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名無しのエース  作者: 慎之介
序章
1/82

 二十一世紀初頭、地球と呼ばれる惑星があった。その星を覆い尽くさんばかりに文明を発達させていた人間達は、未曽有の自然現象に襲われる。巨大な隕石が地表に着弾したのだ。


 その災害を事前に予測し、対処出来なかったのかと聞かれれば、不可能だったと断言していいほどだった。何故なら、人々の予想を超えた幾つもの予想外といえる事態が重なっていたからだ。予知能力でもない限り、それは対処できなかっただろう。


 高度に文明を発達させた人類は、地球に接近する隕石等を観測する程度の力ならば有していた。地球に近付いてくる物体の大きさが、大きければ大きいほど遠い位置にあっても捉えることが出来た。そして、その接近する物体の軌道を事前に計算する事も可能だった。


 勿論、人類に大きな影響を及ぼす隕石の対処方法を研究していた者達も大勢存在した。それだけでなく、実際に対応策を実施可能な国も存在していたほどだ。しかし、その時ばかりは、どうしようもなかった。


 地球に直撃してしまったその物体は、本来地球どころか月の衛星軌道上すら掠めない進路をとっていた。天文台や宇宙局で観測を行っていた者達にとって、それは日常茶飯事の一つであり、特別な警戒をするはずもない。その者達が職務として取った行動を見ても、何の落ち度もなかった。


 だが、物体が地球にもっとも接近した瞬間、事態は一変する。突然、その物体の軌道が変わったのだ。


 最初にその異常事態を察知したのは、宇宙局で勤務する一人の男性職員だった。深夜の静寂で眠気を覚えたその男性職員は、自分の席を一時的に離れた。そして、熱いコーヒーが入ったマグカップを持って、パーテーションで区切られた自分用の席に戻る。


 椅子に座ろうとしていたその男性は、ディスプレイに映し出された情報がすぐには理解できず、中腰のまま固まってしまう。短い時間動きを止めていた男性だが、我に返るとコーヒーの入ったマグカップを机上に置く前に手放した。


 自分用にあてがわれた高性能なコンピューターに、その男性は急いで緊急コマンドを入力する。床に転がるカップからこぼれたコーヒーは、見る間に床のカーペットを変色させていく。


 緊急警報が鳴り響く建物内で、男性は懸命にコンピューターを操作する。それは、突然軌道を変更した物体の向かう先を割り出そうとしていたからだ。


 その男性職員は、かなり優秀な人物だ。自国内で一番と評価されている工科大学を優れた成績で卒業し、幾人かの大学教授から自分の研究チームへ入って欲しいと請われていたほどだった。そんな男性は、計算するまでもなく軌道を変えた物体が、地球に衝突すると分かっていたようだ。


 それでも、驚愕するほどの速度でキーボードを叩き、物体の軌道について自分の考えが間違っていて欲しいと願わずにはいられない。一般人よりも秀でた頭脳を持つ男性には、計測機器の故障か自身の勘違いでなければ、人類の存亡に関わるほどの被害が出ると分かっていたからだ。


 男性の脳裏には、家族や恋人の顔が浮かび、目には涙が滲み始めていた。そして、五度目の計算を終えた男性は、悔しそうに握った拳を全力で机にぶつける。その男性に、仮眠室から起き出してきた現場の責任者をしている人物が駆け寄り、状況説明を求めた。


 人間が暮らす地球を含め、宇宙空間を移動する物体はかなり高速で移動している場合が多い。軌道を変化させた物体も、驚くほどの速度で地球に接近し続けていた。その物体が月の衛星軌道へと到達するまでに、状況を把握した者達が出来た事といえば、責任者への連絡までだ。


 ある国の最高指導者は深夜のコール音で目を覚まし、ベッドの脇机に置かれたランプを点灯させて寝ぼけ眼で受話器を持ち上げる。その指導者である男性が、部下からの話を聞いて目を丸くしたのは、地球に接近し続けていた災難が、大気圏内へと侵入した後だった。


 つまり、非力な人間の幾人かが事態を知る頃には、大気圏内での摩擦によって物体が可能な限り燃え尽きてくれることを祈ることしか、出来ない状態となっていたのだ。


 混乱の極みにあった人々には、何故物体が突然軌道を変えたのかを推測する余裕すらなかった。自体を認識出来た者達は、一心不乱に奇跡を願うが、都合のいい奇跡などこの世には存在しない。


 大気圏内での摩擦により、地表へと向かっていた物体は、赤く色を変える。だが、人々の希望に反して、地球上には存在していなかった金属で構成されているその物体は、熱に耐えきってしまう。


 圧力により降下中に砕けはしたが、それは手放しに喜べるような事ではなかった。一ケ所の被害が少なくなったといえなくもないが、被害にあう地域が増えたともいえるからだ。また、被害が小さくなったとは思えないほど、各落下地点は壊滅的なダメージを受けた。


