第40話 氷に抱かれて眠れ
「くっは、はっはっはぁ、あーおっかねぇ、おっかねぇ」
サングラスの男、グラナスは満足げに肩に乗っかった霜を払う。
―――あの瞬間。グラナスの拳圧を雷杖でゴルベーザが打ち払い。それに呼応し、即座に無詠唱で《アイスエッジ》の魔法を撃ちこんできたフィオ。
・・・・・こころが踊る。
身体が、魂が震える。
強者と巡り合い。殺し合い。捻り潰す。
これがグラナスの生き甲斐だった。
少し前ならば、潰していただろう。
完膚無きまでに。
喰らいつき。美味しく・・・・・頂いていただろう。
(―――あぁ・・・・・実にイイ、うまそうだ)
しかし、今は我慢のせねばなるまい。
目的があるのだから。
既にゴルベーザとは一度殺り合った仲だ。その時に相手は、鋼糸術を使っていたがこの遺跡に装備を合わせたのか?あの魔法具は初見だ。
ヤツは精霊使いで有名だが、それは表向きのこと。黒司祭の異名はオルド教の暗部を担うが故のことだ。それがなぜ冒険者の真似事などをしているのか?
なんにせよ、実に器用なことをする。
「殺してぇよなぁ」
クックックッと忍び漏らす笑いは、暗がりに潜むような残忍さ、そして血染めの狂喜を孕んでいる。
グラナスは己の狂気を飼い殺すために手慰みにサングラスに触れ、血走った目はサングラスの奥底に封じ込められた。
+++ +++ +++ +++
ゴルベーザはほっと一息つきながら、『雷杖ミョルルンニルルン(正式名称・ミョルンニル)』を仕舞う。
「ものの見事に逃げられたわね~」
「正直なところ、ほっとしました」
「・・・・・・私もよ、で?こいつはどうするの?」
二人の背後には氷漬けになった男がいる。
青く、透明な白。
その氷から冷気が靄となって、足元を漂っている。
フィオを背後から襲ってきた男。グラナスがキコルと呼んでいた男は、カチコチに氷像と化していた。くすんだ白い仮面を着け、ナイフを突き出したままの格好で、凍らずに済んでいるのは顔のみという有様である。
回避と同時にフィオが地面に放った魔法。
『凍れる舞台』
フィオが『凍れる舞台』と呼ぶ“真式”のこの魔法。
回避術と見せ掛けた捕縛魔法だ。幅広い利用法があり、実は敵を捕まえる以外にも多彩な用途がある。
元来、氷属性の魔法は万能で、攻撃から治癒、補助的なものまでいくらでも活用法がある優秀な属性だ。中でも“侵蝕”の特質を乗せた彼女オリジナルのこの魔法は、かなりえげつない威力を持つ。捕縛されたが最後、自分の体内に“侵入し、蝕んで”くるのだ。
他人の魔力は基本的に毒にしかならない。それは他人の魔力の属性数・特質の違い・それらの占める割合の違いから拒絶反応を起こすからだと言われている。それを逆手に取り、殺さずに生け捕りにする絶妙なラインを可能にしたのがこの魔法だ。
これの対抗手段は魔力を身体に廻らせるというものが挙げられる。しかし、咄嗟にそこまで対応できる術者は稀だろう。
「きけけけけけけっ」
「気味が悪いわね。この状況で、なんで笑ってられるのかしら?コイツ」
「気味の悪さでは良い勝負ですね」
「こっち見て言わないでちょうだい。ほら、尋問」
何時になく真面目な口調で背中を押すゴルベーザだったが、メイドマッチョなので真面目さは伝わらない。
フィオはキコルに対し決定的な違和感を覚えたが、背中を押すゴルベーザに渋々口を開いた。
「はぁ、あなた達の目的はなんですか?」
「き、きけけけけけけっ」
「・・・・・目的は封印導石ですか?」
「きしゃ、きっひひひひひひひひっ」
「そういえば、おつかいがどうとか言ってましたね。この施設内にはどのようにして入ってきたのですか?」
「ひゃひゃひゃききききっぶべぇっ!!!」
「もう一発いきましょうか?」
冷えた声で、グーパンチ発動。
何気に魔力が篭っていたのでかなり痛いはず。
「うひっ!きひひひひひひひひひっ!!」
「・・・・・殺りますか」
「ストップ。よくもった方だと思うけど、殺しちゃあ~駄目よ?」
どうどう、と肩を掴まれフィオは角まで引きずられた。緑色の線が走る、白く不気味な壁に背中を付け、フィオはゴルベーザに諭された。
氷像には先程魔力を注ぎ足したので、魔力供給なしで放置していたとしても、しばらくは効果を発揮するだろう。しかしながらここに来て、フィオは言い様のない違和感が一層強くなるのを感じた。キコルと呼ばれた襲撃者は全く堪える様子もなく。狂ったような高笑いが、こちらまで反響してくる。
(―――何が・・・引っかかるのでしょうか?)
