第28話 テーマ・デス
男は後ろに控えている部下に右手で合図すると、自身も足音を殺した。
雨音でほとんどかき消されるほどだったが、用心するに越した事はない。
緊張を紛らわすためか、部下のヘイロンがで話し掛けて来た。
「お頭、あのスカした傭兵の野郎は役に立つんですかい」
「さぁな、国がつけてくれるってんだから、ありがたく使わせてもらえばいいだろ」
「でもですね~、あいつ声かけても返事しやがらないし。飯の時に呼びに行っても、臭いから近寄るだのなんだのってそれはひどいもんなんですよ。」
思わずといった風に声を荒げるヘイロンを見て、“疾風の盗賊”の頭にあたるオバーツは苦笑気味に、しかし納得したように応えた。
「・・・・・なるほどな、あいつにびびって俺に言いに来たってわけか。そんだけ言われれば、てめぇの面の為におまえでも、黙ってないだろ?」
「い、いや。あの赤髪野郎にびびってるわけじゃなくて。そ、その、あっしがなんか言おうとするとにらんでくるんっさぁ」
「ばーか野郎、それがびびってるってんだ。ま、なぁに、この仕事が終われば俺から上に言っといてやるよ」
「へ、へい」
情けない部下を見送って考える。
今回も簡単な仕事だ。
傭兵あがりなのは自分だけだが、数だけはこなして来た。
成功報酬で金貨払いの10万ユンロ。それは捕まえた人数とは関係ない。
何時も通りの手筈でやれば失敗する要素は無いはずだ。その上、今回は国が雇った傭兵もつけられている。連中は万が一の時のための保険といっていたが、オバーツは失敗するわけが無いと思い、高を括っていた。
情報では、“ココの村”は昔からの慣習にこだわって、武器を備えてないらしい。
「よくもまぁ、これまで無事でいられたものだ。それもこれまでなわけだが・・・・く、クックックックッ」
オバーツが笑う様子を、ある者は頼もしそうに、またある者は気味悪げに見ていた。
その笑いも、雨にかき消され、やがては影も残しはしなかった。
人を攫い、売るだけ。
なんて簡単で、儲かる商売なんだろうと、“疾風の盗賊”の構成員全員が思っていた。
彼らは気が付かないままだった。
ただの農夫だった彼らが、道徳や倫理観に反する行いにより磨耗していた事を。
人を手にかけるたびに泣き叫び、嘔吐を繰り返していた事を忘れ。
だんだんと殺しを快感とし、慣らされていく。
暴力に侵され、力に浸り、狂喜を招いた。
“俺達には力がある”
その全てが誘導された末のことだという事に、彼らは最後まで気が付かないままだった。
*** *** *** ***
「確認。出来ました」
「こっちもだ」
ザーザー降りの中、木陰に隠れ、エクシードで強化した目で敵を確認する。
待機していた小屋に戻りジンさんが言った。
「・・・・よし。確保していく方針で行う」
“ココの村”が襲撃されることをサラが事前に察知し、今はこの事態の対応策を決めるための会議だ。
ジンさんは『確保していく方針で行う』と言った。つまり言いかえれば人死にを減らしていこうという事だ。
そんな事はこちらとしても真っ平ご免なので、スグルは頷こうとしたのだが。
「ジンさん、お言葉ですが、それは甘い気がしますわ」
「・・・・なぜだい」
「相手は武装してます。こちらが気を使う必要などありません」
「我々は冒険者だ。傭兵じゃない。危険に対して剣を持つことがあっても、自分から飛びこむような真似は避けるべきだ。・・・・スグル君。人を殺した事はあるかい?」
「・・・・・いえ」
そう答えた時、横に立っていたティナが身を固くしたのが分かった。
「人道を説けるほど私もできた人間じゃないが、殺さないならその方が良い。人を殺すというのはモンスターを殺すのとは訳が違う。ま、これは人間側の都合だがね。こんな因果な商売をやってるとそうも言ってられ無い時が来る。今がそうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。私から言えるのはそれだけだ。
クリスティーナ君も、ここでは私が一番高ランクだ。従ってもらうよ」
しぶしぶ頷くティナに申し訳なくなる。
無力化の方針なのは、ジン本人も殺人を避けたいという理由が有るのかもしれないが、その中にスグルの経験不足が含まれるのは疑いようも無い。
相手を無力化するのは実力があって初めてできる事だし、それ自体の難易度は当然、殺しを是とする時よりも高くなる。そもそも、命のやり取りになった場合相手を害する事ができないというのは大きなハンデになる。“殺す”という選択肢があるのとないのでは大きく違ってくるのだ。
これまで、この世界で生きてきて価値観の違いに何回か遭遇した。
死に対する感性は異世界でもそれほど違いは無いようだ。
―――それにホッとすると同時に物足りなくも感じる・・・・・?
