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第6話 湊の本気がほしい

 日本へ戻った翌日。僕は社長室にいた。社長に送りつけた麗月の小説の話で呼び出されたのだ。


「遠征、ご苦労さん」

「今回の仕事、よく取れましたね?」

「まぁ、昔のツテならいくらでも。あいつは何も言ってなかったのか」

「アイツ?」

「元飲み友達なんだよ。自分のブランドに合うアイドルを送れって、一方的にメールよこしてきて……、本当にムカつく!」


 社長が感情を露わにしているのは珍しい。社長にとって、『アイツ』とは、弥生と同じくらい親しいのだろう。


「金払いだけはいいからな。さらにムカつく」

「社長、それくらいでいいですか? 僕、本当は眠いんです」

「時差ボケ?」

「んー、それもあるけど……」

「……多くは聞かないでおく。好きなように……」

「何を勘違いしているのか知りませんけど、凛たちのこの前の大阪ライブ映像を見てたら、夜遅くなっただけですよ?」


 大きなため息と、「なんだ」という社長の声が重なった。


 ……この人、知ってたけど、めんどくさい。


 僕はここへ呼び出された理由を聞くことにした。予想はついているが、呼び出された理由は聞いていないので答えはわからない。


「まぁ、そんな顔をするなって。これ、映像にしたいんだよな?」

「……もう読んだんですか?」

「あぁ、読んだ。湊のお願いなんて、珍しいうえに、めんどくさそうな話だから、さっさと片付けようと思って」

「そんな言い方、ないんじゃないですか? 可愛い湊のお願いをいち早く聞いてあげたいとか」

「あぁ? そういうのいいから。それで?」

「この小説を映像に残したいんです。ドラマか映画か……」

「なるほどね。小園からも、メールはもらってたからな」

「率直に、どう思いましたか?」

「率直にか。そうだな、映像にするなら、映画だな。これを細切れにしてしまうと、ラストが引き立たない」


 社長の前にあるタブレット端末を見ながら、僕は頷いた。社長は厳しい表情を作りながら、すでに何かを決めているようだ。ただ、それは、「Yes」なのか「No]なのかは、僕には読み取れなかった。

 高校生が書いた小説を商業レベルの映画にするとなると、その道のりは厳しい。何かいい案がないか、社長を探るしかなかった。


「……ダメ、ですか?」

「誰がダメだって?」

「いや、社長が……」

「俺、まだ、何も言ってないけど? 何? 勝手に俺の心でも読んじゃった?」

「そういうわけじゃないけど、じゃあ、社長は何を考えているんですか?」


 僕は、机越しの社長をジッと見つめるしかない。社長が「やるっ!」という判断をしてくれない限り、僕がいくらジタバタしたところで、前には進まない。アイドルといえど、雇われているのだ。需要がなければ、成り立たない。


「湊は、この小説を映像にしたいんだろ?」

「はい」

「映画にしようとすると、かなり厳しい道筋を立てないと、成り立たないのはわかるよな?」


 僕は社長の言葉に頷いた。社長が鋭くこちらを見ているが、僕からは何を考えているのか全く読めない。


「まぁ、湊がやりたいっていうなら、うちが主体でやってもいいかなって思ってる」

「本当ですか?」

「条件あるけど、聞く?」

「……やっぱり、あるんですね」

「そりゃね? ものすごくお金がかかるからね。スポンサーも集めないといけないし、監督、キャスト、スタッフ、脚本、場所なんて言い出したら、キリがないくらいあるよ? この業界にいれば、それくらいわかるよね?」

「まぁ、それくらいは」

「話題性も欲しいところだし、売り上げもないと、関係者に報酬も払えないと、まぁ、いろいろあるわけだ。その中で、主軸となるのは、湊だ。湊の本気がほしいところ」


 ……僕の本気? どういうことだろう?


