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名無しのエース  作者: 慎之介
五章
57/82

拾参

 人口が急激に減った未来の世界では、植物の成長を阻害する原因が減り、森どころか樹海と呼べる場所が増えていた。住家にしていた森から誰よりも遠くへ逃げた鳥達は、日頃テリトリーにしていない森の枝にとまり、羽を休ませている。


 その鳥達が巣を作っていた血生臭く変化した森で、火の手が上がった後に、水面を打ち付けた鈍い音が響く。


「うっ……しゃああぁ! っと! うおっ! うおわっ!」


 残り少ない能力を、仲間達の補助を受けて敵へ直撃させた第三世代の男性は喜び、拳を握った。しかし、残りのノア兵士四人から集中砲火を受け、急いで仲間の作った光る膜の裏へと逃げ込む。


 省吾が到着するまでに、能力の残量を削られるだけ削られた五人は、能力を使うたびに目の前が白み、いつ気を失ってもおかしくない。


「下がれ! 俺達の後ろで、回復しろ!」


 ふらふらになっている五人の前に、まだ少しだけ余裕の残ったカーン達が出て、敵の能力を防いでいく。発光させた手の一メートルほど先で、飛んできた光で出来た矢の軌道をずらしたカーンは、ちらりと川へ目線を送る。


 強力な空気のハンマーで殴られたノア兵士の一人は、川の中でもがいていたが、力尽きたのかゆっくりと水中へ沈んでいった。やがてぷかりと水面に背中だけを出したその兵士は、骨が幾本も折れた上に軍服ごと皮膚を焼かれたのだから、水中に落ちなくても延命するのは難しかっただろう。


 ケイト達時間介入組の奇襲は、順調といえない部分も多いが、どうにか被害を出さずに策を遂行できていた。


 敵兵士達は、ケイト達が予想していたよりは軍人として訓練を積んでいたようで、散り散りに逃げはしていない。生き残った六人が集まり、指揮官達のいる森へと向かって移動しており、誘い込みたかった川辺に向かってくれたのは好都合だが、確固撃破は出来なくなっていた。それでも最初の奇襲で、一人を圧縮された空気と地面に挟み込んで潰せたのは、第三世代の男性が持つ能力特性のおかげだろう。


 ノア兵士達はケイト達と違って能力の余力が十分にあり、奇襲後時間介入組の面々は激しい反撃を受け、作戦としてではなく生き残る為に選ぶ余地などなく後退している。カーンを殿にして川岸まで逃げた所で、ケイトが気力を振り絞って精神波を放ち、もう一人を第三世代の男性が能力で吹き飛ばした。


 この一連の動きでノア兵士達に、自分達が強敵だと認識させる事にケイト達は成功した為、後先を考えない敵からの攻撃はおさまってきている。ジョージの情報で、反乱軍の中に自分達と同じフォースがいるとノア兵士達も分かっている為、仲間の死を見て多少の恐怖を感じているのだ。それは、ケイト達がより安全になると同時に、反撃の間合いを敵から外されている事も意味していた。


「よし。ここまでだな」


 自分達が出来るのはそこまでだと判断したカーンは、仲間に目線だけで合図を送り、相手から押し込まれているように見せかけながら、後退する。


「おっ! 下がった! 下がったぞ! いける!」


 カーン達がどんどん下がって行くのを見て、ノア兵士の一人は踏み出そうとしたが、それを隣にいた一番年長らしい兵士が止めた。


「待て! 不用意に近づくな! また、反撃が来るぞ! 距離を取って、防御の準備をしておくんだ」


 多少の老獪さも持ち合わせている三十代らしい兵士は、安全策を指示し、残り三人はそれに従う。巨石の攻撃で脳がまだ混乱している中で、どうすればいいかを自分で考えるより、指示に従う事を三人は選択したようだ。


