5. 夢のために
「……僕たち、しばらく距離を置かない?」
はるくんからのその言葉。
一瞬、時が止まったかのように思えた。
私は何も言えなくなる。
「奈々ちゃんが悪いわけじゃない。受験生なのに、僕は君のことばかりで……文化祭にも引っ張られてるような気がして」
「はるくん……」
「だからお互いのために……離れる時間があってもいいと思うんだ」
「……」
彼の真っ直ぐな目。
きっと私のことを信じてくれているに違いない。
私も受験に集中したいし……
「うん、わかった。受験、頑張ろうね」
こうして私たちは少しの間だけ、離れることになった。
寂しいと思ったのは、帰り道でひとりになった時だけだった。
眠る前に思い出して、胸がきゅっとなった夜もあった。
それでも翌日、教室に入ると不思議と気持ちは落ち着いていて、私は“受験生の自分”に戻ることができていた。
※※※
「……なんか最近張り切ってるね」
ダンボールを組み立てている私に、高梨くんが声をかけてくれた。
「うん、最後の文化祭だから気合い入れようと思って」
「よーし、俺もやるか」
向こうの方では、はるくんは葉月さんたちに演技の話をしている。彼も頑張っているから、私も頑張れる――そう思うと、やる気が出てきた。
「梅野さん、ダンボールこの大きさでいい?」
「えーと……もうちょっと小さくてもいいかも」
けれど、葉月さんのことが全く気にならないと言えば嘘になる。はるくんが彼女に笑顔を見せただけで、胸がチクっとする。
もしこのまま、彼の世界がどんどん先に進んでいって、私だけが立ち止まったままだったら……そんな想像が、頭の奥をよぎった。
「竹宮くんって映画監督になれそう!」
「え……そうかな」
「うん! だって説明もわかりやすいし、センスあるし!」
葉月さんの可愛い声が響く。
私ったら……何がしたいのだろう。
こんなことなら、はるくんと別のクラスが良かったかも。
その日の美術部では、文化祭の作品の下書きを始めた。
今考えているのは、教室の窓が真ん中にある絵。そこから先がなかなか思いつかない。
でも美術室の窓をぼんやりと眺めていたら……ふと頭に浮かんだ。
デザイン学科で課題を仕上げている大学生の自分。
それを窓の外に表せばいいのかな。
今はまだ高校の教室にいるけれど、窓の外には思い描いた「夢」がきっと広がっている。
私は窓際に行く。
空を見ると、そこにはうっすらと虹がかかっていた。
「あ……何か見えたかも」
すぐに席に戻って下書きの続きに取り掛かる。
一気に進めたので、気づいた時には下校時刻ぎりぎりだった。
やっぱり絵を描いている時が、一番私らしくいられる。
勇気をもらえた気がして、思わず笑みをこぼした。
※※※
1学期の期末試験も終わって、あっという間に夏休みになった。
私は塾にも通いながら、自分のペースで勉強を進めている。
机の上のスマホを手に取って、彼とのチャット画面を開いた。最後のやり取りは、「頑張ろうね」で止まっている。
何か喋りたい……そう思いながら何度も画面に指が触れる。
「……だめ。決めたんだから」
スマホを置いて、テキストのページをめくる。
時計の針の音だけが聞こえる中、私は課題を次々と解いていった。
太陽が照って暑い中、美術部にも顔を出した。
夏休みが明ければすぐに文化祭なので、作品を仕上げないといけない。
焦る気持ちはあったけど、絵が完成に近づけば、きっと自分の「夢」も近づいてくるはず――そう信じて、絵筆を握った。




