第11話 天下のアイドル様ではありませんか?
事務所からの呼び出しがあり向かうと、事務所の前で右往左往している麗月がいる。麗月もうちの社長に呼び出されたようで、とても緊張しているのか、僕の顔を見るなり駆けだしてくる。僕は、必死な形相の麗月の表情を笑わないようにこらえ、声をかけて一緒に中へ入ろうと思った。
「麗月、久しぶり!」
そう言って、肩をポンと叩くと、僕の想像以上に緊張しているのか、その場で悲鳴をあげ飛び上がり、そのまま尻餅をつく。まるでコントのようで、テレビで見ていれば、笑えそうな瞬間でも、目の前で事が起こると少々焦ってしまい、慌てて、麗月に声をかけた。
「……大丈夫か?」
「あぁ、ごめん。すごく緊張しちゃって」
「いや、いいけど。そんなに緊張してどうかした?」
「……脚本がさ、あの、その……」
「手直しが入ったんだろ? 僕も社長からそれは聞いているけど……」
コクコクと壊れた人形のように高速で何度も頷く麗月に、安心した僕は笑ってしまった。脚本については、社長から映画用に手プロの直しがあることは聞いていた。麗月自身が初めてのことであり、粗削りであることもわかっているし、本人もそのつもりでいただろう。どこまで、修正が入っているのか、僕は知らなかったので、今の麗月の緊張ぶりにどうしたものかと考える。
「とにかく、ここじゃ目立つから、中に入ろうか? ほら、だんだん人が近寄ってきたし」
「そっか、如月くんが日本にいること自体珍しいから……」
「そんなことないよ。今は、陽翔が大学に入ったばかりっていうのと、僕が一人で仕事をすることになったから、海外での仕事を少しだけ減らしてあるんだ。もう少ししたら、国内ツアーも始まるけど、この映画の撮影も始まるし、他にもドラマの撮影もしているからさ」
「……その、主役はとれたの?」
麗月が目を輝かせているところ悪いが、まだ、オーディションの結果を僕は聞いていない。今日、結果を聞かされるはずなので、素直に首を横に振る。手を差し出して、地べたに座っている麗月を引っ張り起こした。
「今、麗月は、大学に行っているんだっけ?」
「そう。入学早々なんだけど、9月の終わりに、イギリスへ留学予定で、バタバタしてる」
「1年で留学? 地頭がいいんだな」
「葉月くんには及ばないけど、それなりには」
「そうじゃないと、あの作品は書けないか」
「地頭がいいとかは、関係ないと思うけど、書きたい想いと面白い構想が練られれば、如月くんも書けるよ」
「そういうもの? 僕には、とてもじゃないけど、難しいって感じるよ。まぁ、今日の社長の呼び出しも、気にすることないよ。気楽に入ってよ。僕も呼ばれたから来たし、一緒に行くしね」
僕らは事務所へ入っていく。受付で麗月のゲストカードの申請をして受け取り、僕らは指定された部屋へと向かった。中に入ると、まだ、誰もいなかったので、適当にパイプ椅子を持ってきて、麗月にも座るように声をかける。
「なんか、とっても慣れている感じがする」
「慣れているも何も、ここには、年齢が一桁のときから、ずっと通っているから。第二の家みたいなもんだよ」
「そっか。あっ、それで、オーディションはどうだった?」
「んー、どうだろう? ぶっちゃけた話をすると、他の候補が誰かも、僕は聞いていないからさ? いいも悪いもわからない。僕よりうまい演者なんて、この業界にはたくさんいるわけだし」
「……そっか」と呟く麗月は、少し残念そうであった。陽翔が言っていたとおり、主役の『南条緋月』は、僕のための役だったのかもしれないと自惚れた気持ちが胸の奥を支配した。ただ、『緋月』の候補は、他にもいるので、油断はできない。
……凛だけではないことはたしかだ。あいつ、僕より演技は下手だからな。あぁいうのが、主役級をもらうと、化けることもあるらしいけど……、化けたことないし。
密かに凛のことを思い浮かべ、小さくため息をついた。凛の他にも、『緋月』の候補がいることは、社長から聞かされていたので、もしかしたら、その人が主役となる可能性もあった。
……久しぶりに僕も緊張しているのかなぁ? 麗月の緊張が移ったみたい。
しばらく、静かな部屋であったが、ノックの音で静寂さは消えていった。「どうぞ」と声をかけると、入っていたのは、凛だった。僕の顔を見て、あからさまに嫌な顔をする。
「天下のアイドル様ではありませんか?」
「……つっかかるの、やめてくれる? 今、国内の売り上げがいいって、小園さんから聞いてるけど?」
「世界に出ていらっしゃるアイドル様は、俺に言うことが違うなぁ?」
「……まぁ、いっか。『緋月』のオーディションの結果、聞きに来たのか?」
「あぁ、そうだ。まぁ、『緋月』は、この天才の俺に決まるだろうけどな?」
自信満々な凛にあっけにとられていると、再度、扉がノックされるので、麗月が「どうぞ」と声をかけた。入ってきたのは、僕のよく知る未彩だった。
「よっ、湊と凛。あと……、誰だっけ……」
「麗月には、改めて紹介するよ。今入ってきたのが、歌舞伎のプリンスと呼ばれている霜月未彩」
「どうも!」
「さっき入ってきたのが……」
「Wing guis の水無月凛だね」
麗月が、先に凛のことを言ったので、僕は頷いた。
……さすが、凛は、アイドルの王様だな。当り前のように、麗月も知っているのか。
「霜月くん、水無月くん、よろしくお願いします」
「……えっと……」
二人が戸惑っているので、「『緋月』の産みの親だよ」と、麗月を紹介すると、二人とも驚いていた。
「麗月は、僕らと一緒の高校に通っていた同級生だよ。この映画の原作者だ」
「まじで? すごいな!」
未彩も凛も、さっきまでの態度とは変わり、やはり、麗月を尊敬した目で見ている。僕と同じく、麗月の才能に驚いたのだろう。
「西森麗月です。二人とは、クラスも違ったから、知らないかもしれないけど」
「俺らは芸能だから、知られてるってことな。まぁ、よろしく!」
「こちらこそ」
一通り三人が挨拶を終わらせたところで、僕は未彩を見た。
「どうして、未彩が?」
「聞いてない? 俺も『緋月』役のオーディション、受けてたんだ」
「はぁ? 霜月も受けてたのかよ! 霜月は、歌舞伎だけにしとけばいいのに」
「そうも言ってられないのは、凛も同じだろう?」
「どういう意味だよ?」
「俺に言われないとわからない?」
チラッと僕の方を見る未彩と凛。お互い、言いたいことが分かったようで、それ以上は何も言わなかった。未彩が僕と麗月のそばにやってきて、話しかけてくる。
「海外ロケって、このオーディションの話だったんだ?」
「まぁな? 言わずにいたのは、誰が受けるか、知らせたくなかったからだそうだ」
「社長の意向って、やつな。わからなくもないけど、『緋月』役を未彩と競っていたなんて……、勝てる気がしない」
「それは、俺も同じ」
「おいっ、そこの二人」
「何?」
「何か用?」
少し離れた場所にいる凛を僕と未彩が同時に見ながら返事をする。少し怯んだ様子で、「うっ」と声を出している。その様子がおかしかったのか、緊張の糸が切れたのか、麗月が笑い始めた。とても、おかしかったらしく、静かだった部屋に響き渡ったのである。