 指示を出し始めた兵士達は、敵を倒したいという欲求よりも、生き残りたいと考えている為、相手に背は見せられないが無茶はしたくないのだろう。


「こっのっ! くそ……」


 光の膜を発生させていた第三世代の男性は、足元がふらつき始めており、それを見たオーブリーが背中を引っ張った。


「あんた限界よ。さがりなさい。相手が四人なら、カーン達だけでも大丈夫。私達は、万が一を考えて回復するの」


 防御に関して比較的万能な膜を発生させられる第三世代の男性は、まだカーンの隣で踏ん張っていたが、流石に限界を迎えたらしい。


「俺が前に居ては、足手まといになるか……。分かった」


「防御は余力のある三人に任せて、私達は回復させた力を攻撃に向けましょう。それで、相手も不自然に思わないはずですから」


 八人で固まったケイト達は、守りに徹しながら、誘い水となる攻撃をしつつ、目的の場所へと移動する。ケイト達と一定の距離を置いて攻撃を続けるノア兵士は、その先に何が待っているかも知らずに、川岸を下流へと向かって行く。


 それと同じ頃、森の中で耳障りな甲高い炸裂音が響き、空中を固まって旋回していた羽虫が短い生涯を終えた。森の中にある、舗装されていない反乱軍の作った道を歩いているのは、ノアの指揮官と副官だ。羽虫に以前コピーした衝撃波の能力を使ったのは、少し機嫌が悪くなっている副官だった。


 大きな音で暴れ出していた馬を抑えるのを手伝わされ、空腹も感じ始めている副官は、苛立っている。その苛立ちは、中途半端な判断を続ける指揮官を見て更に増大しており、羽虫達は八つ当たりの犠牲になったのだ。


「あのですね。待ってたほうが、いいと思うんですが……」


「いや……。しかし、地下に入ってもテレパシーは使えるはずだしなぁ。それに、戦力が多いに越した事はないと……思うんだが……」


 先に行かせた八人からテレパシーのよる定期連絡が無かった為、指揮官は副官と共に自ら反乱軍拠点へと向かっている。


「はぁぁ……。そうですか……」


 効率的とは程遠い指示しか出せないにもかかわらず、自分の意見をのらりくらりと受け入れない指揮官に対して、副官は溜め息をつく。


 ネイサン直属の部下であるその副官は、他の者達のように指揮官の男性から可愛がられていた者ではない。胸の星も指揮官と同じく三つある副官は、立場上仕方なく従っているが、我慢の限界には達しようとしている。


 ネイサンの元で鍛えられていたせいで、副官の方が指揮官より頭の回転がよいのだから、当然なのかもしれない。惜しむとすれば、副官の男性は戦闘力ではフォース内随一なのだが、回転が多少早いとはいえ一般人レベルで、ネイサンやリアムのような特出した賢しさは持ち合わせていない事だ。


 参謀であるネイサンが直接出向く事はないにしても、リアムが指揮官になっていれば、省吾はもっと苦戦を強いられ、ケイト達はすでに死んでいたかもしれない。さらにいえば、副官としてでもリアムがその場にいれば、上手く指揮官を丸め込み、戦局は違っていただろう。


 まだ若く、状況に流されてしまいがちな副官の男性は、怒りを自分よりも弱い者へ向けて誤魔化し、行動を起こさない。ネイサンから日頃、怒りをむやみに表にだし、不必要な軋轢を生まない様に教えられた事が、その時はあだになってしまった。


「そりゃ……参謀に、十年もなれないわけだ……ったく……」


 指揮官の前を歩いて口元を見られない様にした副官は、相手から聞こえないように気を付けて愚痴を吐く。森の中にいた為に巨石を見ていないその副官は、作戦がほぼ失敗した事に気付いていない。


 その副官である男性は、首都への帰還後、指揮をとる男性の無能ぶりを、ネイサンへどう報告するか考えている。先を読む事自体は間違えではないが、全てがうまくいった後の皮算用ともいえるその考えは、戦場では正しくない。


「なっ! なんだ? まさか、敵の伏兵?」


「どうした? 敵か? どこだ?」


 前を歩いていた副官が急に止まり、両手を発光させた事で、指揮官も小さな垂れた目を少し大きく開いて立ち止まった。戦闘訓練よりも事務的な仕事をしていた指揮官は全く気付けないが、副官は超能力者特有の勘で敵の存在を察知したらしい。


