第1話 如月湊!
高校の卒業式が終わり、僕はひとり、電車に乗るため、ホームに立っていた。卒業証書の入った黒い筒だけを持ち、胸にある花を外した。
待ちに待った高校卒業。これから先、芸能界という世界だけにどっぷりと足を漬ける……、僕にとって、ひとつの儀式的な日でもある。
ライバルでもあるアイドルの王様wing guysの水無月凛も、これから僕と同じ道を歩むことになるそうだ。ますます、凛からライバル視される日々を考えると、悪くないと思える。なんたって、半年前までは、僕のことなんか、眼中になかったのだから。それを考えると、口元が緩まないはずはない。
僕の相棒である葉月陽翔は、芸能界だけに絞らず、大学へ進学することになっている。アイドルを続けるならと、彼の父である弥生との約束だった。陽翔も、これから先のことを考えて、納得しているらしい。特進クラスにいた陽翔だから、高卒というのは、惜しい気がしていたので、陽翔の考えに賛同した。
これからしばらくは、二人の活動というよりかは、お互いの道で頑張ることをしっかり話し合って決めた。二人の未来だからこそ、お互いに思っていること、考えている未来について、話せたことは、よかったと心から思う。
陽翔が、語る未来に、僕がいることが、何より嬉しかった。
まだ、春には少し早く、風が冷たい。寒梅の時期は過ぎ、春を待っていると桃の蕾が、ぷっくりと膨らみ始めていた。
卒業したら、駅のホームから見えるその景色を見ることはなるだろう。感傷的になりそうな僕は、高校3年間を振り返った。社長の意向で、高校だけは卒業することを条件だったので、嫌々行っていたように思うけど、振り返ると楽しいことも、良い出会いもあった。
……ヒナは、まぁ、これからも会えるとして、未彩と頻繁に会えなくなるのは、ちょっと寂しいかもな。一緒にいる時間が多かったから。
「……はぁ。あっという間の3年間だったな」
僕の呟きは、風が連れ去っていった。ぼんやり青い空を見上げ、明日からのスケジュールを考えた。ぎっしり詰まっているジストペリドの予定。世界を沸かせた僕らは、国内だけでなく、海外での仕事も増え、今晩からパリへ飛ぶことになっている。ある有名ブランドのアンバサダーになったので、その撮影があるのだ。
特にこの1年で、僕と翔陽二人の環境は一気に変わった。去年の今頃、僕は今の僕を想像出来ただろうか? 売れないことで、腐っているわけではなかったが、売れないアイドルだと、どれほど悔しく思っていたことだろう。
今は、来た仕事をするだけでなく、自分たちに合う仕事を選べるようになった。オファーがあれば、もちろんできるだけ受けるようにと心がけているが、僕だって、体は一つしかない。アイドル『ジストペリド』が僕にとって何より大切である。それ以上に、『ジストペリド』を『如月湊』を応援してくれるファンが1番大切だ。がっかりさせるようなパフォーマンスは出来ない、そんな姿を彼彼女たちに見せたくなかった。ダメな僕でもファンは受け入れてくれるかもしれないが、みんなの憧れでありたい、追いかけてくれる存在でありたい、希望でありたい、僕が『アイドル如月湊』としての矜持でもあった。
増えすぎた仕事は、泣く泣く断ることも増えてくる。
「如月湊!」
静かなホームで、僕を呼ぶ声に振り返った。そこには、同じ制服を来た男子学生が息を切らして僕を睨んでいる。何事か? と訝しむと、息を整えたその生徒は、僕の方へツカツカと速足で歩いてくる。表情は硬く、どこか緊張しているのか、ここまで走ってきたばかりのようで、頬が蒸気しているから赤い。同じ年頃とは思えないほど、その頬の赤さに幼さを覚える。
「僕に何か用?」
僕の前に立った彼は一言も話さず、僕を睨み上げるだけ。口を開きかけては、口ごもる……、そんな彼に僕の方が戸惑った。
……僕、この生徒のことを知らないんだけど。何か、恨まれるようなことしたかなぁ? 学校では、なるべく大人しくしていたつもりだけど。
男子学生を見つめながら、どうしたものかと考える。目の前の彼は、未だ押し黙ったままだ。
「えっと……、僕に何か用があったから、呼んだんだよね?」
僕から男子学生にに声をかけたとき、ちょうど、電車がホームへ入ってきた。卒業式の後の混乱を避けるため、一足早く学校から飛び出してきた僕は、出来ればすぐに電車へ乗ってこの駅を離れたかった。
「……ん、何も言ってくれないと困るし、僕、卒業式の混乱を避けるために早く出てきたからさ。悪いんだけど……一緒に電車に乗って!」
僕は名も知らない男子生徒の腕を引っ張って電車へ飛び乗る。驚いているが、知ったことではない。ただ、電車に乗ったはいいが、知りもしない男子学生を僕らが住むマンションに連れ帰るわけにもいかない。
……さて、どうしたものか。
チラリと見れば、男子学生もこちらを見上げてきた。さっきは睨んでいたが、少し場になれたのか、吊り上がった目は、元に戻っている。女の子のようなその容姿に思わず視線を逸らす。
……何、視線逸らしてんだ? 僕は。
視線を下に向けると、何も言わない彼の手に分厚い紙の束が握られているのが見えた。それにそっと手を伸ばすと、驚いたように男子学生はそれを引っ張った。
「何するんだ!」
「何って……、気になったから。それ……、僕に見せるために持ってきたんじゃないの?」
「……」
「黙っていたらわからないよ? 僕だって、暇じゃないんだ。今晩、海外へ飛ばないといけないから、準備もあるし、時間がなくて」
「……ごめん」
「謝ってほしいんじゃなくて、何かあるなら話してくれる?」
頷いた男子生徒と、すこし先の駅で降りることにし、お忍びで行くカフェへ向かうことにした。そこなら、人も多くなく、彼も話しやすいだろう。
僕らは並んで歩き、大事そうに抱えるその紙の束が、僕にとって役者として新しいステップアップになるとは、このとき僕自身すら予想していなかった。




