2. 文化祭に向けて
高校3年・初夏。
6月に入り、梅雨前の蒸し暑さが重たく感じる。
「9月の第1週が文化祭だ。3年生はステージの出し物になる。高校生最後の文化祭だから、みんな悔いのないようにな。では実行委員の人は前に出てきて」
こう言う担任の声もどこか弾んでいる。
私、梅野奈々美は前に座る彼――竹宮晴翔くんの背中を眺めていた。
中学時代から一緒で、高1の春から付き合うようになった。その時から彼のことは“はるくん”と呼んでいる。高1と高2ではクラスが別だったけれど、高3で同じクラスになれた。
彼が近くにいる――つまり、お互いの普段の様子が見えてくる距離。
この時の私には、まだその意味がわかっていなかった。はるくんといつも一緒にいられることが、ただただ嬉しかった。
「白鳥のミュージカルにする?」
「あの鬼のアニメの劇は?」
「ダンスとかしたいなー」
意見が飛び交う中、彼がぱっと後ろを向いた。
「奈々ちゃんは何がいい?」
「うーん……私は面白い舞台装飾ができたら、それでいいかも」
「ハハ……君らしいね」
美術部に所属する私は、小さい頃から絵を描いたり物作りをするのが好き。文化祭では美術部の展示もあるので、そっちも頑張らないと。
話し合いの結果、うちのクラスは魔法使いの劇を行うことになった。本も映画もヒットしたもので、私もこの物語が大好き。
「じゃあ、今日は係決めをできるところまでしまーす」
私は即、大道具係に立候補した。はるくんは演出係を希望していた。
「すごいはるくん。演出って監督さんみたいでかっこいい」
「そうかな。こういうのってさ、全体を見たくて」
こう言う彼のことを、私はますます尊敬していた。
※※※
翌日の学活は係で集まって方針を決め、準備を始めるところからスタートした。
「梅野さんって美術部なんだっけ?」
こう言うのは同じ大道具係の高梨くんだ。
「きっとセンスあるよな」
「……そうだといいんだけど」
「何から作る?」
「魔法学校の装飾考えたいな。豪華な柱が並んでて……」
そんなことを話しながら、必要な材料をみんなで考える。
すると、
「そういえば俺、この本3周ぐらい読んだ」と高梨くんが言う。
「え、私もだよ」
「梅野さんも?」
「うん。私は3巻の最後が好きなの」
「分かる! 俺も」
あの本を読んでる人がこんなに近くにいたなんて。
人気のあるシリーズだけど、原作は量が多いので途中で離脱する人も多いと聞いた。けれど私は何回も読んだことがあるし、登場人物の絵もよく描いていた。
「というか梅野さん、キャラの絵めちゃくちゃ描いてそう」
「え、わかる?」
「誰が好きなの?」
「えーっとねぇ……サリーかな」
「俺はジェームズ」
物語では、サリーとジェームズは将来結婚することになっている。喧嘩もするけど、いざという時にジェームズがサリーを助けるシーンが良かったなぁ。
「梅野さんって……ちょっとサリーに似てる」
「そうかな?」
「うん、真面目なところとか」
「高梨くんもジェームズっぽいかも。気さくなところとか」
「確かに……って自分で言うのもなんだけど」
彼のおかげで大道具係のメンバーとも仲良くなれて、準備も進みそう。良かった。
けれどその時の私は、この何気ない時間が、あとから少しだけ意味を持つことになるなんて――まだ知らなかった。




