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第5話 かなり難易度が高いミッションだ

 欧州に降り立ってすぐから慌ただしく、撮影やインタビューも終わり、ホテルに帰ってきたのは午前様だった。時差ボケが抜けないままの強行だったので、正直、若さはあっても、もう少し労わってほしい。

 とは言え、底辺アイドルだった僕がここまで忙しくできることは、とても幸せなことでもある。この道で進むと決めた今、充実した毎日を送れていることに感謝した。


 ……さっきまで、部屋割りで文句言ってたけど、ヒナは大人しく寝たかな。


 僕もそろそろ寝ようとソファから立ち上がると、チャイムが鳴った。こっちの時間ではかなり遅い時間だ。こんな時間に、僕を訪ねて来る人物なんて、一人しかいない。


 ……ヒナかな? やっぱり、一緒に寝たいってことか。仕方ないな。


 ため息をつきながら、僕はベッドへの足取りを玄関へ向かわせる。


「はいはい、どうかした?」


 扉を開けると、そこに立っていたのは、僕の想像とは違う人物。それも、涙でぐしゃぐしゃの顔になった小園が、小さく嗚咽を交えいるではないか。

 僕は、そんな小園を初めて見たものだから、戸惑いと焦りを感じた。廊下で、泣いているので、他の宿泊客に見られていないか確認をし、「小園さん、とにかく入って!」と、中へ通す。その間、小園はグズグズと涙を服の袖で拭いているが、もう、湿りすぎで、袖では涙を吸わないだろう。

 僕はバスルームから、使っていないタオルを持ってきて、小園に渡した。


「使ってないやつだから」

「……ありがとう」

「うん、いいですよ。それより、どうしたんですか? こんな小園さんを見るのは初めてで、僕、ビックリしちゃいました」


 小園から、貸していたタブレット端末を渡される。それは、僕が昼間に渡したものだった。そこには、麗月の書いた小説がダウンロードされており、僕の言葉通り、読んでくれたのだろう。

 僕は、自分が読んだ本が気に入った場合、よく小園にも読んでもらっていた。マネージャーという立場上、どんなものを好んでいるのか把握しておきたいという理由や次の仕事を取りに行くとき、こんな歌を歌いたいとか、こんな役をしたいとか話すきっかけとしていた。

 軽い気持ちで、僕に渡されたタブレット端末を開いたに違いない。文章としては、まだ、拙いところもあったが、麗月の書く物語に引き込まれて、一気に最後まで読んでしまったようだ。だから、今、小園はこんな状態なのだと察した。


「どうでしたか?」

「どうもこうもないね。これ、本当に素人が書いているの?」

「そうですよ。僕も読み終わってから、麗月のことは調べましたから。受賞歴もなかったですし、確かにweb小説のサイトでも、それほど人気があるほうではないようです」

「これを拾えないって……、編集者はもったいないことをしているね。ところどころ文章は荒くなるところがあるけど、みずみずしく、リアルな年の状況がいいね。まさに、今と少し未来のお話だった。麗月くんも湊も同じくらいの世代だからこそ、共感する部分は多いと思うけど、この年齢を過ぎたものでも、当時を思い浮かべてしまう。境遇は違えど、何か胸にぐっときたよ」


 僕と話をすることで、小園は少し落ち着いたらしい。ソファに向かい合うように座り、少し考え込んでいる。僕が次に言いたいことを想像して、いるのだろう。


「それで、湊は俺にこれを見せて、何がしたかったのかな?」

「わかっているくせに、意地悪だなぁ……、小園さんって」

「まぁ、湊の意思確認は必要だろ? 大きな金もたくさんの人も動く話だからね。考えていることは、だいたいわかるけど」

「そうだなぁ。まずは、社長の説得と月影監督の確保からだね?」

「なるほど。それは、かなり難易度が高いミッションだ」

「そうなんだよ。小園さんに頼りたい気持ちはあるけど、こればっかりは、僕が主導で動かないと、話は進まないよね」

「社長を動かすとなると、湊じゃないと難しいな。月影さんは、おもしろいとのってくれる可能性はあるけど、監督としてなら、シビアだろう?」

「月影監督は、落とす自信はあるから……やっぱり、社長だよ」

「わかった。後押しはするから」

「お願いします」

「陽翔は関わらせるつもり?」


 少し考えたあと、僕は首を横に振る。春から大学生になる陽翔に、これ以上の負担はかけられない。一年を共に走ってきた相棒ではあるが、これは、麗月から託された想いなんだと思うと、他の誰にも邪魔されたくない、僕が挑戦してみたかった。

 それを汲み取ってくれたのか、小園が「わかった」と頷いてくれた。


「また、忙しくなるなぁ……。ドラマの撮影も始まってるし、ツアーもアルバムのレコーディングもあるし……、あぁ、大変大変。こりゃ、もう、湊より俺の方が大変だなぁ? 過労死してしまうかもしれない」

「わざと言ってるでしょ?」

「あっ、わかった?」


 小園が笑う。1年前、ほとんど真っ白だったスケジュールも、今は真っ黒になっている。芸能1本で、この先、生きていくと決心したから、それに合わせて、仕事を調整してくれているからだ。単純に僕を応援し続けてくれた小園も、この状況は嬉しいのだろう。


「何か欲しいものある?」

「……休み」

「それってさ? 小園さんのあとを育てればいいだけじゃないの?」

「おっ、言うようになったな? 万年白紙ボーイが。まぁ、そうは言っても、湊の成長を見守っていたい親心ですよ? 本当。高校生の成長期かってくらい、大きくなって。お父さん、泣けてくる……」

「小園さんと、それほど歳は変わらないはずだけど?」

「こういうのは、雰囲気だ! 雰囲気」


 はぁ……と、わざとらしくため息をついて、困った表情を作る小園。僕のことは何でもお見通しの小園は、「社長にも、小説のデータを送ってほしい」とだけ言って、帰ろうする。


「もう、帰るの?」

「明日もあるだろう?」

「まぁね?」

「陽翔くんが来てから、あまり2人で話すこともなくなったけど、俺はいつまでも湊のファンだし? 応援しているさ。お兄ちゃんは、湊のこと大好きだよ」

「……やめて」

「ほら、そうなる。難しいお年頃だな。まぁ、いいや。湊も、しっかり寝ておけよ? 飛行機の中、ずっと、小説を読んでいただろうし」


「わかった」と返事だけして、小園を見送る。部屋の鍵を閉めて、僕は社長に麗月の書いた小説を送信し、ベッドへと潜り込んだ。

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― 新着の感想 ―
 麗月の小説は湊や小園の心をつかんだようですね。  これをどうするか、社長と監督を説得するのがカギのようだ。  いったいどう転ぶか楽しみです。ではまた。
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