 黙って社長を見つめると、ふっと笑う。大人の余裕とでも言いたげなその様子に若干の苛立ちはあるが、社長の『おもしろい』に間違いはない。麗月が書いた小説は、僕にとって十分な魅力を感じている。映像にしたいと願ったのは、麗月だったけど、僕もそうしたいと願った。

 この小説の映像化にあたり、勝算があると言いたげな社長が出してきた条件は、主役のオーデションだった。


「誰かとこの『南条緋月』をかけて、戦う気持ちはある? 湊にそれがないなら、この話はなかったことに」

「僕が戦うんですか?」

「そう。読んだ感じだと、この『南条緋月』は、湊のことを念頭に書かれた主人公だってことはわかる。だからといって、作家のご意向にそうことはできない。これもビジネスだから。そこは、わかるね?」

「はい。お金にならなければ、難しいこともわかります。1本の映画を撮るのに、どれだけの人と時間とお金が関わるのかくらいは、わかっているつもりです」

「そう。だからこそ、湊の本気が知りたい。読んでみて、『緋月』役にと考えたヤツが、湊以外に二人思い当たる。まぁ、一人はテレビにあまり出てきてないからこそ、この機会にスポットライトを当てたくなったやつだけど……。

 もし、湊が役者として、本物に挑んだうえで、主役を勝ち取れるなら、考えてもいいよ? さぁ、どうする?」


 社長のむちゃくちゃな提案に、僕は考えるしかない。話を聞く限りでは、役者が本業。この業界で、同じくらいの年齢で売れている役者のうち、社長の眼鏡にかなっているヤツは、それほど多くない。


 そんなヤツに勝てる要素はどこにあるだろう?


 春からのドラマ撮影の合間をぬって、オーディションをすると社長はいう。


 ……正直、主役は僕じゃなくていいとすら思ってたけど、それじゃあ、この小説はこのまま映像にはならない。麗月のことをどうこうと思わないけど、だからって、今の状況に甘んじてていいのか?


 僕は考えた。社長からの思わぬ提案に、答えを用意していなかったから戸惑った。


「……考える時間は?」

「ないね。ない。そんな時間を湊に与えたくないし、与えるつもりもない。やりたいか、やりたくないかの二択で迷うな! 自分の心に正直になって、絶対、この役を勝ち取ってやる! くらないの意気込みがないと、俺は動かない。あと、湊がオーディションを落ちたときも」

「厳しいな」

「そう? 簡単なことだろ? 天下のアイドル様にとって、オーディションの一つや二つ、勝ち取ってこそだろ? また、苦汁をなめるつもりか?」


 天下のアイドルはどっちの話だよ。クッソ……、伝説のアイドルは、何でもできたからって、僕にまでそれを求めるのか。

 やってやるよ! 社長も通ってきた道なんだろう? 絶対、誰にも負けない。負け続けは、もう、卒業したんだから。


「やるよ! 絶対、『南条緋月』役をとってみせる!」


 社長を睨みつけ、僕は快諾した。オーディションまでに、少しだが時間はある。なんとか、主役を勝ち取るための算段をつけないといけない。


「そうこなくっちゃ。期待してる」


 社長は、僕の意気込みを聞いたあと、満足げに笑い、「話はここまで」と、僕を部屋から押し出した。


 今までは、『如月湊』にこの配役をと、周りから用意してもらっていた。それが、今度は自分でどうにか主役を勝ち取らないといけない。


 ……今までと、何も変わらないじゃないか。アイドルの頂点という玉座を取りに行くのと。でも、今回は玉座じゃない。人間の……役。僕にできるのだろうか? いや、やらないといけない。麗月の小説を僕が気に入ったのだから。最後まで、やり遂げる。


「麗月は、とんでもない仕事を僕にやらせようとしているのか……。誰が出てきても、僕は僕の全力で挑むだけだ!」


 静かなエレベーターの中、社長から出された課題に頭を思い浮かべ、小さくため息をついた。

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