第六話 「船狂いピン」
初めて書いてみました。よくわからない用語いっぱいあって、文章も拙いため聞きたいものがあれば言ってください。後書きで解説します。
作った設定をメモしておらず思い出しながらその場の雰囲気で書いてますので同じ意味なのに違う用語で書いちゃったりしてます。そのうち修正したいです。
1話あたりの文字数は2000〜6000くらいで考えてます。
雰囲気は王道な感じです。
港の朝は、魚とタールの匂いで目が覚める。桟橋の板が潮で軋み、鳥の鳴き声の向こうで波が崩れる音がする。
そこに、もう一つ、やかましい音が加わった。
「おーい! 船は恋人、海は母ちゃん! 船狂いのピン、ただいま参上だぁ!」
甲高い声とともに、派手な赤いバンダナの男が両手をぶんぶん振りながら走ってきた。腰には大小のロープが何本も巻かれて、片肩にはオール。歯は白い。目はさらに白い(興奮で)。
「……ほんとに“船狂い”だな」
俺は思わず口に出す。横でエトがくす、っと笑った。ヘイルは仮面を傾けて、なぜか誇らしげだ。
「紹介するぜ、船狂いのピン。B級冒険者にして、一流の操舵屋。俺様の古いツテだ」
「ツテってレベルじゃねえ、相棒だろ? おう、お前が噂の新入り、タケシだな! で、そっちが星見の嬢ちゃん!」
「タケシです。えっと……よろしく」
「エトです。よろしくお願いします」
ピンはひとしきり頷くと、ぐっと顔を寄せる。
「ところで、報酬は“海のムード”でいいか?」
「それ、通貨じゃないよ」
「あっはっは、冗談だ冗談! ちゃんとギルド伝票で受け取るよ。で、行き先はセリオスだっけ。風はいい、潮もいい。――条件そろった! 今日はいい日だ!」
ヘイルが肩をすくめる。
「な、冒険者っていいだろ? 日の出とともに動き、日の入りまで遊ぶ。仕事はその合間だ」
「逆じゃない?」
「逆だな」
ピンは満面の笑みで否定した。
⸻
出航前、俺たちは甲板で簡単な打ち合わせをした。エトが夜の“星見”で見えた断片――荒れた甲板、夜を切る四色の弾線、掌の青いブローチ、焦げた帆――を、ピンに伝える。
ピンは顎に手を当てて、港外の海図に指を滑らせた。
「四色の弾筋ってのは、セリオスでもできる奴が一人いる。――マリカ・ヴェルデだ。あいつが好むのは東帯の潮速い霧場。火薬が湿りやすいのを逆手に取る癖がある。焦げた甲板って話も合う。……なら、こっちの筋だな」
“あっち”ではなく、ピンは方角を定める。海霧の帯と潮の返し、風の切れ目――そのいくつかが一致しているらしい。
「七日。潮が味方すれば六日。敵なら八日。味方にさせるのは舵の腕、敵にさせないのは運だ。どっちも俺が持ってる!」
「自信はあるんだな」
「それが売りで飯食ってんだ」
ピンが目配せすると、甲板員が散っていく。
太い腕でロープを捌く“綱母”ニーナ、鼻歌が癖の舵番オスカー、やたら塩にうるさいコックのパル。どいつもこいつも、漫画みたいに濃い。だが動きは無駄がない。B級の看板は伊達じゃないらしい。
ヘイルが俺の耳元で囁いた。
「いいか、タケシ。船は“人”で動く。指示が通れば命が繋がる」
「わかった」
「それと、今日はプニプニ靴は自粛する。代わりに――」
そう言ってヘイルは、懐から掌サイズの木製人形を出した。目が点、口が横線の、なんとも言えない顔。
「“寒笑人形”。面白くない冗談を言うと、周囲に“寒っ”ていう空気を作ってくれる」
「やめろ」
「冗談だ。今日は封印。ほら、お前も何か持ってけ」
ヘイルはさらに、掌に収まるコンパスを俺に手渡した。針は北でも南でもない、ぐるぐる回って――ぴたりと止まる。
「“迷子羅針盤”。常に一番危ない方角を指す」
「いらないよ!」
「冗談だって。……いや、冗談半分だ。危ない時ほど役に立つ」
その言い方が一番危ない。
⸻
昼の海は広い。空の色を写したみたいな水面が続いて、遠くに細い雲が浮かぶ。最初の一日は、ほとんど釣りで過ぎた。
「タケシくん、竿はこう。糸は指で感じて。ほら、魚も生きてるから」
