第19話 混乱と実力 中
「クックックッ・・・いつまで逃げるのかな子猫ちゃん?」
少女は壁際まで追い詰められていた。
右を見ても左を見ても仮面だらけ。まるで悪夢を見ているような光景だ。
小さな子供から大人まで、老若男女が白い仮面を被り集まっている光景は異常の一言に尽きた。
少女の正面に立っている男は、白いマントに白いスーツの上下、仮面の後ろから青い髪が覗いている。そして、周りの人が被っているものとは違う仮面を被っている。その仮面の額には赤い宝石が埋め込まれていて、その宝石がまるで生きているかのように脈動している。
「・・・クソ気持ち悪い仮面を被って、なにが目的?」
「心外だなぁ。これでも私としては丁重なもてなしをしているのに、それが受け入れてもらえないのは悲しい事だね」
「はっ丁重なもてなしが聞いて呆れるね。僕を攫ってどうするのか聞いてるんだよ。言葉もわからない薄らボケがっ」
「うーん。言葉遣いがいただけないよ~レディ?虚勢を張っても足が震えてるよ、クスクス・・・・」
白い仮面の男の言う通りだった。押し留められなかった恐怖は少女の足に伝わり、震えという形で表われていた。汗が額を伝い、転んだ時についた傷に染み込む。
その痛みに顔をしかめながら、男を睨みつける少女に男は聞こえない様にそっと呟く。
「・・・・・白馬に乗った王子様の到着だね・・・・」
*** *** *** ***
スグル達が向かった先で仮面の集団に埋もれている少年がいた。
「あいつがどうして囲まれてるんだ?」
「知り合いですの?」
知り合いというほどではない。しかし、赤い髪にハンティングキャップ、ぶかぶかのジャケットを着ている少年は、宿屋で気絶しているチンピラに絡まれていた少年だ!
確か情報屋ジャックと名乗っていたような・・・・囲まれて気絶している?
混乱したスグルは思わず口走った。
「・・・パンツの恩人だ」
ティナからの視線が冷たくなったのは言うまでもない。
「市民を傷付けないように仮面を破壊して下さい。そうすれば効果はとけるはずです。アル君とイリスちゃんは道を作って下さい。私達3人であの少女を助けます」
スグルが間違いを訂正する間もなかった。ジェノンとアイコンタクトを取ると、物陰からヴァンシード兄妹は飛び出していった。それに続くジェノン。
「・・・置いていきますわよ」
「いやちょ、っと・・・・・行きますか、はぁ」
冷たく言い放つティナに内心涙を流し、スグルも続いた。
「ふふふふふふっ・・・はぁっはっはっはっ~~~死ねオラッ!!」
・・・・・スグルは自分の見たモノが信じられなかった。
否、信じたくなかった。
「・・・イリスはトリガーハッピーなんです」
「オラオラオラッ!!ぶち殺しじゃ~~~~ああん!!」
「・・・大丈夫なのアレ?」
「ひゃははははは!!内臓をぶちまけろッーーー!!」
「本人曰く威力の調節は可能らしいです」
(―――そうゆう意味で聞いたのではないのだが・・・・
もはやトリガーハッピーとか言うレベルじゃない気がする)
ティナはおろかジェノンも気にする様子なく、群がってくる仮面の集団に対処してる。
考えたら負けな気がして、スグルも気を取りなおし鞘に収めたままのダガーを使い戦う事にする。
錫丈を振り回し的確に仮面を割っていくジェノン。その背後を守る様に素手で立ち回るティナ。
仮面を被った人は包丁やらフライパンやら、果ては色鉛筆を持った子供までいる。しかし、襲いかかってくる動きはそんなに素早いわけではなかった。問題はその量と傷つけない様に配慮する点にありそうだ。
(―――くっ)
子供の持った果物ナイフを防ぐ。低い位置からの攻撃は意外ときついものがある。
足を捌き、背後に回り仮面に手をかける。すると、気を失うように崩れ落ちる子供。
そのさらに背後に回り込んでくるおばさん。
振り返り対処しようとするスグルの横から風の銃弾が仮面を撃ちぬく!
「サンキューイリス」
「うっさい、クソ。手間かけさせるな、死ね」
・・・・・照れ隠しだと思いたい、グスッ。
な、泣いてなんかいないもん!!
