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名無しのエース  作者: 慎之介
一章
11/82

「うおおおおぉぉ!」


 彰の叫び声で意識がはっきりした綾香は自分の置かれた状況が分からず、うつ伏せに倒れたまま眼球だけを左右に激しく動かしていた。地面に積もった雪が綾香の頬や掌から体温を奪い、痛みにも似た冷たさを与える。だが、直感が動いてはいけないと語りかける為、綾香は動き出したい気持ちを押さえ、自分の記憶を手繰る。


「綾香は……綾香は、俺が守って見せる!」


 山中を走っていた綾香達は、後方から追いかけてくる敵にじわじわと距離を詰められていた。爆発音が聞こえるほど山道に近い位置にいた綾香達は、超能力の波が届く範囲から真っ先に離脱しそうになっていた。その為、敵が執拗に追いかけていたのだと、綾香達は分かっていなかった。


 機関銃の弾を撃ち尽くし、拳銃に堀井が武器を持ち替えた頃、先頭を走っていた彰が急に立ち止まった。その彰の背中に顔をぶつけた綾香は、鼻を押さえながら涙目で彰の見つめる方向を確認した。


 敵が正面に現れたであろうことは、綾香にも察しがついていた。だが、視界の先にはファントムも、銃を持つ怖い敵兵士もいない。居たのは、木の陰に体を半分隠したごく普通にしか見えない人間だった。


 彰に凝視され、敵ではないかと思われる相手が、木の陰から出てきた。その月明かりに照らされた人物は、帽子を深くかぶり過ぎている以外に不審な点が思いつかないほど普通だった。身長を含めた体型等の外見的に目立つ特徴さえないその人物は、その場で会わなければ、町を歩いていても気にも留めないであろう相手だ。


 だが、勘のいい超能力者にはその相手が普通には見えるが、普通ではないと感じ取れるらしい。また、敵が超能力の波を発生させる為に、力を溜めこんでいたのもそれを感じさせた原因なのかもしれない。


 敵を見た瞬間、綾香の背筋には鳥肌が立つほどの悪寒が走っていた。彰も圧力を与えてくる敵に、冬だというのに冷や汗をかいていた。月よりも明るく光る両掌を自分達へ向けた敵に対して、彰と綾香もサイコキネシスの力を手に集中させて身構えた。


「止まらないでっ! えっ? なんだ?」


 後ろの敵をけん制しながら遅れて走ってきた堀井は、向かい合う生徒と敵を見て動きを止めてしまう。セカンドではない堀井は、敵の能力が強いと勘だけで察知はできない。


 しかし、明らかに彰達よりも強く光を発している敵は、省吾からフォースの話を聞いていた事もあり、能力が強いだろうとは堀井にも理解できた。そして、その相手には自分の持っている銃では歯が立たないとも、堀井は判断してしまったのだ。


 銃が通じるかどうかは、実際にやってみなければわからないのだが、堀井は思い込みからそれを行わなかった。省吾のように思い込みを消せるほど堀井が兵士としての練度が高ければ、状況は変わっていたかもしれない。だが、そうはならなかった。


「はっ?」


 敵は彰達を全く恐れておらず、腕時計を確認した。そして、二人に向けていた発光する手を、頭上へと掲げる。その瞬間に、綾香の中で危険を知らせるゲージの針が、一気に振り切ってしまった。


 敵が危険であると分かった綾香達三人だったが、敵の作戦に気付けたわけではなかった。そんな三人では、自分達が円の中心部まで追いやられていたと判断できるはずもない。


 手を空へ伸ばしていた敵は、眩しいほどに全身を発光させた。仲間と申し合わせた時間通りに、超能力の波を発生させたのだ。


「きゃあああぁぁぁ!」


 波の影響を受けた三人は、その場に倒れ込んだ。だが、三人の状況は似ているが同じではない。


 勘だけで瞬間的に精神面のガードを発生させた綾香は、気を失わなかった。だが、あまりにも強い衝撃で、意識が一時的に混濁した。


 兵士としての経験がある彰は、常に展開させていたサイコガードで抵抗出来ていた。そして、鼻血を流して倒れ込みはしたが、省吾よりも能力の量が多いおかげでダメージは少なく、意識はすぐに回復し始めた。


 セカンドではなくサイコガードも使っていた堀井は、一番影響を受けなかった。だが、目の前が真っ暗になり、貧血の様な症状に襲われ、立っていることが出来なかった。


「うっ、ああ……がっ!」


 すぐに立ち上がろうとした堀井は、敵武装集団兵士に、銃で後頭部を殴打されて顔面から地面へとぶつかった。


「はっはぁ! 最高だなぁ。おい」


 敵武装勢力が誘導と牽制に徹したのは、この瞬間を待っていたからだ。待ち伏せをしていたとしても、反撃を受ければ死ぬ事がある状況だった為、我慢していたようだ。


「うっ! ぐがあぁ!」


 国連の兵士に恨みを持っているらしい敵は、弱った堀井を数人で囲み、鉄板の入った靴で何度も蹴り上げる。寒さからか、ジャンバーのポケットに頭上に挙げていた両手を差し込んだ帽子をかぶった超能力者は、目線をいたぶられる堀井から逸らした。その光景を、あまり気分がいいとは思っていないのかもしれない。