「どうかしてるわねぇ、アイツ。薬でもやってるのかしらん?」
「・・・ふぅ。元々尋問は得意ではないのですよ。拷問関連に持ちこむのも苦手です」
「そうなの?あなたそういうの得意そうだけど。意外と女の子らしい所もあるのねぇ~?」
すごく意外そうな声で聞いてきた。
表情に出さなかったが、心外である。
「私にも苦手なものぐらいありますよ」
「でも、捕まえる時なんか、手際よかったじゃない」
「私の魔法で捕まえた後に拷問にかけても、冷気で痛覚が麻痺していてあまり意味ないんですよ。はぁ、本当に困ったものです」
「・・・・・ず、ずれてらっしゃる~」
ゴルベーザは、何か恐ろしいものを見る目で、やや及び腰になる。
何のことか分らないという表情で首を傾げるフィオ。
「あの男から情報が引き出せない事にはどうしようもありません。私も心当たりがあることにはあるのですが、現状ほとんど意味のない情報です。あなたは知り合いのようでしたが、何か知っている事があるなら、話して下さい」
「言わなきゃ駄目?」
「わざわざ屈んでまで上目づかいをしますか、あなたは。話したくないなら結構です」
つれない態度で向こうに行こうとするフィオを慌ててゴルベーザは引き止めた。
「ちょ、ちょっと~、なんだか最近私に対する態度が冷たいんじゃない~?」
「あなたと知り合ったのは最近ですし、これが私の普通ですので、馴れ合いを求めるなら他をあたって下さい」
「ぐっ・・・・・氷姫は伊達じゃないわね」
「喧嘩売ってるのですか?神狼の黒司祭」
「ま~さか!ちゃんと話すから怒らないでよ?」
クネクネ?
フィオは思わず拳を固め、ゴルベーザの顔を撃ち抜いた。
しかし、そこはゴルベーザも然る者。広げた手でやんわりといなされた。
「・・・・・」
「だーかーら、そんなに睨まないでよ」
「・・・・・」
「あ、あっはは・・・ははは・・・・・・。うーんとまずは、グラナスは暗殺ギルドに所属していたらしいのよ」
冷えきった視線を収めたフィオは続きを促す。
内心、二度目のため息を吐きつつ、腹を決めて喋る。
気が進まないわ~と肩を落とし口を開く。
「でも、どうやってか、ギルド内でもほとんど顔も知らされないはずの暗殺ギルドのマスターを単独で暗殺したらしいの」
「!!」
「その前はこっち地方の冒険者ギルドに相当する西部“ハンターズギルド”。ここのマスターを三人殺したそうよ」
フィオは驚きすぎて声も出ない。
そんな危険な人物がなぜこんな所に居るのか。いや、それよりもギルドナイトのメンバーである自分がグラナスに対しての予備知識を全く持ってなかったことが、輪をかけて驚きに繋がる。
「それで、つい最近。あたしの所属するオルド教の教主候補四人を暗殺したの。あたしが護衛していて、そこを殺された。それで、アイツとあたしは顔見知りってワケ」
「・・・・・」
「フィオちゃんは疑問に思ったかも知れないけど。これは本当に部外秘。暗殺ギルドもハンターズギルドも、そしてオルド教も。単独犯にリーダー格の人間を殺されたとあっては、メンツが立たないのよ。しかも、未だに捕まえられてないんだから、なおさらね。暗殺ギルドなんか必死よ?秘密主義のあの集団が情報を集めるために向こうから接触してきたんですもの」
「黒耀鬼並の戦果ですね。いえ、戦果と言って良いのかは判りませんが・・・・・」
「そうねぇ。ただ、あいつは戦う事に異常な執着心を見せてるってこと。黒耀鬼とは違うわ。そのあいつが戦う事を放棄して逃げたのは既に何らかの目的を達成していた、と考えるのが妥当ね」
「・・・・・」
「・・・・・ねぇ、フィオちゃん、なんであたしが『神狼の黒司祭』なんて大層な名前で呼ばれてるか知ってる?」
「・・・・・知ってますよ。“月の精霊・フェンリル”を使役してる、からですよね?あなたがここまで探索に使っていたのもそのフェンリルなんでしょう」
「精霊・・・とはちょっと違うんじゃないかしら。このコは霊獣、もしくは本当に神獣というべきものよ」
「そう聞くと凄まじいですね」
神獣と呼ばれるクラスになると、フィオにはまるでもって御伽噺の世界のことのように聞こえる。ドラゴン、龍ですら神獣と呼ばれる事は少ない。あまり馴染みがなく、現実味を帯びない遠い話に聞こえる。
それを使役する。
人間が。
目の前のメイドマッチョが。
これは人間外な気がするが。
