石像の日常
ここは、まさに異世界。誰もが想像したであろう、魔物がいて、勇者がいて、魔法やスキルがあって。そんな世界だ。そして、魔族たちの集まる魔王城のある通路に一人、否、一体の石像がいた。
「よう!クレイロール、元気でやってるかい?」
「…⋯⋯⋯トーガか。」
魔王城の最上階、玉座へと繋がる道の途中に建てられたいくつもの石像。その中に、俺、クレイロールはいた。
「お前はいっつもそんなとこに突っ立ってて、暇じゃないのかよ?」
俺に話しかけている、炎の魔族であるトーガ。彼は魔王軍の中でも、圧倒的に強さを誇る四人、通称四天王の序列一位である。彼の大きく禍々しい角と、オーガ族特有の鍛えられた肉体に、見る者は気圧される。さらに、背中に身に着けている槍。これは、魔炎槍グングニルと言って、世界でも稀な魔力で作られた武器で、同じ物は二つとない代物だ。彼の強さは、その風貌だけで丸わかりである。
「俺には、ここで勇者を迎え撃つという使命がある。…それに、トーガもいるしな。」
俺はというと、全身石でできた、ただの石像だ。周りに並べられた石像のように、右手に剣、左手に戦斧を持ち、石でできた鎧に身を包んでいる。他の石像と違うところといえば、動くことができるくらい。だがしかし、俺の強さは、四天王にこそ入れなかったものの、魔王様の側近に選ばれるほどだ。
「おっ、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。しっかし、外の世界も楽しいぜ?」
「それでも駄目だ。魔王様との約束は破れない。」
「けっ⋯。お前さぁ、そんなにその約束ってのは大事なのかよ?」
「あぁ。魔王様との約束だからな。」
「いや……いくら魔王サマが大事だったからって…。その魔王サマは………。」
トーガは言いかけて、はっと口をつぐむ。
「悪ぃ…。」
「別にもう気にしていない。俺は俺の役割を全うするだけだ。」
バツが悪そうなトーガを横目に、俺は、あの日のことを反芻していた。
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あれは、俺が魔王様に拾われ、魔王様に戦闘の稽古をつけてもらって、やっと魔王様の側近になれた日のことだった。魔王城近くの原っぱで、魔王様と共に寝転がっていた。
「それにしても、よく頑張ったね。魔王軍に来てから、まだ半年も経ってないのに。」
「魔王様のために、必死に頑張りました。今度は俺が魔王様に恩返しをする番です。」
「そんな!私は何もしていないよ。」
魔王様は、少し照れくさそうに頭をかく。魔王様の外見は、人族と酷似していて、爪や牙、マントで隠れている翼を除けば、見た目は背の高い20代の若い男性だ。
「魔王様は、俺を救ってくれたではないですか。」
「あれは偶然だ。クレイロールの運が良かっただけ、私は何もしていない。」
「っ…。ですが……!」
魔王様は意地でも、自分が良い魔族だと認めない。俺を助けてくれたときだってそうだった。
俺は元々、遺跡の石像に魔力が宿り、魔族になった。遺跡の周りは樹海で、俺は当てもなく彷徨っていた。そんなある時、樹海に冒険者たちが入ってきた。彼らは、魔物や魔族を狩り、金を稼ぐ集団だ。俺達とは違う、人族が権力を持つ社会で生きる連中。そんな奴らに、俺は目をつけられてしまった。
俺はまだあの時、戦いなんてものとは無縁で、案の定、冒険者たちに瀕死にまで追い込まれた。どうやら俺は、彼ら曰く、珍しい魔物で、素材が高値で売れるらしい。
「拍子抜けだったな。魔物の中でも、まあまあな強さのはずなんだけどな。」
「なんでもいいじゃん、早く倒して素材ゲットしちゃお!」
冒険者の剣が振り上げられ、俺は思わず目を瞑った。俺は、死ぬのか…。魔物だからという理由で………。
「『常夜の虚妄』」
次の瞬間に来るはずだった痛みがなく、恐る恐る目を開けると、蒼穹の中に翼をはためかせた、一人の魔族の姿があった。彼を視界に入れた途端、体が急に強張る。自分では絶対に敵わないという、圧倒的強者の圧を感じさせられた。その彼の右手からは、途轍も無い魔力で凝縮された塊が、今にもこちらに放たれそうに揺らいでいる。
「人族よ。我は今すぐにでも、貴様たちの首を刎ねられる。それでも、我が同胞を手に掛けるのであれば、ゆっくりと地獄を味あわせながら消し炭にしようぞ?」
悍ましい。だが、その声音から、なぜか殺気は感じられなかった。少なくとも俺は。
「ひええっ…!!!!!すみませんでしたああああ!!!!!!!」
冒険者たちは尻尾を巻いて、一目散に逃げていった。当たり前だ。あれを見て逃げない人族は、勇者以外いないだろう。
「大丈夫かい?」
「あ、ありがとうございます…。」
一度も見たことがない俺でもわかる。彼は、正真正銘、魔王様だった。生まれて数ヶ月も経っていないものの、俺も話として知っている。その名は魔族だけでなく、世界に知れ渡っている。魔族の中でもエリート中のエリートである魔王軍。それを統治する魔族の王。魔王軍の目的は世界征服だとか……。
魔王様は俺に優しく手を伸ばす。一瞬手を取るのを躊躇ってしまう程度には怖かったが、その感情も次の魔王様の言葉にかき消されてしまった。
「ねえ、魔王軍に来ない?」
……………俺は唖然としてしまった。まだ右も左もわからない魔族である俺が、選りすぐりの魔族たちが集められた魔王軍へ……?