 堀井が亀のように丸くなり耐えている隙に、回復した彰が立ち上がった。彰のダメージも、少なくはない。本来なら、病院に直行してもおかしくない程だ。だが、彰は立ち上がった。その彼を支えたのは、綾香に対する想いだ。好きな女性を守る為に、恐怖を乗り越えて立ち上がった彰は、自分で封印していた全ての力を解放していた。


 不思議な事に、意識が混濁して倒れていたはずの綾香は、その全ての光景が思い出せた。それは、超能力によるものではない。完全に意識を失わなかった綾香の脳は耳から入った情報で、夢の様な映像を勝手に作っていただけだ。現実とは少し違う映像だが、綾香が状況を知るには十分な材料になった。


「これ以上、仲間を傷つけさせない! この俺が!」


 彰の声で記憶を確認する作業を中断した綾香は、加勢の為に立ち上がるべきかを判断しかねていた。恐怖もあるが、それだけで彰を見捨てるような事を、綾香はしない。敵の能力者を目の当たりにして、彰を助ける為にも、敵の寝首をかく為にも、動かない方が良いかもしれないと、考えているのだ。そして、そのまま綾香は体を動かさずに視線だけを、彰の方へ向けた。


 自分の家族を傷つけてしまった嫌悪感から、もう二度と使うことはないだろうと彰が考えていた能力が完全に解放された。それは、能力のない者にも目に見えるほどしっかりとした形を作り、夜の闇が支配した山の中を照らし出す。


「うおっ! こいつっ!」


 彰が気を失っていると思い込んでいた敵勢力の男達は、驚きを隠せない。彰はただ立ち上がった訳ではなく、空中に光の弾丸を五つも作り上げている。


 超能力者の怖さも知っている敵がその彰を見て驚くだけでなく、少しずつ後退して距離をとろうとするのは当然だろう。敵の予想通り、彰の作った五センチほどの小さな光る弾丸は、人を殺傷できる威力がある。


「お前らの好きにはさせない!」


 省吾と対照的に、彰には心のどこかに英雄願望があるのだろう。省吾ならば相手が自分に気付く前に発射するであろう弾丸を、彰は発射しない。トラウマの原因である力を彰自身が恐れている部分もあるのだろうが、立ち上がる事で相手に自分の行動を気付かせた。それだけでなく、自分の力を誇示する様に、威嚇の言葉を発している。


 相手を怯ませて隙をつく効果もあるかも知れないが、戦場でその行動がどれほどの危険を伴うか、彰はよく理解していないようだ。少なくとも相手が自分よりも強い場合には、敵に対応する為の時間を与えてしまえば、ほぼ結果にはならない。


「げふっ……」


 帽子をかぶった能力者が、指をパチンッと鳴らした途端に、彰はその場に倒れ込んだ。全方位ではなく指向性を付けた敵の見えない精神攻撃が、彰に直撃したのだ。


 セカンドでしかない彰の、隠していた能力がいくら強くとも、上位に位置するらしい敵の前では、無力に等しい。彰が勝つためには、省吾のように策を練り、隙をつく以外に方法はなかったのだ。


 今度こそ完全に気を失った彰を見て、綾香の心音が高鳴っていく。幸い、綾香が気を失っていない事は夜だったこともあり、敵に気取られていない。


 自分が今取るべき行動が分かっている綾香は、堀井が落とした拳銃に視線を移す。彰の行動を見て、銃を握っての警告はするべきではないと理解しているようだ。綾香は、すぐ手の届く範囲にある銃をとり、敵が振り向くよりも早く弾丸を放つ自分をイメージする。それ以外に、自分達が生き残る方法が無いと、知っているのだろう。


 だが、まだただの生徒でしかない綾香に、人を撃った経験はない。その状況で、まともな教育を受けた人間が、恐怖を感じない方がおかしいのだろう。兵士になり、銃を撃つ訓練をした者でも実際の戦場で発砲できるかどうかは、分岐点になるほど重要な事だ。


「びびらせやがって!」


 敵兵士の一人が、彰の頭を蹴りつけた事で、綾香の決心がついた。自分の命惜しさからではなく、友人を救いたい気持ちが綾香の背中を押したのだ。


「あああああぁぁっ!」


 拳銃をとり、片膝をついた状態で銃口を敵に向けた綾香は、無意識に叫んでいた。叫びでもしなければ、体が恐怖で動いてくれなかったようだ。


 綾香が引き金を引く事で、拳銃に残っていた三発の銃弾が発射された。一発一発に爆発の火と衝撃が伴い、綾香はそのたびに目を閉じてしまった。素人なのだから、撃てただけでも十分だろう。


