第41話 ヒトは、考える
「いっつ・・・・・・」
優は現在進行形の迷子だった。いや、迷子というものの性質を考えると常に進行形ではある。それはいいとして、サソリ型魔導兵器に襲われて逃げるまではよかったのだが、優には何がどうなっているのかが全くわからなかった。
優は自分の有様をを見て思わずぼやいた。
「あーあ・・・・・・ボロボロになっちゃったな」
優が身につけている服は異世界に来る以前から着ていた制服を仕立て直したものだ。
しかし、剣やら銃弾やら火炎放射器やらを浴びせられた所為でボロボロになっている。右袖など炭化して剥き出しの状態だ。余程丈夫に出来てるのか、リアに貰った対刃グローブは焦げ目一つ無いが、優自身の傷の具合は結構酷い。
優は腰に下げたポーチからポーションとジョン印の痛み止めを取りだし口に含んだ。
(―――苦い。良薬、口に・・・・・・苦しぃっ!!)
あまりの苦さに泡を食って皮の水筒を取り出したが、優は口に含む寸前で思いとどまり、水を飲むのを止めた。
人間の味覚の中でも辛いのと苦いのが、一番我慢するのが難しいというのは本当だと思い知った。
(―――つらい・・・・・・けど、水が出せないんだった)
そう、水が出せないのだ。前回ダンジョンに潜った時は食料が無くて慌てたが、今回は魔法が使えないため水が出せない。原因は特定できないが魔力を感じ取れないため、水は温存しなくてはならないのだ。
(―――くっ・・・・・・ガマンガマン)
水が勿体無いので、涙を飲むどころか流すのすら憚られるこの状況。水攻めというのは拷問に有効だな~なーんて知りたくも無い知識を増やす優であった。
水が駄目なら、メシだ!!と取り出したのはこげ茶色の保存食。
「見た目まんまカ○リーメイトだな。チョコ味の」
鼻を近づけ匂いを嗅いでみるが、無臭。出たとこ勝負だ、と。
一口、パクリ―――!!
「・・・・・・・・・・・・まずい」
チョコ味のはずがなかった。それはなんとも例えようのないブラックな味わい。そして、カロリー○イトのお世話になった人なら理解できる食感とあの驚異的な水の吸収力を兼ね備えていた。
端的に言えば、口の中がものすごく乾く。
のど、からから。
唾が出ないというよりむしろ・・・詰まる。
唾液の供給がストップ。
「ごくごくごくごくごくごくごくごくごくごく・・・・・・ぷっぱぁ――――あっ!」
気がつけば水筒は空になっていた。
(―――やらかしたぁぁぁあぁぁぁぁーーーーーーっっ!!!)
水筒は既に空だが、地面に頭をぶつけて自戒する優。
(―――うわぁぁぁぁぁ!!ばかだぁー、意志薄弱だぁ!!!)
何気に四文字熟語までも使い反省した。
水ゼロ。
プラス迷子。
イコール生命の危機。
「いやいやいやいやいやっ!!洒落にならないから!確か、人って飯を食べないでも3日ぐらいは大丈夫って聞いた事あるけど、水なしだと一日もたないって聞いた覚えが・・・・!!」
事実である。基本的に1日に人間に必要な水分量は2リットルである。それを割ると“とっても簡単に死ねる”。砂漠や海で遭難して死ぬ原因ベスト(ではないけどワースト)3に入ること請け負いである。
「・・・・・・脱出しよう!!」
決めた。
即、決めた。
(―――選択肢が無いだけなんだけど)
やっぱり涙は貴重なので、心の中で忘我の涙を降らせつつ、優は考え始めた。
+++ +++ +++ +++
「ん、どうやら届き始めたようだな」
―――しろ・・イ・・・・・?
「答えなくても大丈夫だ。お前の人となりは確認した」
―――・・・ぁあ?
「後は私のところまで辿りつければそれで良い。それで、終わりだ」
―――終ワ・・・・る?何・が・・?
