第42話 覚醒
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
記念すべき、第50話目です。少し勢い余ってしまった気もしますが、そこはぼちぼち手直しを加えるので、ひとまず楽しんで頂けたら幸いです。
「ひぃっ!?ぎゃぁぁぁぁあぁぁぁぁっっっっ!!!?」
混乱中。
家政婦じゃないけど、冒険者優はミタ。
つまり目撃した。
何を・・・?
もちろん、メイドマッチョを。
本来はナイスミドルのはずだが、頭には白いフリフリのヘッドドレス、顔はガッツり厚化粧の上に鍛え抜かれた強靭な肉体を覆うのはフワフワなメイド服。編み上げブーツに膝上三十センチキープのフワフリなスカート。長身でなければ色々と見えて、アレな事態になりかねない。
そのゴルベーザを見て、思わず叫ぶ。
「変態やん!!」
「ちょっと!人を見るなり叫ぶわ、変態呼ばわりするわ。酷いんじゃない~?」
「変態がしゃべった!!」
優びっくり。
「しゃべったらダメなのっ!?」
ゴルベーザの衝撃。小説のタイトルみたいである。
衝撃のゴルベーザ。確かに衝撃的な見た目である。
確かに変態だとフィオは思った。
ゴルベーザの背に隠れて、フィオはせつなくなった。ゴルベーザの存在に慣れてしまった自分がここいた。
昔の自分もこんなだったのになぁ、という哀愁の念を抱きつつ、フィオもやっぱり混乱していた。
対する優は秘境で出会った珍生物に再度、絶叫。
「いやぁあぁあぁあぁっ!!犯されるぅぅぅぅ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!犯されるって言われたァァァ!!フィオちゃん!!殺っちゃいましょう!?乙女のプライドを守るためにいざっ!!」
「待ちなさい」
「ぐえっ!?くっ、くくく首絞まったわよっ!?」
「絞めたのです」
「味方がいないっ!?」
「アゥ!!」
咽び泣くゴルベーザにフェンリルが同意だか慰めだかよく分からない吼え声を挙げる。それを横目に正気に返ったフィオはゴルベーザの影から歩み出し、優に声をかけた。
「暫くぶりですね。浅木優」
「変態が居るぅうぅうぅっっっ!!おかされるぅぅぅ!・・・・・・う?」
「憶えてませんか」
「えっ?あれ?フィオ・・・さん、ですよね?フィオさんが変態と居る?というか、どうしてここに?」
「あなたこそ、どうやってこんな所まで来たのです?」
不意に空気が剣呑なものに変わっていることに優は気がついた。
狙って悲鳴を挙げたわけではなかったのだが、優はフィオ達の事態が逼迫している事を知らなかった。フィオは“アクアレイア襲撃事件”に関わっていた人物が敵対者である可能性を強く意識していた。より明確に言えば、あの件で使用された大規模な禁術の使用者、若しくは共犯者の筆頭に知らず知らずに優は立たされていたのだ。悲鳴を上げるという道化の振る舞いも、フィオの疑いを強める一因となった。
既知だというだけで、深い交流もない優。誰も入って来れないはずの遺跡に居て、グラナスの直後に見つかり、“アクアレイア襲撃事件”にも関わっていた。優が手にする剣は遺跡の壁にもある緑色の翼の紋様が走る大剣“翼剣”。それすら疑いを深める要素になったのだ。
こんな服装のゴルベーザも、フィオが警戒を強めたのに呼応して腰をわずかに落とし、戦闘態勢を作る。
変態と遭遇し、フィオと再会し、迷子から解放されると思いきや・・・なんか空気がおかしいぞ?となった訳である。優の注意は変態(=ゴルベーザ)に向いていたので、気配が変わったのはすぐに分かった。何せ、メイド服を来た男が突然現われ、襲いかかってきそうな素振りを見せたのだ。いくら知り合いのフィオが隣に居たとしても、そのフィオからして危険人物という認識だったので意味を成さない。
順番は逆だったが、優とフィオの間に緊張が走る。
間にあるのはただの勘違いだが。
「単刀直入に聞きます。あなたの目的はなんですか?」
(―――も、目的?とりあえず・・・・・・目の前のオカマを遠ざけて欲しいけど、大きな目で見ればここからの脱出?)