「あ……ああ……神様……」


 弾がなくなり、綾香が引き金を引く音だけが、むなしく山中に響く。今にも大声を出して泣き出しそうなほど涙を溜めた綾香には、予想外な事が起こっていた。


 まず、マガジンを交換する時間が堀井にはなく、銃に三発しか銃弾が残っていなかった事だ。そして、素人が拳銃を撃っても衝撃で銃口がぶれてしまい、そう簡単には当てらない。その二つを、綾香は全く想定できていなかったらしい。


 綾香の放った弾丸は、全て木や地面にめり込み、敵には掠りもしていない。


「きゃあっ! いや……いやぁぁ!」


 握っていた銃を敵兵士に蹴り飛ばされた綾香は、這いずるようにその場から逃げようとした。完全にパニックになり、サイコキネシスを使うどころではないようだ。


「おいぃ。ひへへっ、待てよぉぉ」


「高梨……さん!」


 綾香の服を掴み、引き摺り戻す敵兵士に堀井は決死のタックルをした。だが、もう一人の兵士に蹴り飛ばされ、生徒を救う事は出来なかった。


「いやぁぁぁ! やめっ! やめてぇぇ! いやああぁぁっ!」


 仰向けに転がされた綾香に、いつもの凛とした強さはなくなっていた。幼子のように、泣きながら助けを求める。それほど、どうしようもない状況なのだ。


「おおっ! このくそガキ、なかなかじゃねぇか」


「ついてるなぁ! 殺すの勿体ねぇ」


 下卑た笑いを浮かべる敵の前で、綾香は泣き叫ぶ。そして、神仏でもいいから助けてほしいと、願う。そうするしかないのだろう。


 この世に都合のいい奇跡など、ありはしない。いくら祈り、泣き叫ぼうとも、綾香達を襲う残酷な現実は残酷なままだ。


 しかし、奇跡ではなく、現実に存在する力ならば、その残酷な絶望を振り払う光にはなりえるだろう。


「……ああっ……誰か……誰か助けてぇ……えっ? な……に……」


 絶望一色に染まっていた綾香の目に、光が見えた。恐怖からの幻覚ではない。月の明かりしかない薄暗い空を、小さな光が飛んでいるのだ。


 奇しくもその日は、クリスマスイヴ。少し曇ってはいるが、雪は降っておらず、ホワイトクリスマスにはならなかった。


 だが、自分の血と泥にまみれた心優しいサンタクロースは、敵の兵士に雪ではなく光る弾丸を降り注がせる。明るいスーパーではないその場所だったからこそ、綾香にも光がはっきりと見えた。


「ひか……り?」


 光る銃弾に撃ち抜かれた敵は、そのまま崩れ落ち、二度と動かなくなった。ただ、帽子をかぶった能力者だけは、回避に成功したようだ。呆然としている綾香の耳に、大地を踏みしめ、自分に近寄ってくる足音が聞こえた。その音を発生させていた主が暗闇では姿が見えず、本来綾香は恐れなければいけないのかも知れない。


 だが、機関銃を敵の超能力者に向かって放ちながら、自分に向かってくる影が、敵ではないと綾香には分かっているようだ。影から飛び出す光る弾丸は、木々にぶつかる事なく軌道を変え、重力を無視したよう飛び跳ねる敵に向かって行く。残念な事に、その銃弾を全て敵に回避される。そして、帽子をかぶった能力者は、そのまま闇の中へ消えて行った。


「ああぁぁ……」


 上半身を起こした自分の隣にまで、驚くほどの速さで走ってきた男性を、綾香は知っている。そして、先程とは違う意味での涙が綾香の目から零れ落ちる。


「井……上……くん……」


……くそっ。機関銃の弾丸は、これで最後だな。


 弾の切れた機関銃を、省吾は躊躇なくその場に捨てた。そして、月に背を向けて片膝をつき、口もとに手を置いてわなわなと震えている綾香に手を差し伸べた。


「高梨さん! 貴女の力が必要だ! 助けてほしい!」


 省吾のいった言葉の意味を、綾香は正確には理解できていないようだ。しかし、涙を流しながらも笑った綾香は、差し出された手を取る。そして、空いている手で涙を拭いながら、省吾にうなずいた。


「よろ……こんで!」


 綾香にも正体を隠したいはずの省吾だったが、その為に優先順位を間違えるような事はない。仲間や生徒の命がかかった局面で、正体を隠すなどというくだらない事は、省吾の脳内から消えている。


「兵長! 立て! 撤退だ! 生徒達を守るぞっ!」


「はっ……はいぃ!」


 ふらふらになっているが、立ち上がった堀井は笑いながら叫んだ省吾に、敬礼をする。その目は、綾香ほどではないが、少し潤んでいた。


「高梨さん。索敵で使ったと聞いている、あの……。えぇ超能力の合成を、今俺としてくれますか?」


「え……あ、はい」


 敬語だがいつも以上に鋭い省吾の目を見た綾香は、少しだけ戸惑った。だが、以前の様な嫌悪感はなく、手を離す事もなかった。逆に、いつもと違う真剣な省吾を見て、頬を少しだけ赤く染めた。


「兵長! お前もだ!」


「はっ!」


……第一段階、クリアだ。


 省吾が真っ先に綾香達のいた場所に走ったのは、一番堀井を助けたいなどと、甘い事を考えたわけではない。メールで知った綾香の力をあてにして、作戦を立てたからだ。


「すみませんが、テレパシーの同時接続も、お願いします!」


「はい!」


 万が一の事を考えて、ライフル銃を構えた省吾の背中に、綾香と堀井が手を乗せた。そして、省吾の千里眼と綾香の索敵を組み合わせた力が、広範囲の状況を見渡す。それと同時に、省吾は綾香の力を利用したテレパシーで、仲間達への連絡を入れた。


(点呼ぉぉぉ!)


