死んだと思ったら高校生に戻っていた 2
『おい、やっと起きたか』
『ん?この声はあの老人か』
『そうじゃそうじゃ。短い時間じゃが、少しだけ会話できるようになっておる』
『俺は死にたいって言ったはずだが、なぜこんな状況になった?』
『お主が幸せにならないとわしが困るんじゃ。だから大人しく幸せになってくれ』
『そんな説明で納得するわけがない』
「おい、神島。君は後で職員室に来なさい。それでは話を戻すぞ〜」
『早速呼び出しを喰らうとは。お主も悪じゃの〜』
『じゃあ、さっさと元に戻してくれ。俺はこんな幻で幸せになっても何も嬉しくない』
『無理じゃよ。もう世界を巻き戻してしもうた。つまりは、お主の無にしてくれという願いも半分叶えたということにはなるかのう』
『今の高校一年生の俺より先の俺の人生はなかったことになったと言いたいのか?馬鹿馬鹿しい』
『まあ、お主が信じずとも関係ない。時間はもう巻き戻った。わしの残った時間はもうないから忠告だけしておくが、これまでと全く同じ人生は確実に歩めない。理由は簡単なのだが、お主の些細な発言や表情その全てがこれまでと全く同じにならない限り同じ道は歩めない。でも、覚えていないだろ?自分がどう返答してどんな表情をしていたのか。そして、これまでと違う選択が続くほどにこれまでの人生とはかけ離れていく、すなわち新しい人生だと思ってこれまでの経験を活かしながら生きていくんじゃな』
『お、俺はどう立ち回ればいい』
『立ち回らんでええんじゃよ。好きなもん見つけて好きに生きればいい。お主はもう失敗しない。自信を持…って…が、んばり…なさ…』
『ちょ、おい。もう時間切れなのか?おい』
『…』
これ以降、俺の頭の中に話しかけてくる老人の声が完全に途絶えた。
最初に時間には限りがあると言っていたことから、限りのある時間とやらが来てしまったんだろう。
それはそうと、どうにも今更人生をやり直せると分かってもにわかには信じられないし、何よりもやる気が全く湧いてこない。
そんな俺に何ができるというのだろうか。
なんで、俺なんかにこんなチャンスが来たのだろうか。
「ゴミみたいな目をしているな」
最低な言葉をぶつけてくる相手は意外にも俺の担任教師の明日香先生だった。
先ほど呼び出しをされていたので職員室に行くとあろうことか呼び出した張本人がなんのことか一瞬忘れているようだった。
俺はこの明日香先生がどういう人間かよく知っているから今更驚くことはないが、改めて考えるとどういうルートを辿ればこんな人間が教師になれるんだろか。
そんなことを思いながらも連れ込まれた生徒指導室の埃っぽい雰囲気に懐かしさを感じている。
「なんだ?そんなゴミみたいな目で私を見つめて。惚れられても応えられんぞ?」
相変わらず生徒にゴミ発言してくるなんてありえないけど、それは差し置いて懐かしさも感じる。
「そういえば、明日香先生って何歳なんで…す?」
俺が質問を仕切る前に腹部に重い衝撃が走った。
「あれか?神島。君は女性に年齢を聞くようなゴミだったのか?その瞳のように」
「さっきから生徒に対してゴミゴミ言っているあなたの方が社会的にみたらゴミですけど。というか売れ残り…」
二回目の重い衝撃が腹部に走った。さっきよりも少し深いところに。
明日香先生は確か以前は格闘技をしていたと聞いたことがあったのだが、その割には結構美人ではある。
黒髪ショートヘアーのボーイッシュ系統。それでいて、顔のパーツは全てが整っていて大人の女性の魅力を全面に引き出している。
確か、男子生徒からファンクラブとか結成されていたようないなかったような。
「私の結婚有無について入学初日のお前がなぜ知っている…」
今にも人を殺しそうな鋭い眼光で睨まれて俺が震えてしまったのは、その恐怖心からではなく記憶を引き継いでタイムスリップしていることがバレてしまうのではないかという部分だった。
明日香先生の言うように入学初日の俺が結婚の有無を知っているのはおかしい、というか今思えばいきなり明日香先生と呼んでいるのもおかしいのではないかと思う。
前回の人生ではたくさんお世話になったし校内で一番仲の良い人が明日香先生とまで言っても過言ではなかった。でも、今回の人生において必ずしも同じ結果になるとは限らない。
