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第34話   全ては闇に沈む




降り出した雨は次第に勢いを増し、再び空には雨雲がたちこめる。


ぬかるんだ地面を蹴り、スグルはついにグレンの前に踊り出た。


「何か用か?」

雨音の中、静かに佇み、彼は首を傾げた。

やはりと言うべきか、彼の周囲は雨具でも纏っているように濡れておらず、火傷しそうな赤毛もつややかなままだった。

対して、スグルは全身びしょ濡れ。

木々を縫うように走ってきたために水でも被ったような有り様である。

しかし、


「あんたに聞きたいことがあるんだ」

今だ妖しく光る両目は強い光を放っていた。


「少し・・・・・意外だな」


「・・・・・」


「盗賊を殺した事を責めに来たのかと思ったんだが」


「・・・・・」


「もしくは、《ジンライ》のことで怒りに来たか・・・・・どうやら、そうじゃないみたいだな・・・・・?」


「・・・・・ああ、それもあったか。だけどそのことじゃない」

くっと口角が上がり、スグルの犬歯が剥き出しになった。


「俺が知りたいのは――――あんたの本当の実力だ」

湧きあがる期待がとめどなく殺意に塗り変わっていくのが分かる。

もはや、スグルは自分が何を喋っているか理解してなかった。


「・・・・・めんどくさいな」

 赤い髪をかき揚げ、首を横に振る。

 グレンとしてはスグルには関らないようにしようと思っていた。

 さらに言えば、あまり刺激し無いことにしたのだが、スグルの様子が異様なのを見取って、自分の対応が無駄になった事を悟った。この時点でのスグルの変貌はグレンにとっては想定外だったのだ。



「あんたは知りたくないのかな?・・・・・・サラの事を」


「・・・・・・・・・何のことだかさっぱりだな」


「ふん、その間が何よりの証拠だな。ねぇ・・・・・お兄ちゃん?」



―――ギャンッ!!



フォースダガーと赤銅の剣がぶつかり合う。

水飛沫が波紋を伝え、衝撃が二人の間を突き抜ける。

ゆらりと空気を揺らす熱波がスグルの頬を撫でた。

ぎしぎしと軋む音を立てて、今にもダガーが折られそうだ。

お互いの刃物越しに睨み合い、グレンが唸った。


「おまえ、どこでそれを知った」

「あんたが見せてくれたら教えてやるよ」

嬉しそうにスグルが答えると、同時にお互いが飛び退き、距離を取る。


「・・・・・お前を殺してしまいたいが、忌々しいことにそれは出来ない」


「・・・・・」


「もう一度だけ問う。どこでその事を知った?」


「知りたい?」


「・・・・・お前も左腕が惜しいなら答えるんだな」

 グレンの声に遊びの色は一つも無い。

 その事に気が付いたスグルはつまらなさそうな顔をした。


―――瞳を閉じ、開いた次の瞬間。


「・・・・・ミエタンダヨ、この()で」


・・・・・突然、変声術でも使ったように低い声で話す。

そして、スグル自身を塗りつぶそうとするかのように光は広がり、徐々にスグルの身体を覆った。


「コノ世は脆弱デ、トキは長くテ、ミジカい。」


「・・・・・」


「《炎帝》、お前モ気が付イたノダロウ?コノ世の真実ハ・・・・・(ちから)ダトいう事に」

爛々(らんらん)と蒼く妖しく光る双眸(そうぼう)

スグルの体から狂喜が立ち昇ってくるのがグレンにははっきりと感じられた。


「・・・・・十日間だ。お前を見張って、十日。紫雷との約定と・・・・・俺の目的を果たすためにお前が何者なのか探っていた。だが、どうにも解せない。最初は何かに取り憑かれてるのかとも思ったが・・・・・どうにもそういった訳でもなさそうだ」

首を振りながら、自身に言い聞かせるように続ける。


「なら、そいつは魔眼か?・・・・・いや、それもおそらく違う。なぜなら、お前は自分の身に起こっている事に気が付いてないみたいだからな。個人差はあるが、魔眼はその名の示す通り、魔力を自分の意思で込めないと使えないものだ。ジンといっしょにいるフランとかいう女も魔眼保持者のようだが・・・・・お前のそれとは違う。

