番外編 お酒と気球と香辛料と 中編
思った以上に長く・・・・・。
背後でコツコツと杖をつく音がする。
振り向くと初老の男の人が、手篭を放り投げてきた。
「ほれ、さっき教えたじゃろう。くず(葛根のはな)をこれにいっぱいにせぇ」
俺の目の前の老人は『トレクエ』の講師、ジョン氏である。白髪、白ヒゲがクルンとして、目つきが医者の目つきではない。
この人、人使いが粗い。やれ桔梗《ききょう》は株ごと採れだの、根っこは傷つけるなアホだの、足が疲れたから負ぶさらせろだの、ものすごく元気なくせに口ばっか動かしている。
正直言って、雑用に体良く使われている気がしてならないが、しかしそこは我慢に尽きる。夜はリアとお楽しみの夕食が待っているのだ。
リアといっしょに居るのはとても落ちつく。美人といっしょに居ると落ちつかないなどと言うが、彼女は例外なのかもしれない。
「ほれ、ぼさっとせずに、集めんか」
「ういっす」
思わず体育会系のノリになりながら、再びかがんで“くず”採集に精を出す。
皆は葛根糖入りと書かれた風邪薬を見た事はあるだろうか?今、俺が集めている葛根とイコールと言うわけではないのだろうが、これには多少の『解熱・肩痛緩和』に効果があるらしい。トンガリコーンに地味めの花をくっつけたみたいなヤツで、見分けもつきやすい。
腰にくる作業ではあったけど、結構楽しんでやっていた。
「うぉぉぉ!!狩り尽くしてやるぜっ!!」
「・・・・・」
「うりゃ、うりゃりゃりゃりゃぁ!!」
「うぉぉぉ!!・・・・・・・・・」
「・・・・・」
背後に立たれたままだと気になって作業が捗らないんですけどっ!?
背中に気のせいではない視線を感じて、むずむずするんですが・・・・・。
スグルは思い切って話し掛けた。
「あの、なんかご用で・・・・・?」
「・・・・・ふんっ。いっぱいになったら馬のとこまで持ってこんかい」
そう、言い残すとコツコツ杖の音が遠ざかって行った。
気の難しい人だなぁ、と思うと同時にやっちゃるぜ、と闘志を燃やす。
(―――なんと言っても、これが終わればリアと・・・・・・むふふふふっ!!)
スグル・・・・・・・・・舞いあがり過ぎである。
+++ +++ +++ +++
「ふぃー終わった終わった」
かごの中を覗き込めば、“くず”でいっぱいになっている。
そのおかげで手は泥だらけ、爪の先からは草っぽい臭いが漂っている。実のところ、“くず”を集める前には“ドクダミ草”を集めさせられていたので、臭いで言えばまだマシな方なのである。
知らない草も在ったけど、知ってる草も結構採らさせられたな、などと考えていると。
「うわ、うわぁーーーー!!」
男女数人の悲鳴が聞こえてきた。
思わず腰のフォースダガーを抜き、構えたが、見える範囲に起こった事ではないらしい。
優しくこぼれない落ちないよう、かごを地面に下ろす。
ここまで集めたのだ、気を付けて当然である。
「さてと、行きますか」
何が遇ったのかは判らないが、見捨てるという選択肢はありえない。
スグルは悲鳴のあった方へと走り出した。
「うおっ!?」
事件現場とおぼしき場所に着いたは良いけど、
「食虫ならぬ食人植物・・・・・なんかカッコイイ響きだな」
「み、見てないで、助けてくれっ!!」
必死に助けを求める男の人は片足を太いツルに掴まれ、宙吊りの状態である。
毒々しい、赤い花と濃緑の葉を生い茂らせて、ゆっくりうねうね人にツルを絡ませている。
眼はなく、たぶん音や熱、振動を感知して獲物を捕っているのだろう。赤の花からは蜜が滴り落ちている。これが獲物を誘うこいつの道具なのか?消化器官と思しき太く白っぽい幹のような部分は、蝿捕り草《ウツボ》を連想させる丸みを帯びた感じである。