 大気圏での軌道変更もあり、太平洋を中心に四散した隕石は数え切れないほどの命を奪い、巻き上げた粉塵で空を覆い隠す。そこから、生態系の頂点へと上り詰め、安泰だったはずの人類がかつてないほどの混乱へと飲み込まれていく。


 黄色人種が人口のほとんどを占める日本国も、災害から免れることは出来なかった。一つではあったが、隕石の破片が首都近くに落下したのだ。様々な情報が錯綜し、混乱が混乱を呼ぶ中でも、人々は精一杯生きようとした。第二次世界大戦以上の死傷者が出たその災害を生き延びた人々は当時を振り返り、地獄だったと表現する。


 被害を受けなかった国を探す方が難しいほどの状況で、他国を救助しようとする国はほぼ出てこなかった。生活物資の搬送や救助の準備は遅れるだけ遅れ、飽食とも表現されていたはずの日本国で餓死者すら大勢出てしまう。


 当然ではあるが、危機的状況に置かれたのは、日本国だけではない。世界各国でも、様々な阿鼻叫喚の地獄が繰り広げられていた。


 更に、食料、燃料、飲料水、医療品等の生活必需品が不足する中で、人々を絶望させる出来事が発生してしまう。天災に続いて、人々を襲ったのは人災だった。


 大国が力を失った機に乗じて、覇権を手に入れようとした国や、武装した集団が複数台頭してきたのだ。また、人々を襲う絶望は、被災地を襲う武装勢力だけではない。各地で無能な指導者にしびれを切らせて暴動を起こす民衆や、武力蜂起した宗教団体まで現れ、混乱が雪だるま式に膨れ上がっていった。人々は自分達自身で、破滅へと向かう足を速めていく。


 そんな大混乱の中、人類は信じられない試練に襲われる事となった。何時どのように発生したかは全く分かっていないが、人類の天敵となる存在が出現したのだ。


 その敵が人々に認知されるまで、かなりの時間を要した。それには、幾つかの簡単な理由がある。


 まず、全てが謎に包まれている敵は出現回数が少なかった。そして、人間だけを襲う敵から生き残れた者が、ほぼいなかったせいだ。また、命からがら逃げ延びた者達の容易には信じられない証言を、幻覚ではないかと疑う者の方が多かったのもその原因の一つだろう。


 しかし、敵は出現する回数を徐々に増やして行き、いつの頃からか誰もが知る存在となる。


 その敵は当初、外見から鬼や悪魔などと呼称されていた。敵の輪郭は、人間のそれと近い形をしている。約一メートルから三メートルほどの身長を持ち、腕と足も一対で、二足歩行をする。どす黒い皮膚はてらてらと光を微かに反射させ、見る者に怖気を感じさせた。敵はもれなく肉食獣の頭骨をむき出しにしたように見える、寒気しか覚えない顔と大きな牙を持ち、鋭い爪はあるのに体毛は一本も生えていない。



 また、服を身に着けていないが、雄雌を判断できる外見的な特徴は有していなかった。ただ、個体識別は一目見るだけで、容易に出来る。身長の違いだけでなく、痩せ型、筋肉質型、肥満気味な型まで各々体つきが違い、角の生えている場所や数でも個体が判別できのだ。


 その敵は、確かに人間を襲う。しかし、外敵損傷を人間が受ける事は、皆無に近い。体を構成する物質が、人間の知る生物とは大きく異なるからだ。


 人間が敵を掴もうとすると、蜃気楼のようにすり抜けてしまう。相手側から人間を掴む事は可能だが、体を傷つける事を敵は襲う主目的とはしていない。捕まえた人間に噛みつき、何らかの生体エネルギーを吸い出して、人間を死に至らしめるのだ。


 敵に噛みつかれても、人間の体に傷はつかない。しかし、死んでしまうのだ。肉体的には生きているが、生命活動が停止したその犠牲者達を表現するとすれば、脳死している状態に近い。勿論、襲われてすぐは脳も正常に機能しているが、敵に何かを吸い尽くされてから数分で活動が停止し、さらにもう数分後には心臓が止まる。


 体を霧のように変化させ、壁や天井の隙間すら通り抜けて現れる敵は、腹を満たすとどこへともなく消えていく。その世界中で確認された神出鬼没な敵に、弱点は存在しなかった。銃やミサイルといった強力な近代兵器を使おうとも、傷を負わせる事が人間には出来なかったのだ。


 太陽の光、銀の銃弾、聖水、呪文、祈り等、人間達は古今東西の空想上にしか存在しなかった魔物の弱点も使って撃退しようとしたが、何一つとして効果がなかった。何時しか人は、掴み所のない敵をファントムと呼称する様になっていく。


 その攻撃する事の出来ないファントムに対して、人間が出来たのはただ逃げる事だけだ。ファントムが出現して以降、どこにいても死の恐怖と隣り合わせになった生活を、全人類が強いられる事となった。


