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死んだと思ったら高校生に戻っていた 1

 人気のない深夜のコンビニで缶ビールを買っては、家まで待ちきれずに口に含んだ。

「あんま美味くねーな」

 いつから剃っていないのかも忘れてしまった顎鬚をじょりじょりと指で掻いては、俺の人生はこんなもんだったんだなと負の感情が湧き起こる。


 元々、あまり裕福ではない家庭に生まれはしたがそこまで気にすることなく高校卒業と同時に就職して実家の抱える借金返済に給料を使っていた。


 もちろん、心の奥底で不満はあった。自分の汗水流して働いたお金の大半は自分以外に消えていくのだから。

 今思えば借金を自分がしていないだけマシだったというのに当時は若すぎたからそんなことに気がつけるはずもなかった。


 そして、そんな俺の意欲を湧き立てるようネットで知り合った経営者にビジネスの素質があると乗せられネットビジネスの道を歩み始めた。そこで成り上がることができれば家族にももっと良い暮らしをさせてあげられるし、そんな親孝行をできた自分を想像するとすごく格好良かった。だから、言われるがままに教材を購入して挑戦していくようになった。


 今思えばそこからの俺は負の連鎖に巻き込まれていた。

 挑戦したのはいいがあまり結果は出ない日々。

 それでも気長に継続していこうと考えるも、実家の借金事情が悪化したようでこのままではダメだと思い俺は別の人を頼った。


 初めは大きな成果がでたのに報酬を持って逃げられてしまう。

 その後も詐欺に引っかかったり、復讐心に燃えてビジネスにしがみつきどんどん本物の経営者に出会うようになっていったがそれでも自分以外はお金持ちで自分だけお金持ちじゃない。搾取されるだけのコマだった。


自分で何かを始めようとするも『女性心理を知らない君ではきっと失敗する』そんことを言われて始めたマッチングアプリ。そこで出会った女性にもまた騙されて、俺はとうとう借金と体だけになってしまった。


 俺はいつも人を信じてきた。人を信じることからしか何も生まれないと本心では思っていたから、でも想像していた以上に社会にいる人間はゴミクズだった。

『君のため』とか言って支払い能力のない人間に高額の商材を買わせたりする。それが、有名経営者の教材などでもよくある話なのだから、本当にクソだと思う。


 皆、どれだけお金があってもお金のないものから奪うことしか考えていない。

 こんな腐った世界、ぶっ壊れればいんだ。


 ブー!!

 背後からのクラクション音に驚いて振り返ると視界を奪うほどの強い光に包まれた。

 俺の手からは持っていたはずの缶ビールが消えている。ポケットに入れていたスマホや財布もない。


「なんだよ、どういうことだよ」

「まあまあ、落ち着きなさいな」

 老人の声が脳内に響いて激しい頭痛がしたと思ったら目の前には声の主を想像させるような長い髭を生やしたハゲの老人が目を瞑ったまま俺と向かい合っていた。


「これでも目は開いておるよ。あと、ハゲで悪かったな」

「な、。俺の考えてることわかんのかよ」

「ほっほっほ〜。まあ、ここはお主の精神世界じゃからな」

 精神世界?

 何言ってやがる。そう思いもしたが異世界転生とかのアニメにも見るようなありがちな感じだったのであまり驚くこともなかった。

 ただ、俺の記憶から妄想とかしてしまっているんだろうな、と考えるのみだ。


「そうそう、お主の考えは大体あっておるよ。お主がこういうシチュエーションを望んだからこうなった。あたりが真っ白で目の前には老人。お主にとっては一番わかりやすいじゃろ?」

「うん、まあ。それで、俺は死んだのか?」

「うん、死んだよ!見事に即死じゃったわい」

 妙に明るく語るこの老人を亡き者にしてやりたいと思ったが、亡き者になった俺ができるわけもないので諦めてやることにした。それに…。


「じゃあ、さっさと地獄にでも連れてってくれ。それとも無になるとかか?もうなんでもいいから俺から思考を消してくれ。死にたいと思ってたんだ」

「まあ、急かすな。わしから一つ質問をさせてもらいたい」

「なんだよ。さっさとしてくれ。俺は早くこれまでの人生を無かったことにして無になりたいんだ」

「正直、お主のこれまでの人生を見ていて心底馬鹿な奴もいるもんだと思っていた」


「うるせーな。そうだよ、俺はどうせ誰でも信じるような馬鹿だよ。だからいいように使われるしカモにされる」

「そうじゃな。でも、だから悔しいって思うんじゃ。お主の心のうちはいろんな苦い経験からお金という鎖に繋がれてしまった。じゃが、その心のうちのさらに奥には社会貢献や家族への恩返しなど誠の愛もあったんじゃ。それらの強く深い愛情を他者に利用されたのが今回の敗因だと思う」

「そうだよ。もうわかってんだよ。真面目なだけじゃ食い殺されて終わりだった。だから俺はもう何も信じねーんだ。そう思ってもきっとまた信じちまう。だから、こうして死ねて良かったと心底思うよ」


 この老人の言う通り過ぎて何も言うことはなかった。

「話が終わったならさっさと終わりにしやがれ」

神島信二(かみじましんじ)よ。お主は、もし人生をやり直せるとして復讐をするか?もし復讐を願うのなら特例で人生やり直しのチャンスを…」

「しねーよ。復讐はしない。やり直しも興味ない。俺は俺の実力で騙されて負けたんだ。勿論、詐欺まがいのビジネス手法を俺はよく思わない。他に騙された奴がいるとして騙される側は悪くない。だがな、自分のことに関して起こる不利益は全部自分のせいなんだよ。もうわかったろ?さっさと休ませてくれよ」

「そうか。ならばお主…高校生からやり直してこい。それで、沢山の人の助けになってこい。それがわしの望むことで今のお主ならきっと成し遂げることができるじゃろう」


 老人はそう言って微笑みを向けてきた。

「おい、俺の話聞けよ。俺はもうやり直すつもりなんて…」

 突然、脳を鷲掴みにされたかのような表しようのない痛みに苛まれ視界が狭まっていくのだけが分かった。


「えー、これからこのメンバーであ頑張っていくわけだが…。神島。おい、神島」

 名前を呼ばれる声に反応して目を開けると眩しい光が差し込んできた。

「入学早々居眠りとは良い度胸だな」

 ぼやけていた視界が少しずつ鮮明になっていく。

 妙に懐かしさを感じる木目の床に、壁に広がる濃いグリーン色の黒板と白文字。

 そこに書かれていた『後藤明日香』という名前を見て一気に目が覚めた。


「明日香先生?」

「いきなり名前呼びだなんて、随分と積極的ね神島くん」


 俺は、この時全てを察した。

 あの老人が言っていた人生のやり直しが現実に起きてしまったんだと。

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