拾
部屋の壁や床と同じ、薄い青色の金属製パイプを組み合わせて出来たベッドで、省吾は胎児の様に両膝を抱えて眠った。体力的なものではなく、緊張の連続と膨大な新情報で精神面がかなり疲労しており、省吾は短時間で深い眠りへと落ちる。
「ゆっくり休んでくださいね」
ベッドに倒れ込み、数秒後には寝息を立て始めた省吾を見て、ケイトは優しく笑うと部屋の空調を調整した。本来体を冷やさない様に温度を上げるべきかもしれないが、ケイトが少し前に触れた省吾の体は驚くほど発熱していた為、部屋の温度もそれに合わせて下げる。
部屋の明かりを暗くしたケイトは、一度その部屋から出た。そして、背もたれのついた小さな折りたたみ椅子と、省吾のいた時代で購入した書籍を手に部屋へと戻ってくる。
「あっ……起こしちゃいますね……」
部屋の隅にある電灯のスイッチを入れたケイトは、眠っている省吾の顔を覗き込み、寝汗を拭こうとハンカチを取り出した。だが、手を伸ばそうとした瞬間に、省吾の手がぴくりと反応したのを見て戦場での出来事を思い出したのか、少し悲しそうに手を引く。
かなりの長時間薄明りの中で省吾の寝顔を見ていたケイトだったが、意味ありげに笑うと部屋の隅で椅子に座った。そして、電灯の元で本を開き、音を立てない様に読書を始める。
そのケイトが読んでいるのはミステリーホラーを主軸とした、恋愛要素を多く含む小説だ。そういった類の話がケイトは好きなのだろう。
……皆、俺は。
人間の睡眠は体を休ませるだけでなく、脳の熱を下げ、情報を最適化する効果もある。
……俺は、情けないほど非力だ。それは、分かってる。でも、皆を守りたいんだ。
新しく重要な情報が、大量に書き込まれた省吾の脳は、その情報を驚くほどの速度で整理していく。だが、人間の脳は、人間が操作しているコンピューターと違い、的確に新しい情報だけを整理するわけではない。今は不要ではないかと思える古い情報も整理を始め、場合によっては消してもいい情報を掘り起こす場合もある。
省吾の脳内でも、マークと暮らしていた時の記憶や、戦時中の記憶が新しい情報と並列で処理されていた。深い眠りについている省吾の寝息に変化はないが、苦痛を感じた時の様に眉間に深いしわが入っている。
省吾の生きてきた人生には、幸せな時間よりも苦しい時間の方が圧倒的に多く、過去を思い出すだけでも拷問になってしまうのだ。薄暗い部屋の中で静かに本を読ん事に集中したケイトは、その変化を察する事が出来ない。ただ、省吾の安眠を妨害しない様にとだけ気を付けていた。
……俺はなんて弱いんだ。くそっ。俺がもっと。くそぉ。
眠っている省吾の記憶から、守れなかった人々や、二度と会えない天に召された仲間達の顔が呼び起こされていた。
……皆。俺が守るから。命に代えてでも、守って見せるから。今度こそ。
死んでいった者達に続いて、フランソアやイリアといった、もしかするともう二度と会えないかもしれない仲間達の顔も浮かんでくる。
超能力を持っているとはいえ、省吾も只の人間であり、自分から意味もなく苦労や苦痛を受けたいなどと酔狂な事は考えない。それでも、自分が受ける苦痛よりも仲間達が苦しむ事の方が省吾の中では何倍も辛く、そうならない為であれば自ら燃え盛る炎の中へ飛び込めるのだ。
「はぁ? 頭悪いんじゃないの?」
……イリア?
