第八話 「灰礁の抜け穴」
初めて書いてみました。よくわからない用語いっぱいあって、文章も拙いため聞きたいものがあれば言ってください。後書きで解説します。
作った設定をメモしておらず思い出しながらその場の雰囲気で書いてますので同じ意味なのに違う用語で書いちゃったりしてます。そのうち修正したいです。
1話あたりの文字数は2000〜6000くらいで考えてます。
雰囲気は王道な感じです。
霧が、白い壁になって近づいてくる。海も空も輪郭をなくして、船首は絵筆でぼかしたみたいに溶けた。鼻の奥に冷えた潮が刺さる。
「突っ込むぞ。潮は味方にできる」
舵輪に張りついたピンが、指先だけで微妙に角度を変える。
「エト、頼む」
「仮初の星、点す」
エトがティアラに触れると、甲板の上に淡い光点がいくつも浮いた。昼なのに星。輪郭の細い粒が、風に逆らって静止している。彼女は片手でペンを握り、もう片方でその星を“掬う”みたいに見上げた。
「右舷七度、速度そのまま。三秒後に左へ四度。みんな、今から“十秒間”に起きる危ないこと、私が全部言う。タケシ、前へ三歩、立て。……今!」
言われるままに前へ出る。足裏に“滑”の紋がない板目を選び、纏身で体を包む。次の瞬間、視界の端を黒い影が掠め、流木に貼られた第三律の“爆”が遅れて破裂した。船体を揺らす衝撃は、ピンの舵とヘイルの“重盤”で殺される。
「重盤、置く」
ヘイルは手のひら大の金属板を海へ投げた。板は水面に吸い込まれ、そこだけ波が沈む。波頭の勢いが一枚分削がれて、舵が素直に言うことを聞いた。
「右、漂流網だ! ニーナ、前に出ろ!」
ピンの声に、船員のニーナが走る。俺は錬成で腕に「鎖錨」を形作り、網の根を甲板に固定してから一気に引きちぎった。重さが肩に掛かるたび、手のひらの汗が冷える。
「ヘイル、寒笑人形はしまっておいて」
エトが淡々と釘を刺す。
「了解。今日は真面目ターンだ」
ヘイルは胸装の結界杭に手を当て、霧の圧力に合わせて薄膜の盾を船体に沿わせた。結界を張る代わりに“杭打ち”で自分を固定するデメリットは、全装掌握で自分だけ切ってある。やっぱりチートだ。
霧の向こうに、影。小さな船影が左へ流れる。
「追いついた!」
船員のオスカーが叫ぶ。俺たちは舷側に立ち、ロープを準備した。俺は呼吸を整え、錬成で「錐矢」を一瞬で形にする。
「いくよ、タケシ。……今」
エトの声に合わせ、錐矢を打ち込む。ロープが空を切り、相手の舷側へ食い込む。張りを調整して“貼”を重ねる。きしむ音。俺たちの船が寄る。接舷できる――と思った瞬間、違和感が走った。
「……無人?」
乗り込んだ甲板には、人影がない。舷側には第三律の“煙紋”が回っていた。白い線が風に溶け、足跡みたいな模様を遠くへ引っ張っている。
「デコイだ」
ヘイルがしゃがみ、床板に残る“擦り傷”を示す。「ここで別の小艇が離れた。煙紋で目を逸らしつつ、真逆」
そのとき、床下でぬちょ、と嫌な音。ニーナが板を蹴り上げると、硝子瓶が割れていた。中身は黒いゼリーの塊――海の瘴気を煮詰めたようなものが、空気に触れて動き出す。
「瘴潮!」
半液状の塊が板の隙間から這い上がり、甲板上で生き物じみた形を作っていく。形は一定しない。触れた木が黒ずみ、金具が軋んだ。
「散! 散!」
俺はまず足場を確保する。纏身で体を締め、回環刃を錬成。円を描く刃が瘴潮の先端を薄く削ぎ、動きを鈍らせる。
「ニーナ、左足“固”の線! ピン、舵止めて! ヘイル、前へ二歩!」