これをファンタジーと断ずるか、現実断ずるか大いに悩ましいが、目の前の光景はそれだけ非現実的なものだった。
今のところ、既にツルに囚われた男女二人はぐったりとしていて、残す三人目のみが抵抗をしている。
今すぐ消化液にまっしぐらという事はなさそうだけど・・・・・・・これは予想外でちょっと笑えるな。宙吊りになってるのも間抜けだし・・・・・。
「なんというか、前に見たデビルグリズリーよりでかい。物理的にこれはアリなのか?」
「は、早くっ!!た、たす・・・・・・う、うーうー!!」
「うむ、男がツルで縛られていても、いまいちだな。ぷっ、くっくっくっくっ・・・・・」
自分で言ったセリフが何気にツボに入って、独り笑いが止まらない。
「うーうーうー・・・・・ぱっあ、あ、あんたっ!!それでも、人の子か!?笑って見てないで、なんとかしてくれ・・・・・ふ、二人を先に助けてくれ!!頼むっ!!」
さすがに男が哀れになってきて、笑いを納めて先に縛られた二人を見ると、
「や、やばいっ!!」
ツルが顔にまで絡み付いている!!身体を砕くほどの力はないと見て、油断していたが、息が出来なくなれば人は容易に死に到る。
ゆっくりと、獲物を捕らえるために肌を滑るその様は怖気を誘うのに十分だった。
スグルは手に持ったダガーを以って、太いツルを切り裂く。
「セイッ!!」
ずばっと景気良く切り裂くのを想像していたのだが、思いのほか固い。
刃を濡らす成分不明の液体を避けつつも、2本目に切りかかる。
そして、3本目。
最後に、4本目。
ここで、気が付いた。
(―――なんで、抵抗してこないんだ!?)
レディーファーストの精神で、女の人を先に助けたのだが、その間にツルは全く動かなくなっていた。
気絶した女の人を抱えて、周りを見回すと、三人目の男を捕まえようとしていたツルさえも動きを止めている。
―――ひどく・・・・・嫌な予感がした。
そもそも、この程度の動きしか出来ないなら、人が捕まるわけがない。
いかにしつこく絡み付こうとも、手足4本でじたばたと暴れれば、それなりの力が生まれる。胴や手の一本を掴まれても、捻りを加えれば案外簡単に抜け出せるはずだ。
ならば、どうすれば人は縛られるのか?
答えは簡単だ。抵抗出来ないように、腕の上から胴回りを素早く縛り上げればいい・・・・・!!
その思考に辿り着いた直後、一斉にツルが空に向って伸び上がった。
(―――見誤った!!)
直勘に従ってその場を飛び退くと、地面からツルが飛び出してくる。
(―――悪いが、残りの二人にはもう少し我慢をしてもらうぞ。)
絶対に届かないであろう場所まで退避して、女の人を地面に横たえる。
「何事じゃっ!!なにやら悲鳴があったが、どうしたんぞ!?」
(―――危険があるかもしれないのに、こっちに向ってきたのか・・・・)
少し感心した思いでジョン氏見てから、自分でナルシストが入ってしまうことに気が付き、苦笑する。
「この人をお願いします。向こうで、まだ襲われている人がいるんで、助けてきます」
すぐに走り出そうとすると、
「ま、またんかい。これを持ってけ」
手渡されたのは黒い懐紙に包まれた粉薬だった。
「これは?」
「除草剤の一種じゃ、出来ればくち・・・・・は無いじゃろうから、水分の多そうな部分に降り掛けてやれば良いじゃろうて」
いつの間に取り出したのか、薬箱を取り出し、女の人の具合を看はじめた。
「それで?大丈夫なんか・・・・・?」
「いえ、急がないと・・・・・」
「違う、お前さんのことじゃ」
えっ、心配してくれてるのか?
