第27話 不気味な雲と共に
部屋を見まわしても、ここに住む住人が村一番の有権者だとはとても思えません。それくらい質素な暮らしをしている、ココの村の村長は。
「今年は黄色種の奴が熟れ頃なんです。さっ、有意義な時間が持てたお礼です。お持ち帰り下さい。」
「やや、ありがとうございます」
「どうぞ、秘書の方も」
かごの中には黄金色に熟れた梨のような“ココナチ”が詰めこまれていた。ティナはかごを受け取りながら頭を下げるとジーナに声をかけた。
「それではジーナさん」
「よし、それじゃあ、お金の方はウチの若いのに今日中に運ばせるので確認しといて下さい。ほんとにお邪魔しました」
「いいえ、こちらこそ大したおもてなしもできずに済みません」
恐縮しながら頭を下げてくれたのは“ココの村”の村長だ。ジーナとティナは村長宅にお邪魔して商談をしていたのだ。取引の品はもちろん“ココナチ”だ。
村長が語った通り、商談はお互いが満足のいく、有意義なものとなった。
横から見ていたティナは、ジーナの手腕に内心驚いていた。
話の接点を合わせたと思われる会話の切り口。
親身になったと思ったら、きわどいジョークで笑いを取る。相手に舐められない様にとの配慮は村長相手には必要無かったが、それでも明け透けに見え、陽気に見える言動には一分の隙もなかった。
これが商人というものかと感心さえさせられた。
「おお!!これはほんとにおいしそうだわ」
村長宅から出ると、ジーナは早速とばかりに果実に齧り付く。
ティナもそれを見習い、ひかえめに黄色い果実をかじった。
「・・・甘い」
「うーん、おつかれさん。ティナちゃん。悪いね、秘書の真似事させて」
「いえ、私も大変勉強になりましたわ。お土産もいたただきましたし」
「うちの男衆じゃ却って警戒されちゃうからね。華のあるティナちゃんが居てくれてよかったわ。ティナサマサマ~」
商談がうまくいって、ものすごくご機嫌なジーナを前にティナは思う。
正直なところ、自分がそれほど役に立っていただろうか?と疑問を憶えずにはいられない。
これでも貴族の生まれとして、教養は叩きこまれて来た。
だから、華が無いなどと謙遜するつもりはないものの、それを言ったらジーナも美人の部類に入るだろう。
自分が必要とされた、相手の警戒心を取っ払うという緩衝材的役割は、実際に必要だったのだろうか?
その事を言ってみると、ジーナは笑いながら言った。
「そう言ってもらえると嬉しいねー。でも、こちとら立ち居振る舞いには品が無いものだからね。バランスが大事なのさ」
「そういうものなのですか」
なるほどと頷くティナにジーナが続けて言う。
「ふふん、ティナちゃんウチで雇われない?一人でさびしいなら、彼氏も込みで・・・・どう?」
「スグルは彼氏じゃありませんわ!!」
「・・・・誰も彼氏のことをスグルなんて言ってないんだけどな~?」
「ぐっ」
からかい口調のジーナに追い詰められるティナ。
「あらら~ん。意識してるんじゃないさ、やっぱり」
「ぐぐぐっ」
(―――流石商人ですわ、こちらを追い詰めるのがうまい!!)
自爆した事に気がつかず、的外れな思考をめぐらす。しかし、そこでティナもはっと閃いた。
「そ、そうですわ。パーティの中で男はスグルだけなんですもの。彼氏とかなんとか言われたら思い至る相手はあのぼさっとした男しか居ないのです。それで・・・」
「なるほどね。じゃ、そういう事にしておいてあげますか」
「うう・・・・」
自分の意見をあっさり翻しながらにやつくジーナにティナは歯噛みするばかりだ。
(―――か、勘違いも甚だしいです。私はあの男に借りがあるから、それで・・・・。
記憶を封じられているからといって、私の事を忘れているのなんか・・・これっぽっちも悲しくありませんわ!!)
少々混乱しつつ、更なる言い訳を重ねようとしたところでそれは届いた。
「っ!!」
目を見開き、突然身を固くしたティナに驚いてジーナが声をかける。
「ちょっと、大丈夫なのかい」
肩に手を置かれ、ジーナの方にゆっくりと振り返るティナ。
「・・・・ジーナさん」
「なんだい?」
「落ち着いて聞いて下さい・・・・・盗賊のような輩がココの村を襲おうとしています」
ジーナの眼に映ったのは先程まで顔を赤くしていたティナではない。
戦士の顔つきをした、クリスティーナ・モートリアスだった。
*** *** *** ***
「・・・・ティナさんには伝え終わりました」
「精霊使いか。たいしたものね」
「いえ、僕の力じゃありませんから」
「それでもよ」
強く言い切るフランに不自然な物を感じながらも、準備運動を始めたスグルに声をかける。
「精霊は数に無頓着です。だから、どれほどの人数か正確なところはわからない。10人以上はいると思うけど・・・・兄さんは大丈夫?」
サラの探査の輪に入ってきた連中は馬車を率いていた。それだけならば、商人かもしれないが、馬のひづめにはひずめの音を消すかのように布が巻かれ、顔を隠すように首から鼻まで布で覆われていたそうだ。
“ココの村”はこれまで盗賊に襲われるような経験が無い。当然、警備もいないわけではないがほとんどが実戦を積んでいないようなのだ。
ジンとミケは村の衛士に警戒を呼びかけに行って、ここには居ない。
「大丈夫、大丈夫。・・・・ここのところ鬱憤が溜まってたから丁度いいところに来てくれたよ。サラは俺が盗賊風情に負けると思う?」
「・・・・油断してると痛い目に遭いますよ」
「はーい、気を付けまーす」
(―――いらつく)
それは飽くまで余裕を見せるスグルにではなく、憎まれ口を叩いてしまったサラ自身にだった。
――心配は要らない筈だ――
励ましの声をかけてくるのは水の子、水の精霊だ。
水の精霊がこんなところにいるのは・・・・。
「・・・雨が降りそうです」
サラの言葉と共に、ぽつりぽつりと降り出す雨。
雨雲ひとつ無かったはずの空。暗雲は何をもたらそうというのか。不気味なものを感じずにはいられない。
冷えた空気が大気に流れこみ、サラは身震いをひとつした。
修正。