コックのパルに手ほどきを受け、俺はぎこちなく竿を振り込む。エトはと言えば、短い竿を抱えておずおずと真似している。ヘイルは……ヘイルはもう、名人の顔だ。
「こういうのはな、道具に仕事をさせるのさ」
ヘイルは“魚寄鈴”なる怪しい鈴を海面に向けて振った。チリリン。
……海が、ざわっと震えた気がした。
「ヘイル、それ、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫だとも。“魚”が寄って来る鈴だからな」
「魚限定?」
「うん。たぶん。おそらく。――おっと、来た!」
ヘイルの竿が大きくしなった。俺の糸にも、重い何かが掛かる。エトも、目を丸くして竿を抱えた。
「同時に三つ?」
ピンが舵から身を乗り出す。「おい、甲板、固定! タック準備!」
次の瞬間、海面が割れた。
牙が生えたヌメリのある口、硬い背鰭、脚みたいなヒレ。人の背丈ほどの“海鬼”が三体、船べりに身を打ち付けるように現れた。
「魚、じゃないよね!?」
「“魚”のつもりなんだろ、本人たちは!」
ヘイルが笑い、盾を抜いた。俺は慌てて“武器錬成”。海獣相手は、切るより“引っ掛ける”が早い。
俺の両手に、縄のついた錨が形を持つ――“錨鎖”。真眼で見た弱点、首元の白っぽい鱗に狙いを付け、甲板の柱へ一端を巻きつける。
「エト、足場!」
「了解」
エトはティアラに触れ、素早くペンを走らせる。甲板の板目に第二律の“滑”と“固”の紋を交互に刻む。海水で濡れた足場は滑るが、この“滑”は敵だけ滑る。仲間は“固”の線の上に立てば安定する。
「行くぞ!」
ヘイルが盾で一体の頭を受け止め、くるりと回って短剣を目の上に突き立てる。粘着手甲をオンにして、海鬼の顎を掴む。
「がっちり固定。タケシ、引け!」
「うおおっ!」
“錨鎖”を巻き上げると、白い鱗がバリバリ剥がれて、海鬼が悲鳴を上げる。エトの描いた“滑”の上で、海鬼の脚ヒレが空回りした。
「――今!」
エトが短詠唱で第一律の“刃風”を作り、海鬼の鰓を切り裂く。血潮が甲板に飛ぶが、エトの衣の紋はしっかり弾いた。
もう一体が船縁を乗り越えようとした瞬間、ピンの声が飛ぶ。
「左、切れ! 風落とせ!」
舵を切る。帆がはためき、船の重心が変わる。海鬼はバランスを崩し、海へずり落ちた。
落ちかけたところに、ヘイルが“重力籠手”を軽く叩き込む。海面に沈む勢いが一瞬増す。二体目、脱落。
最後の一体は、俺の方へ躍りかかってきた。
牙。臭い。嫌なぬめり。
足がすくむ。けど、すぐにエトの声。
「タケシ、半歩、左」
“星読み”の指示に身を委ねて、半歩。牙は俺の肩の縁をかすめ、代わりに甲板の柱に突き刺さった。
俺は“武器錬成”を切り替える。手の中で縄が変形し、“投網”。海鬼の頭から投げかぶせ、“纏身”で全身にルアを走らせてぐっと引く。
「ヘイル!」
「任せろ」
ヘイルが短剣を逆手に握り、顎の下から脳天へ一突き。
……静かになった。
「やるじゃねえか」
ピンが舵から親指を立てる。エトは胸の前で手を合わせ、ほうっと息を吐いて笑った。
「三匹も“釣れる”なんて、さすがです」
「いや、あの鈴のせいで……」
ヘイルは木人形をポンと叩く。
「今日のMVPは“魚寄鈴”だな。副賞は“寒笑人形”。タケシ、授与式だ」
「いらないってば!」
⸻
昼過ぎ、甲板の上には海鬼の切り身が並んだ。コックのパルが手際よく塩を振り、ハーブを揉み込み、鉄板で焼く。ニーナは大鍋でアラを煮て、潮の香りのするスープにする。
ヘイルは例の“笑煙草”を出そうとして、俺とエトに睨まれて素直に仕舞った。
「……うまい」
初めて食べる味だった。弾力があるのに、噛むとじゅわっと旨みが出る。エトも目を細めて、幸せそうに口に運ぶ。ヘイルは仮面の隙間から器用に食べて、親指を立てた。
ピンがジョッキを掲げる。
「海の恵みに、星の導きに、良い仲間に!」
「かんぱい」
「乾杯!」
ジョッキがぶつかる乾いた音が、空に消えた。
⸻
