4. 彼の言葉
あれから、劇の練習中にはるくんを目で追うことが増えてきた。稽古中に彼が呼び止めると、まず葉月さんがはるくんの近くにやって来る。
「ねぇ、竹宮くん。『あなたに……そばにいて欲しい』っていうのは?」
「……悪くないかも」
単なるセリフなのに、まるではるくんにそう言ってるみたい。まさか葉月さんは彼のこと……。
「梅野さん、大丈夫? ちょっと顔色悪いけど」
高梨くんにじっと見られる。
顔……近い。
「あ……どうしてかな」
「残りやっておくから……無理しないほうがいいよ」
「ごめん、ありがとう」
私は高梨くんのお言葉に甘えて、先に帰ることにした。
リュックを背負って下駄箱まで行くと、走ってくる足音が聞こえてくる。
「奈々ちゃん!」
「はるくん……?」
わざわざ来てくれたんだ。
「ちょっと疲れてて、先に帰るね」
「……うん。大丈夫?」
あんまり大丈夫じゃ、ないかな。
けれど彼に言うのもどうかと思って、私は「大丈夫」と精一杯の笑顔を見せた。
梅雨の空。雨が傘だけでなく私の心も叩くよう。
あのぐらいで元気を無くしちゃだめだって思うのに、雨の音は容赦なく私を苦しくさせる。
「ただいま」
「おかえり、奈々美。早かったのね」
「うん」
私は自分の部屋で大学の資料を眺める。
『芸術学部・デザイン学科』と書かれたページを見ながら、大学生になった自分を想像してみた。
机に広げたスケッチブック。
夜遅くまで灯るスタンドライト。
課題に追われながらも、好きな色や形に没頭している私。
――ちゃんと、そこに立てているだろうか。
不安はある。
でも、胸の奥で小さく灯るものも、確かにあった。
描くことを、やめたくない……その気持ちだけは、はっきりしている。
私はそっと資料を閉じ、深く息を吸った。
さっきまでの微妙な気持ちから、徐々に解放される。
まだ遠い未来だけど――きっと手が届きそうな気がした。
※※※
芸術学部でも国語・英語・数学は入試科目なので、私は学校の休み時間も教科書を広げていた。
はるくんと葉月さんは、ますます距離が近づいたような気がする。それを見たくなくて、勉強に集中していた。
「梅野さん」
高梨くんだ。今日はあまり誰かと喋ってなかったので、何となく安心した。
「熱心だね」
「うん……苦手なところ、なくしたくて」
「俺、英語苦手なんだけどさ。入試に英語のない大学ってないよな」
「……英語はこれからも必要だもんね」
「梅野さんはどこの学部?」
「芸術学部だよ」
「やっぱりそうなんだ」
高梨くんとは他愛のない話をすることが多くなった。すぐ近くではるくんに見られていることには……気づかないぐらいに。
その日の放課後のことだった。
「奈々ちゃん、今日部活終わってから話せる?」
はるくんがいつになく真剣な表情だった。
「うん……校門のあたりで待ってる」
胸騒ぎがしてくる。
美術部にいる時も、鉛筆を持つ手が動かない。
いけない……文化祭に向けた絵、考えないといけないのに。
描いては消し、描いては消して……を繰り返していたら帰る時間になっちゃった。仕方ないので、片付けてから部屋を出る。
校門前ではるくんを待っていると、すぐに彼が来てくれた。
「奈々ちゃん、お疲れ様」
「お疲れ様」
どことなく気まずい雰囲気。
すぐ隣にいるのに、遠く離れたように思えてしまう。そのぐらい、今の彼が何を考えているのかがわからない。
少し歩いてから、はるくんが口を開いた。
「……僕たち、しばらく距離を置かない?」