 だが、それほど恐ろしい敵が現れたにも関わらず、愚かな人間達は戦争を続ける。結果、人類はその数を目に見える早さで減少させていった。


 絶望のどん底で希望を失いかけていた人類に光明が差しこんだのは、大災害発生から三年の月日が経過してからだ。白人と黒人の混血である幼い少年が、母に抱きかかえられた状態でファントムに襲われていたその時、人類の未来が変わる。


 拒絶を全身全霊で叫んだその少年の体が、眩しい光を放った。それと同時に、襲いかかろうとしたファントムが悲鳴を上げ、体を霧散させる。


 その少年は特別だった。しかし、その少年だけが特別だった訳ではない。世界各地で、特別な者達が敵を不可思議な力で撃退していく。その特別な力は、大人でも使える者はいる。だが、幼い者に多く発現し、強い力を発揮したのだ。


 かつて地球上に生まれた生物達は、生き残るだけでなく、より自分達が繁栄する為に単細胞生物から進化を遂げた。敵を撃退する事の出来るその力は、急激な環境の変化が原因でおこった突然変異による人類の進化なのかも知れない。しかし、大災害以前から人間はその力に、名前を付けていた。超能力と。


 敵が現れる前から存在していたその力が、環境の変化で生き残るために強くなったのだろうと、知恵ある者達は推測をたてた。そして、その力は元々素養のあった者の中でも、発展途上の肉体を持った子供がより開花させやすいのだろうと結論を出す。


 情報統制すら難しいほど混乱してしまった社会で、その情報は何よりも優先して人々に広まっていく。そして、その希望こそが人類再生の狼煙となった。


 人間の心の中には、確かに悪魔が住んでいる。だが、それと同時に天使も確実に存在しているのだ。そして、その正しい心は決して弱くない。世界各地で指導者となりえる者達が、立ち上がったのだ。


 一人の女性は、教職についていただけの一般人だったが、命に代えても子供達の未来を守りたいと考えた。また、ある悪徳汚職議員だった男は、愛する孫娘の為に命よりも大事だと思っていた金を投げ出せると確信した。そして、プロスポーツ選手だった青年は、自分を支え続けてくれた家族やファンの為に銃を握りしめた。


 指導者達の元に力が集結する為の時間は、それほど必要ではなかったようだ。どこを見ても真っ暗な世界で疲弊していた人々が望んだのは、平和だったからだろう。世界の覇権を握ろうと軍事力を行使していた組織から、その指導者側に寝返る者も少なくなかった。


 三人の指導者達は、欧州のとある町に集まった。そして握手とハグを交わし、運命共同体の仲間として国や人種に関係なくお互いを受け入れる。


 それから二年の後、国際連合共同体、通称国連が誕生した。巨大な軍事力を国連自体で有しており、大災害前の国連とは大きく違うものだ。真の平和を掲げたその団体により、人間の世界は立て直されていく。


 ただ、国連により世界は平定されていったが、それは徐々にである。国連に従わない複数の武装集団が、簡単に消えてくれるはずもないからだ。後世で第三次世界大戦と名付けられる戦いが終結するには、十年以上の歳月を必要とした。


 その大戦の戦場となったある町に、一人の少年がいた。東洋人らしき外見のその少年は、国連軍の装備を身に纏い、機関銃を両手で掴んでいる。


 単独行動をしているその少年兵がいる町は、度重なる戦闘行為で無残な姿に変わっていた。半壊した家々の壁には弾痕が無数に刻まれており、砲撃により道のアスファルトは車両が走行するには不向きなほどぼろぼろに変わっている。そして、乾いた土埃には、硝煙の臭いが微かに残っていた。


 大災害前には数千人の人口を抱えていたその町に、現在人の気配は全くない。国連の統治下にない危険地帯ではよくある光景だ。国連側はそのような地区を一刻も早く安全な場所へと変える為に、労力を惜しまずに活動し続けている。


 現在の国連を指揮する者達の心には確かな正義があり、武力による統治のみを無理に推し進めている訳ではない。可能な限り、交渉や取引で統治区域を増やしている。


 指導者達は、国連と反目した武力集団をただ否定するのではなく、お互いの妥協点を捜し、血を流さずに和平協定を結んでいった。しかし、自分達の身勝手な理由や欲で抵抗を続ける者達が、全員交渉の席についてくれるはずもない。


 その集団で長を務める者達の中には、戦犯として裁かれる事を恐れるあまり更に罪を重ね、後に引けなくなった者も多い。結果として、武力衝突へと局面を移してしまう。


 少年兵が巡回をするその町での戦闘行為は、二日ほど前にほぼ終了していた。兵の人数と装備で勝った国連軍が敵に勝利したのだ。ただ、敵勢力を完全に掃討出来たわけではない。数を三割程度にまで減らされながらも、敵は国連統治外地区を後退し続けている。国連軍本体は、その敵を現在も追っていた。


 少年がいるその町に残ったのは、五名で構成された一部隊だけだ。その少年の所属する部隊が町に留まった理由は、国連に保護された人々が教会に百名ほど残っているからだ。国連が手配した武装されている輸送用車両到着までは、まだ少しだけ時間を必要としているようだ。

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