エトのコールがまるで音楽みたいに流れる。俺は鎖錨で瘴潮の塊を“引き”寄せ、ヘイルがそこへ重盤を落とす。重みが乗った瞬間、ゼラチンの塊がぐしゃりと沈んだ。瘴気が上がるが、エトが描いた清浄の紋が薄く煙を弾く。
「核がある。下」
真眼に力を入れる。視界の奥で、黒い塊の中に“濃”が一箇所だけ強い。頭痛が針みたいにこめかみを突いたが、そこへ回環刃を滑り込ませた。手応え。瘴潮が崩れ、残骸は海へ落ちて消えた。
息を吐く間もなく、甲板の板が盛り上がった。硬い甲殻が割って出る。海の蟹を十倍にしたような巨体――甲羅には第三律の刻印がびっしりと刻まれ、光が滲む。
「礁鎧カニ……!」
マリカが懐から銃を抜いた。濡れた海衣装の袖口から、指先がしなやかにのびる。4連のリボルバー。彼女は迷いがない。
「黄、まずは目と脚」
引き金が軽く鳴った。見えない“惑乱”が走り、蟹の複眼がかすかに濁る。脚の動きが一瞬だけちぐはぐになり、踏み込みの角度が狂った。
「青、関節」
次弾。マリカは腰の水筒から海水を舐めるように銃へ流し込む。青の“水穿弾”が関節部へ吸い込まれ、内部で破裂。甲羅の隙間から水煙が噴いた。
「タケシ、今」
エトの声。俺は軽歩で踏み込み、回環刃でその継ぎ目を断つ。手応えは石を割るみたいに固い。ヘイルがすかさず“要盾”を構えて角度を作り、蟹の鉗に重盤を叩きつけた。重みで関節が悲鳴を上げる。
蟹の尾が振り上がり、ニーナが避けきれずに甲板へ転がった。マリカは即座に弾倉を回し、緑の弾をニーナの肩へ撃ち込む。薬草の香りがふっと立ち、血の流れが止まる。
「助かった!」
「後で礼して。赤、締め」
マリカは左の掌を軽く切った。手袋に赤が滲む。赤弾が甲羅へ当たり、表面の血管みたいな筋が一瞬こわばる。凝血の“止め”だ。数発目で、その部分が力を失っていく。
「終いだ」
ヘイルが仮面の奥で息を吐き、“重盤”を甲羅の中央にもう一枚落とした。第三律の刻印がひび割れ、光が消える。巨体は膝をつき、そのまま動かなくなった。
甲板に静けさが戻ったころ、ヘイルは甲羅の内側を探り、湿った紙片を引き抜いた。海水を弾く特殊紙。端に第三律の細い筆致。
「“潮紙”だ。……『灰礁の抜け穴→黒潮洞→夜眼の断崖』」
ヘイルが読み上げる。エトは紙に描かれた線を見て、細く頷いた。
「この“線の揺れ”、先日の禍紋杭と同じ癖がある。書き手は同一。……おそらくは、五穢律の一人」
マリカは唇を噛んで海を見た。煙は薄くなり、霧がまた濃くなる。
「海面に霧。奴ら、どこかに陣を貼ってる。水中の洞を使うと思うわ。“黒潮洞”に繋がる沈み瀬がある。霧の中追っても巻かれる」
「潜るか」
ヘイルが言い、懐から丸い玉を二つ取り出した。透明に近い青、内側に泡が閉じ込められている。
「“泡心珠”。本物が一つ、俺様の改造品が一つ。改造は効きが短い。だから急ぐ。タケシは改造の方を持て」
「なんで俺?」
「若いから肺が持つ」
「理不尽!」
でも、時間がない。俺は改造珠を受け取り、腰に結びつけたロープをニーナに預ける。ヘイルは胸装の結界杭を一度だけ“受容”に切り替え、船体へ自分を固定してから俺へ合図を送る。
「エト、上から誘導を」
「任せて。星は、まだ残ってる」
彼女は仮初の星をもう一度点し、星読みで十秒ごとに角度と深度をコールする準備をした。マリカは銃に黄を装填し、甲板際に立つ。
「外から来る厄介は、私が止める」
「行くぞ、タケシ」