フィオの詰問は続く。
「ここで何をしているのです」
「別に・・・ま、ごほっごほっごほっごほっ・・・」
(―――ま、迷子だけど・・・・・・肝心なとこでむせた!?そしてなぜか、オカマの目つきが鋭くっつつつ!!!)
フィオの前だと優は口下手になるようだ。
「浅木優・・・最後に見た時には、あなたは商人ギルドのキャラバン護衛のクエストをしていたはずですが、それがどうしてこの超越時代の遺跡にいるのですか」
「超越時代の遺跡・・・・・・やっぱり、ここはダンジョンだったのか」
「?・・・・・・そんなことも知らずにここにいるのですか?」
小首を傾げるフィオを見て、言葉に詰まる。
ここまで話して、ゴルベーザだけでなくフィオも自分に対して警戒していることに優は気がついた。そしてなにやら、誤解されてる気がして、ここに到る経緯を説明しようとしたのだが。
(―――アレ?・・・どう説明すればいいんだ?)
シモンにここに放り込まれたことは優自身が確信していることだ。しかし、証拠は無い上にそれを理論立てて説明するには多くの困難がある。もどかしく思いながら、なんとか誤解を解こうと口を開く優だったが。
ゴルベーザが不穏な言葉を吐くことによって、事態は加速する。
一言。
「それにしても、いい尻してるわね」
その言葉で、一気に場が凍った。
フィオでさえ固まったが、彼女の方が耐性があったので、立ち直りは早かった。
「拘束して拷問する方が早く済みますか。拷問はお任せします」
「イイのっ!?」
ポジティブに判断して、冷たい決断。
「面倒なので、拘束もお任せします。あなたの得意分野なんでしょう?」
「ふっ・・・・・・不肖このゴルベーザ、縄を使わせたら一流どころか特1級です」
「それはオルド教でのあなたの階級でしょう」
かなりおざなりに優の処遇が決まった。
そして、優の思考がようやく復活する。
(―――穴掘られる!!)
正解である。
その貞操の危機に抵抗の意志を固めた優は足を動かそうとする。
しかし、
「逃さないわよぉ~」
ゴルベーザはクイクイと指先の動きだけで優の動きを止める。
何時の間にか、目を凝らさないと見えないほどの細い糸が優の回りに張り巡らされている。これがゴルベーザの暗器のひとつ“無限の髭”だった。
驚く暇さえ与えず、魔法具による凶悪なほどの締め付けが襲いかかる。
ガックリとうなだれた優にゴルベーザが嬉しそうに近寄る。
「あきらめなさ・・・い!?」
「うおぉぉぉぉっっっっ!!!」
吼え声と共に繊維の切れる音を立てながら拘束を抜け出す。
優は辛うじてエクシードの強化をはたしていたのだ。さらに“レーディング”に気を徹し、操り糸の支配に干渉。己の意思を割り込ませる。
「せいっっ!!」
気合と同時に“翼剣”を振り切り、残りの“レーディング”も断ち切る。
独楽のように身体を回転させると、背後に離脱する。
「残念ね」
降りかかる声に優の身体が再び動かなくなる。
(―――鋼糸の次は枷か!!)
またも優の気がつかぬ間に、手足が虚空に固定される。彼の両手両足には光る枷が嵌められていたのだ。
「さっきの“レーディング”とは一味違うわよ?これは“樺鉄の枷”。力任せでは解く事は叶わない」
ゴルベーザの余裕に優の背筋に汗が流れる。
フィオが静観の構えを取っているのが幸いではあったが、次々と惜しみなく繰り出される拘束具に優は戦慄していた。
(―――このオカマ・・・・・・ドSかっ!!)