「本当に信じられません」
「声に出してるわよ~フィオちゃん。まぁ、本当に信じられないのはこれからよ」
「?」
「おいで、“アマロック”」
ゴルベーザの声に応じて、虚空に光が集まり、形を作る。やがて、星を散らすように光を放散すると、それは美しい獣、オオカミの形をしていた。
―――すなわち―――
「これが、“フェンリル”です・・・か」
「アウッ」
「そう、月の精霊と呼ばれるフェンリルよ。まぁ、このコは子供だけどね」
未知のものに出会える感動。なかでも格別の感動をフェンリルはフィオに与えた。
銀色の毛から流れ出る光の筋、その体躯に備わった大きな顎。目を合わせるものに畏怖を与えずにはいられない神々しさが、そこには在った。
「アマロックッ!お手!」
「アウッ!ヘッヘッヘッ・・・」
「お代わり!」
「ワゥッ!!」
「私の感動を返してください」
「かわいいでしょ?」
「ただの犬畜生ですね」
「アウッ!」
フィオは物凄くがっかりした。最深部で見つけた宝箱をあけたら魔物で、罠が発動して魔法が使えなくなったぐらいのがっかり感。
なでて、なでてとばかりに頭を摺り寄せるアマロックにゴルベーザは苦笑した。
「ふぅ、元気ねぇ。さっきは尻尾巻いて怯えてたくせに」
「それは・・・・・」
「そう、グラナスを怖れて戦いたがらないのよ。子供とはいえ、噛み砕けぬもの無しと謳われる神獣とも言うべき存在が恐れをなして尻尾を巻いて逃げたの。あの男から」
「・・・・・」
「精霊って一纏めにされちゃってるけど、半分くらい獣だから、鼻が利いちゃうのよね。本能でフェンリルが避けるぐらい危険な相手ってことよ。だからあまり関わらない方が良いわよ?」
「なるほど、あなたが話すのを躊躇した理由がわかりました。本当に危険な相手なら、知らないほうが良いというわけですか」
「そういうことね。どうするの、リーダー?」
「・・・・・・」
フィオは答えなかった。驚きを隠せず、目を見開いたまま固まっている。
「ど、どうしたのよ?」
ゴルベーザの問いかけに答えず、一歩一歩とキコルの方へと歩いていく。
遅れ馳せながらゴルベーザも気がついた。
(―――笑い声が・・・途絶えた!?)
「なっ!!・・・死んでるの?」
「・・・・・・」
氷に囚われ、キコルと呼ばれた男の顔から仮面が崩れ落ち、口元からは血が流れていた。
白い砂となって剥がれ去った仮面の下の素顔、それは・・・。
「・・・ルーク」
仮面の男の素顔の下は10階層で別れたはずのギルドナイトのメンバー、ルークだった・・・。
「どういうことなの・・・?」
ゴルベーザの呟きは大気に飽和し、フィオから反応を引き出す事はなかった。
ルークの首筋の脈を測るが、致死性の毒を飲んだのか、既に脈はない。
フィオは完全に表情を消しルークの亡骸を見つめる。
数秒だったのか、数分だったのかゴルベーザには判断が出来なかったが、その沈黙をフェンリルが破った。
「アウッ!!」
「―――フィオちゃん。また、人の反応を見つけたらしいわ」
ゴルベーザの言葉にゆっくりと頷きを返すとフィオはゆっくりと呪文を唱えた。
「其の手に掴めるは氷、涙は凍れる極魔の柱、塵を成す泪の棺、死を齎す王の墓に其の証を残すことなし―――王氷葬送・・・」
穏やかに静々と唱えられた呪文とは反対に、激しく巨大な魔力がルークを包みこみ、氷の棺を形成した。
―――そして、魔法は終わりを迎える。
“シャラン”という鐘を鳴らすような音と共に氷橿は、キラキラと崩れ去る。一片の塵も残さず、そこにはわずかな冷気を湛えるのみ。
しかし、後には一本の細剣《レイピア》が突き立っていた。
ルークの得物だったそれを手に取ると、フィオは言った。
「仇は約束出来ませんが、行きましょう。まだ、やらなければならないことがあります」
ゴルベーザは頷きを返すとアマロックの指示に従って進む。
フィオは細剣を腰に差すと、振り返ることなく走り出した。
冒険者の探索は常に死と隣り合わせだ。だからこそ、ギルドのメンバーは競い合いながらも結束し、探索をする。そしてだからこそ、フォオは冷徹に判断する。自らの判断が犯した罪を背負いながらも、冷徹に決断する。
―――それが最善に繋がるのだと信じて、『氷姫』は進む。
色々とお待たせしました。ただ、もうワンクッション置きたいです。パソコン買わないといけませんしね(苦笑)