 省吾の気合が入ったテレパシーが、気を失っていない特務部隊員達に届く。軍での訓練を受けている兵士達は、一斉に省吾へと返事をした。それと一緒に、山中にいる兵士達の不安な心もテレパシーで省吾に流れ込んだ。


(諦めるな! 退路は俺が作る!)


 綾香の力を合成した事で省吾の千里眼は、三キロ以上先の仲間の状況や、敵の居場所が手に取るように分かる。ただし、何らかの防御策をとっているらしい敵超能力者達の位置は、見通せていない。その為、生徒の命を優先させなければいけない省吾は、退却以外を選べない状態になっていた。


(その声……准尉? 准尉ですか?)


 特務部隊員である兵士の一人が、ヨーロッパで一緒に戦った上官の声だと気が付いたようだ。だが、省吾はそれを否定する。


(いや、違う!)


(えっ?)


(今は中尉だ! ジェイコブ! 他の者も! 状況報告!)


 いつ死んでもおかしくない危機的状況で、変わらない省吾の生真面目さに、ジェイコブと呼ばれた特務部隊や他の面々が笑う。そして、目に活力が戻った。


「准尉? 准尉……エース准尉?」


 准尉と聞いた堀井の頭の中で、パズルが完成した。省吾の強さと、ある人物が堀井の中で重なったのだ。補給の絶たれた拠点を長期間少人数だけで守り抜き、敵軍需工場を一人で壊滅させるなどの戦歴を持つ省吾は、伝説のように特務部隊員達に噂されている。


 その省吾は、堀井と会った時には伝説となっているエース准尉ではなく、井上中尉になっており、堀井は全く気が付かなかったのだ。そのうち分かるといった、ローガンの言葉を思い出した堀井は、頼もしいはずだと苦笑いをする。


「エース? 井上君が、中尉?」


 サイコガードを解いている堀井と省吾の思考は、中継点となっている綾香に全て流れ込んでいた。そして、綾香は省吾の真の姿を知った。


「守って……くれていたんですね」


 退路を確保していた一般兵の何人かが、無線の不通に気が付き、山の中へ援護として入っていた事が、状況報告で分かった。


 一般兵ではあるが、彼等も大戦を戦った立派な兵士であり、生徒を守る為に戦う正しい心を持っている。ファントムが多数潜んでいる山へ一般兵が入る事に、どれだけ勇気がいるかを省吾達も分かっている。そして、そのおかげで生徒達がまだ一人も死んでいないのだと知り、熱い思いが胸に去来する。


(准尉……ジャックが……俺達を逃がす為に)


(タイラーも……です)


(そうか……今から、テレパシーで地図と退路を教える。生徒達を担いで移動しろ! 武器は捨てていい! 俺に任せろ!)


 最前線で共に戦った仲間の悲報でも、省吾は悲しみに暮れることなく、淡々と作戦を進める。だが、精神がつながっている綾香には、名前を聞いた相手の顔と思い出が、省吾の頭に浮かび、歯を強く噛みしめたのが分かったようだ。


……くそっ、くそっ、くそっ!


(各ポイントで合流後、退却予定ポイントへ走る! いいなっ!)


 悲しみを無理やり心の奥に押し込み、尚も作戦指示を出し続ける省吾の背中に、綾香は悲しそうな目線を向ける。


(テレパシーは、可能な限り繋ぎ続ける! 各自判断で、近くの仲間をフォローしろ!)


 うなずき合う事で綾香と意識合わせたをした省吾は、部下に指示を出す。


(作戦は、今すぐ決行だ! 生徒を守れ! 生き延びるぞ! いいな!)


(アイアイ! サー!)