二時間以上かけて情報を整理した省吾の脳は、心を癒そうとしたのか、フランソアに教育されていた頃の記憶を呼び起こしていた。その頃は戦時中であり、兵士として戦っていた省吾にとっては辛い記憶も多い。しかし、フランソアや幼馴染といえるイリアとすごした時間は、省吾にとって苦痛ではなかったのだろう。
「答えを、書いてあるじゃないの。よく読みなさいよ」
まだ子供だった省吾がイリアに馬鹿にされながら読んでいたのは、日本のなぞなぞ大全集をフランソアが英訳した物だった。その頃から考え方が硬かった省吾の思考を柔軟にしようと、フランソアは敢えてそれを教材に使っていたのだ。
省吾が回答を間違えた問題は、[風邪を引いたAさんは、病院に向かう道中でモーとなく牛と蝶々に出会ったが、Aさんの病名はなんでしょう?]という簡単なものだった。英訳されている為、少し文は違うが答えを出す方法は同じで、余計な文章に惑わされずにAさんは風邪だと答えればいいのだが、省吾は思い込みで間違えたのだ。
「考えもしないのは、論外だけど……。問題を難しく考えすぎるのは、馬鹿の発想なのよ。覚えておきなさい」
まだ省吾を良く思っていなかった頃のイリアは、フランソアの代わりに勉強を教えていた生徒の少年に、きつい言葉を浴びせかけた。
「なっ! 本当に馬鹿じゃないの?」
自分に害を与えないと思えた相手の言葉を素直に聞き入れる少年は、頭を掻きながらありがとうと感謝を口にする。それを聞いた今よりも髪が短かったイリアは、調子を崩された為、照れながら顔をそむけた。
省吾にとって幸せだった、そのなんでもない記憶が、省吾の中に蓄積された情報を結合させていく。
……問題を難しく考えすぎるな?
体内時計まで生真面目なのか、三時間ちょうどで省吾は両目を開いた。寝息は小さくなる事もあった為、本を読む事に集中しているケイトは、省吾が目を覚ましたと気付かずにページをめくっている。
問題を解決する為の鍵は、大きく衝撃的である必要はない。小さな切っ掛けでも、鍵穴に合いさえすればいいのだ。
脳の中ですでに十分情報がそろっていた省吾は、カーンの発した過去への介入は小さな事をしても、最終的には世界全体を変えてしまうという言葉のピースから、パズルにはめ込んでいった。そして、省吾の重要度が低く難しい事を投げ捨てる思考は、邪魔になっていた理論や数式を的確に排除していく。
二回目の時間介入では一握りの人間を救っただけだが、それでも驚くほど世界は変貌したとケイトはいった。
……なら、何故大災害を起こす必要があったんだ? 世界のシステムを一度壊す為? いや、それでもリスクが大きすぎる。
大災害を経験した省吾は、どれだけ地球が酷い環境になったかを知っており、人類が滅亡してもおかしくなかったと分かっていた。
……いや、まだ惑わされているか? 考えるべきは。そうだ。時間介入の目的だ。
第一世代のいた時代での科学技術は、省吾がいた時代よりかなり進んでいただけでなく、オーパーツからの画期的な技術も持っていた。だが、その技術は過去へ伝えられておらず、大災害により人類の技術は、後戻りさせられた。
第一世代の目的が人類を滅亡から救う事であるならば、進んだ技術を伝え、資源が枯渇する前により高度な文明を過去に作るべきだと省吾は行きついた。
……そうだ。文明を後退させても、問題が先送りになるだけだ。
人類の歴史を後退させたのは、第一世代が生きる時代まで資源を枯渇させない為だとも、省吾は考えてみたが矛盾が消えない。
……それなら、もっととことん文明を壊すべきだ。そうすれば、資源は消費されない。戦時中にも干渉できたはずの第一世代なら、それが可能なはずだ。
省吾がいた時代は、災害と戦争により、二十世紀と同程度まで技術が後退した。それは人類史上でも、一、二を争うほど化石燃料などの消費が激しい時代なのだ。
……何故、幾度も危険を伴う時間干渉をするんだ? あれ?
省吾はオーブリー達からは、第一世代が正確に時間干渉の影響を予測できたと、聞かされていた。しかし、その言葉に間違いが無いのならば、時間干渉は一度で済むはずではないかと考え始める。
……そうだ。もう、未来は平和になってないとおかしい。
隕石が謎の金属だったと予測できなかったにしても、二度目の介入で世界が悪化した事がどれほどおかしな事態かに省吾はやっと気が付いた。省吾の直感がアラームを発していたのは、未来がいっこうに平和にならない、第一世代の時間干渉予測についてだったのだ。
……何故、あれだけ頭のいい三人が疑問を感じないんだ? あいつらは、嘘をついていなかった。なんだ? 何がおかしい?