優がそう思うのも無理はなかった。これでも北欧神話における立派な魔法具なのだが、それを知るものはここには誰一人としていない。使用者のゴルベーザも、こことは別の“超越時代”の遺跡で手に入れたものなので、これがどれほどの物なのかを理解しているわけではなかった。
故に単なるSMグッズになっているのは偶々である。
しかしながら、魔法具は十分にその役目を果たす。
優はさっきと同じように身体に“気”を充足させて抗おうとするが、虚空に留められた“ドローミ”は頑として動かない。
鼻息荒くにじり寄るゴルベーザ。
次に飛び出すのは、鞭か蝋燭かと戦々恐々する優。
無表情で背後に控えるフィオ。
ご主人様の趣味に何気にオロオロするフェンリル。
事態は優にとって最悪なカタチで収束するかに思われた。
しかし。
“ズルズルズル・・・”
突然、蛇が這うような音が優の腕から昇る。
肝を冷やした優がゴルベーザから自分の右腕に視線を移す。
(―――刺青が、う・・・動いてる)
禍禍しい炎のような刺青が腕を移動する。
立て続けに起こる事態に優は気絶しそうになるが、これが希望の灯火となる。
(―――あれ、この感覚。覚えがあるようで、ないけど、・・・・・・・・・これは!!)
フィオが優の異変に気がつき叫ぶ。
「ゴルベーザッ!!」
「その名前は好きじゃないのよ!」
フィオに応えながら、後ろに飛び退く。続けて腕を交差するように突き出して、優と自分の間に“レーディング”を走らせる。
直後、ゴルベーザの腕に衝撃が走る。
「火の魔法か!!」
優から放たれる火の魔法。これを見て、フィオが目を細める。
「妙です。浅木優は炎属性は扱えなかったと記憶してますが」
「そもそも誰なのよ!この子!!」
知らないのに襲ったのか!というツッコミが喉元まで出かかったが、唆したのは自分であることに気がついて、そのまま質問に答えた。
「“F++”評価の冒険者ですよ。私が受け持った」
「能力とキャリアはっ!?」
「新人ですが、リッチを単独で倒したらしいですよ」
「なるほどね・・・」
フィオとゴルベーザが会話している間にも、優は次々と炎を放つ。
未だに“ドローミ”の枷からは抜け出していないが、無詠唱のまま炎の魔法を使い続ける。
火の波が、柱が、渦が、防波堤となって優を守る。
(―――どうなってるんだ!?)
自分でも訳の分からないまま、ひたすら魔力を注ぎ続ける。
魔法属性は絶対的に先天的なもので、自分には炎の魔法属性の才能は無かったはずなのだ。それがなぜ突然使えるようになったのか?刺青が蠢くと同時に使えるようになったが、何か関係があるのか?
炎の壁の向こう側で、ゴルベーザが“レーディング”を張っているのを見て、焦りが増す。このままではジリ貧だ。前方に魔力を放出するのと同時進行で、手足を拘束し続ける“ドローミ”を破壊しようと試みる。しかし、“レーディング”の時は干渉できた“気”も“浸透”させることが出来ない。魔力を注ぎこむも反応が無く。この光る枷は確かに一味違うようだった。
お互いにその場を動けない硬直状態が続いた。
そして、ついに硬直状態が途切れる。
“連結の技法”を続け過ぎて、優が息切れをしたのだ。
フィオはその一瞬の間隙を逃さなかった。
ゴルベーザの背後から飛び出すと右手と左手に別々の魔法を展開する。
右で描くのは熱気から身を守る為の魔法。氷属性初級防御魔法『膜』。
左手を突き出しながら唱えられるのは『凍れる舞台』とはまた別の捕縛魔法。氷属性特殊魔法『封氷』。
間合いを一気に詰めると《アイスロック》を優に直接叩きこむ。
そこで、フィオは驚愕する。
優もまた、鏡合わせのように左手を突き出していたからだ!!