 省吾の指示が終わると同時に堀井は彰を背負い、ナイフで切り裂いたホルスターを使いしっかりと自分に縛り付けた。そして、省吾も綾香を背負う。


 気を失っていない綾香を背負ったのは、能力の合成を続ける為に、体の一部を接触させ続ける必要があるからだ。両手を自由にしなければいけない省吾は許可をとり、綾香の両膝を銃のベルトで自分の腰に縛り付けた。


「振り落とされない様に! しっかりつかまってて下さい!」


「はっ……はい!」


 省吾が発したのは敬語だが、きつい口調だった。それでも、綾香は満面の笑みをうかべる。綾香は、それが戦場となった山中で、不適切だと自分でも分かっているらしいが、我慢できなかったようだ。


 対戦車ロケット弾で壊された車に省吾が積んでいた武器のうち、まだ使える物はかなり少なかった。爆発の衝撃で運よく窓から投げ出されたらしい、ケースに入れていたライフル銃二丁と、少しだけ焦げた機関銃一丁だけだ。ライフル銃の弾薬が、少しだけでも焼け残ったのは、運が良かったのだろう。


 残り少ない弾薬を、省吾は一発必中させることで節約していた。そのおかげで、ギリギリ敵を殲滅できるだけの弾薬が、まだ省吾の手の中に残っている。


「行くぞ!」


 両手に一つずつライフル銃を持ち、綾香を背負った省吾は、合流予定場所へと走り出した。


 省吾達だけは、他の者と違い合流地点にまっすぐ進まない。銃の射程距離に敵が入るように、倍以上の距離を、何度も方向転換しながら走るのだ。方向を変える光に包まれた弾丸が暗い山の中を、縦横無尽に駆け巡る。そして、生徒達を抱えた国連軍兵士に、襲いかかろうとした敵を一撃で討ち滅ぼしていく。


 ライフル銃は本来片手で扱えるものではないが、省吾はストックを肩や胸部で押さえ、それぞれ別方向の敵に銃弾を放つ。鍛え上げた柔軟で強靭な省吾の体は、脳からの指令に忠実に応えているようだ。


 省吾から、鳳仙花の種を思い出せるように飛び散る弾丸は、一発も打ち損じる事はない。省吾は軽いとはいえ女性を背負い、足場の悪い山中を走り、本来両手用の武器を片手で扱っている。それは一般人どころか訓練された兵士でも、そうそうできる事ではない。しかし、省吾は化け物じみた気力と集中力で、それを実現させていた。


……まだまだあああぁぁぁ!


「ぜぇ! ぜぇ! かひゅっ……」


 既に呼吸すら異常をきたし始めた省吾に、余裕があるわけではない。ルークとの戦闘で負った怪我も応急処置しかしておらず、今も血がしたたり落ちている。


 引き金を引くたびに、脳がヒューズを切りたがっているが、省吾はそれを気力だけで拒絶し続けている。それは、自殺行為としかいえない。だが、省吾は走る速度を緩めず、仲間や生徒を生かす為だけに、人間のぎりぎりを最後の一滴になるまで絞り出そうとする。


……左に三! 次っ!


 省吾を苦しめているのは、体の限界だけではない。超能力も、無尽蔵に使える訳ではないのだ。千里眼と武器強化を、使い続けている省吾の能力面での限界も近づき、何度も視界が真っ白に変わろうとする。それを、血が出るほど歯を噛みしめ、省吾は押し殺していた。


 邪魔でしかない肋骨や太ももの痛みも、その時だけは意識を飛ばしたくない省吾の、役に立っているようだ。気を失うどころか、気が狂うほどの苦しみや痛みに、省吾は声すら上げずに耐え続ける。


(ジョセフです! マシューのチームと合流!)


(こちらもマシューのチームが見えました! 合流します!)


 返事をする余裕は全くないが、特務部隊員達から順調な合流の知らせが綾香を介して、省吾に届けられる。少しでも省吾を助けたい綾香は、その連絡から仲間の位置を頭の中にある地図に、書き込んで省吾に流していた。


「無理……し過ぎですよ……」


 省吾の背中で銃と走る振動に振り落とされない為、必死にしがみついている綾香は、自分の頬を想像していたよりも大きな背中につける。


 張り裂けんばかりに脈打つ、省吾の心音が聞こえた綾香は、突然切なくなる。その心音から、省吾が無理をしているのだと読み取った綾香は、自分の無力さと省吾の優しさを感じ、胸がつぶれるほど締め付けられているらしい。


……こんなものおおぉぉぉ!


「居ました! あそこ!」


 斜面を駆け下りる省吾の背中にいた綾香が、合流して走る一団を見つけて叫んだ。本当なら、省吾が先に見つけなければおかしいだろうが、視界がぼやけて歪んでおり、素人の綾香よりも発見が遅れたのだ。


「じゅ……中尉!」


「止まるなぁ! 走れぇ!」


 信頼する上官を見た仲間達に笑顔が浮かび、速度が緩んだのを省吾はよしとしない。声を出すだけでも苦しいはずだが、仲間に気合を入れる。


「後、二チームです!」


 一団に合流した省吾に、特務部隊員の一人が報告をする。報告を聞き、返事をしたい省吾だったが、呼吸をするだけでも辛くなり始めた体がそれを許してはくれず、無言でうなずいた。


「遅くなりましたぁ!」


 目を血走らせた二人の兵士が、一団に合流した。一人は生徒を背負っているだけだが、大柄な特務部隊員は一人背負った上に、両手で引き摺りながら生徒を運んできた。引き摺られた二人の生徒は、仲間を守って死んだ特務部隊員のタイラーが担当だった。それが、分かっている省吾はさらに歯を強く食いしばる。


……くそっ。


 それから数分後、二人の生徒を両肩に担いだ最後の特務隊員が合流した。


(隊列の再編成だ!)