手際良く、診察する老人に感謝の意をこめて、約束する。
「大丈夫です。二人とも助け出して、俺も無事に戻ってきます」
「ふん、治療する手間を増やすなよ」
鼻を鳴らし、作業を続ける彼にスグルは軽く頭を下げてから、急ぎ戻った。
「其の手に掴めるは風、その身を守護せよ、風身っ!!」
イメージしたのは回避。
この魔法は自身の移動速度と取り巻く風による多少の回避上昇だが、今回はツルを避ける接近戦を挑む必要があるので、攻撃を避けることに重きを置いた。
スグルの手持ちの魔法では攻撃的属性が少ない。あるにしても、効果範囲が広い。正直な所、ツルだけを器用に避けてダメージを与えられる魔法にあまり心当たりがなかった。その為、ジョン氏がくれた薬は手札として、かなりありがたかった。
スグルが離れてなお、警戒するようにツルが蠢き、早く取り込もうとするように、二人がぐるぐる巻きになっている。怒っているのか、毒々しい花もエキゾチックに血管のようなものを浮かび上がらせている。
暴れていた方の男性も、力尽きたのか、動く気配が無い。
「まずった・・・・・コイツ、毒も持ってるか?」
そうだとしたら、より急がなければならない。幸いプロの治療士が近くにいるが、助け出すのは早いにこしたことはない。
スグルが戻ってきた事に気が付いたのか、再びツルが動きを止めた。
「なんか、罠に飛び込んでいくようで、嫌だけど・・・・・・其の手に掴めるは風、風牙っ!!」
―――狙うのは外側のツル。
バサバサッ、と音を立てて、数本が落ちる。
そして、
「来たか!」
一直線に、弾丸のようにツルが飛来してくる。
それをダガーで弾く。
キンッキンッキンッ!?
(―――固っ!?)
先っぽを逸らすように弾きながら、進むも、石礫のように重く堅い。
いまいましいことに手数が足りなかった。あまり慣れない左も動員して、雨あられと打ち込まれる攻撃を逃れながら進むが、意外と早い上に一撃一撃が重い。
キンッキンッキンッ!!
「っ!?しつこい!」
鋭く振るわれたナイフの一撃で、ツルの数を減らす。
しかし、
「うねうね、うねうね、いっぱいだなっ!!」
更に三本斬り捨てる。
本体の周りをうねりながら、己の口に二人の男を運ぼうとしている。
スグルはじりじりと激しく、一歩一歩近づく。
我慢くらべをするかのように、ひたすら叩き落しながら進む。
キンッキンッキ、キンッ!!
食人植物は、どうにもこうにも、力ずくではどうにもならないと悟ったのか、ツルで本体の周りに柵を作り、最低限こいつらは食ってやるという意気込みを見せ、うねうねさを増した。
だが、それは失策だった。
(―――よっしゃ、範囲に入った!!)
その攻勢の緩んだ隙にナイフを捨てて、半身になりながら手をかざす。
―――イメージは爪のある手。
(―――“闇手”の応用・・・・・)
「其の手に掴めるは闇、堅く、鋭く、小賢しく、盗める万能の手よ、操影双手っ!!いけっ!!」
影は伸び、くぱぁと口を開け放り込まれようとする瞬間を掠め攫う。爪を持った影は片手で二人を抱え、もう片方はツルの群れを払い除けるように剣となって、攻撃を追い払う。
「キシャァァァァァァァァ!!!!」
「お、鳴けるのか?ま、いまさら何を言っても遅いけどね、我慢比べは俺の勝ち・・・・・・・投げろ、俺の影よ」
全身を震わせ、食事を邪魔された怒りを表わす食人植物。
捕食者が立場を失えば、それは無残なものだ。彼にとって食事が娯楽なのか、ただの栄養摂取なのかは分からないが、己の尖らせた牙が通じなければ、そこに残るのは空虚な敗北や死だろうから。
ツルの柵を越え、投げられた二人の体を闇魔法で“てきとうに作った網”で受けとめる。
(―――てきとうというのは、飽くまで臨時かつ応急、即席という意味なんだけど・・・・・片方受け取り損ねて、頭を地面に打ちつけてしまった)
ごりっ、という多少洒落にならない音がしたが、男だし息はちゃんとしているので、手を合わせておくに留めた・・・・・・死んでないけどね?
