死んだと思ったら高校生に戻っていた 3
学級員という本筋の話が完結したことにより結城さんは生徒指導質を後にした。
残された室内の中で明日香先生は真剣な面持ちで俺に尋ねてきた。
「神島は…。神島にはあの子の心の氷を溶かしてもらいたいって私は思うんだ」
「何を言ってるんですか。あなたは俺のこと何も知らないでしょう、そして彼女のことも」
「ああ、知らない。知らないながらにも話していて思ったんだよ。お前は相手から本心を引き摺り出すのが得意そうだ。だから急遽組ませてみたくなった」
「俺はきっとその期待に応えれないです。所詮、敗北者だから」
久しく向けられた期待の形がどうであれ、胸に突き刺さった。
痛かった。苦しかった。怖かった。
俺が自分に自信を持って前を向いて青臭く走り出すことはない。不可思議な事態に巻き込まれ、記憶だけのタイムスリップをしてやり直せても俺の心に染みついた敗北者心理が拭われるわけじゃないんだ。
そして、この不幸なオーラは新たな連鎖を生んでしまう。
もしかしたら、俺一人のせいでクラスメイト大半の人生は悪天に苛まれるかもしれないとすら思う。
ここにきて真面目な表情を崩さない明日香先生を前に俺は席を立つ。
「学級員の期間は半年間ですよね。それまでせいぜい壊れないように頑張ってください」
「おい、それはどういう…」
言葉は最後まで聞かずに生徒指導室を出た。
懐かしさとは、過去にしまってあるから美しいものであって、それが現実に現れてしまえば重いだけなんだ。
そう、強く実感した。
不規則に急降下急上昇を繰り返すような不安定な精神状態。
タイムスリップの弊害みたいなものなんだろうと思いつつ重い足取りで教室へと向かっていると「神島くん」と背後から呼び止められた。
振り返るまでもなくその声の主が結城さんであることは理解していた。
「結城さん…」
振り返った先にいる彼女の瞳が潤い光り輝いていることに驚き目を奪われた。
「い、一緒に行きます」
「行きますって、どこに」
「教室ですよね?」
「え、あー、うん」
結城さんの声色が少し温かく先ほどとの違いに困惑を隠せずにいた。
でも、そんなこと言ったら俺の気分の浮き沈みも表情に出ているだろうしお互い様だろうか。
それから教室に着くまで俺たちは沈黙を続けていた。
気まずいと感じる反面、話をしないという選択肢があるだけで気が楽にもなった。
誰もいなくなった静かなこの教室に戻ってから、俺は帰宅準備をしていた。
「神島くんは、どんな中学生だったんですか」
隣の席に腰掛けてきた結城さんがそんな質問をしてくる。
「どんなか。特に目立つようなタイプじゃないよ。教室の隅でひっそりと人間観察とかしてるような、そんな感じ」
結城さんは首を傾げていた。
言わんとしていることはわかる。
先ほどまでの俺と明日香先生の会話や居眠りのくだりなんかをみて、実は中学では陰キャラでした。なんて言われてもにわかには信じられないだろう。
でも、全て本当のことなんだ。
もっというと、俺の高校生活も日陰そのものだった。時折、明日香先生が俺をいじってくることはあったが、それも二年生になった時くらいからで、一年生の頃は何人が俺の名前をしているのだろうかというくらい無名で影の薄い人間だった。
元から、何か率先していくようなタイプでもないし俺は主人公ではなかったんだと思う。
それなのに、ビジネスの世界での成功という分不相応の夢を追いかけ、相応の結果として人生を台無しにしてしまった。
少し気が落ちそうになったので俺からも結城さんに質問をさせてもらうことにした。
「結城さんはなんで学級委員の相手が俺でもいいと思ったの?本当に誰でもいいからってことなの?」
別に何か期待しているわけじゃない。
ただ、俺と組むという選択をする上でどんな理由があったのか、本当に何もなかったの。その解が知りたい。
結城さんは「んー」と唸った後に、微かな笑みを浮かべて呟いた。
「さっき言ったのは、半分本当」
「もう半分は?」
「もう半分はね、内緒にしておこうかな。言いたくなったら教えてあげるよ」
不敵な笑みを向けて楽しそうな表情になる彼女を俺は信用できないと思った。
生徒指導室での彼女と明らかに違った雰囲気。
一見、特別な空間を提供されているようにすら感じるがそこに落とし穴があるような気がする。これまでがそうだったように人を陥れるのによく使用される手法だ。
俺はこの人生というゲームをコンティニューした異例のチーターかもしれない。でも、一度目の時に孤独なプレイをしてしまっていたからほぼ初見と変わりがない。
有利なようで何も有利にことは進まない。
だから、今回の人生では用心に用心を重ねていかなければならない。
俺はできる限りの冷え切った温度で呟く。
「教えなくていいよ。迷惑はかけないように善処するだけだから」
他人に冷たくされ続けてきた俺にとって、他人を冷たく扱うなんてことは違和感しかないものでとても気持ちが悪かった。