 森での戦闘も慣れている省吾は、相手から見えない様に気を配り、ほとんど音もなく走っている。それでもその省吾を勘だけでいると断定した副官は、ケイト達時間介入組の者より、戦闘に関しては上なのだろう。


「どうなっている? 能力でも使っているのか? なんだこれは?」


「敵なのか? えっ? 来てるのか?」


 指揮官の言葉を無視している副官は、不均等に生えている木々の先を見つめ、眼光を鋭くしていく。直感で確かに何かがいると感じている副官だが、省吾は卓越した体捌きで相手に気配自体は悟らせていない。


「なあって! 敵がいるのか? なあ?」


「黙ってろよ! 敵だよ! 来てんだよぉ!」


 なんとか相手の正体を捉えようとした副官だが、指揮官により集中力を乱され、怒りの混じった声を背後に向ける。省吾の気配を全く感じなかった事で、副官は敵との距離を測りきれておらず、不用意に怒鳴り声を出すと共に視線を少しだけ後ろに向けてしまった。


 風が草を揺らす音に紛れて、二人がいる数メートル手前にある木の後ろにまで到着していた省吾は、相手の致命的なミスを利用する。


……今だ!


「こいつっ!」


 首をまだ指揮官に向けたまま、眼球だけを動く影のようにしか見えない省吾に向けた副官は、反射的に全身を発光させた。


 単身で向かってくる省吾を見た副官は、その素早さから相手を身体強化能力者だろうと、推測したのだ。そして、敵が使う身体強化に対抗する為に、相手の能力をコピーしようと、自分の能力を発動させた。


「はっ? なんだ、これぇ! こんな!」


 フォースである副官は、セカンドでしかない省吾の能力を余すことなく使えるが、武器も持っていない素手ではあまり意味がない。突風を思わせる素早い動きは、省吾の鍛えられた体によって生み出されたものであり、副官のコピー能力では再現できないのだ。それだけでなく、省吾は拳や蹴りを武器とみなして強化する事は出来ても、防御に使える能力は持っておらず、副官は以前コピーした能力を使うべきだったのだろう。


 戦場で二つ以上の判断ミスをすれば、それは命へと直結してしまう。


……遅い!


 弾丸の遅い拳銃しか持っていない省吾は、それを使う事で相手に防御される可能性を計算し、接近戦を選択した。相手の死角から一気に懐へ飛び込んだ省吾の右手には、逆手に握られたナイフが真っ黒に染まっていく。


 全く状況が認識できていない指揮官と違い、副官は省吾の能力で両手を発光させたが、体捌きの速度が違い過ぎる。硬い巨石を突き刺しても刃こぼれ一つしない省吾の握るナイフは、骨に到達するほど深く敵の首を切り裂いた。だが、前屈みだった体を瞬間的な恐怖から、後ろにそらした副官は、頬を風が撫でた様にしか知覚が追いついていない。


 拳を放つようにナイフを突き出していた省吾は、副官の首を通過させた刃をそのまま指揮官の喉元にあて、今度は自分の胸に腕を巻き込む様に引く。敵が近付いた事さえ分かっていない指揮官は、省吾が自分の首を裂いて脇を通り過ぎた事にすら、気付いていないようだ。


「がっ! あ……ああ……あああっ!」


 発光させた右拳をふるった副官は、その勢いで左側面から地面に落ち、深く刻まれた首の傷から血を流していく。副官の倒れるさまを見ていた指揮官も、喉から首筋までに達する深い傷を負っており、その場に力なく倒れ込んだ。


 省吾の用いた武器が普通のナイフであれば、状況がすぐに理解できた副官だけは、能力で血をふさぐ事も出来たかもしれない。だが、ファントムを生み出す金属との情報交換が発生し、能力を発動できないまま、出血が致死量を迎えた。