海は冷たい。泡心珠が喉の奥でぱちぱち弾け、肺に薄い空気が入ってくる感覚が不思議だ。耳が痛くなる前に、纏身で圧を散らし、軽歩で水を掴んで進む。
洞の入口は、海草に見せかけた第三律の“絡紐”で覆われていた。触れると即座に絡み、結び、締める罠だ。
「封、頼む」
「おう」
ヘイルが封糸を払い、結び目の“核”だけを縛って無力化する。俺は錬成で「杭縄」を打ち、岩に“貼”で固定して進行方向にアンカーを作った。水の流れが速い。黒潮。目の前の岩から“潮刃”が吹き出して、何もかも切り裂こうとする。
「タケシ、右へ一歩、下へ半身。今」
上から届く声が、やけに近くに感じた。エトの十秒は、ここでは命綱だ。俺は指示通り身体を捻り、潮刃をやりすごす。ヘイルは重盤を壁に“貼”り付け、流れの角を丸く変形させてくれた。
洞の奥に、微かな光。第三律の“織り台”。術式を中継し、霧帯全体に網を張る装置だ。
「ここだ」
俺は回環刃で“織り”の核を狙った。真眼で見える“濃”は、脳に砂を詰められたみたいに重い。頭痛の針が増えたが、刃が通る。ヘイルが紙符を剥がす。術が止まる。霧が、ほんの少し薄くなった気がした。
「戻るぞ。珠の効きが切れる」
水面に顔を出した瞬間、世界が広くなる。肺が火のように熱い。甲板からニーナの手が伸び、俺の腕を引いた。上がった俺の背中を、パルがぺしりと叩く。
「よくやった。生きてるのが一番のご馳走さ」
ヘイルも上がってきて、仮面の中で大きく息を吐いた。エトは短い安堵の息を漏らし、マリカは遠くを睨む。
「……抜けてる」
霧の切れ間、外海に黒い帆が二つ、三つ。舵は北東、目指すは断崖。ここからが本番だ。
「まだ間に合う。潮が背中を押す。行こう」
ピンが舵輪を両手で握った。指の関節が白くなる。
走り出す前に、静かな時間がひとつ挟まる。マリカが銃を下ろし、青い瞳を伏せた。
「……あのブローチはね。うちを拾った船長が、命と引き換えに守ってくれた。『これはお前の“青”だ』って。だから、失くすわけにいかない」
彼女の声は強かったが、端だけ少しだけ震えた。
「取り返そう」
俺は短く言った。胸の中の火を、その言葉に乗せる。
「星はまだ消えてない」
エトが続ける。
「俺様は殴られる準備はできてる」
ヘイルがぼそっと締めた。マリカは一瞬だけ吹き出し、すぐに真顔に戻る。
「のんびり殴ってる時間はないわ。走るよ」
「了解!」
帆が風を掴み、船は加速した。ピンが方角を示し、ニーナが綱を捌き、オスカーが風を読む。俺は錬成の切り替えを確認する。甲板戦用の“回環刃”と“鎖錨”。接舷戦用の“簡盾”と“杭縄”。頭の中で何度も入れ替えの手順をなぞる。
ヘイルは重盤の予備を帯に増やし、封糸と解札を胸元に差した。マリカは合図の仕方を短く共有する。「黄色で撹乱したら、青を合わせる。緑は指差し。赤は私が勝手に撃つ」。それだけ。
断崖が、霧の向こうに口を開いた。黒い壁に沿って、不自然な稲光が走る。雷じゃない。第三律の“織り”が空間に刺繍されている。巨大な網だ。目に見えない線が空気を歪ませ、鳥の羽ばたきが途中で消えた。
エトが目を細める。仮初の星が、彼女の周囲で微かに明滅した。
「待ち伏せ。……でも、一本だけ“抜け道”がある」
「どこだ」
ピンの声が低い。
「断崖と潮目が作る影。十秒ごとに動く。合わせれば、抜けられる」
「踏み込むぞ!」
舵輪が切られる。海が鳴った。霧の中、星の粒が、俺たちの行く道だけを薄く照らす。
俺は“迷子羅針盤”を握る。針は、恐ろしいくらいに真っ直ぐ“前”を指していた。