 先頭を走っていた省吾の指示を聞いた兵士達は立ち止まり、生徒達を一人ずつ分担して背負う事で、各人の負担を減らし移動速度を向上させた。


「はぁ! はぁ! ジェイコブ! 平井! 先頭は任せたぞ!」


「あっ……」


 片方のライフル銃をジェイコブに投げ渡した省吾は、綾香を下す。その行動を寂しいと感じた綾香は、吐息のような声を漏らす。


 前方の敵をほぼ駆逐した省吾は、最後となった銃のマガジンを交換し、最後尾まで移動する。生徒達を背負った兵士達が、省吾に自ら道を譲りモーゼを思い出させる。


 その兵士の何人かは省吾の顔色や呼吸、足取りに異常があると気が付いた。だが、省吾の鬼気迫る目を見てしまい、言葉が出てこない。ただ、唇を噛み、年若い上官に敬意を払う為に、その時出来た最高の敬礼をした。


「殿は、俺が守る! ローガン教官は、必ず退路を確保してくれているはずだ! 走り抜けろおぉぉ!」


 一団の最後尾で銃を構えた省吾は、気力だけで声を絞り出した。そして、その省吾の声で、兵士達は自分の役目を果たす為に全力で走り出す。


……さあぁぁ! 来いっ!


 省吾は念の為などというぬるい考えで、最後尾にまわった訳ではない。敵を食い止める為に、犠牲になる事すら覚悟している。


 生き残った敵武装勢力の兵士達が、退却したのは確認できた。だが、ファントム達は餌である人間の一団を逃がさない為に、山中から集まってきているのだ。そして、敵の能力者達も一定の距離をとり、省吾達を追跡していた。


 雪が積もり、雲により月の光が妨げられた白い闇を見つめ、省吾はライフルを構える。そして、肉眼では捉える事の出来ない敵に向けて、引き金を引く。


「井上君……」


 山の中に響く銃声を聞き、走っていた綾香は恐怖を感じていた。それは敵に対するものでは無く、省吾に二度と会えないかもしれないという嫌な予感が原因のようだ。


「高梨さん! 遅れないで!」


 綾香の気持ちを推測できた堀井は、省吾の行為を無駄にしない為にも立ち止まってはいけないと自分に言い聞かせ、足を止めそうになっていた綾香の手を引く。少しだけ振り返った堀井の目には、微かに見える火薬と超能力の光が見えた。


 ゆっくりと後退をしつつ、弾丸を放つ省吾の肉眼は、ほぼ使い物にならなくなっていた。それを、千里眼の能力で無理矢理補い、射程距離に敵が入るたびに引き金を引く。


……なんだ? いたぶってるつもりか? くそ。


 敵の能力者達は、省吾の千里眼でも捉えきれない。だが、省吾の勘は敵がまだいる事を察知している。


「はぁっ……はぁっ……はぁ!」


 山にいた全てのファントムを消滅させたところで、省吾は足を止める。それを機に、今まで姿を隠していた敵の能力者が四人だけ、闇から姿を現す。見えたのは四人だけだが、その奥にまだ敵がいるのは省吾も分かっている。


 無言で省吾を見つめているその四人は、ダウンジャケットやコートなどを身に着け、一般人とかわない服装だった。少しだけ違和感を覚えるとすれば、それぞれマスクやサングラスで顔を隠している事だけだろう。


 正体を隠す必要性があるのだろうかと、冷静な省吾なら頭を回転させる場面だろう。しかし、余裕が一ミリたりとも残っていない省吾は、引き金を引いた。


……くっ! このっ!


 微かにしか光らなくなっている銃弾を、敵は容易く処理する。ルークのように弾丸を空中で止めた者だけでなく、弾丸ごと消した者までいる。


 それを見て、再び省吾が引き金を引いた。しかし、ライフル銃はもうその銃口から、火薬を爆発させた火を噴きだす事はなかった。弾丸が尽きたのだ。


……くそおおぉぉ!


 銃を投げ捨てた省吾は、最後の武器であるナイフを構える。それ以外の選択肢が、省吾には残っていない。敵の能力者達は、アイコンタクトを交わすようにお互いの顔を見合わせ、省吾に何もせず闇の中へ音もなく消えた。


 それを見た省吾は、敵の気配が消えると同時に、退路を目指して走り出した。兵士である省吾は、必要に応じて退却する事を恥じたりはしない。だが、それは逃げ出す為に走り出したのではない。敵が本気であれば、自分では足止めすら出来ない事が、既に分かっているようだ。その為、仲間を狙われる可能性を考え、まだ戦う為に走っているのだ。


……間に合えぇぇ!