「ごっ……おっ……」


 副官とは違い、隙間の出来た喉から肺に血が流れ込んだ指揮官は、失血死よりも先に呼吸困難で痙攣した後に息絶える。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 気配を消す為に呼吸さえ止めていた省吾は、息を整えながらナイフを腰のケースに戻し、倒れたまま血溜まりを作る二人の前にしゃがむ。片膝をついた省吾は、二人の血でぬめる首筋に指を這わせ、目を閉じて脈がない事を確認した。そして、千里眼を発動した省吾は、森の中に敵が残っていないかを確認し、閉じていた両目蓋を開く。


……よし。次だ。


 敵がいないと確認を終えた省吾は、気配を消さずに舗装されていない道を、真っ直ぐに拠点へ向かって走り出した。反乱軍拠点の周囲にある森から敵が一人もいなくなるまで、省吾は止まらない。


 目的の場所へ到着したカーン達は、後退するのを止め、真正面から敵の攻撃を防いでいた。攻撃は最大の防御と表現される事もあるが、それは敵を駆逐する事で守る労力を最小限で抑えることが出来るからだ。逆にいえば、敵を怯ませもできなければ、その作戦は失敗といえる。


「くそっ! はぁはぁ! いい加減にしろよ! このっ!」


 光っていない為、目視は出来ないが掌大の力を飛ばしているノア兵士が、肩で呼吸をしている。その兵士が飛ばした渾身の一撃は、第三世代の女性が使う指から伸びる光で、軌道を逸らされ、地面に生えていた雑草を刈り取る事しか出来なかった。


「焦るな! ふぅ! ふぅ! 見ろ! 相手は限界だ! もうすぐ終わる!」


 兵士四人の中で一番冷静な年長の男性は、ケイト達がほとんど力を使い果たしている事だけでなく、前に立っている三人の顔色が悪くなっていると気付いている。


 仲間を救いたい一心で、伏兵と戦う際にカーン達は全力を出し、早期に決着をつけることが出来た。ただし、省吾のように銃や体術を主体とした戦い方が出来ないカーン達は、超能力の残量を半分近くまで減らしている。


 フォースともなれば、相手能力を防ぐ事の出来る技を最低一つは身に付けてはいるが、万能タイプの膜を出せる者は時間介入組の中で一人だけだ。カーン達は相手の攻撃を見極めた上に、仲間へ被害が及ばないように一つ一つ弾く為、繊細な力が要求されている。ただでさえ能力残量の少ない状況で、集中力を切らすわけにもいかないカーン達は、間違いなくノア兵士達よりも不利だ。


「大丈夫か? まだだ。まだだぞ。まだ、頑張ってくれよ。もうすぐだ。あの人はきっと来てくれる」


 カーンは自分も苦しいと感じているが、仲間達へ声を掛け続けており、それによって全体の気力に穴が開くのを防いでいた。


「ああ! 俺は大丈夫だ。心配するな」


「ええ! まだいける! まだいけるわ!」


 仲間の盾となっている三人だけでなく、後ろで残り少ない能力残量を少しずつ回復させている五人も、目から活力が消えない。時間介入を行っていた八人の目からは、たとえ死んだとしても光が消える事はないだろう。


 何故なら、八人が信じているのは幻想の様な儚い希望ではなく、二十一世紀の世界で生きたまま伝説とまで呼ばれた猛者だからだ。


「なんだ? あいつら? 何かあるのか?」


 劣勢な状況で気力を失わないカーン達を見て、年長の兵士は撤退するべきかと考え始めている。だがそこは、もう少しで目の前にいる敵を倒せそうだという思いが邪魔になり、決断できない。


 敵前での撤退は、そう簡単に決断できる類のものではない為、戦場の経験が少ないノア兵士では簡単に選ぶことが出来ないだろう。それでも、後退も撤収も五体満足なうちにしか出来ない事を、年長の兵士はよく考えるべきだろう。


 撤退は敗れてから行う印象も強いが、戦略として使用される場合には、一局面で敵より勝っていても使われる事が多いのだ。


「ぐっ! くそっ!」


「よっしぃ! もうちょいだ!」


 第三世代の男性が敵能力の攻撃でよろけ、ノア兵士達はもうすぐ終わると思ったらしく、笑みをこぼした。彼等ノア兵士の中に広範囲の索敵が出来る者が残っていれば、撤退も出来ただろうが、現実はそれほど上手くいかない。