彼の手から迸るのは同属性のエネルギー。
すなわち、
「氷までっ!!」
誰よりも驚いたのは優本人だった。
再び、刺青が“もぞもぞ”と蠢く。そして、腕から消えていく黒い刺青と共に、身体から慣れない魔力が感じ取れるようになって来たのだ。今まで使っていた『光・闇・風・雷・水』の属性は感じ取れないにもかかわらず、扱ったことのない『炎・氷』の属性が優の中で生まれる。
ただ感じ取れる魔力を吐きだす。そこには想像力もへったくれも無く、ただ力技で身体から魔法を放つのみだ。
優の身体から迸る魔力の勢いに耐えかねて、ついに“ドローミ”がこなごなに砕け散った。
魔法具に抗って腕を動かしたため、腕に多少の痛みを覚えた。だが、それを無視して優は“翼剣”を肩に担ぎ、ゴルベーザの元に走り込んだ。
「ガォウゥゥゥ――――ッ!!!」
主人の危機にフェンリルが虚空から実体化し、不意打ち気味に優に飛びかかる。しかし、それは優には“視えて”いた。フェンリルの裏を画いて、壁を蹴る。
ゴルベーザに飛び掛った!!
(―――もらったっ・・・・・・っ!!?・・・・くぅ!!??)
―――フラッシュバックする―――
ぎゃん
赤い残線が虚空を走る。
『なっ!?』
首が舞い。
血飛沫が上がった。
ザッザァとスグルの体にも血が振りかかった・・・・・“ゴルベーザ”の血が、どろりと。
『納得のある死なんてあるわけないだろ』
(―――そんな・・・そんなことない)
―――再びフラッシュバック―――
『ああああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあ』
蒼く染まった爪を振り回し、紅のマントに突き立てる。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も・・・狂った様に腕を振りまわす。
『ちぃぃぃぃ!!』
赤毛の男が吼え、炎がそれに応える。
男が美しい軌跡を残して、天に舞い上がると片手を掲げる。その手一杯に鮮やかな紅の極大火球が生まれ、それをこちらに向って落としてくる。
それを喜びの咆哮で迎えると蒼い角を火球に向け、空間を斬り盗る。
俺は・・・静止した空を蹴り上がると。再び、グレンに爪を振るった。
(―――そ・・れ・は・・・・思い出させないで・・くれ)
―――フラッシュバック―――
立ち込める煙と火。
咽かえるほどの血の臭いに目を開ける。
そこで、見た。
頭が“ハジケタ”父親。わずかに膨らんだお腹を、鉄パイプで“ツラヌカレ”絶命している母親を。
見てしまった。
思わず、自分の体を眺める。
―――あぁ、大丈夫だ。
そして、自分の思考の醜悪さに車のシート汚した。
地獄をミテシマッタ。
次の瞬間、体全身に痛みが走り。身体を悶えさせて。
自分の何かが砕け散った音を聞いた気がした。
「俺はおれは俺はオレハ俺は折れはおれは・・・・よわいッ!!!!」
静止した―――時が動き出す。
「だからッ!!」
片刃剣を逆手に持ち替えて。
「誰か護れる強さを掴みたい!!」
“翼剣”が天井にへばり付く魔導機械を貫いた。
スグルは爆音と共にゴルベーザの隣に着地する。
目を見開いて、フィオとゴルベーザがかすれた声を出す。
「浅木優・・・あなたは・・・」
「あ、あんた・・・・・・」
「疑わずに済むくらい。裏切られても、全部救えるくらいの強さが。・・・欲しい」
左手をひらりと返し、魔方陣を描く。
「『フリージングランス』ッ!!」
優はアクアレイアで襲ってきた仮面の男の技をいとも簡単に模倣した。
その魔法で更に天井張りついた魔導機械を撃ち落す。
「とりあいず、ここを離れましょう。話はその後です」
スグルの雰囲気に呑まれ、二人は頷くとその場を離脱する。
その後を追って、スグルも駆け出した。
確かな何かが始まり、終わりに向おうとしていた。
目を背け続けて来た痛みに貫かれ、今ようやく何かをその手に掴もうと。
少年は足掻き始めた。
少しずつ、強くなってます。もう一息で、考えうる限り最強になってくれると思うんですが。ヘタレはそのままに、力に振りまわされないようになって欲しいですね。伏線もちょっとずつ回収してます。後でそういうことだったのかと納得して頂けるように頑張りたいです。あっ、あと前書きにも書きましたが50話目です。折り返し地点になるのでしょうか?終わり方は決めてあるのですが、どうなることやら・・・・・・・がんばります。
はい。では、ごゆるりと