第7話 ラブレターくれたヤツ
マンションへ帰ると陽翔がテレビを見ていた。珍しく聞いたことのない音楽が流れていて、ソファの隣に座る。
「おかえり。社長、なんだって?」
「んー、映画のオーディションを受けないかって」
コテンと陽翔の肩に頭を乗せると、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
「なんか、疲れてる?」
「まぁ、卒業式からのフライトとか、短期間でいろいろあったからね?」
「俺に内緒なこともあるし?」
「内緒?」
「そう」
なんのこと? と、頭をあげて陽翔を見れば、傷ついてるという表情だった。特に僕が何かをしたわけでもなく、思い当たることがなかったので、首を傾げると陽翔はソファから立ち上がって自分の部屋に向かっていった。
「洗濯はしてあるから」
それだけ言って、ドアは閉まる。
……えっ? 何? 何が起こったの?
訳がわからない。閉まったドアを見つめたまま、僕は固まった。知らないうちに、僕は陽翔を傷つけてしまったうえに、怒らせてしまったようだ。身に覚えのない状況に、戸惑うしかなかった。
テレビには、最近流行り始めたガールズバンドのPVが流れていく。
僕はテレビを消して、陽翔の部屋のドアをノックする。
「入るよ?」
「ダメ!」
「なんで?」
「なんででも。今日は、湊の顔なんて見たくない」
「見たくないって……、言ってよ? 僕がヒナにしたこと」
「わかるでしょ?」
「わからないよ? 言葉にしてくれないと!」
ドアを挟んで会話は続くが、陽翔は頑なだった。僕はドアを背に、廊下へ座る。部屋の中にある気配だけを感じながら、僕は俯いた。
……ため息は違うな。何が原因? もしかして、映画のオーディションの話? それも、違う気がする。それより前から、少しヒナの様子がおかしかった気がするけど、気のせいだと思っていたんだよね。……それが、これの原因に繋がっているなら、どこで何をしたんだ?
僕の頭の中を卒業式からの今日までのことをグルグルと巡っていく。ここ数日、仕事以外で僕は麗月の小説のことばかり考えていた。陽翔からの話も上の空だったかもしれない。
それが、原因なら、申し訳ないことをしたな。本当、自分のことしか、見えてなかった。
麗月から送られてきた小説のデータを陽翔のスマホに送る。
「ヒナ? 僕、今度、その小説の映像化をしたくて、主役のオーディションを受けることになった。主役が取れないと、社長が映画制作の後押ししてくれないんだって」
「…………」
「ヒナは僕のこと、応援してくれないの?」
返事はない。陽翔のことは理解しているつもりだったが、こんなことになるなんて思いもしなかったので、どう対処していいかもわからなかった。
僕は、廊下から立ち上がり、リビングへと戻ることにした。
僕のことを誰よりも理解してくれるのは、僕じゃなくてヒナだから。きっと、わかってくれるよね?
後ろ髪を引かれる気持ちはあったが、そっと離れた。
してくれたという洗濯物を片付けていると、少し不貞腐れている陽翔がリビングに現れた。あれから3時間経っているので、麗月の小説を読み終わったのだろう。
ソファにどかっと座る陽翔。何か気に食わない出来事でもあったのだろう。
「湊って、意外と鈍感だよね?」
「えっ、どこが?」
「これさ? 湊のために書かれた小説じゃないの?」
「僕のために?」
コクっと頷く陽翔は、僕の隣に座る。スマホを握ったまま、俯いて何も言わない。
「湊って本当、モテるよね。たぶん、これ書いたの男だろ?」
「えっ? なんで?」
「なんとなくの勘。でも、間違ってないね。卒業の日だ。これもらったの」
ポツポツと小説を手に入れた経緯や映画化に向けての話していく陽翔に頷いていくと……、「あぁ!」と大きな声を出す。突然のことで、僕はビックリしていると、陽翔は体勢を変え背中にもたれて体重をかけてくる。
「ヒナ、重いから」
「わざとやってる。それで、オーディションはどうなの? 受かりそう?」
「今回は、出来レースじゃないからねぇ……、ちゃんと、他の人と役を争うよ?」
「誰? 相手は」
「知らない。たぶん、一人は凛だろうけど、もう一人は、演者だって言ってた」
「凛には勝てても、その演者がわからないな……? どんなヤツが来るんだろ?」
社長が言った言葉を陽翔にも伝えてみた。テレビには、出たことがないそうだ。と、いうことは、どこの誰なんだろう? と聞いてくる。
考えている陽翔は、ますます僕に体重をかけてきて、思いついたかのように笑い始めた。
「湊には、類友がいるじゃん! 霜月っていうさぁ?」
「未彩?」
「そう。その可能性、ないの?」
僕は未彩のことを思い浮かべる。僕はしばしば白馬の王子様と呼ばれることがあるが、未彩は、学校では僕の対で黒馬の王様と呼ばれることもあった。
歌舞伎のプリンス様である未彩と、僕がライバル? ありえなくはない。
社長の言い方では、テレビへの露出は少ないらしい。
それなら、今、人気の上がっている未彩が同じオーディションに参加することもあるだろう。
僕は、大きなため息をつく。未彩は歌舞伎の所作もあり、とても綺麗だ。役もたくさんこなして、若手では頭2つくらい抜き出ている。
「オーディション、自信ないの?」
「……自信なんて、元々ない」
「湊はちょっと潔癖すぎじゃない?」
「どこが?」
背中の重みに潰れ、そろそろ苦しい。押し返すもビクともしない陽翔に「どいてほしい」と懇願した。
「どこって……、別にラブレターくれたヤツへ律儀に湊本人を返さなくていい。むしろ、返すなって言いたい。
本当、どこのどいつかしらないけど、勝手に俺の湊にラブレターをぶん投げないでくれるかな? どれだけ苦労してるか。教えてあげたい気分だ」
陽翔がさらに重くのしかかってきたので、さすがに限界だった。
僕は体をずらしてコロンと床に落ちると、恨めしそうにこちらを見てくる。睨んでも怯まないのは、さすがにユニットを組んでから2年近くたったからだろう。
「なんにしたとろで、湊はこの役を必ずものにしたいんだろ?」
「……まぁ」
「なら、霜月に連絡して、辞退してくれって言えば、霜月なら「わかった」って言ってくれるよ。湊のためならね?」
「なんか含んでるけど……」
胡乱な目で陽翔を見ると、「どうかした?」と見つめ返してくる。
勝てる相手ではないと思っている。そう、僕は。演者としては、未彩に勝てると思えない。
ただ、僕を見つめる陽翔はそうは思っていない。
……ヒナは僕が未彩に勝てると思ってる?
いつだって、僕を信じてくれる陽翔は、できると目で言っていた。口では、僕の弱気に付き合ってくれてるけど、含みがあった。
「ヒナはさ?」
「ん?」
「どうして、そこまで、僕を信じられるの?」
「愛ゆえに? 湊がこれまで培ってきたものを俺は疑ったりしないし、湊だからこそできる役もあるだろ? そりゃ、霜月もやばい役者なのはわかるけど、湊だって負けてない」
「いや、僕……役者じゃなくて、アイドルね?」
「ドラマ、出てたじゃん? 俺、よかったと思うよ? 凛をさ、ドラマの演技じゃなくて素でタジタジさせてる湊は、ちゃんとあのドラマのヒーローだった!」
自信満々の陽翔の言葉は、僕の心を温め背中を押してくれる。嘘のない力強い言葉は、新しい挑戦を後押ししてくれた。




