第13話 ……課題だって、僕は言っただろ?
「オーディションの結果、どうだった?」
マンションの玄関を開けた瞬間、廊下でずっと待っていたのか、陽翔が声をかけてくる。驚きはしたが、気になっていたのだろう。
Vサインをすれば、主役を勝ち取ったことはわかる。
「そっか、そっか、そっか。湊なら、絶対、緋月役を獲れると思ってたけどさ。なんていうか、もう、あぁ、言葉にならないけど、おめでとう!!」
そう言って、まだ、玄関の扉は開いているのに、陽翔が抱きついてくるので、慌てて扉を閉めた。
「嬉しいのはわかるけど、一応、扉が閉まるまでは、抱きついてこないで」
「何? 恥ずかしがってるの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「あぁ、大丈夫だよ。俺らは、超仲のいいアイドルユニットだから」
にっこり笑う陽翔に負けた。呆れて大きなため息をついて、リビングへ移動しようと提案すると、前を歩く陽翔が自分のことのように喜んでくれていることがわかる足取りに笑ってしまう。
「何飲む?」
「んー、じゃー、炭酸」
「OK」
冷蔵庫から炭酸水とミネラルウォーターを取り出し、リビングのソファに座った。何かの勉強をしていたのか、参考書が開かれていたが、ノートを見る限り、集中はできていなかったようだ。
「で、話を聞かせてよ!」
オーディションであったことをひとつひとつ陽翔に話していくと、「アホだなぁ……」と呟いている。その『アホ』を指すのが、誰なのかはわかるが、あえて何も言わなかった。
「あぁ、そうそう。これから、ピアノのレッスンが入るから、帰りが遅くなるかも」
「わかった! 何かあったら言って。ピアノなら、多少は弾けるし。でも、役だったらさ、代役もいるだろうし、そんなに真剣に弾かなくてもいいんじゃ……」
「そうだったとしても、せっかくの機会だから、それらしくしたいだろ?」
「カッコつけだな。そのまま、湊がライブでピアノ弾いたりしてね」
冗談だったとしても、言わないで欲しい。それを社長が聞いたら、「おもしろいから、やれ」の一言でステージにピアノが用意されることになる。
「ピアノは本職さんに頼むよ。流石に、何曲も弾けないだろうし、そもそも、そこまで上達する時間もない」
「……湊ならやりかねないから、しっかり見張っておいてあげるよ」
「頑張り過ぎは禁止ね」と言いながらも、応援はしてくれるらしい、陽翔に「ありがとう」と言うと、「ピアノばっかりになったら、俺が寂しい」と拗ねてしまった。
「あと、社長からの課題」
「何?」
「主題歌がジスペリになったから」
「おぉー! 推してくれたんだ。どんな曲を歌うんだろ……な? って、何、その顔」
「……課題だって、僕は言っただろ?」
「……それって、俺も何かするってこと?」
「そう。僕が作曲をして、ヒナが作詞」
「…………そうきたか。社長、本当に人使いが荒い」
さっきまで、明るくオーディションの結果を楽しんでいたのに、陽翔は小さくため息をついた。頭のいい、陽翔にとって、それほど、作詞は難しくない。ただ、アイドルであるジストペリドの作詞となると、キラキラな感じの曲を思い浮かべるらしく、なかなか苦戦するようだ。
「……それって、湊が大変なやつだな」
「まぁ、ね?」
「役作りにピアノのレッスン、作曲? 鬼のような社長だな。作曲か……、三日月さんに頼るの?」
一瞬、空気が張り詰めた。三日月は陽翔にとって、警戒すべき人物だそうで、僕に聞いてくる。
「たぶんね。僕じゃ作曲は無理だから、鼻歌か何かで曲にしてもらうことになると思ってるよ」
「ふぅーん。まぁ、仕方ないな。俺じゃ曲は作れないし。三日月さんの曲は、確かにどれもいいもんな」
不服そうな表情から少しだけ表情を柔らげ、「あの歌がよかった」と言って歌い始める。よほどご機嫌なのがわかるので、見ていておもしろい。
「そういえば、西森も映画化が決まって、良かったなぁ。本になったりするの?」
「それはわからないかな。映画が成功すれば、原作として本になる可能性もあるけど、社長からは、結構な直しも必要って聞いてるから」
「へぇ」と言いながら、座ったまま一度伸びをし、そのまま僕の膝に倒れ込んでくる。膝枕の状態になり、そのまま陽翔は眠ってしまった。
「もしかしなくても、僕より緊張してたのかな?」
頭を撫でてあげると、サラサラと黒髪が流れていく。綺麗な黒髪を見ながら、僕も髪を黒く染めないといけなくなったことを思い出す。
……撮影が始まるまでに染めないといけないのか。黒髪って何年振りだろ?
ずっと金髪だったせいか、似合うのか不安になるが、元々は黒だったんだからと、自身に言い聞かせた。
眠っていた陽翔が、突然パチって目を覚まし、「俺は黒でも金でも好き」と言って、また、目を瞑っていく。
前髪をいじって、そのまま、また、眠りについた。