「はぁ! はぁ! しかし……流石に……。はぁ、反撃に出るにもここらが、限界だぞ? はぁはぁ……」


 時間介入組の盾になっている者の残量が約二割を切ったところで、目を閉じて力を溜めていたケイトが顔を急いで森へと向ける。それからコンマ何秒だけ遅れたカーンも、直感で救援の接近を感じ取り、目を細めて声を出す。


「間に合ったぞ。いいな。さっきの打ち合わせ通りに頼むぞ。合図は俺が、一歩さがったらだ」


「おう! こっちも、回復できた」


 後ろに下がっていた五人が発光させない様に気を付けながらも、能力を使う為に力を手や頭に集中させていく。


「行きます!」


 カーンが下がると同時にケイトはその日三度目となる精神波を放つが、すでに対策をされており、効果は全くない。ケイト達はそれも想定内であり、他の者も相手に効果が無いであろう攻撃を仕掛け、意識を自分達だけに向けさせる。


「おらああぁぁ! どうした? こいよ! 腰抜けどもが!」


「そうよ! なに? 私が、そんなに怖い?」


 第三世代の男性を筆頭に、ノアの兵士を声と態度で挑発した八人は、自分達に向かってくるであろう怒りのこもった攻撃を防ぐため、防御側の能力を発動させた。自分達が優位に立っているにも関わらず、煽られた敵はダメージを受けなかった事もあり、ケイト達の思惑通り顔を赤くして能力の光を放つ。


 ケイト達八人は、残り少ない能力を使い切るつもりで防御に回し、サイコキネシス同士のぶつかりは川岸に幾つもの爆音を轟かせた。


「はっ! はっ! はっ! はっ!」


……もう少しっ! もう少しだ! 耐えろっ!


 敵指揮官を討伐後、森を全力疾走すると選択した省吾は、やはりまともな考え方が出来る者ではないのだろう。森は、森と呼ばれるだけの広さがあり、短距離の勢いで全力疾走すれば、倒れてもおかしくはない。それでも、ケイト達を守りたい省吾は、速度をほぼ緩めずに走りぬき、筋肉や肺の上げている悲鳴を無視していた。


 誰かを守りたいと思う時に省吾の意志はもっとも強くなり、肉体の限界を突破させ、あり得ないと思わせる結果にたどり着く。時間介入組の能力残量を計算すれば、その命を消費した走破が必要ではあったが、まね出来る者などそうはいないだろう。


……よしっ! あそこだ!


 ついに目的地にまで到着した省吾は、金属生命体製ではないナイフを二本抜き、能力で光らせて大きな木に投げつける。


……ここで! 終われるかああああぁぁぁ!


 体だけでなく、巨石に誘導の力を付加した事で能力まで限界を超えている省吾は、肉体から剥離しそうだった意識を無理矢理つなぎ留めた。そして、走る勢いを殺さずに、木の幹へ突き刺さったナイフの柄に足をかけ、大きな木を一瞬で駆け上がる。


 身体強化の能力を持っていない省吾は、蹴りの威力は高められても、筋力自体は超能力で底上げできない。だが、能力を付加した足で木の幹を蹴り付ければ、衝撃によるダメージを負う事と引き換えに、反動の力は得られる。


 自分の苦痛を計算に入れない省吾は、高い木の上から蹴りの反動を生かして大きく跳び上がりつつ、拳銃を抜く。空へと向かうプラスの力と、重力によるマイナスの力がちょうど噛み合う瞬間を、直感で認識した省吾は、拳銃の引き金を引いた。


……撃ち抜けえええぇぇぇぇぇ!