日が傾き、空がオレンジから群青へ変わる。風はまだ穏やか。船は波を切り、遠くに小さな光の点がいくつか見えた。通り過ぎる他船か、島の灯だ。
「ヘイル」
俺はジョッキを置き、切り出した。
「前に言ってた“マリカに借りがある”ってやつ。今、聞いてもいい?」
仮面がこちらを向く。ヘイルは肩をすくめ、ちょっと間を置いた。
「あー、それな。話せば長くなる。短く話すと――俺様が、無人島の財宝を横取りした」
「喧嘩になるじゃねえか!」
「なったよ。盛大にな」
ヘイルは甲板の縁にもたれ、海を見た。仮面の下の表情は見えない。でも声は、意外に柔らかかった。
「“泣き貝礁”って島がある。潮騒が洞に響いて、人の泣き声みたいな音がする。マリカの船が先に見つけててな。俺様は別ルート――海底の洞から入った」
「……海底?」
「“要盾”を舟にしてよ。浮力を増す印を刻んで、空気袋つけてな。で、先に宝間に着いた」
「最悪だ」
「宝は“泡心珠”っていう玉。これを持つと、水の中でもしばらく呼吸ができる。喉が泡立つのが欠点だが、まあ可愛いもんだ。で、俺様はそれを“持って”帰ろうとした」
「“持って”?」
「持って。……ただ、その時に、島の主が起きた。でかいカメだ。甲羅に珊瑚が生えてて、目が古い。マリカの船は入江で押し潰されそうになってた」
ヘイルは少しだけ息を吐いた。
「そこで俺様は、“泡心珠”を一個だけ残して、主を釣った」
「釣った?」
「“迷子羅針盤”で一番危ない方向に走った」
俺は思わず笑ってしまった。エトも手で口を覆う。
「主は俺様を追って、海底の洞に入っていった。そこで“爆発脚”をオンにして、洞を崩して塞いだ。……足は爆発したけどな」
「大丈夫だったの?」
「痛かった。めっちゃ。けど“全装掌握”で自分にだけデメリットを通さない――いや、通したが弱めにした。で、浮上した時には、マリカの船は生きてた。俺様は“泡心珠”を一つ手に入れ、マリカは船員全員の命を手に入れた。――借りがある、ってのはそういうことだ」
エトがそっと呟く。
「横取り、したけど、助けてもいる」
「そういうこと。世の中、綺麗でも汚くもない。混ざってる」
俺は肩の力が抜けたような気がした。怒ればいいのか呆れればいいのか、判断が遅れる。
それでも、最後の方だけは嫌いじゃなかった。
「……でも、その話、本人に言ったら殴られると思う」
「だろうな。だから俺様は、しばらく殴られつつ、酒を奢って、また殴られるつもりだ」
「最悪だ」
「だが楽しい」
ヘイルは笑ったように見えた。エトも小さく笑う。
海風が頬を撫で、甲板の板が温い。
⸻
航路はほとんど霧。六日目の昼過ぎ、薄い雲の切れ目から陽が差し、風が少し強くなった。
そのときだ。
「煙だ!」
オスカーが叫ぶ。
俺も見えた。遠く、海の水平線上に、薄い灰色が立ち上る。風がそれを細く引き伸ばしている。
ピンが舵輪を握り直す。
「距離、半里。帆、上げ! 前へ!」
ニーナがロープを引き、帆が風を掴む。船体がぎゅうっと軋み、速度が上がった。
近づくにつれて、煙の下に黒い影が見える。帆柱、甲板、船腹――船だ。
そして、色。
近づくにつれて、煙の下に黒い影が見える。帆柱、甲板、船腹――船だ。
そして、光。
昼の青空に、赤・青・緑・黄の四本の弾跡が走った。甲板上で誰かが小型の銃を素早く回している。
「……四色弾」
エトの睫毛が震える。「彼女だ」
ヘイルが頷き、仮面をわずかに傾ける。
「マリカで間違いねえ」
「行くぞ。喧嘩か、救助か、交渉か。それは近づいてから決める」
「うん」
俺は無意識に、腰の“迷子羅針盤”を握った。針は、まっすぐ“前”を指していた。
船は風を切り、波を割り、煙に向かって走る。
煙の匂いがわかる距離になったとき、俺は甲板の上に立つ“何か”が青い光を握っているのを見た。
……ブローチ。
手の中で、月みたいに光る青。
エトが一瞬だけ目を閉じ、開く。
星は昼でも、彼女の中では見えている。
「間に合わない……けど、間に合わせる」
彼女が言った。
俺たちは、走った。