お前は何者なんだ?」


揺ら揺らと蒼い瘴気はスグルの全身を覆い尽くす。

熱に浮かされたように、スグルでは無い、何者か(・・・)の声で話しつづける。


「セカイは弱く、時の番人は残酷、ナレバ一瞬に生きる為ニ・・・・・」



「そうだな・・・・・力が必要だ」

無視された事を咎めることもなく、グレンは同意した。

つまらないプライドはすぐに捨て去ったが、つまらない意地は通して来た。

そして、それを貫くには力が必要だ。

『死』を払い除けるには同じく『死』を()()く力が必要だったのだ。

それはきっと・・・・・これからも変らないだろう。



「コイツもそれを望んでイル。愚カシク、オレヲ凌駕スルホドニ、コイツハソレ(・・)ヲ望ンデイル。ダカラ、《炎帝》オマエノ(ちから)ヲ示セ」


「はっ、嫌だね。おい、クソガキ、お前はそれでいいのか?まだそこにいるんだろう?」


「無駄ダ。(よわ)(さだ)メハ、“黒ノ狂喜”デモ無イト覆セナイノダカラ・・・・・」


「・・・・・はぁ、ごちゃごちゃと訳のわからん事を・・・・・めんどくさい」

心底めんどくさいという表情で、赤い髪をくしゃり。

続けて言った。


「その御大層な瞳とやらで見たんだろ?だったら、俺がどういう基準で動いているのか分かるはずだが?なんでお前の相手なんぞしなくちゃならない」


「オマエハ、妹ノ近クニ、オレガ、居ル事ヲ望マナイハズ・・・ダガ・・・・?」


「・・・・・ぶっ殺して欲しいなら、そうと最初から言えよ」


「強ガルナ《炎帝》、貴様ガ、本気ヲ出セナイ事ハ、知ッテイル」



 蒼い幽鬼と化したスグルの言葉を皮切りに、グレンの身体から火花が立ち昇る。

 辺りの泥水は一瞬で気化し砂へ。

 雨は霧となり、気化熱によってこの場はサウナから地獄の茹で釜へと転じる。

 天井知らずに舞い散る炎は雨雲を断ち切り、一挙に青空が覗き込む。


 通常、魔法は地形によって、その威力、速度、範囲を補助、減退させる。雨は当然火を弱める。しかし、本気を出すために雨雲を払った訳ではなかった。ジンと戦った時は、ジンの雷の卦繋法が雨水を通して暴発するのを防ぐためであり、今回についていえば逆である。

―――そう、グレンが本気で力を解放したために雨雲が退いたのである。


 轟々巻き上がる炎の渦は力強い生命の息吹。

 太陽を模すが如く・・・・・プロミネンス。

 天昇るイカロスの翼が融け落ち、近づくことが許されないように。


―――死の領域が其処に在る―――



獄炎をその身に纏いグレンは告げる。

「・・・・・緋乃(ヒノ)の事を言ってるなら、それは大きな間違いだ。あいつが居なくても、俺は緋炎(ひえん)をあやつれるっ!!」



「ソレハ、行幸。デハ・・・・・(くらわ)セテモラオウカッ!!」


 死の炎が視界を覆いつくした。



そしてそこで、スグルの記憶は途切れた・・・・。




+++ +++ +++ +++



肩で息をするグレン。

その周り焼け野原では済まされない状態だ。彼の立っている場所も融解して、どろりとしたマグマがうごめいている。

黒く煤けて焦げ付いた地面には、彼と壮絶な死闘を繰り広げたスグルが倒れている。彼は上半身の服が燃え尽き、辛うじて生きているといった様子だった。しかし、彼に纏わり憑いていた蒼い瘴気(しょうき)は消すことに成功していた。

だが、その犠牲は甚大だと言わざる終えない。

なぜなら、


「・・・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・っ、いつまで隠れてるつもりだ?」

紅の魔剣を地面に突き立て、それを支えにしながら睨みつける。

かなり疲労していたが、グレンの眼光に衰えは見られなかった。


「・・・・・ばれてましたか」

ズズズッ、と灰の影から人が浮き上がった。

燕尾服にも似た、白黒の執事服に身を包むのはシモンである。


グレンは詰問するように声をかける。

「不確定要素・・・・・お前の目的はなんだ?」

その存在には気がついていたものの、目的が全く分からないトリックスター。

目的の如何によっては、もう一戦やらかすのも辞さない覚悟で聞いた。



しかし、

「そこに倒れてる少年ですよ」

あっさりとシモンが指差す方向にはスグルが倒れている。

グレンは眉を(ひそ)めながら、思わず口にする。

「・・・・・人形風情が」


「おや?私の事をご存知なのですか・・・・・油断ならないお人ですね」


シモンの意外そうな声にグレンは沈黙で答えた。

(―――そうだ、知っている。コイツはこんなとこまで・・・あそこから出て(・・)こら(・・)れる(・・)はずが無い。それにこんな風に流暢に喋っているのもおかしい。無機質に同じ言葉を繰り返すだけの機械だった(・・・・・)筈だ。こいつはいったい・・・・・?)