「何が、・・・か。言葉が悪かったな。全てが終わりに向って始まるんだ。偶然から始まって必然へと収束しようとするこの世界の歪みを修正する・・・・・そう、あの女は言っていた」
―――ワカ・ら・な・・・ィ・・。
「準備は整った。わからなくても、あの女はお前の悪いようにしない」
―――オレは・・・。
「あせらなくとも、もうすぐ会えるさ。そうすれば、思い出せるようになる。だから一番下まで降りて来い。」
―――俺は・・・。
+++ +++ +++ +++
「あ・・・れ?・・・・・・・今。俺気絶してた?やっぱり、血を流しすぎたのかも」
ふっ、と傾きかけてた身体を立て直し、頭を振って意識をはっきりとさせる。
(―――何を考えていたんだっけ・・・ああ、そうだ。俺をここに放りこんだ人のことだ。)
今まで疑問に思わなかった事が次々に疑わしく思えて、優は様々な事に思考を廻らしていた。自らの状態を思い返すと、考える事が出来ないように思考操作されていた気さえする。
そして思い出した。この遺跡に放りこんだ人物について、優は一人心当たりがあったのだ。
「あの人だろうな・・・シモン・・さん」
呼び捨てにするには知らなさ過ぎるし、かといって敬意を表す気にはならない人。第三皇女メリッサ・テオドーラの忠実な執事であり、優を阻み簡単にあしらった男。
あの戦いの最中。ジンとグレンが“卦繋法”で戦いを繰り広げていた時、優の意識は人の感情や気配、存在をダイレクトに捉えていた。あたかも天から見下ろすかのような俯瞰する視点で、物事を完全に理解し観ていた。今それを全て思い出せるわけでは無いが、自分とグレンが戦う直前までは辛うじて覚えている。
(―――あの場には、俺、ティナ、サラ、ミケ、フラン、ジンさんと炎帝のグレン・・・遠くの方にジーナさん達の気配、そしてあと二人。片方は・・・グレンの関係者みたいだったから、もう一人は、・・・あの感じはシモン・・さんだ)
「それにしてもあの感覚が全部正しいとしたら、グレン・ガーネットはサラのお兄さん?つまり、サラ・ガーネット?・・・似てたものなぁ」
ただ、問題なのはサラがその事実を覚えてなくて、グレンもそれを承知で動いていたという事だ。
あの場に居合わせた人間模様は複雑過ぎて、全員の細部までは読み取れなかった。しかし、あの感覚的にこのダンジョンに優を放りこんだのはシモンだと今ならば、分かる。
そこから更に思考を進め、より大きな意味でなぜ自分がここに居るのかも、おぼろげながら分かってきた。問題は卵が先か鶏が先かという点だ。全く的外れの可能性もあるが、結論を出すにはピースが足りなさ過ぎるし、疑ってかかればリアさえ信用できなくなる。
正直なところ、優は自分の内側に潜むものに関しては、あまり気にしていなかった。気にしてもしょうがないというのもあるし、コレが自分が召喚された手がかりになるのかも知れないと半ば興奮気味に思っていたのだ。
これは彼自身が意識してないことではあったが、優は自分を臆病だと評価した上で自分の命を軽く見積もる傾向があった。慎重かと思えば突然無謀な行動を取る彼のアンバランスな性格には、自分が化物になろうと悲しむ人もいないだろうと考えと共に、最悪人に迷惑をかけなければ自分が消えれば良いと考えてる節さえあったのだ。
「ともかく、下に降りないと・・・・・・」
このような内外から与えられた思考のズレを自覚しないまま、優は準備を始めた。
腰のバックパックを外して漁る。
優は荷物を四つに分けている。
着替えや寝袋、日常に必要な雑貨用品は一番大きなリュックサック。
行動食、非常食、針、糸、布、上着、ロープ、予備のサバイバルナイフ、予備靴、皮製水筒、トイレットペーパー類の紙製品、手袋、治療箱、可燃性木材、料理器具諸々といった具合の細かいものは、中くらいの肩下げ用の鞄二つに納めてある。
最後に常に身につけている腰周りにある小型のバックパック。
これにはアクアレイアでお世話になったジョン印の薬品シリーズと安く買い叩いたポーション。魔法で超小型化した毛布。以前の経験から用意するようになった黒くて、もさもさするまずい非常用の旅食。丈夫な皮製の水筒(空)。最後にリアに買ってもらった対刃グローブとブ-ツ。フォースダガーは紛失しているので除外して・・・・・・。
「頼りになるのはこれか・・・」
腰に差したら間違いなく地面を擦る大きさの剣。
西洋風の大剣。
(―――この無気味に光る白い大剣が命綱だ)
便宜的に、優はこれを“翼剣”と呼んでいた(なんとなく)。
“カッカッカッ・・・・・”
(―――またあいつか!?)
今から逃げたのでは遅い。
何かがこちらに向ってくる音に“翼剣”を構え、音源の接近に心の準備を整える。
そして、物音の正体がわかった時。
優は悲鳴を挙げた。
「ひぃっ!?ぎゃぁぁぁぁあぁぁぁぁっっっっ!!!?」
暖めていたネタをようやく使った開放感と、どっちにしようかとシーン選択に悩み中です。割とコメディは絞って、本編はシリアスで進めたいんです。ボケとツッコミはやり出すと限がないんで番外編に笑いネタを仕込んで、ついでに裏設定とかもポロポロ出して後付けしてみたり・・・正規ヒロインはどこに行ったァァァァァァ!!の《すずかぜ》でした。
【クリスマスイブ】もごゆるりと