答えにたどり着いた省吾は、ケイト達三人の論理や目的を自分に置き換えて、推測しようとしている。
……ケイト達第二世代は、第一世代の女性に育てられたんだよな。うん? あっ!
フランソアから愛されていた省吾は、飴よりも鞭の多い教育を受けた。それは、省吾にとって手放しに喜べる事ではなかったが、必要な事だとも理解している。そして、省吾の人として正しい人格部分を最後に形成したのは、間違いなくフランソアなのだと思い出す。
指導者としてだけでなく、教師としてもレベルが高かったフランソアは、自分も完璧ではない人間なのだから間違う事があると幼い省吾に教えた。そして、自分が間違えた場合、それを指摘するのも生徒の仕事だと省吾に教えたのだ。そこまでの考えがあるフランソアに、間違いなどそうは起こるはずもなく、省吾は指摘出来た事が一度もない。
ケイト達にとって、第一世代の母と呼ばれた人物は、自分にとってのフランソアと同じなのだろうと省吾は考えた。そして、その母親兼先生から受けた教育に、自分ならば疑問を持っただろうかとも考えたのだ。
……そうだ! 疑うべきは、第一世代!
フランソア達ほど優れた人物が、それ以降輩出されなかったといったオーブリーの言葉を思い出した省吾は、今持っている最後のピースをはめ込んだ。
部屋の温度を低くしていた為、肌寒くなったケイトは、毛布を取りに行こうと考えて、本に折り目を付けて閉じた。
「ひっ……」
暗い部屋でホラー小説を読んでいたケイトは、勢いよく上半身を持ち上げた省吾を見て、息を吸い込みながら小さな悲鳴を上げる。
「もう一度、話がしたい。皆を集めてくれないか?」
本を落として狼狽するケイトに、省吾は火の灯った目を向け、大きくはないが強い意志の感じられる言葉を投げた。
「あっ……はい」
胸に手を置いて早まった鼓動を確認しているケイトは、呼吸を整えながらその省吾へと返事をした。それから数分後、十人の能力者達は、再び食堂として使われている部屋へと集まった。
「まずは、怒らず冷静に、俺の考えを聞いてほしい」
省吾は自分がオーブリー達とほぼ同じ前置きのセリフを口にしたと、気付いてはいないようだ。その省吾は、怒りを買うかもしれないと考えつつも、自分の出した答えを隠さずに喋り、半時間程かけての説得を試みた。
「お前達を育てた母親を否定するつもりも、悪人だとも思っていない。だが、その人も人間である以上、完璧ではないはずだ。もう一度考える時間を作るべきじゃないのか?」
相手の考えを真っ向から否定する意見に、オーブリー達から猛抗議を受けるかもしれないと省吾は考えていた。だが、腕を組んで話を聞いていたオーブリー達は、省吾に反論せず、黙って全ての話を聞き、目にも怒りを浮かべていない。
……この目は。悲しみ、か?
自分から目線を逸らして悲しみを表現した目を細めているオーブリー達を見て、省吾は時間介入をしたくてやっている訳ではないといっていた事を思い出す。
「分かってるわよ……。そんな事……」
オーブリーがぼそりと呟いた言葉を聞き、省吾は能力者達の真意に気が付いた。
……分かっていたんだ。それでも、走り出した道から外れる勇気も自信も、持てなかったのか。ならっ!