「行く宛もないだろうから、良ければ私たちの領土で少し過ごして、魔王軍の奴らと一緒に、ある程度戦闘に慣れてもらうってのはどうかな。」
「いや、でも俺なんかが………。」
………なんか、思ってたのと違う。
「いいんだよ!同じ魔族じゃないか!!……あいつらは気に入らないだろうけど…。」
「…はい?」
「あっ、いやなんでもないよ!!」
魔族の王なんて謳われるもんだから、もう少し暴君で破壊的なイメージだったけど、
「ねっ、どう?」
「魔王様ってお優しいんですね。」
不意に、俺の口からその言葉が出てしまった。
「えっ!?いつ私が魔王だって…?いやそれより!!!
_________私は優しくなぁい!!!!!!というか、私は何もしてないよ。」
俺は、この人になら、ついていけると確信した。
「俺、魔王様に尽くしますっ!!!!!」
懐かしいな、あれからもう半年経t………。
「ねぇ、クレイ?聞いてる?」
「あっすみません。」
「それでさぁ、最近入ってきたトーガが、『魔王サマぁ、いつ戦争しかけるの?明日?』とかって言ってくるんだよぉ…。」
「それは短気ですね。」
「だよねぇ。というかなぁ。」
魔王様は立ち上がって背伸びをする。こうみると、人族の青年にしか見えないな。
「私はね、できれば人族を滅ぼしたくないんだ。」
「えっ………?」
「……今までの魔族と人族の歴史は、戦争の歴史だった。勇者が現れ、魔王が敗れる、そして、次の魔王が生まれる、その繰り返し。でも、私には、戦争以外にも、人族と何か出来ることがあるんじゃないかって気がしてならなくてね。いつか、魔族と人族が共存出来る世界が作れたら……なんて思うんだ。」
「………魔王様は、そんなところまで考えていらっしゃったんですね。」
「否定しないのか?」
「………私は魔王様に忠誠を誓った身です。魔王様が望むなら、どこまでもついていきますよ。」
魔王様は、少し驚いた顔になってから、微笑を浮かべた。
「ありがとう。じゃあ、私にもしものことがあったら、魔王軍を頼むよ。」
「まっ、魔王様!?そんな言い方やめてください!!!」
「はっはっ、ごめんごめん。でもこの気持ちは、本当だからね。僕の代わりに、魔王軍を守って。」
そんな半分冗談にも思える会話を交わしている時だった。城の近くで爆発音が聞こえたのだ。俺も魔王様も戦闘態勢に入った。そこに、一人の魔族が現れる。
「ご報告ですっ!!!魔王様!!!!」
「ヘラか、何があった?」
「人族共が、攻めてまいりました!……勇者一行もいます。」
大砲が魔王城の城壁に当たり、轟音が鳴り響く。今は、前線の魔族たちで凌いでいるが、正面が突破されるのも時間の問題だろう。
「……みんなには、撤退の指示を。」
「っ…!?ですがっ!!!」
「私が行く。」
一瞬、思考が停止した。ここから見ただけでも、人族は数千人を優に超える。よく目を凝らすと、いくつかの国の旗が掲げられている。推察するに、各国の騎士団がこの戦争に関わってきているのだろう。さらに勇者一行………。
「魔王様!!!どうか俺達にお任せください!!いくら魔王様とはいえ、これはっ………!!!!」
俺が必死に止める傍らで、魔王様は翼を広げ、俺達の前を歩く。そして、振り向き、こう呟いた。
「同胞が目の前で殺されるのを見て、黙っていろと言うのかい?」
「っっ…………!!!」
俺は何も答えられなかった。ただ去っていく魔王様の背中を、目で追う程度のことしか出来ない。そんな自分に無力感を覚えながら、魔王様の最期の姿を見送った。
その後、その場で逡巡していると、不意に空が一瞬光り輝く。
「なっっ………!!!!!」
あれほどの魔力量は、魔王様にしか出せないが、あのレベルの魔法を撃ってしまったら、魔力切れが心配だ。魔力切れを起こしてしまったら、本来、気を失う程度で済むのだが、身の丈に合わない膨大な魔力が必要な魔法を撃ってしまうと、最悪の場合死に至る。信じたくはないが、あの魔法では魔王様でも…!!
俺は走った。先程の光源のもとには、きっと魔王様がいる。俺の少ない魔力でも、分け与えれば、生存確率は上がるだろうと思ったのだ。
________________魔王様は、俺達よりも一足早く、天に召されてしまった。
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魔王様と最後に交わした約束を、今も守っている。正直、魔王軍を任されるのは荷が重かったが、魔王様のためと思えば、苦労もなかった。
「あの時魔王サマは、俺達のためにデカい魔法で人族を追い払ってくれたんだもんな…。」
トーガは、あの時、別の作戦で魔王城には不在だったのだ。帰ってきて、魔王様のことを知らされていた時は、いつもヘラヘラしていたトーガの目に、うっすら涙が滲んでいたのを覚えている。
「………!?!?勇者が来たって!!」