「・・・・・まさか、そんなわけないだろ」
わざと口に出して否定したが、心の中のわだかまりは溶けなかった。
「・・・・・スグル?」
「えっ?」
「緊張、してますか・・・・?」
顔を上げるとティナの髪が頬をくすぐった。
星を彩るような瞳、ふんわりと薫る甘い香りを感じる。
スグルは自分でも意外なほど顔が赤くなっているのを感じた。
「さっきは、私が軽率でした。ごめんなさい」
「あっ」
すっと頭を下げるティナを見て、間抜けな自分を殴り飛ばしたくなった。
目の前にいる、ティナは哀れなほど落ちこんでいる。さきほどの自分の発言を悔やんでいるのだろう。普段が普段なので、その落差は大きい。
「・・・・・わたくしが、最初に手を汚した時。その時も盗賊が相手でしたわ。」
ティナが唐突に話し出す。
「・・・・・」
「・・・・・それは私が十四の時でしたわ。盗賊を手にかけた夜。私は泣きました。辛くて、つらくてたまらなかった。でも、何で泣いてるのか、何が辛かったのかのかもわからずに大泣きしました。私の家は・・・・・武術を生業とする家系だったので、そういう仕事が来る事が多々ありました。私、そのたびに自分は正しかったんだって言い聞かせて・・・・・それを忘れるなんて」
「それは、しょうがないよ」
そう、どうしようもなく、しょうがない。
(―――忘れずにどう生きろって言うんだ?
まだ俺と同じくらいの歳の女の子だぞ?それが・・・・・それがこの世界なのか。)
やはりここは違う所だ。
日本では有り得ない。ありえようはずも無い。
持って行き場の無い怒り―――腹立たしさがとぐろを巻き、スグルの中に居座る。
そして、思い出したのはエルフの娘。
(―――リアはこれを抱えるっていうのか、この痛みを)
(―――どうして?)
(―――コロセバイイ)
(―――どうすれば救える?)
(―――ころせばいい)
(―――やっぱり俺が)
(―――殺せばいいのか)
「ちょっと、スグルッ!!顔色が悪いですわよ!?」
「えっ?いや、大丈夫だから」
しつこく心配するティナを押しのけて、小屋を飛び出す。
紺色の雨具を被り、雨と共に心には冷たいものが降りる。
―――おれは今、何を考えていた?
「いや、俺はやれる。殺ればいいんだ。問題無い」
ぞっとしない気持ちを切り替えようと口にする。
―――問題、無いはずだ。
その時、スグルの両目から、ほの暗い“蒼”を湛えていたことに気がつける者はいなかった。
適当なサブタイが思いつかなかった(汗)《すずかぜ》です。
時間もだいぶ経ってしまったので、ずばずば進めよう!!と奮起したのですが・・・・あーれ?難産です。
ブランクはデカかった!?大したキャリアでもないけど・・・・。
とまぁ、前回予告した核心には、まだ時間がかかりそうです。
再び、気長に付き合って下さる事も願いつつ。
ごゆるりと