大きく息を吸い込んだ省吾は、心にまで直接響くほど大きな声で叫んだ。闘争に関して天才的な勘を持つ省吾は、攻め時を感じ取ったのだろう。
「こっちを向け! 逃げるなっ!」
省吾よりも個人の戦闘力が高いはずの能力者達は、大きな声に両肩をびくりと反応させ、俯いていた顔を上げる。
「この時間介入も、失敗する可能性が分かっているなら、一度俺に賭けてほしい」
強い言葉で脅したいなどと考えてはいない省吾は、声のトーンを抑え、訴えかける。
「介入すればするだけ、過去に戻れなくなるなら、介入を最後の手段にして欲しいだけだ。一時中断を考えてくれ。俺が失敗してから、再開しても構わない」
時間介入よりも先に、オーブリーやケイト達が本来いる未来へと戻り、直接その世界を救う時間が欲しいと省吾は訴えた。そして、両手を机につき、自分の頭を精一杯下げた。
「頼む! 俺は弱いが、命は掛けられる! 時間に介入する前に、俺を捨て駒として使ってくれ! このとおりだ!」
額が机でこすれるほど頭を下て目を閉じた省吾は、机についた自分の手にひと肌の温もりを感じ、ゆっくりと顔を上げる。そこには、涙を溜めて省吾の手に、自分の手を重ねる能力者達の姿があった。
「もう……私達は、苦しまなくていいのですか?」
「ああ!」
省吾の強い瞳と言葉は、絶望の中でのたうちまわっていた能力者達へ効果的に響いたようだ。
「二十年後に向かうのは、中断だな」
カーンと同じように瞳に希望の光が宿ったオーブリーは、笑顔で大きく首を縦に振った。
……この気持ちに、答えなければ。いや、答えて見せる!
「ありがとう!」
気持ちが高揚した省吾は、体温を上昇させるが、レベルの高い能力者達は気持ちに呼応して体を微弱に発光させている。
「お礼は……私達の方からいうべきね。貴方に会えてよかったわ」
能力者達と手を重ねてうなずき合った省吾は、気持ちを一つにした証として、叫んだ。
「やろう! 未来を救うんだ!」
やっと道を見つけたと希望を胸に抱いた能力者達も、覚悟を決めた省吾も、大事な事を忘れている。希望とは絶望のもう一つの顔であるという事と、絶望は大事な場面でこそ希望という仮面を外すという事をだ。
過去との切り離しが済んだタイムマシーンの再接続先を、未来へと変更したオーブリー達は、未来の状況や時間介入について省吾へ説明していた。
……また、おかしなことを。
「で? それに従ったと?」
「いいたい事は、分かる。けど、母の意向は私達にとっては、絶対なのよ」
時間介入の方法を映像で残した第一世代の女性は、未来が歪むため、映像の先を見るなと注意書きを残していた。つまり、向かう時代とするべき事を確認した能力者達は、その時代で全て終わらせ、次の時代に移動するまで次の映像を見ないようにしていたのだ。
「この異世界空間にいる間は、影響がないんだろう? おかしいじゃないか」
目をそむけたカーンの肩に手を置いた省吾は、その手に少しだけ力を込める。
「うっ」
「その映像は、確認しておくべきだ」
真っ直ぐカーンの目を見た省吾は、明らかに眼光が鋭くなっていた。基本的に体育会系を通り越した軍隊式の思考をする省吾には、そういった粗野な部分もあるのだ。
「これから行う事を先に知って、心労を増やさせない為だとも考えられるが、未来が歪むといった部分には疑問を感じる。辛くても、見ておくべきだ」
いつの間にか主導権を握ってしまった省吾の言葉に、能力者達はうなずくしかなかった。そして、大きなモニターが三つ並んだ部屋で、省吾は第一世代のセーラという名の女性を初めて見る。
……これは。
画面に映し出されたセーラを、省吾は四十代だとケイトから教えられていた為、見間違いではないかと目を擦ってしまう。勿論、省吾の目がおかしいわけではなく、誰もがその画面に映るセーラを、四十代だとは思えないだろう。
過去で何をするかを、手元にある資料を見ながら一つ一つ丁寧に語るセーラは、長い髪を首元で束ねている。その長い髪は全て白髪になっており、顔には六十代以上に見えるほど深いしわが大量に刻まれていた。
……頬の傷は、爆発による裂傷に見えるな。爆撃でも受けたのか? 左腕もないようだな。
そのセーラの姿こそ、彼女の苦労の証なのだと感じた省吾は、ケイト達と同様に眉間にしわを作る。
……駄目だ。今は、未来だ。余計な事を考えるな。
首を左右に振った省吾は、机に内蔵されているらしいタッチパネルを操作しているカーンに確認をした。
「覚悟はいいな?」
省吾の問いかけに、カーンだけでなくオーブリー達もうなずいた。
「途中はいい。最後に飛ばしてくれ」
「分かった」
机上に刻まれている記号に、カーンの指を向かわせる。その指の触れた部分が、淡く緑の光を発した。そして、カーンの操作に従って画面の映像が、次々に切り替わっていく。
……さて、鬼が出るか蛇が出るか。
映像の切り替わりが止まった為、省吾はカーンに目を向けた。
「これが、最後だ」
画面に映ったセーラは、労いの言葉を口にする。
……んっ?