 拳銃内でおこった爆発は、空中に飛び出した省吾の姿勢を制御すると同時に、弾丸を放出する。誘導の力を持った輝く弾丸は、森の空で急激な軌道変化をおこし、ケイト達に攻撃をしている敵へと向かう。


 ケイト達に意識を向けたノア兵士達は、能力のぶつかる爆音に銃声が紛れていると、気付けなかった。そして、攻撃に自分達が集中している間、意識外から飛んでくる弾丸に、無防備なのだと、考えもしていない。


 たとえ六人だったとしても、ノア兵士はフォースである為、サードを含めた反乱軍の者が真っ向から戦えば犠牲は避けられなかっただろう。何よりも、敵の増援が来た場合に、どうする事も出来なくなり、待っているのは最悪の結果だけだった。


 自分が無理をすれば犠牲者もなく、戦う余力を反乱軍に残せると考えた省吾の策は、見事に成功をおさめる。


 川に省吾の体がぶつかって水柱が立つと同時に、森の中に残った最後の敵四人は、崩れ落ちた。ビルの高さでいえば、三階から四階の位置から水面へ落ちた省吾は、最後の瞬間まで引き金を引き続けた。それは着弾する箇所が悪ければ、敵が倒せていない可能性がある為、その省吾にとってマイナスの要素を、弾丸の数で塗りつぶしたのだ。


 万が一敵が生き残った場合に、気を緩めたケイト達が危ないと分かっている省吾は、水面に体が叩きつけられて受ける痛みよりも、攻撃を優先させた。木から跳び上がった省吾が、水面へと到達するまでは、わずかな時間しか必要としていない。その為、反応できず、受け身を取る事も出来なかったという理由で、同じ結果になる者もいるだろう。


 しかし、省吾の思考は脳が分泌した化学物質等により加速状態にあり、ダメージを最小限に抑える事も出来た。その上で、本能すらも強い意志で握り潰し、来ると分かっている苦痛を微塵も恐れない省吾と同じ事は、そう簡単には出来ないだろう。


 省吾の体が川に入水して出来た大きな水柱は、雨のように周辺に降り注ぎ、太陽光の乱反射で虹のようなものをケイト達に見せる。大粒の水滴に幾度も体を打たれているノア兵士四人は、急速に脳を含めた細胞が最後に向かって行く。


「やった……やったああああぁぁぁぁ! おい!」


「うん! うん! うん!」


 能力を使い果たし、地面に腰から崩れ落ちた第三世代の男性は、同じようにしゃがみ込んだ女性と抱き合って叫んでいる。


「はぁぁぁ……。うっしゃっ!」


 念のために光の膜を何とか維持していた男性も、能力を使い果たすと大きく息を吐いて、座り込みながら両こぶしを握って喜びを体で表現した。


「ケイト! やった……やった! ね? やったのよぉ!」


 笑顔でケイトにハグをしたオーブリーは、能力を使い切っており、フラフラだがお互いの体をなんとか支え合っている。


「はいっ! やりましたぁ! エーは、約束を守ってくれる人です! 信じてましたぁ!」


 笑顔で抱き合っている二人の女性も、空から落ちてくる水をかぶっているが、目からは別の透明な液体が流れ出していた。


 能力をすべて使い、まともに動くことも出来なくケイト達五人と違い、少しだけ余力の残ったカーン達帰還した三人は顔をしかめている。作戦の成功は、カーン達も素直に嬉しいと感じているが、省吾と数日間過ごしてきたせいで手放しには喜べないのだ。


「中尉さんよう……。あんた……。かっこつけすぎじゃねぇか?」


 省吾の元居た時代ではあるが、大戦中にも同じような事は幾度もあり、立場が違う人間の感じ方の違いは時代が変わっても似ているのだろう。ケイト達五人を助けられた住民だとすると、カーン達三人は共に戦った国連軍兵士の立場だと、表現できる。


 省吾は経験を積み確かに強くなっているが、帰還した二つのチームを助ける為に、無傷でいられるほどではない。三つあったチームのうち二つまでしか省吾の手が届かなかったのは、時間介入組の中でも強い二人がいたからという理由だけではないのだ。


