人生の躍動、結城葵は裏切らない?7
「俺は…。協力せずとも一人でできるなら一人でもいいと思う」
俺の答えを聞いて彼女は首を傾げて「なんでそう思うの?」と尋ねてくる。
「一人でできることをわざわざ協力し合おうとするのは非効率的でしょ」
「うん、それは私も思う」
「多分、先生達が協力関係を評価するのって今後の人生において必要なスキルだからだと思うんだ」
協力せずとも一人でいい。そんな回答をした矢先に真逆のような話をしだす俺を見て彼女は首を傾げていた。
ここからが、俺の伝えたいと思う本筋の話になる。
「一人でなんでもできる。そう思ってた知り合いがいて。その人は文字通り一人の力で仕事を始めてみたんだけど、どうやら一人では仕事なんて一つもできないようで、人と関わって、協力して、納得できないことにも納得したつもりになって。そうやって進めていった仕事は自分一人で成し得ない想定以上の成果を出せたらしいんだ。ここまで話せば結城さんにはもう伝わってると思うんだけど。まあ、俺が一つ言いたいのはね、今まで学校で強いられてきたのは強力じゃなくて馴れ合いなんじゃないかなってこと」
俺も前回の人生でよく思っていた。
なんで、やたらグループを組まされるんだろうかとか。当時の俺に関わりを持つ関係がなかったことからそんな当たり前の時間が地獄のような苦しみだった。
でも、社会に出てみるとチームを組むことは至極当然で、チームの中でもさらに小さなチームが存在していたりして、そうやって一人一人が歯車となり社会は回っていた。
俺の話を聞いて結城さんがどう思っているのか気になり、彼女の表情へ意識を向けた。
そこで見えたものは、先ほどの悩みなんてなかったかのような晴わたる澄んだ笑み。
「凄く。腑に落ちた。私は協力をさせられていたんじゃないんだね。じゃあ、もし本当の意味での協力を誰かとすることができたなら、私のやりたいことはできるのかな」
「結城さんは、何がしたいの?将来の話?」
えへへと笑みを浮かべた彼女はリズミカルに「違うよ」と呟き、話を続けた。
「私ね、この学校で生徒会長になりたいの。二年生でなりたいんじゃなくて、一年生でなりたいの」
「へー」
そんな空返事になってしまったのには理由がある。
入学して間もない彼女はまだ知らないかもしれないが、この学校では一学年から生徒会長になった人がいない。
理由は簡単で、投票者が生徒になるから。三学年の生徒会長が引退するタイミングで次の生徒会長に選ばれるためには人脈やらその人の人柄などの選ぶ上での情報の多さが勝敗に左右する。
これは、時間の多さに比例して有利になるものであり一年という些細な時間が大きな差を生む。それプラス、一年生を生徒会長にするということを深層心理でのプライドが許してはくれない。
この子でいいのかな。
一年生が会長なんて無理でしょ。
この学校のこともまだあんま知らないからね〜。
それ以外にも膨れ上がる生徒の感情を全て呑み込んで会長選挙に当選するのは無理に等しい。
「あ、神島くんは無理だって思ってるね?」
(表情に出てたか)
「今まで、一年生が会長になったことないらしいし、一年生が会長になるってなるには味方が少なすぎるというか勝機は限りなく少ないし…」
「なんだ、神島くんも前例がないこと知ってたんだね。というか、大体どの学校でも一年生が生徒会長なんて稀だしね」
俺は何も言わずに空を見上げた。これを会話の放棄と捉えられるのであればそれでもいい。間違ってはいないから。
そう考えながら夕空と夜空の境目をなぞる様に見ていると、やや高揚したような声音が聞こえてきた。
これの主は、もちろん結城葵。
俺は、彼女の満面の笑みを見て目を疑った。
「本当は一年生で生徒会長なんて無理だし、二年生まで我慢しようって思ってた。でも、今。たった今、あなたが私に希望を与えてくれた。私の想定では生徒会長にはなれない。でも、協力者がいれば私の想定なんて飛び越えられる」
そう言って、彼女はこちらを指さしている。
俺は沈黙を貫くことにしたが、その沈黙もあっさりと彼女の笑顔と共に壊された。
こちらを差す指。その下に畳まれた三本の指が少しずつ開かれていった。
「神島信二くん。私は十月の生徒会選挙で生徒会長になります。無謀に思えることだとはわかってる。他の生徒や先輩方から白い目で見られることもあると思う。もし、途中で嫌になったら逃げてもいいし、それを裏切りとは思わない。だから、私を手伝ってくれませんか?」
差し出された小さな手を取りたいと素直に思った。
きっと、はいの二つ返事で素敵な一幕として完結する。それでも、過去の、前回の人生での裏切られたという記憶が素敵な一幕を強く拒んだ。
「結城さんがやろうとしていることの苦悩は想像できるものじゃない。君自身が逃げ出したくなることも、あるかもしれ…」
言いかけて言葉を止めた。
なぜなら、俺が向かいあう結城葵という女性の顔つきが齢十六歳のものと感じないほどの決意を帯びていたから。
彼女は一歩距離を縮めて、はっきりと言葉にする。
「私は歩みを止めない。あなたが進む道を変えても私は変えない。私は自分の信じた道にどんな障壁が待っていようとも突き進むし、それを協力してくれる人に火の粉が降り注ぐなら私が盾になる」
「…」
何も言えない俺に彼女は微笑んだ。
「言葉が足りなかったね。私にはあなたの力が協力が必要です。だから、私を助けてください」
どれだけの時間が経過したんだろうか。
頭上にあったはずの夕空と夜空の境目はすでになくなっていて、気持ちよく感じていたはずの春風が吹くたびに体が震える。
人は裏切るし、信じやすい俺は裏切られて生きてきた。
だから、いつしか相手を疑いながら契約して裏切られるパターンが増えていった。潜在意識が具現化されたような負のループが成立してしまっていた。
そんな心に染みついた裏切られるイメージが全て払拭されていくような。
俺は確信してしまった。
(結城葵は裏切らない…のかもしれない)
「あと、半年しか選挙までの時間はない。そんな状況で生徒会長になろうだなんて、無理だし笑われるだけだよ」
「うん。そうかもしれない」
「先輩から生意気だって目をつけられるかもしれない」
「そうなると思う」
「そんな状況になる俺にかかる火の粉を払いながら当選なんてできるわけない。そんな無謀な夢物語に協力したって中途半端に終わるのが目に見えてる。落選という結果は覆らない」
結城さんは、小さく頷いて差し出した手を引こうとした。でも、そんな彼女の手を俺は取ってしまうんだ。
「降り掛かる火の粉は甘んじて受け入れよう。生徒会長になるのは結城さん。君だけど、二人で挑戦して必ず生徒会長の座を取ろう」
結城葵。君は不思議だ。
真っ直ぐ迷いのない瞳。
人をやる気にさせる表情と声色。
俺はこの人になら裏切られても良い。信じた自分の選択を後悔と捉えることはない。そう思った。
彼女は、困惑と笑顔の入り混じる複雑な表情をしていた。でも、次第に困惑は消えていき俺の手は力強く握られていった。
俺たちの契約成立の合図に言葉は要らなかった。