「い、いや。その。なんとなく?」
「ほう?なんとなくでそんなこと言ってくれるのか。そうか」
明日香先生はニヤリと口角を上げた。その瞬間、生徒指導室にこんこんというノック音が響き渡った。
「入っていいぞ」
そんな明日香先生の声を聞いてか、扉が開き立っていたのは同じクラスの結城葵だった。
彼女は成績優秀、運動神経も良くまさにどの角度から見ても完璧に最も近しい人種だ。
今は黒髪のストレートロングヘアがよく似合っているが三年生になる頃には確かショートヘアーにイメチェンして、人気が爆発的に沸騰してしまったのを思い出す。
勿論、今日からの一週間で人気に火がつき始めていたはずだが時間の経過とともに濃く広まっていったという印象だ。
そんな彼女はこんなところに来ているということは明日香先生に呼び出されていたのだろうが、どんなようなのだろうか。でも、俺を呼び出したことすら忘れていたこの人が結城さんを呼び出したことを覚えている保証なんてない。
「結城、よく来てくれた。とりあえず中に入ってくれ。つい、こいつを呼び出していたのを忘れていて結城を呼んでいた時間とかぶってしまった、すまんな」
「おい、俺の時と対応違うじゃねーか」
「あ?教師に向かってどんな態度とってんだ。除籍にするぞ」
「そんな権限ないでしょう。とはいえ、まあ、いいや。俺は邪魔みたいなんでお説教がまだあるなら明日にでもまた来ますよ。てか、結論何も話してないし、マジなんの呼び出しだったんだ」
そう言い残して、結城さんと入れ替わりで生徒指導室を後にしようとすると「いや、お前も関係あるからそこにいろ」と明日香先生に止められた。
生徒指導に入学して間もない生徒が二人と俺が知る限りでは最低な教師が一人。
「なんだこの状況は?と言いたげな顔をしているな、結城」
結城さんは前髪を耳にかけて口を開く。
「はい。いいえ。そんなことはありません」
はい。いいえ。
それは肯定しているのか、それとも否定しているのか。
そんな奇妙な回答を受けて明日香先生はふはっと笑みをこぼした。
「中々、面白いな。まあいい、この状況がなんなのかというのもどうでもいい。端的に要件をまとめるとると、君ら二人に学級委員をやってもらいたいというだけなんだ」
「はあ、ええ。まあ私は大丈夫ですが」
そう言って結城さんは俺に視線を向けてきた。
その顔には、あなたは学級員なんてできるの?とはっきり書いてあった。
「俺は学級委員とかできないのでお断りします」
俺が丁重に断りを入れると明日香先生は「無理」とだけ告げ室内が沈黙の空気に包まれた。
どうするんだこの空気、と思っていると結城さんが「私たちを選んだ理由が知りたいです」と切り出してくれたので酸素の供給を再開することができた。
「結城に関しては中学の時に生徒会長だったろうし、非常に優秀なのは知っている」
結城葵は市内のいろんなコンクールに出ては受賞しまくっていた、ちょっとした有名人であった。
だから、その観点も含めたら入学最初の学級委員として適任だと俺も思う。
「じゃあ、俺はなんで?」
明日香先生はふっと小馬鹿にするような笑みを浮かべて答える。
「おもしろうそうだからさっき決めた」
「は?冗談じゃねーよ」
「ああ、冗談じゃない。無論、結城には負担をかけてしまうだろうからそこは私を必要以上に頼ってくれて構わない、それでどうだ?結城」
「いや、俺に確認してくださいよ」
「何言ってるんだ。拒否権は一緒に組む結城にしかないぞ」
こんなやりとりを前回の人生でも実は結構していた。だから懐かしいし、またかよって一言で片付けることも容易だったが入学して間もないうちにここまで深く関わってこなかったことから今後の高校生活が怖いと感じているのも事実だ。
「私は神島くんと学級委員をすることになっても大丈夫です。中学の時から男子は役に立たなかったので一人にカウントしていませんので」
結城葵の表情が曇ったのを感じた。
高校生の俺では気がつけなかったであろう微かな違いだった。でも、俺はその曇りの中に踏み込むほど彼女のことを考えてはいなかった。




