第12話 主演、『南条緋月』役
「ずいぶん、賑やかだな。確か、主演のオーディション結果を伝える場だったはずだが、仲がよろしいようで」
社長がため息をつきながら、部屋に入ってきた。その後ろから、月影監督と凛のマネージャー、小園が入ってくる。扉を閉めてから、この場が整っていないことに、社長は顔を顰めた。
「す、す、すみません。朝から、準備を頼んでたんですけど、終わってませんね」
「僕らでやりますから」
慌てて小園が準備を始めるので、僕もパイプ椅子から立ち上がり小園を手伝う。凛と未彩も一緒になって机を並べ始めた。慌てて麗月も手伝いに来る。
「なんか、青春だよなぁ。俺、こういう年代のときにさ、こんなことしたことない」
「……すでに、伝説のアイドルでしたからね、社長は」
「寝る間も惜しんで、むちゃくちゃ働いてたから」
「今、それやってると、労基でひっかかりますから。結構、難しい世の中なんですよ」
「時代はかわるねぇ? そうは、思わない? 優くん」
凛のマネージャーを『優くん』と呼んでからかう社長を見ぬふりをして、テキパキと会場を作っていくと、あっという間に整った。
小園に限ってこんなミスは起こさないことを社長も僕もわかっていたが、たまたま、小園が頼んだ人が準備を誰かが忘れたのだろう。そんなことあるとは思えないが、今日は少し勝手が違うから、仕方がなかったのかもしれない。
「悪かったね。君たちにも手伝ってもらって」
社長が、凛と未彩、麗月にお礼を言うと、三者三様で返っていく。
凛は言うまでもなく……で、『優くん』に叱られているし、未彩は大したことないと笑い、麗月は恐縮している。
僕は、学校以外で、目の前に三人がいることを不思議に思った。
「さて、場所も整ったことだから、早速だけど、オーディションの結果を伝える。それぞれ、好きにかけてくれ」
社長に言われ、僕らはなんとなく席をとった。特に示し合わせたものはではないが、僕の右隣に凛、左隣に未彩、その隣に麗月が座る。そんな僕らを社長だけでなく、月影もじっと見ていた。
「ふぅーん。このメンバーだと、そうなるのか。なかなか、興味深い」
社長が思わず呟いたため、僕は左右を目だけで確認した。優くんが、少し悔しそうな表情を隠したので、僕は何も気が付かなかったことにしたが、今の座る位置関係に大人たちは興味があるらしい。特に意味はなかったが、社長は少し満足しているような気がする。
「今回のオーディションは、凛の事務所の社長、霜月くんの御父様も録画で見てもらい、役柄を決定させてもらった。私だけが審査に関わると、湊を選んだ出来レースのようで、不公平があるといけないからね」
「確かに……、湊の出来レースのようになったら、意味がないからな!」
「自信満々なとこ悪いけど、凛のとこの社長も、きっと僕を選んでくれたと思うよ?」
「そんなことない! 絶対、俺!」
胸を張る凛がおかしくて、思わず笑ってしまう。
数年前までなら、余裕のなかった僕は笑っていられなかっただろう。僕には、自信も人気もなかったのだから。今の状況だからこそ、楽しんでいるのかもしれない。ただ、僕だって、芸能界に入ってから積み重ねて来たものも、この瞬間も、アイドルとして、もう誰にも負けたくないという気持ちは強い。
今回の主役は、僕のためのもの。
陽翔が言ったように、誰にも譲るつもりはなかった。
取られるつもりはない!
拳を握り締め、静かに発表を聞くことにした。
「ライバルがいることは、この上なくいいことだ。海外進出したとはいえ、ジスペリにそういう存在がいないと、成長が止まるかもしれないからね」
社長が僕を見ながら言ってくる。ふっと笑ってしまう。
「ヒナも僕も、歩みを止めるつもりはありませんよ。時代を駆け抜けて終わるつもりもありません。一生物のアイドルとして、生きていくと決めてますから!」
ニッと笑うと、小園が目頭を押さえていた。嬉しいのだろう。
「さて、発表はどうする? 月影さんから言うかい? せっかく、監督が来るんだし」
「いいですよ? 俺、勿体ぶるの苦手なんで、サクッと言っちゃいますけど」
「いいよ、サクッとで。補足はこちらでするから」
「わかりました。では、主演、『南条緋月』役を如月湊」
「ありがとうございます」
「あっ、なんで湊?」
「凛、口を挟むな」
『優くん』に睨まれた凛は、おとなしくした。ふぅ……とため息をついて、月影は続けていく。
僕は、主演で名前を呼ばれたことに心底ホッとした。ちらりと横を見ると、麗月の緊張も少しだけほぐれたように思う。
「続いて、緋月の友人の『光希』役を霜月未彩」
月影は少し言葉を切って、凛の方を見る。何かを察したのか、ふぅーんと言う感じで凛は次の配役の発表のため下を見た月影を見ていた。その後、見られていることに気づいていないのか、緋月役でなかったことに不服なのか『優くん』を睨んでいた。
「なるほど、ぴったりじゃないですか?」
「そうだろう?」
「緋月役での構想もしたが、しっくり来なかったわけだ」
「なるほど、なるほど」と月影は頷きながら呟いた。視線の先は凛だ。
「凛」
「なんですか? 監督」
「不服か?」
「そりゃ……、映画の主演をもらえるのと、もらえないのでは、雲泥の差でしょ? それも湊に取られる」
「まぁ、そうだよな。俺がお前でも、そう思うわ。でもな?」
「まだ、何か?」
ニヤッと笑う月影は、頭の中に描いた映像があるのだろう。絵コンテなんて、ビックリするくらいの速さで、描き切ってしまうのではないかと言うくらい、目がギラついている。いいものを見つけたと、獲物を前にした猛禽類、そのものだ。
「この映画の見せ場は、二つある。青春恋愛映画だからなぁ、そこはラブだろう」
「他にもあるのですか?」
「もちろんあるさ。この映画は、音楽……、楽器も見せ場のひとつ。お前らは覚えているのかわからないし、原作を読んだかは知らないが……」
「兄弟対決?」
「おっ、ちゃんと、霜月は読んでいるんだな」
「もちろんです。役を掴むために少し読むつもりが、全部読んでしまいましたから」
「それなら話は早い。凛、お前は、緋月の弟、天才ピアニスト役だ。どうだ?」
「天才ピアニスト! いいね、それの響き、最高じゃん! 何それ、俺、今、すごい興奮してる!」
不機嫌だった凛が、やる気を漲らせている。乗せられやすい性格であることを月影に見抜かれたのだろう。『天才』と言う言葉に、踊らされる凛。その過酷なピアノレッスンを聞かされるまで、浮かれていればいいと思った。
僕も同じだけ……、それ以上にピアノを弾くつもりだが、正直、自信はない。元天才ピアニストであり、天才ピアニストに返り咲く緋月にどれだけ重ねられるだろう。
僕は緊張がまじり、手のひらの汗にとても驚いた。