 二つあったチームを助けるだけでも、省吾は元々弱っていた体を酷使し、一時戦闘不能にまで陥っていた。死者が二人、重症者四人だけに抑えられた事をカーン達は喜んだが、省吾は犠牲者が出た事で自分の弱さや決断の遅れを悔やんだ。カーン達帰還した者達は、地面へと二人の犠牲者を埋める間、省吾が眉間にしわを寄せ、唇を血が出る程噛んでいた事を忘れられないだろう。


 二日かからずに常人よりも回復した省吾だが、ケイト達を助ける為に先陣を切って伏兵と戦い、ダメージを受けた。怪我人を運んだ為、時間が無かった事もあり、捨て身のカウンターを乱用した省吾を、カーン達帰還した者達は隣ではっきりと見ていたのだ。


 まだ川から上がってこない省吾は、更にダメージを負っただろうと考え、カーン達は素直に喜ぶことが出来ない。


「なん……ですか? なんなんですか! これっ! エー! エー!」


 カーン達の暗い表情に気が付いたケイトは、波がおさまってきている川の水面に目を向け、叫んでいた。近くに肉食の魚類や爬虫類が居れば我先にと寄ってきそうなほど、赤く染まった水面から省吾がゆっくりと上がってくる。


……やはり、水中ではこうなるか。


 全身がずぶ濡れの省吾は、何事もなかったように川から歩み出て、拳銃から詰まった薬きょうを取り除き、弾を装填し直してホルスターへとしまう。


「貴方は……きゃあっ!」


 声と両手を震わせたケイトは、すぐにでも省吾に駆け寄りたいらしいが、疲労で足がもつれて倒れ込みそうになる。


……流石に限界だな。これで、索敵を依頼するのは酷か。


「エー……」


 倒れそうだったケイトの腹部に腕を入れた省吾は、そのまま助けおこし、カーン達へ目を向けた。


「ここまでが限界だ。一旦、拠点へ戻るぞ。お前達は、疲労がたまっている者をフォローしてくれ」


 明らかに自分達よりもダメージを受けているにもかかわらず、まだ臨戦態勢の省吾から受けた指示を、カーン達が断れるはずもない。


「あ……ああ。分かった。それより……」


「エー! 怪我! 怪我してます! 手当を! 早くしないと!」


 省吾の腕に捕まってやっと立っているケイトだが、悲しそうに表情を歪め、カーンよりも先に少し大きな声を出す。


……流石、元シスターだ。優しいな。


 耳元での叫び声により、耳の中に詰まった生暖かい水が排出された省吾は、自分の顔と体をせわしなく見るケイトに声を掛ける。


「まだ、敵が来るかもしれない。気を緩めるな。それに……俺の作戦はまだ終わってないからな」


「でも……でもぉ! エー……」


 ケイトは、涙を少しずつ流し相手の胸元に抱き着いて見上げながら訴えたが、省吾は目線を逸らす。


「何より、ここに医療器具も薬もない。帰還を優先するべきだ。お前達も、遅れるなよ!」


 カーン達に声を掛けた省吾は、そのままケイトの腕を肩に乗せ、拠点へと向かって歩き出す。


「エー……」


 歩くだけでも激痛を伴っているはずの省吾だが、それを表情には一切出さず、力強く進んでいく。まともに歩けなくなった仲間に肩を貸したカーン達も、いいたい事はあるようだが口を閉じて続いた。


……ぐっ! こんな。こんな事くらいで!


「ふぅぅぅ……」


 ケイトに肩を貸したまま、省吾は目を細めて肺の奥から息を吐きだし、体のいたる所から走る激しい信号に耐えている。自分を横目でケイトが見ていると分かっているが、気力を緩ませたくない省吾は、敢えてそれに反応しない。


 今の省吾は、シェルター内で高熱にうなされている第三世代の女性と同じか、それ以上に体が弱っている。体力だけでなく超能力も底を突いている省吾は、すでに立っているだけで視界が霞み、それを補う千里眼を発動させる力も残ってはいない。