「実際、助かりましたよ。正直、私の手には負えそうも無かったもので・・・・」

何事も無かったようにシモンが指を鳴らす。


―――パッチン―――


それは一瞬の出来事だった。

グレンには彼が魔力を行使したのかすら判別できなかった。

燃えつき、灰を散らすだけだった焼け野原が元に(・・)戻った。

草木、花々、動物、空気、精霊までも、在った通り、居た通りに戻ったのだ。

そして、その後に目に飛び込んできたものを見て、(グレン)は完全に観念した。


一本の大木に黒い縄で縛り付けられている女性。

うーうーと、うめき声を挙げているのを見て、グレンは頭が痛くなるのを感じた。


「ついでです。貴方も有効利用させていただきましょう。協力していただけますね・・・・・《炎帝》?」

その明らかな脅しに屈するしかない。


「・・・リオは解放しろ・・・・・それと、分かっているだろうが妹には手は出すな」


「フッ、どうぞ・・・・・お嬢さん」

憎たらしい笑みを口の端に浮かべ、再び指を鳴らす。

瞬く間にほどかれる縄。駆け寄ってくる女―――ダークエルフに呆れ気味の視線を送る。

「す、すみません・・・・・グレン様!!わ、私が足を引っ張ってしまって・・・・・」


「リオ、怪我は・・・・・無いようだな」

エルフと同じツンと尖った耳。浅黒く光を飲みこむ、つるんとした肌。いつもなら強気な目許も、今は歪み潤んでいる。

グレンは頭頂(とうちょう)からさらさらと流れる銀糸から、足先まで眺め回し、少し安心する。

(―――傷物にしたら、どんな要求をされるかわかった物では無いからな)

彼女を預けてきた族長らの顔を思い出し、軽く身震いする。

いかに《炎帝》といえども、苦手なものがあるのだ。



グレンの思考をよそに、当のリオと呼ばれたダークエルフは、「し、心配された!!」などと嬉しそうにつぶやいていた。誰が見ても幸せそうな表情で俯き、顔を赤めながらその身を震わせること数瞬。

くっと顔を挙げ、

「・・・・・この身に余る光栄です。ですが、今はあやつの縛りも解けています。何卒、ご命令を!!あの男を討てとっ!!」


「・・・・・はぁ、おまえ、めんどい」

《炎帝》、打って変わって滅茶(めっちゃ)冷めた態度である。

バシバシと『何言っちゃってるの、コイツ?』という視線を送る。


「ええっ!!ここでそれですか!?ここはっ!主従の絆をっ!深めるためにもっ!!・・・・・ごにょごにょ・・・・・」

妄想モードに入ったリオの頭を(はた)き、現実に引き戻してやる。

精悍でクールな見た目にそぐわず、実に熱しやすい娘だった。


「あっつ!!・・・・・で、ですから、一丸となって当たれば」


「・・・・・だめだ」


「・・・・・どうしてっ!!」


「聞き分けろ、リオ」


「っ!!・・・・・私が不甲斐ない所為ですか・・・・」

にべも無いグレンに、リオは耳をヘタレさせ、悔しそうに肩を震わせる。

何も出来ずに捕まり、自分が(あるじ)(あおぐ)ぐ人に迷惑をかけたという痛恨の念でいっぱいだった。

しかし、

「違う・・・・・お前に頼みがある。お前にしかできない事だ」

と言いながら、グレンはリオの頭を捕まえた。

そして胸元に引き寄せ、耳元に語りかける。

それは実に面倒くさそうで、やや乱暴な動作だったのだが、リオにとっては望外(ぼうがい)の喜びだったらしい。今度は違う意味で耳が垂れ下がり、赤に頬を染めている。

完全に恋する乙女という感じである。


やがて、頼み事が終わると頭を離してやる。その際に“あっ”などと残念そうに呟くものだから、その慕いようもかなりのものに見受けられた。


しかし、グレンはにやけ笑いを浮かべる執事(シモン)にガンを飛ばすのに余念がなく、彼女のため息に気がつくことはなかった。

全くもって、普段がしのばれる光景である。


それでも、主命の為にリオはその場を離れる。

彼女の姿が見えなくなった後、一言。


「もう、いいですか?」


「好きにしろ」


そうして、グレンもまた、シモンの影に飲みこまれてその姿を消す。


後に残されたのは二人。

中途半端に(ミィディアム)生焼け(・レア)のスグルに森で圧倒的異彩を放つ執事のみだった。



「・・・・・これは没収しますよ」

スグルの腰にささるフォースダガーを取り上げると、続けて言った。

「貴方は貴方が思う以上に人に影響を与えているという事を自覚したほうがいい」

これは意味のない言葉だとわかっていても、

「人に寄りかかるから、人は立ちあがる。ですが、貴方はあの方を理由にしてここに居てはいけない」

つまらない、本当につまらない戯言だけれども、

「自分の真実を前にして、貴方が立ちあがるのか・・・・・見物ですね」

言わずにはいられなかった。



見下ろしながら、宣言する。

「お嬢様に掛かる火の粉は私が払う。もしもの時を覚悟しておく事だ」



そして、二人の姿も闇に沈み、その場から誰も居なくなった。




こっそり、再び修正。

それでは、ごゆるりと

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