募る思いは時として人の足を止めてしまう【体育祭実行委員編スタート】1
結城葵を生徒会長にする。
昨日コンビニで買った手帳の片隅そう記した。
俺には前回の人生での記憶が備わっている。つまりは過去の人生経験をフルに生かした状態でこの生徒会選挙に臨むことができるのだ。
それでも、ことは優位に運んだりはしないだろう。
戦うのは相手は人じゃなく、この体制になるのだから。
『おい、爺さんいるか?』
帰宅してから自室のベッドに横たわり、この状況を作り出した元凶の老人を心の中で呼びつけた。
応じてくれるのか解らずダメ元ではあったのに、意外にも『なんじゃい?』と即答があった。
『俺は結城さんの生徒会長になる目標を達成させるために頑張ってみる』
『おっほっほ。そりゃええのう。お主の人生好きなように生きればええんじゃ。それとな、前回の人生では…と日々考えておるだろうが、そういう考えはやめた方がええ』
『なんでだ?俺には前回の人生での記憶があるし、何も間違ってはいないと思うんだけど』
『ああ、正しい。でもな、正しすぎると間違うこともある。今の人生を二回目だと思ってしまうのは分かる、でもそんな状態のお主の行動と選択では、そこに感情が乗らない。周囲の感情と乖離してしまう恐れがある。だから、前回の人生でのことは知識として消化しなさい。もちろん、難しいことじゃ。そのために必要なのは没頭することじゃよ」
『没頭。だとしたら、今俺が取り組もうとしていることは…』
『ああ、前進じゃな』
褒められたようで率直に嬉しいと感じた。
『そうか、それは良かった。あ、それともう一つ聞きたいことがあるんだけど』
『わかっておる。わしがいつまでおるかじゃろ?わしはもうお主と話すことはできない。でも、どうしても何か聞きたいことがある場合は、今みたいにわしを呼ぶといい。じゃが、呼べるのはあと一回だけじゃな』
『そんな少ないのかよ』
『なんじゃい、最初は死なせろとかなんとかわしを憎んでおったろうに。まあ、その心境の変化もまた人である証明か』
一瞬、老人の優しい笑みが見えた。朧げで見えたと言う表現が正しいのかも疑わしいが確かに微笑んでいた。
初めは恨んだ。それでもやり直しのチャンスを与えてくれたことには感謝している。どんな理由で俺にこんなチャンスを渡してくれたのかとか聞きたかったことは無数にあるが、きっとのその答えは教えてくれない。
だとしたら、俺が口にすべき言葉は一つしかない。
『ありがとう』
消えゆく老人に伝えるたったの五文字。ここにいろんな思いを乗せた。
返答は何もなかった。それでも俺の思いはきっと届いていることだろう。
⭐︎
目を覚ますとカーテンの隙間から溢れる温かい光が差し込んでいた。
スマホを開くと一件の通知が届いていた。
『明日の朝、七時半に教室集合ね。私も朝練ないから』
そんな一方的な連絡をよこしてきたのは、昨日連絡先を交換した結城葵だ。
スマホ画面に映る現在の時刻を確認し十分に間に合うと思い『おけ』と返信をした。
⭐︎
教室には七時ごろに到着した。
ちらほらと荷物が置かれている席がある。恐らく、朝練があるメンバーは七時前には学校に来ていて、最低限の準備をしてから部活に出ているのだろう。
そんな生活をこれまでした経験がなく、部活動というものに少なからずの興味はあった。
もし、俺自身が部活動に入るのなら何部になるんだろうかと考えつつも自分の席に腰を下ろす。
時計のカチッ、カチッという小さな針音が聞こえる。
少し遠くの足音なんかも微かにだが教室まで届いていて、段々とその音は大きくなり後方のドアが開く。
「あ、もう来てたんだね」
昨日のこともあってか、こそばゆい感じがした。
それは結城さんも同じなのか、何度も前髪をくるくると指で巻いていた。
「おはよう」
「うん、おはよう」
何気ない挨拶。それがまた俺に思わせてくれる。
人は心で繋がっているんだと。




