3. 距離の近さ
その日の美術部では文化祭に展示する絵画のテーマを、皆で決めた。今年のテーマは「夢」になった。
夜に見る夢や将来の夢――自分が考える「夢」を真っ白なキャンバスに表現する。
「夢かぁ」
私はスケッチブックに適当に線を描きながら考える。
何となく、教室の窓みたいな四角が出来上がった。これまでも学校をイメージして描いたことが多かったので、今回もそうしようかな。
部活が終わって教室棟の外に出ると、体育館の方から人の気配がした。もしかしたらはるくんも部活、終わったのかな。
彼は卓球部で、この6月で引退することになっている。何度か大会を見に行ったことがあって、夢中で観戦していたのを思い出す。
私も文化祭が終われば引退。
少しずつ卒業に向かっているような気がして、胸の奥がきゅっとなった。
すると、向こうの方に彼の姿を見つける。
「はるくんお疲れ様」
声をかけると彼は「お疲れ」とだけ言って、私の手首を掴んだ。
「え?」
「……」
そのまま私を連れて行くかのように、校門を出てスタスタと歩いて行く。
「ちょっとはるくんっ……どうかした?」
そう言うと、ようやく彼は歩くスピードを緩めた。
「今日さ……高梨と仲良さそうだったな」
「あ……それは……」
「僕だってあの本、読んでたのにさ」
「……」
「はるくん、嫉妬してる?」
「……気になっただけだよ」
暑いはずなのに、その低い声は私の身体をひやりとさせる。同じクラスだからこそ、こういうのに気づかれやすいんだ。
「……ごめん、奈々ちゃん。何だかわがままみたいで」
「ううん……」
彼は中学の時からかっこよくて、女子に大人気。なのに時折見せる不安そうな顔に心を揺り動かされる。もっと自信を持ってもいいと思うんだけどな。
「それで……はるくんも、あの本読んでたんだね」
「うん。ジェームズがサリーを救うところとか、ほっとした」
「わかる」
「……奈々ちゃん、サリーの役がぴったりなのに」
「え? いや、そんなことないよ。葉月さんみたいな可愛い子にやってもらうのが、ちょうどいいと思う」
葉月さんはサリー役の女子。みんなからの推薦で、彼女がヒロインを務めることになった。
「あ、奈々ちゃんがサリーだったら、ジェームズの役が男子全員で取り合いになっちゃうね」
「そんなことないって……もう」
気づけば、はるくんにしっかりと手を繋がれていた。
私たちは笑い合いながら、駅に向かってゆく。
※※※
数日後。
キャストの人たちが劇の台本を読んでいるのを聞きながら、私たちはダンボールを切る作業をしていた。
「梅野さん、そっち持ってて」
「うん」
そして私の考えた柱のデザインを見ながら、高梨くんがダンボールに下書きをしていた。
「すごいな、俺こんなの思いつかないよ」
「そうかな……ありがとう」
将来はデザインに携われる仕事がしたい。そう思っていた私にとって、彼の言葉はとても励みになった。
「ここのセリフ、これでいいかな? もっとこう……惹きつけるような感じがいいんだけど」
演出係のはるくんの声がする。メンバーを仕切る彼の姿に、私が惹きつけられていた。
「それいいね! さっすが竹宮くん!」
サリー役の葉月さんが、彼の肩にさりげなく手を置いた。
……近くない?
「梅野さん?」
「あ、ごめん高梨くん……えーとなんだっけ」
「草むら用にこのダンボールの残り、使える?」
「うん、そうしよっか」
再びはるくんの方を見ると、葉月さんが彼の台本を覗き込むように見ている。もう少しで肩が触れそう。
やだ……どうして?
よくわからないモヤモヤがじんわりと――胸に広がっていくのを感じた。