「キシャァァァァァァァァ!!!!」
「悪いけど、二人は返してもらうよ」
ブンブンブンブンブンッ!!
ものすごくツルを振り回し、反対の意を示していたが、無視をして二人を安全な所まで避難させた。
―――さて、
「おい、おまえ」
「キシャァァァァァァァァ!!!!」
「これは俺の自己満足なんだが、お前を見逃してやるよ」
「キシャァァァァァァァァ!!!!」
「聞けっつうの!!其の手に掴めるは光、束ね集めし輝きはなにものにも勝るものなり・・・・・散光矢」
ズドンッ!!
とりあいず、分かり易く、ヤツの隣を吹き飛ばしてみた。
結構な魔力を込めた魔法だったので、楕円状に4メートルほど木々もまとめて吹き飛ばしてくれた。
「フシュッフシュッ!!!?」
反応が変わった。
「お分かり?君もこうなりたくなかったら、謝罪を要求する!!」
通じる訳ないのに大声で、偉そうに恫喝するスグル。
ノリノリである。
ま、正当な要求ではあるが、おそろしく無意味な要求でもあった。
しかし、驚くべき事に恭順の意を示すかのように葉を萎れさせる。
そして、スグルに切り裂かれ、威力の落ちたツルを一本だけ延ばして来るではないか!!
スグルは機嫌良く、
「ふっ、和解の握手だな」
と笑い、無防備にそのツルに近づく。
キランッ、と花びらが光ったように見えた、とのちにスグルは語る。
隙を見せ、近づいたスグルに対し地中からツタが飛び出し襲い掛かる!!
・・・・・・・・掛かったのだが、
たまたまスグルのジャケットのポケットを破り、
たまたまその中にはジョン氏からもらった除草剤の懐紙が入っており、
たまたま中の薬がツタに降りかかり、
たまたま・・・・・・なのかどうかは分からないが、薬が深刻なダメージを彼に与えた。
「キッ!!キシャァァァァァァアアアアア!!?」
のちにスグルは語る、食人植物は『なっ!!なんじゃこりゃー!!?』と言っていたと。
ともかく、切り口から広がった薬は劇的な効果を見せた。
殴っても、斬り捨てても一向に堪える様子のなかった植物が、一気に黒く染まり、ぼろぼろと灰のように崩れ落ち、花びらを散らした。
―――滅―――
「・・・・・・・・・・」
思わず言ってしまった。
「ちーん」
後には食人植物が居た縄張りの広場だけ。
半分、唖然と眺めていたスグルはある事に気が付いた。
「というか、あのジジイなんつう物を渡したんだっ!!劇薬じゃん!!人体に影響出るでしょこれ!!ヤバイ、ヤバイよーこれ!?」
口にするとそれが本当の事に思え、その場からいそいそと立ち去るスグル。
ふと、思いついた様に振り返り、一言。
「ドンマイ」
深く頷くと、また、いそいそと立ち去る。
―――ちーん―――
瞑目。
今話はスグルが無双のお話だぜっ!!と思い書いたんですが、蓋を開けて見ると、あれれ・・・・?意外な結末に。読んで下さった方なら分かって下さるかと思います。毎話ずつ、おもしろいと思うものを書いてるつもりなんですが、読み返してみるとそうでなかったり・・・・・。スグルのように独り笑いをしながら、書いてても読み返してみると・・・・・うわっ恥かしい事書いてるなぁ、と思ったり。他の方達はどうなんでしょう・・・・・?対面に座ってじっくり話し合ってみるとこを妄想するのですが、未だに叶わずです。
ふむ、タイトルと今のとこ関係ないですな・・・・・『魔笛』の二の舞は避けないとっ!!の《すずかぜ》でした。
では、ごゆるりと