第18話 混乱と実力 上
どこまで逃げてもあいつらがやってくる。
・・・・・・ゆっくりと確実に。
(―――まるでゾンビみたいだ)
机の下に隠れながら耳を澄ませる。
風の子がしきりにささやく―――アレを止めるには彼に頼るしかない―――と。
・・・僕としてはあまり気が進まない、あの人はあの人で大変そうだし。白い仮面の男の目的が何が分からないけど、僕の扱ったモノに何かまずい情報があったのだろう。
ここまで常識はずれの攻撃を受けたのは初めてだが、今までにもこういった事態がなかったわけじゃない。そうだとしたらこちらの事情に巻き込む事になる。
大地の子が伝える―――あいつが近づいて来る、早く逃げろ―――怒りの篭った声で。
大地の子の一部は、あの白い仮面の男の黒い瓶に吸いこまれてしまった。
僕自身もその事にむかついている。
(―――それでも、今は逃げなきゃ)
彼女の逃避行は続く・・・。
*** *** *** ***
デスマスクを被った集団は急ぐ様子もなくゆっくりと東に向かっている様だ。
「ジェイソンか、でなけりゃオペラ座の怪人みたいだ。」
「ジェイソンとオペラ座のかいじん・・・?」
ティナが疑問符を浮かべて聞いてきたので教えてやった。
「・・・・白いマスクを被って襲ってくる変態の事だよ」
ジェイソンだけに限定したら、おおむね間違った事は言ってないのに変な顔をされてしまった。
「ひえぇぇぇぇ」
と外をみんなで覗き込んでいると小汚い男がドアを突き破る様に転がりこんできた。
(―――仮面を被ってないみたいだけど、こいつどこかで・・・?)
「た、助けてくれっ!!周りの連中が突然、ぶみゅ」
・・・・思い出した!チンピラCだ。
ブーツの底でCの奴の顔掃除をしてやってると、
「あ、あなた、助けを求めてる人にそれは酷いんじゃありませんの?」
「ティナさんの言う通りだ。大切な情報源なんだから気絶させたら意味がないですよ」
「突込み所はそこじゃないですわよ!?」
アルとティナのどこかずれた会話が、遠くに聞こえた。
例の目が焼けるような気配がしたからだ。しかし、先ほどのような痛みはない。むしろ以前に覚えのある、視界がクリアになる感覚だ。
そして見た。熱を帯びた視界で、開けっぱなしのドアから出てきたそれを・・・・視た。
(―――白い仮面を胴体にもつ蜘蛛!!)
「みんな、気をつけろっ!」
「えっ、突然なにを言い出しますの?・・・・・・・あなた、大丈夫?」
「大丈夫って、・・・そこにへンなのが居るだろっ!!」
「僕には何も見えませんが?」
「私もわかんない~」
不気味に近づく蜘蛛を指差しても誰も反応しない。
テーブルをくぐってきた白いクモは伸びをするように足をたわめると飛びかかってきた!!
その狙いはイリスだ。
「ちぃっ」
音もなく飛びかかるそいつを叩き落す。
スグルの動きに皆一様に驚いた後、さらに驚いた。
「今、何を叩きましたの?空中で音が響きましたわ」
「・・・何かが落ちる音も聞こえた。スグルさん、あなたには何が見えているんですか?」
アルの質問に質問で返す。
「みんなにはこの白い仮面の蜘蛛が見えてないんだな?」
その言葉に頷くアル達。
(―――みんなには見えてない。俺にはひっくり返ったクモが霞みのように消えようとしているのが見えてるのに。)
ガシャン
窓ガラスの割れる音!
そして振り向いたスグルの眼に映るクモ。
(やばい!?間に合わない!!)
そこに救いの主が現れた。
今度はアルの顔目掛けて飛び掛かるクモを錫丈が撃ち落した。
「皆さんご無事ですか?」
再び宿の玄関を見ると、そこには眼鏡をかけた冴えないおっさんが居た。
(―――もやしみたいなおっさんだな)
「・・・・貧相で、もやしみたいですね」
「ああ、そうだな・・・って口に出したらいかんだろアル。しかも何気に俺より酷いし・・・」
「?・・・なんのことですか?」
(―――幸か不幸か自分のことを言われてることに気づいてないみたいだ・・・。)
「なんでもないですよ、ありがとうございました。・・・・助けていただいたんですよね?」
さりげなく流しつつ、見えない現象に懐疑的になりながらもアルがお礼を口にする。
「いえいえ、皆さん冒険者ですよね?エクシードを使える方がいたら、目を部分強化していただければ見えるようになりますよ」
その言葉に反応して真っ先に声をあげたのは、意外にもイリスだった。
「ほんとだ~なんか気持ち悪いのがいるね」
残りの二人も順繰りに驚きの声をあげる。
(―――3人ともエクシードを使いこなしているのか・・・。俺だけに見えたのはエクシードのおかげか?)
「皆さん見えているみたいですね。私の名前はジェノン・サイドです。冒険者ランクはBです。正直なところ私一人では事態の収束が覚束なそうなんですよ。力を貸していただけないでしょうか?」
ギルドカードを見せながら、白髪混じりの頭を困った様子で掻くジェノン。皆は異論なく頷いた。
「ありがとうございます。失礼ですが皆さんのランクはいくつですか?」
「僕はDです」
「イリスはE+だよ」
「私はCですわ」
ガ、ガーーーン!!みんな俺より高い!?
「そちらの方は?」
ジェノンこと冴えないおっさんは、黙りこくったスグルに声を掛けてきた。
「・・・・・リッチを倒せる、F++です」
「はっはっはっは、そうですか。それは頼もしいです。」
―――もやしのくせに~~!!
胸中でむせび泣くスグルをよそにイリスが口を開いた。
「あの~・・・・この変なクモって何なんですか?」
「―――禁術ですかね?」
「きんじゅつ?」
「あーと、魔法・魔術・魔導の違いは知っていますか?えー・・・」
名前を言ってなかった事に気がつきそれぞれ名乗った。その後アルが解説してくれた。
「魔法は己の体内にあるエナジーを強化・放出・凝縮の3段階に分けて使う事で、魔術は道具を媒介としてエナジーを使い、さまざまな現象を起こす事です。最後に、魔導は魔法と機械を融合した技術だと聞いたことがあります」
「全くもってその通り。アル君の説明の通りです。・・・・そして禁術とは外道かつ、邪悪なために禁止指定になった術の事です。これは私が以前文献で見た、光と闇の混合魔法に仮面を用いた禁術に類似してます。これは人に取りつき簡単な命令を与える事ができます。目的は不明ですが、町の人も何かしらの命令を与えられているみたいですね。」
(―――命令?東に向かっていたみたいだけど・・・。)
「どうすればこの現象を止められ『ドッガーーン』・ま、すの・・・早くおっしゃってくださいっ。悠長にしている暇はなさそうですわっ!!」
「簡単です。犯人を倒せばいいんですよ」
ジェノンに従って俺達は破壊音が鳴った東へと走り出した。
ごゆるりとば