 それでも世界から優しい人々の命が零れる事が、それが誰よりも悲しいと感じられる省吾は、自分自身が立ち止まる事を許さないのだ。


「ふぅぅぅ……ふぅぅ……」


……まだだ。俺は、まだ戦える。まだ、戦うんだ。


 弱く脆い人間でしかない省吾だが、絶望が歪めた世界を打ち破るだけの強い意志は持っており、発露させる術は知っている。サラやジョン達を守れなかった自分と現実への怒りが、省吾の体を支え続けており、足を前へと進ませる力を生む。


「エー……」


 省吾と生きて再会できた事と、今まさに肌が触れている事を、ケイトの体は素直に喜んでいる。だが、自分を後回しにするほど省吾を想っているケイトは、悔しそうに自分の両足を見つめて小刻みに震えていた。


 能力を使ったわけではないが、ケイトには直感で省吾が無理をしていると分かったらしく、なんとか自分の足で歩こうとしている。ケイトの気持ちに嘘は一欠けらもないが、想いだけで現実を変える事など普通の人間には無理だ。超能力を限界まで使い切ったケイトの両足は、主人の脳から発せられた信号に、応えてはくれない。


 能力者にとって限界を迎えるとは本来そうなる事をさしており、無理矢理ではあるが活動を続ける省吾の方が異常なのだ。ケイト達は、意識を失っていないだけ普通の者より心の力が強いのは確かなのだが、そこまでが精一杯らしい。


 省吾が苦しんでいると分かっているケイトは、胸が締め付けられ、再び目に涙を溜めてしまう。その目に溜まってきたものは、先程のように喜びの涙につられて流してしまったものに似ているが、別のものだ。


 自分勝手に泣いてはいけないといい聞かせているケイトだが、我慢すれば我慢するだけ胸を圧迫する力はより強くなっていく。愛する者の支えにもなれない自分が、悲しい以上に悔しいと感じているケイトは、省吾とどこか似ている。


 運命の偶然で出会った、生まれた場所だけでなく時代も違う二人だが、惹かれあってもおかしくはない。もし、二人が再開した状況が少しでも違えばと思える者はいるだろうが、現実は人間にとって都合よくは出来ていないのだ。


「大丈夫か! おい!」


「はい!」


 拠点の入り口から少し離れた場所まで、反乱軍の者達が迎えに来ており、省吾達に駆け寄る。索敵を行っていた反乱軍の者達は、省吾達が勝利したと知っているらしく、笑顔を作っていた。


「やったな! って、おい? 本当に大丈夫なのか?」


「ああ。もう、限界って所だが……。まあ、なんとか」


 帰還した者達が想像していたよりも満身創痍で、反乱軍の者達は顔を青くしていく。それに対して、口が軽くなっている第三世代の男性が、返事をした。


「ケイト……。俺の仕事はまだ終わってない。また、後でな」


 すでに限界を迎えている省吾は、迷わず反乱軍の者にケイトを任せようと考える。その省吾はケイトをいたわりながら、半分が地面に埋まった石の上に座らせた。


 省吾と離れたくないケイトだが、それ以上に相手の邪魔にはなりたくないらしい。


「はい……。あの! 薬を用意して……待ってますから……」


「ああ。助かる」


 ケイトの気持ちを悪くなど思っていない省吾は、少し優しい目線を送りながらうなずく。


「うっ!」


 省吾はケイトから視線がそれた瞬間に、鋭い眼光が戻り、反乱軍の者達は反射的に体を引いていた。そして、川の水や泥だけでなく、血で汚れた戦闘服を着る省吾に、道を譲っていく。


 反乱軍の者達が噂話だけで想像していた英雄は、煌びやかで気持ちのいい風を纏った好青年だった。しかし、本当の省吾は、泥にまみれ、硝煙と血の臭いを纏っている。


 理想と綺麗ごとだけでは生きていけない現実は、理想とあまりにもかけ離れているが、その場にいた者達は省吾を英雄だと認識できていた。省吾の放つ周囲を支配するほどの気迫こそ、英雄の証なのだと本能で認識できたからだ。


 反乱軍の者達は、少し上りになっている地面をまっすぐ進む省吾に、誰からともなく自然と頭を下げていた。

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