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第8話 なんで、日本の童謡が入っているのか……

「概要はこんな感じ。あとはどう?」

「どう? って、自信?」


 オーディションの概要を話してくれた小園は僕の返事に頷くので、僕は「どうだろう?」と返した。自信がないと言うほどでもないが、必ず受かるとも言いがたく、曖昧な返事をした僕に、小園は、苦笑いをしている。

 見せ場となるシーンだけの仮台本ができたと、脚本家から連絡があったので、少し前に事務所へきた。小園に台本をもらってその場で読んだが、麗月の小説から、かなりブランシュアップされているようで、こんなことを言うのは失礼かもしれないが、オーディション用の台本のおかげで、『緋月』のイメージもしやすくなった。


「これ、麗月は見せてもいいもの?」

「まだ、これは仮だからな。まだ、麗月くんには、見せない方がいいんじゃないか?」

「でもさ?」

「湊の言いたいことはわかるよ。脚本はあくまでも仮。主役を決めるために、急遽、社長が書き起こしたものだから。まずは、湊の本気度を試したいんだと思う」


 出来上がっている台本を握りしめ、それ以上は言葉にならなかった。僕は数年前まで売れないアイドルだった。「何年も何作も書いて芽が出ないんだ」と告げた麗月の言葉を思い出せば、胸にくるものがある。

 これだけのものができていても、夢の舞台には立てない。そんな人を僕はたくさん見てきた。夢半ばで挫折して、去っていった人もたくさん知っている。僕は、売れなかったとはいえ、少なからず、スポットライトの下に立つことが叶っていたけど、麗月はどうだろう? その場所にすら、まだ辿り着けていない。

 麗月の未来を少しでも手助けをしたいだなんて、おこがましいことは考えていない。ただ、この一作を世に届けたいという想いは、読んだ瞬間から沸き起こった。


 ……麗月が書いたネットに公開されてる他の小説も、全部読んだんだよな。更新日時を見ながら読んでたけど、月日が進むほどにうまくなっていくし、展開に惹きつけられてさ。

 でも、この一作は特別だ。どの作品よりも感情や描写もいい。主人公『南城 緋月』という人物が僕の心を揺さぶってくる。


 より一層、この役をやってみたいと思わせるのは、人間の成長を感じさせてくれたからだろう。僕も陽翔に出会ってから、成長していると感じている。そことリンクしているからこそ、共鳴し、たくさんの人に成長する喜びを感じてほしかった。

 最後の別れが悲しいけど、それすら背負って生きていこうとする緋月を見てほしい、感じてほしいと願った。

 まさか、僕をイメージして緋月が作られたとは思っていなかったけど、陽翔から言わせれば、僕そのものなんだそうだ。


「オーディションが終わって、主役が決まった時点で、ちゃんと小説化するように手続きをすると社長は言ってたから。湊の知り合いに無体なことはしないよ」

「わかってる。社長は僕が尊敬する人だから」

「じゃあ、本番で。俺はこれ以上、湊に加担するわけにはいかないから、あとは自力でな?」


 小さいころからの癖が抜けない小園は、僕の頭をクシャッと撫でて「頑張れよ?」と笑ってくれる。僕は、それに応えるようにしっかりと頷いた。


 ……オーディション本番まで3日。小説全体を読んだアドバンテージもある。緋月の全体的なイメージも出来上がっている。……僕は、僕は出来る。陽翔だって、応援してくれているんだから。こんなところで、怯んでなんていられない。


 事務所から出て、自宅マンションへ向けて帰る。一人歩きながら、ふと三日月を思い出した。


 ……遊んでいる場合じゃないんだけど、つっきーに電話してみよう。


 カバンのポケットからスマホを取り出し、三日月へ電話をする。5コール目にやっと出た三日月に話しかけようとしたとき、電話口の向こうから気だるげな声が聞こえてきた。それは、三日月ではなく、知らない女性であった。


「間違えました!」


 そういって電話を切り、僕は駆けた。思わぬことに混乱してしまい、慌てたのだ。息を切らし駅まで辿り着くと、ふぅっと一息入れて息を整える。今、聞いたことは、忘れよう。そう思えば思うほど、頭に女性の声が響く。

 頭をブンブンと振り、電車に乗り込んだ。何も考えなくていいようにとイヤホンをつけて、じっと目を瞑る。イヤホンから聞こえてくるのは、先日、陽翔が口ずさんでいた歌だ。もちろん、陽翔の声で入っている。

 今は便利な世の中だ。機材が無くても配信ができるとかで、陽翔は顔出しをせずに、スマホで撮った音声をSNSに流していた。

 最初こそ、フォロワーが少なかったらしいが、今は『ジスペリのヒナト』ではないかとこぞってファンがアカウントフォローしているとか。フォロワーが増えると、ジストペリドを知らない人たちも魅力的な陽翔の声に惹かれているらしく、気が付いたらフォロワー数は日に日に増えていく。


「……ヒナも新しいことに挑戦しているんだな。それにしても、なんで、日本の童謡が入っているのか……、ヒナの感性がわからない」


 陽翔の声を初めて聴いた日のことを思い出した。あの日も、童謡を歌っていた。優しい声を聞きながら、思わずクスっと笑う。僕も結局、童謡を歌っている陽翔が好きなようだ。結構な数の歌をアップロードしているにも関わらず、何故か童謡を歌っているものの再生数が1番多いことに驚かされる。


「僕も一緒に歌いたいって言ったら……、歌わせてくれるかな?」


 オーディションのことを少し脇において、僕は家までの時間を陽翔の歌声に身を任せ、ただひたすらに陽翔の存在を噛みしめていた。

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