募る思いは時として人の足を止めてしまう【体育祭実行委員編スタート】3
「あれ?二人とも早いね」
結城さんと話していて気が付かなかった。
声の方に振り返ると、そこには遠山さんがいた。
「一花ちゃん、おはよう」
結城さんが笑顔で手を振る最中、俺は一人気まずさを感じていた。
遠山さんの方は気まずさというよりも、困惑が込み上げているような表情で軽く口を開けたまま固まった。
「一花ちゃん?」
「え、あ。あ、うん。おはよう」
そんな挨拶を交わしてはいから、彼女は俺の隣の隣の席。自分の席に腰掛ける。その最中もチラチラとこちらに視線を向けているのが感じ取れた。
「っていうかさ、二人はなんでこんな朝早いの?学級委員の仕事?」
「まあ、そんなところですかね…」
少し言葉を濁すような言い方になってしまったが嘘はついていないと思う。
「遠山さんこそ結構朝早いね」
「家にいるのもなんかね…。学校の方が居心地いいしさ」
「そうなんだ。まあ、ちょっと分かる」
ぎこちないやりとりだったと思う。
でも、そのぎこちなさが実に俺らしくて少し笑いそうになった。
そんな会話を見かねてか、結城さんが俺と遠山さんの間の席に腰掛ける。
「せっかくならさ、三人で自己紹介しようよ」
「自己紹介なら先週したじゃない」
「でもでも、あれってテンプレートじゃん。もっと深く知り合おうよ!」
「深くって何?私的には別に馴れ合う必要性が感じられないんだけど」
多分、遠山さんはコミュニケーションが苦手である。
それ故に、言葉尻にちょいちょい刃物のような鋭さを感じている。そういうところは少し俺と似ているな、とか思ったりもする。
そして、結城さんは結構心が強い。
「必要必要!私たち実行委員なんだから仲悪いより良い方がいいじゃん!」
結城さんは女子に対して少し甘い。
男子に対しては、多分表面上ではニコニコ接するけど内心働かない役立たずとか思ってそうな二面性を抱えている、
どちらかというと俺も甘やかされる側にカテゴライズされているんだと思う。だからこそ、彼女の自己紹介という意見に賛同するのも筋かなと思う。
思うけど、でも。俺は、君の飼い犬じゃない。
「まあ、俺も不要だと思うけどね」
「え、なんでそっちがなの!?」
「実行委員は仕事でしょ。仕事なんだとしたら仲が良い必要はなくて、仲が悪くないことが必要なんだと思う」
そう告げる俺に向かって、遠山さんは「何が言いたいの?」と尋ねてきた。
「俺が言いたいのは、読書が好きで運動が嫌いってこと」
「は?」
眉間に皺を寄せる遠山さん。それとは対照的にあはっと笑みを浮かべる結城さん。
「ね!神島信二くんって面白い人なの!」
「変な人の間違いじゃなくて?」
「遠山さんってほんと辛辣だね。でも、暴言とか言われるのには慣れてるから相性いいと思うよ」
そう言って、下手くそな作り笑いをする。視界の奥の窓ガラスに映る自分の笑顔が想像以上にブサイクで思わず笑いそうになってしまった。でも、先に笑みを溢したのは遠山さんだった。
「ふふ、そう。なるほどね。じゃあ、私からも自己紹介。運動が好きで読書は嫌いな遠山一花です」
「は?お前喧嘩売ってんだろ」
「別に?喧嘩なんてしないもん、女の子だもん」
「ずりーぞ。性別にげんな」
「逃げてないわ。性別差別か!」
「ち、違うわ。違うけど…」
「ぐうの音も出ないって感じだね。じゃあ、今回の討論は私の勝ちってことで。貸し一つね」
「ちくしょう。次はその貸しを借りに帰れやるかんな」
「できるもんならやってみな」
気がつくと遠山さんは生き生きとした笑みを浮かべるようになっていた。
そんな俺らを交互に見比べる結城さん。
「なんか、二人って似たもの同士?一花ちゃんも神島くんもイキイキと話してた」
「え、そんなことないと思うんだけど…」
「そうだよ…」
「そう?なんか私の入り込む場所がどこにもなかった気がした。ただ、二人が仲良くなるのは良い傾向だね!一緒に体育祭もこのクラスも盛り上げていこうね!」
「うん」
当たり障りない青春という1ページにまた一人記録される。
こういうことの積み重ねで青春というページはたくさんの集合絵になっていくのかもしれないと、そんな可能性を感じていた。
それと同時に幻影のように思っていた。なぜなら、これまで俺の青春のページには俺一人だけがいて、この余白が埋まることなんてなかったから。