崩れ落ちた人で足元が覚束なくなる段になって、ジェノンが叫んだ。
「くっ、この量は予想外です。スグルさん、輪の中に飛び込んでくださいっ!!」
見ればジャック少年を囲んでいた輪の一角が崩れている。
掴みかかってくる人を避わし、言われた通りに輪の中に飛び込む。
すると、人の群れはスグルに追いすがることなく、外で暴れるイリスたちに向かっていく。
「騒がしい方がいらっしゃいましたね~」
男がいた。仮面を被っていたが、白いそれには宝石が埋まっており、操られている人々とはあきらかに違う。
「・・・・あんたがこれをやったのか?」
スグルの目の前には小さな身体を壁に横たえて気絶した少年がいた。さっきは遠目で見えなかったが、額から血を流し、それ以外にも所々ジャケットが破れている。
近くに立つ全身真っ白な男を気に止める様子もなく、ジャック少年の側にしゃがみこむ。
(―――よかった。息はしているみたいだ。・・・・気絶しているだけか)
赤く長い髪は乱れ、帽子からは目鼻立ちの整った幼い顔が覗いている。
「其の手に掴めるは風、美しき流れは彼の者を癒し、その身の流れを正すものなり、風凛の癒し」
仮面の男を無視して回復呪文を唱えたスグルに、男は笑みを浮かべて尋ねた。
「・・・・・この子を殺すために禁術を使ったとしたら、あなたはどうするのでしょうか?」
どこか、ふざけた仕草でのたまう男に、スグルは言い切った。
「決まってるだろ。てめぇをぶっ飛ばす」
怒気をはらんだスグルの声は震えていた。
*** *** *** ***
(―――これでは埒が明きませんわ)
先ほどから仮面を壊し無力化をしていたが、ティナはある事に気が付いた。
白い仮面を胴体にもつクモがどこからかやってきて、再び倒れた人に取りついている。
足場が覚束ないため、戦いの場は先ほどの広場から移動している。
この場所からではスグルの様子が窺えない。現在の頼みの綱はスグルなのだ。
「クソクソっッ!!限がねぇ!!殺っちまうか!?」
「僕は文系なんだけどなぁ・・・っと、イリス、もう少し粘ってよっと・・どうしますかジェノンさん」
「そうですね。一旦撤退とか・・・」
「「「駄目です(わ・だ)」」」
スグルを置いて離れるわけにはいかない。ここに引き付けておかないとスグルの所に行かれたら、今度はスグルが危なくなる。
「きゃあ!?」
「イリス!!」
イリスを中心に組んでいた円の陣形が崩れてしまった。
絶え間なく続く攻防に、体力より先に精神的な緩みと隙を付かれたかたちだ。
ジェノンが“帝国式”の魔法を描くのを見て、ティナもそれに合わせる。
描かれるのは一時を凌ぐ為の防壁。幸いティナが使える唯一の属性だった。
「「連式・土柱の壁!!」」
舗装された街道が盛り上がり、ティナ達と市民を阻む壁が形成された。
「いやはや、判断が早くて助かります。これで少しは落ち着けるでしょうか。イリスちゃんは大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫みたいです。ガードしようとして銃を弾かれただけですから・・・」
「お兄ちゃん、みんなごめんなさい・・・・」
イリスと最初に共闘した時はその変化に驚いたものだが、どちらも優しいままのイリスなのだ。
もちろん、落ちこんだイリスもかわいいものがあるが・・・。
「休憩は5分ですね、皆さん。スグル君が結果を出してくれるまでがんばりましょう」
「「「はい!!」」」
(・・・信じてはいるものの、やっぱり心配ですわ)
最初に会った時のスグルは抜け殻の様だった。顔から表情は抜けて、まるで幽鬼のよう。
(―――それでも、段々と笑顔を見せてくれて、それで・・・・・・私を助けて怪我をした。)
彼は忘れたままだろう。
(―――それでも、わたくしが憶えてる。あなたのことを・・・・)
クリスティーナ・モートリアスは忘れない。浅木優と出会った時を・・・・。
「スグル・・・がんばってください。私はあなたとまだ何も話していません」
乙女の祈りは風となり、戦場に舞う
う~い《すずかぜ らいた》です。
上下の巻でお送りしようと思っていたのですが・・・・バランスがよぐねぇっちゃ(?)ということで、上中下に変更です。戦闘・・・・・むずかしです。これで一応“混乱”は表現したつもりなのですが、集団戦闘は書くことが多すぎていまいち緊迫感が描けない・・・(トホホ)
突然ですが、すずかぜらいたの“らいた”はライターと掛けてます。はい、ほんとに突然でした。いえ、友達にすずかぜは字面から分るけど、らいたって何と言われたもので・・・・。なんとなく弁護をしてみました。
なんとなく次回予告―――さまざまな思惑と思いが絡み合い仮面舞踏は終幕を迎える・・・。ご意見ご感想切にお待ちしてま~す。
ではでは、ごゆるりと