表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/9

4. 彼の言葉

 あれから、劇の練習中にはるくんを目で追うことが増えてきた。稽古中に彼が呼び止めると、まず葉月さんがはるくんの近くにやって来る。


「ねぇ、竹宮くん。『あなたに……そばにいて欲しい』っていうのは?」

「……悪くないかも」

 単なるセリフなのに、まるではるくんにそう言ってるみたい。まさか葉月さんは彼のこと……。


「梅野さん、大丈夫? ちょっと顔色悪いけど」

 高梨くんにじっと見られる。

 顔……近い。


「あ……どうしてかな」

「残りやっておくから……無理しないほうがいいよ」

「ごめん、ありがとう」


 私は高梨くんのお言葉に甘えて、先に帰ることにした。

 リュックを背負って下駄箱まで行くと、走ってくる足音が聞こえてくる。


「奈々ちゃん!」

「はるくん……?」

 わざわざ来てくれたんだ。


「ちょっと疲れてて、先に帰るね」

「……うん。大丈夫?」

 あんまり大丈夫じゃ、ないかな。


 けれど彼に言うのもどうかと思って、私は「大丈夫」と精一杯の笑顔を見せた。

 梅雨の空。雨が傘だけでなく私の心も叩くよう。

 あのぐらいで元気を無くしちゃだめだって思うのに、雨の音は容赦なく私を苦しくさせる。



「ただいま」

「おかえり、奈々美。早かったのね」

「うん」


 私は自分の部屋で大学の資料を眺める。

『芸術学部・デザイン学科』と書かれたページを見ながら、大学生になった自分を想像してみた。


 机に広げたスケッチブック。

 夜遅くまで灯るスタンドライト。

 課題に追われながらも、好きな色や形に没頭している私。


 ――ちゃんと、そこに立てているだろうか。


 不安はある。

 でも、胸の奥で小さく灯るものも、確かにあった。

 描くことを、やめたくない……その気持ちだけは、はっきりしている。


 私はそっと資料を閉じ、深く息を吸った。

 さっきまでの微妙な気持ちから、徐々に解放される。

 まだ遠い未来だけど――きっと手が届きそうな気がした。



 ※※※



 芸術学部でも国語・英語・数学は入試科目なので、私は学校の休み時間も教科書を広げていた。

 はるくんと葉月さんは、ますます距離が近づいたような気がする。それを見たくなくて、勉強に集中していた。


「梅野さん」

 高梨くんだ。今日はあまり誰かと喋ってなかったので、何となく安心した。

「熱心だね」

「うん……苦手なところ、なくしたくて」

「俺、英語苦手なんだけどさ。入試に英語のない大学ってないよな」


「……英語はこれからも必要だもんね」

「梅野さんはどこの学部?」

「芸術学部だよ」

「やっぱりそうなんだ」


 高梨くんとは他愛のない話をすることが多くなった。すぐ近くではるくんに見られていることには……気づかないぐらいに。


 

 その日の放課後のことだった。

「奈々ちゃん、今日部活終わってから話せる?」

 

 はるくんがいつになく真剣な表情だった。

「うん……校門のあたりで待ってる」


 胸騒ぎがしてくる。

 美術部にいる時も、鉛筆を持つ手が動かない。

 いけない……文化祭に向けた絵、考えないといけないのに。


 描いては消し、描いては消して……を繰り返していたら帰る時間になっちゃった。仕方ないので、片付けてから部屋を出る。

 校門前ではるくんを待っていると、すぐに彼が来てくれた。


「奈々ちゃん、お疲れ様」

「お疲れ様」

 どことなく気まずい雰囲気。

 すぐ隣にいるのに、遠く離れたように思えてしまう。そのぐらい、今の彼が何を考えているのかがわからない。


 少し歩いてから、はるくんが口を開いた。


「……僕たち、しばらく距離を置かない?」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