人生の躍動、結城葵は裏切らない?6
「ねえ、少し寄り道に付き合ってくれない?」
結城さんにそう言われた俺は静かに頷いて、辺りを見渡す。
校内に鳴り響く最終下校時刻を通告するアナウンスの音がいつもより遠く感じていた。
「それで、寄り道ってどこにいくつもりなの?」
そう尋ねると、彼女はイタズラな笑みを浮かべた。
「いいから。私についてきてくれたらいいの、変な場所ではないからさ」
言われるがままに従うしか選択肢がないと思ってしまった俺は、見えないリードで首を繋がれたように背後を歩く。
いや、本来散歩に出たくないのは飼い主側なのだろうから、これは飼い犬にリードごと引っ張られている状況なのだろうかと考えた。
☆
「ねえ、ここすごくない?」
明らかに声わねが弾んでいて、心なしか本人も弾んでいるように見えた。
高校を出てから自宅とは真逆に向かって二十分くらいだっただろうか。遠のいていく我が家が恋しくなっていた頃、小さな丘を登らせれて怒りのゲージが八割ほど溜まっていた。
これで、しょうもないことだったらキレ散らかして明日からの学校生活を気まずくしてやろうと考えていた。
(良くて共倒れといういかにも弱者的思考な策だ)
けれど、悲鳴を上げる足の声を無視して。遠のいていく自宅のことを考えないようにして、怒りを彼女にぶつけないようにして耐えてきた時間が全て報われるような素敵な景色が広がっていた。
「ここはね、街を一望できるお気に入りの場所なの」
「確かに、これは凄いな」
丘の上といっても、建物で言うとせいぜい四階から五階に相当するくらいの可愛いものだ。だから期待なんてしていなかたんだ。
それなのに、いざ頂上に上がってみると広がるのは宝石のように輝く街だった。
「遠くからでも、家の一つ一つに電気があったりなかったりで。その生活感が見えるこの景色って、なんかエモくない?」
「エモいかどうかはわからないけど。もっと早く、ここにきたかったって思うよ」
百万ドルの景色とは言えない。
ここよりも素敵な景色が見れる場所はネットで探せば無数に出てくるだろう。だから、この景色をネットにアップしたところで反響はないと思う。
でも、俺はここがいい。この場所だからいいんだとはっきりと感じる。
「結城さん。どうして俺をここに?」
ふと、この疑問が浮かんだ。
彼女は、少し頬を赤めながらポリポリと人差し指で頬を掻きながら話し出す。
「神島くんは、私と本気で向き合ってくれる人なのかもしれないって期待しちゃった。期待が膨らんだから、私の好きな場所を共有したいなって思ったんだよね。この場所はさ、家族にも友達にも誰にも言ってない。私が私であるための場所なんだ」
(結城さんが結城さん自身である場所。この場所にどんな思い入れがあるのだろうか)
「じゃあ、今度は私からの質問いい?」
「うん」
「神島くんは誰かと協力することは必要だと思う? 私はさ、誰かと協力することが凄く苦手なの。だって、男子はそもそも不真面目な自分がカッコ良いって勘違いしてる人多いし、女子は女子で自己防衛心が強い傾向にあるし。結局私一人で仕事した方が早いじゃん。それなのに、その光景を見て大人は微笑まない。どれだけ期日を過ぎても、クオリティが下がっても協力の上に成り立つ成果を大人は綺麗なものとして捉えてくる。だから、なんで協力しなきゃいけないの?って疑問になることが多いんだよね」
この迷い、疑問は彼女が優秀すぎるから。そして、同級生が子どもすぎるから、そこですれ違いが起きてしまっているんだと思う。
そのすれ違いを知っていて正しさの枠に嵌めようとする大人。
そのすれ違いを知っていて正しさの枠を自ら探している結城さん。
そのすれ違いに全く気がついてない、その他生徒たち。
できる限り彼女のためになる回答をしたいと本気で思ったので、前回の人生での経験も踏まえて思考を巡らせた。
フリーランスになってからの業務は間違いなく協力者がいつもいた。俺一人でできない仕事、あるいは俺一人では到達し得ない境地に踏み入るための協力。
でも、結局俺の中に残るのは最後に裏切られるという実体験ベースの答え。
俺は、一つの仮説を回答として話すことにした。
丘の上ということもあり、普段浴びているものよりも数段強い春風に襲われる。そんな中で、心に決めた回答が石となって形作られていくのを感じていた。
(俺は…)




