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8. 春に向かって

「私……竹宮くんのことが好き」


 放課後の中庭にて。

 葉月さんが、はるくんに告白をしている。

 私まで心臓がばくばくしてきた。彼はどうするんだろう。


 ようやく彼が口を開いた。

「……ごめん」

「……」

「僕には、大事な人がいるんだ。今はお互い受験に集中しようって言ってて」

「……そう」


 私のことを話すはるくん。

 張りつめていた胸の奥が、少しずつほどけていくのを感じた。


「僕は……彼女の夢も応援したい。こう思えるのはその子だけなんだ」

「……素敵なことね」

「ありがとう」


 私の夢のことまで――。

 それを、誰かの前でこんなふうに言われるなんて思っていなかった。


「受験が終わったら、今度こそ離したくない。だから今は頑張ろうって決めた。だから……葉月さんの期待には応えられない」

「うん……わかった」


 葉月さんは寂しそうな表情で、中庭を去った。

 秋の風が切ない雰囲気を運んでくる。


 ――今度こそ離したくない。

 その言葉で私の涙腺はおかしくなりそうだった。

 私だって、はるくんと離れたくない。そのために今は頑張らないといけない時期。


 だけど、ほんの少しでいいから……はるくんに触れたい。

 今、出ていけば彼は何を言ってくれるだろう。もう気持ちが溢れそうになっている。

 

 手を伸ばしたくて……けれど、できなかった。

 これは、彼と一緒に決めたことだから。

 辛くても、受験を乗り越えるって。


 私はそっとその場から離れた。

 涙がこぼれそうになるのを必死でおさえて、校門を出て行った。

 秋の匂いが鼻をくすぐって、彼を思い出しそうになったけど、しっかり前を向いて歩き出した。



 ※※※



 あれから私は猛勉強して、どうにか第一志望の大学の芸術学部に合格できた。

 はるくんは国公立大学を受験するため、もう少し頑張っている。


 卒業式が終わってから、高梨くんに声をかけられた。

「梅野さんって……竹宮と付き合ってるの?」

「……うん。けれど、彼の受験が終わるまで待ってるの」

「そっか」

 

 高梨くんは息をついて話してくれた。

「竹宮が、受験終わったら自分が梅野さんのところに行くって……言ってたからさ」

「え……」

「たぶん、君を見て一生懸命頑張ってんだよ」


 そうだったんだ。

 知らないところで、彼も戦っていたんだ。

 私もはるくんに言われてから受験に集中できた。

 今度は彼のことを、応援しよう。


 その日、私ははるくんにメッセージを送った。


『受験、頑張ってね』


 すぐに返事が来る。


『ありがとう、頑張る』



 ※※※



 それから日にちが経ったある日のこと。

 気づけば桜の蕾が膨らんできて、春の予感がしてくる。

 そう思っていると、机に置いたスマホが光っていた。

 はるくんからのメッセージだ。


『奈々ちゃん、合格した!』


 一言だけだけど、そこに込められた思いを私は知っている。

「はるくん……良かった……!」

 すぐに彼に返事を打つ。


『はるくん、おめでとう!』


 すると、電話がかかってきた。


「奈々ちゃん……」

「はるくん……」

 声を聞いただけで泣いちゃいそう。

 ずっとあなたと話したかったんだから……。


「おめでとう、はるくん」

「ありがとう。あのさ……今から会える?」

「うん……会いたい」


 私は支度をして玄関のドアを開ける。

 春の風が吹いて、新しい始まりが確かにそこにあった。

 

 

 

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