 一握りしか残っていない力を振り絞った省吾は、全力で走る。仲間達がいるであろう、退路に向けて。


「生徒は、そちらの車両に! 衛生兵! 急げ!」


 退路となる山道で車両を死守していたローガンは、帰還した兵士を速やかに乗車させていく。


「こちらも、狙われたか……」


 車の周辺に動かなくなっている敵と、怪我をした兵士がいた事で、堀井達にもローガン達の戦闘行為が激しかったのだと分かる。


 兵士達は生徒用の車両に気を失ったセカンドの生徒を運び、自分達が守りきった命を衛生兵達に任せる。そして、自分達が移動に使う車へと乗り込んだ。兵士達は、まるで機械であるかのように速やかな動きを見せる。その場で手間取る事が危険を増やすのだと、十分に分かっているのだろう。


「来たああぁぁ! 来ました!」


 兵士側の車両に乗り込もうとしていた綾香は、省吾の姿を見て叫んでしまう。その声を聞いたローガン達も、そちらへ顔を向けた。戻ってきた省吾を見て、兵士達は生き残った事を喜び合えると考えた。だが、その兵士達の笑顔は、省吾の発言で歪む。


「き……救急パック! 銃を!」


 仲間に手を伸ばした省吾は、携帯用の救急パックと武器を要求したのだ。体はふらふらだが、ぎらついた目の強さを、省吾はまだ失っていない。


「ちょっと! 井上君! 駄目っ! 死んじゃう!」


 綾香は車のライトで、省吾の負った怪我の度合いを知り、顔が青ざめていく。そして、急いで自分への応急処置を済ませ、銃の準備を始めた省吾を見て、その日何度目か分からないパニックを起こす。


「ま……だ。敵が……いる」


 かすれて聞き取るのも困難な声を出した省吾は、その場で敵の能力者をさらに足止めしようと振り返った。


……教官?


「えふっ!」


 省吾が振り返った先に立ちふさがったローガンは、躊躇なく拳を腹部へと打ち込んだ。


 限界により、著しく全ての能力を低下させていた省吾は、反射的に避けるどころか、腹筋に力を込める事すら出来なかった。限界をこえた状態にあった省吾は、それにより気力の糸が切れ活動を停止した。


……俺が戦うんだ。俺が、守るんだ。俺が。


 倒れた省吾を肩に担いだローガンは、そのまま車へと運ぶ。


「撤収!」


 エンジンをかけたままだった軍用車両は、ローガンの声で一斉に山からの撤退を始めた。そのままローガン達の乗った車両は増援に駆けつけていた部隊と合流し、基地へと帰還する。その間、引き上げたらしい敵の能力者は現れなかった。


 車の振動に揺られる疲れ切った兵士達は、当初の目的であるファントム殲滅を成し遂げたにもかかわらず、暗い雰囲気を全身から出していた。


「衛生兵! こちらを先に!」


 ローガンに呼び寄せられた衛生兵は、力なく軍用車両の床に横たわる省吾を見て、表情をこわばらせる。そして、その場で出来る限りの応急処置を施した。


「井上君……」


 治療を終えた包帯だらけの省吾に、涙目の綾香は毛布を掛けた。そして、安静が必要である省吾の為に、車の振動を少しでも吸収させようと考え、頭の下に自分の両膝を折り畳みながら差し込んだ。