十人ではなく、ルークを含めた十一人の名前を一人ずつ呟くセーラが、涙にむせび鼻にかかった声を出す。そして、ついに顔を伏せたセーラは、本格的に泣き始めた。それを見て、ケイト達は口元を震える手で押さえた。
その光景は、苦しい事を子供達にさせた事を悲しんでいるようにも見えるが、省吾だけが直感で違うと読み取った。
……なんだ? これは?
悪寒が走った省吾は、一人だけ涙で視界が歪んでいなかった為、映像の異常に一番早く気が付けた。
……まずい!
「目を閉じろおぉ!」
省吾が叫んだ意味が分からなかった能力者達は、ごめんなさいと呟いてこめかみに自分から拳銃を向けたセーラを見てしまう。
「早く! 目を閉じるんだ!」
能力者達と画面の間に省吾は両手を広げて立ちふさがったが、部屋の中に銃声は響いてしまう。
「いやああぁぁ! お母さんっ!」
「う……そ……こんなの、嘘よ。だって、母さんはあの時、食料を調達しに行って……」
泣き崩れる能力者達に背を向けた省吾は、手を広げたまま顔だけをひねり、画像へと目を向けた。それは、犯人が映っているかも知れないからだ。
……映れ! 顔を見せろ!
省吾はすでに、食料を調達しに行ったセーラが戦闘に巻き込まれ、頭を銃で撃ち抜かれたという情報を、見落としていた事に気が付いている。二十一世紀の人間である省吾にとって、その死因は何の疑問も感じない。だが、兵器が廃れ、能力だけが特化した戦争をする未来では、本来あり得ない死因なのだ。
……くっ! 見えない!
能力者達の誰も、セーラが戦場で死んだと疑わなかった事から、省吾は遺体を運び、死を偽装した者がいるとすぐに気が付けた。そして、その人物は、間違いなく時間介入に何らかのかかわりがあるのだろうと、勘ではなく頭で答えを出していた。
だが、残念な事にセーラがいた薄暗い書斎で、その人物らしき影は映ったが、姿がはっきりとは見えない。画面の外から録画装置に伸ばした手が、唯一の手がかりだ。
……男か? うん、多分男だ。やはり、何か裏があるんだ。
青一色になった画面を見て、腕を組んでいた省吾の耳に、運命の知らせが届く。
「自己消去プログラム作動! 自己消去プログラム作動!」
部屋の明かりが消えると、天井が赤く点滅を始めた。突然の出来事に、能力者達も驚いた表情のまま固まっている。
……自己消去? 自爆か! しまった! 映像と連動していたのか!
無駄だと分かっていながらも、省吾は一番近くにいたケイトとオーブリーに覆いかぶさった。そして、真っ白な光に包まれた省吾は、全てがその光に飲み込まれ、意識を失う。
その光景を眺めていた希望の仮面を外している絶望は、異世界中に響き渡るほど大きな声で、腹を抱えて笑う。絶望には脆弱な人間が、何も成せずに死にゆく事が、面白くて仕方が無いのだろう。
だが、偶然の重なりからまわり始めた奇跡の歯車は、まだその動きを止めはしない。そして、省吾の中にある、真っ赤な炎も消えてはいない。




