。私なんかより、怪我がひどかったですし……あの……」


 トイレから出た所で省吾を見つけたケイトは、つい顔を緩ませ頬を染めて駆け寄ってしまった。そのケイトは、省吾の激し過ぎる心中に気付く事が出来ない。


 ただ、能力でも使わない限りそれは誰にも不可能なのだから、仕方の無い事なのだろう。

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