「全く……悪い癖まで、昔のままか」


 無線が通じる範囲まで戻った為、本部への連絡をしていたローガンが、綾香にひざまくらをされた省吾を見て目を細める。


「この人は、本当に変わらないなぁ。昔っからこうだよ」


「ああ。仲間がやられたら、一人でも特攻しようとするんだよなぁ」


 昔からの悪い癖について知っているのは、ローガンだけではない。ヨーロッパで共に戦った特務部隊員も、単独で敵に向かって行く省吾の姿を何度も見てきたのだ。


「そうそう。お前、上官だろって何度注意されても、止めないんだよな」


「准尉は拳銃一丁でも、戦車隊に向かって行こうとするから……。ジャックや俺達が必死に止めたよなぁ。それも、何度も……」


 笑いながら特務部隊員達がいった人物の名前を憶えていた綾香が、省吾の顔を見つめるのをやめて顔を上げた。


 ジャックとは、仲間を逃がす為に犠牲になった特務部隊員の名前だ。正義感の強い綾香だが、笑いながら喋る特務部隊員達を注意しようとはしない。


「そういえばさぁ。ジャックって馬鹿だったよなぁ」


「ああ。准尉があまりにも女に興味ないからって、女の素晴らしさを教えてやるってさぁ」


 特務部隊員達は、笑いながら昔の話をする。それは、地獄と呼ばれた最前線での、ほんの小さな他愛の無い思い出だ。


「そうそう。タイラーと二人でキャンプ中の本やポスターをかき集めて、准尉を追いかまわして」


「最後は、准尉に怒られるって分かってるのにさぁ。本当に、馬鹿だったよなぁ……」


 綾香は、特務部隊達の目に溜まっているものに気が付いているようだ。


「本当に……馬鹿だ……死ぬなよ馬鹿野郎……」


「准尉に、取って置きのコレクション……見せるんじゃ……なかったのかよぉ」


 殉職したジャックとタイラーの事を思い出していた特務部隊員達は、溜めていたものをこぼしてしまう。それを見た、ローガンは強い調子で命令を出した。


「命令だ、お前達! よく聞け!」


 ローガンも精一杯我慢しているのだと、綾香や他の兵士達も分かっている。死神と呼ばれていても、教え子が死んで何も感じないほどローガンは人間を止めていない。


「そこの馬鹿が起きるまでだ! それまでにその水分を流しつくせ! いいな!」


 仲間の泣いている姿で省吾に負担を掛けたくない兵士達は、その場で大声を出して何の臆面もなく泣いた。省吾ともう会えない友人のために。


 声を殺して立ったまま涙を流すローガンを見て、綾香はぐったりと眠っている省吾に視線を戻した。そして、優しく指で、鼻にまでかかった長い前髪をかき分ける。


「こんないい人達から慕われるのは、貴方が今まで頑張ってきた結果なのですよね? 中尉の井上君?」


 省吾の寝息を聞いていただけの綾香も、いつの間にか眠っていた。テレパシーと索敵を使い続けた疲労を、今まで隠していたのだろう。


「ぐすっ……お疲れ様でした」


 綾香が眠った事に気が付いた堀井が、自分の上着を綾香にかける。そして、自分の生徒達を慈しむ様に見つめる。


「ふぅぅぅ」


 日本特区司令官は、輸送車両が護衛用の部隊と合流出来た報告を聞き、大きく息を吐いて指でネクタイを緩めた。


「流石は、生ける伝説だ」


 ローガンからファントム殲滅完了と、生徒達に死者が出なかった事を報告されていた司令官は、省吾の顔を思い出して少しだけ笑う。その司令官の耳に、ノックの音が届いた。


「入れ」


「失礼します。準備が整いました」


 返事を聞いて部屋に入ってきた女性の補佐官は、司令官にビデオ会議システムの準備が出来た事を告げた。


「分かった。すぐに行く」


 冷めてしまったコーヒーを飲み干した司令官は、ネクタイと自分の気持ちを締め直し、会議室へと向かった。その目は、既に今回の作戦失敗による処罰を覚悟しているように見える。


「お待たせしました」


「いいえ。ご苦労様」


 ビデオ会議システムのスクリーン画面には、フランソアと二人いる事務次官の顔が表示されていた。


「特務部隊兵二人に、一般兵三人か……」


「申し訳ありません」


 司令官は言い訳をすることなく、精一杯頭を下げた。


「しゃぁねぇなぁ。お前。減俸、三か月だ。いいな?」


 コリントから告げられた処分内容に、司令官は驚いて顔を上げた。作戦の不備は、司令官が責任を取るべきものであり、措置があまりにも軽いのだ。


「それでは……」


 部下を死なせる結果となった作戦の責任を取るつもりだった司令官の不服を、フランソアは遮って喋り出した。


「結果だけ見れば、失敗といえなくもないわ。でも、これは誰にも予想できなかったんじゃ……ないかしら?」


 フランソア達も、司令官が殲滅を急がなければいけない程、追い詰められていた事は分かっている。そして、省吾一人で作戦を行っていれば、底知れない敵超能力者の集団に囲まれ、もっと悪い結果になった可能性も検討済みだったようだ。


「で、まぁ、お前が減給ってこった。お前には、そこそこ払ってるんだ。三カ月は我慢しろよ?」


「はっ……はぁ」


 動揺している司令官は、フランソア達の目が笑っていない事に気が付いていない。


「それに、お前を司令官に残すのは、これからの大仕事をしてもらう為だ」


 俯いてしまった司令官は、ランドンの言葉で顔を上げた。そして、フランソアから指示を受ける。


「いいかしら? 敵武装集団が、特区内に侵入している事を、どんなことをしても隠すの。情報が洩れれば、特区が世間からたたかれてしまうわ。生徒や生徒の親を誤魔化すのは、大変な仕事だけど、それが完了するまで貴方は、その職を終えられないと思いなさい」


 自分の処分が軽かった理由に、やっと納得できた司令官が無言で頭を縦に振る。


「年末と年明けで帰省もする生徒と、その親を誤魔化すってのは、骨が折れるだろうけどなぁ」


「こちらからも、出来るだけの助力はしよう。随時連絡をしてくれ」


「最優先で情報漏えいを防いでちょうだい! いいわね!」


「はっ!」


 三人のトップ達から指示を受けた司令官は、敬礼で答える。そして、仕事に取り掛かった。


「何とか一命を取り留めました。生命力が強いんでしょうね」


 病院で手術を終えた医師から説明を受けた堀井は、息を吐きながら手術室の前にあるソファーへ座った。そして、ベッドに寝かされたまま運ばれている省吾を見送る。


 聖なる夜を、病院の集中治療室で過ごす事になった省吾は、司令官達のやり取りも、これからの出来事も、まだ何も知らない。


 それは、超能力者が溢れる世界でも、未来を正確に予知できる人間がいないのだから、仕方の無い話だろう。


 省吾の苦難に満ちた学生生活は、まだまだ続く。

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