第五話 「港町の夜は星で満ちる」
初めて書いてみました。よくわからない用語いっぱいあって、文章も拙いため聞きたいものがあれば言ってください。後書きで解説します。
作った設定をメモしておらず思い出しながらその場の雰囲気で書いてますので同じ意味なのに違う用語で書いちゃったりしてます。そのうち修正したいです。
1話あたりの文字数は2000〜6000くらいで考えてます。
雰囲気は王道な感じです。
港へ下る石畳は、昼からずっと人であふれていた。屋台の煙と甘い香り、潮の匂い、はしゃぐ子どもたちの声。夜になれば灯籠が海面を漂い、空の星と港の光が溶けあう――ここノーザリスの港町では、季節の節目に“星見祭”が開かれるのだという。
「……賑やかだな」
俺は焼いた貝串をかじりながら、視界いっぱいに広がる灯りを眺めた。エトは白基調の衣に金の星飾り、耳元のイヤリングが夜気を震わせるたび、ちいさく音を立てている。ふだんは神秘めいている彼女が、祭りの灯に照らされて年相応の少女らしく見えるのが、なんとなくおかしかった。
「楽しいの、好きです。人の声が、ちゃんと生きてるってわかるから」
エトがほほ笑む。そこへ、鉄の仮面――ヘイルが、屋台から片手を上げて戻ってきた。仮面の横にくわえた串が似合うか似合わないかで言えば、めちゃくちゃ似合わない。
「ほい、串三本追加。ついでに祭り限定の“星屑飴”も買っといた。噛むとパチパチするやつな」
「ありがと。……って、ヘイル。歩く音」
俺が指摘するより早く、石畳に「プニ……プニ……」と柔らかい音が広がった。三人とも顔を見合わせ、そして同時にため息。
「またそれかよ……」
「……またですか」
「芸の一つもないと、冒険者なんてやってられねえのさ。ほら、笑えよ。笑うのはタダだ」
ヘイルが肩をすくめ、足元の歩音変化の呪靴をコツンと鳴らす。プニプニは鳴りやまない。初めて見た時は腹を抱えたが、三回目ともなるとツッコミが先に出る。祭りの喧噪に混ざって、妙に間の抜けた音がついてくるのが可笑しいやら、情けないやらだ。
⸻
星見祭の目玉は、海沿いの広場を練り歩く星灯籠の山車だった。若者たちが綱を引き、笛と太鼓がリズムを刻む。俺たちは路地の角でそれを眺めていたのだが――次の瞬間、山車がぐらりと傾いた。
「綱、切れてる!」
群衆がざわめき、子どもが悲鳴を上げる。山車は石畳を軋ませながら、屋台に突っ込もうとしていた。
「タケシ、右に二歩、屈んで。三、二、一、今!」
エトの声は落ち着いていた。星読みの眼――これから十秒間に起こる未来の束を一瞬で読み取り、最も安全な行動を即座に示す力。俺は言われた通りに身を落とし、纏身で体を軽く包む。そこへ人波が押し寄せたが、エトの指示どおりならぶつからない。
「ヘイル、車輪の左、重くして」
「合点」
ヘイルは“プニ”の足でタタタッと駆け、懐の袋――あの底が知れない無尽の袋――から円盤の魔道具を取り出すと、車輪の軸に“貼り”つけた。全装掌握の力で呪具のデメリットを切り捨て、重力を一時的に増やす。車輪は悲鳴のような音を上げ、山車の勢いが鈍った。
「俺は――これだ!」
俺は武器錬成。脳裏に思い描いたのは、先端が返しになった杭縄具。短い詠唱も呟かず、想像の形にルアを流し込む。空中に白い線が走り、手応えが生まれる。同時に軽歩で踏み込み、屋台の柱へ向けて杭を撃ち込んだ。甲高い音とともに縄が張り、山車の向きを強引に変える。
「ナイス。じゃ、止めだ」
ヘイルが仮面越しに口笛を吹き、両手で山車の縁を刃気で補強した掌で掴む。人には到底持てない重量を、そのまま地に押し付ける。仮面の奥で、たぶん楽しそうに笑っている。
まもなく担ぎ手たちが持ち直し、山車は安全な方向へ戻っていった。拍手と歓声が上がる。屋台の親父が、涙目で串を差し出した。
「助かったよ! 三人とも、ただもんじゃねえな!」
「ただの観光客だぜ?」
ヘイルが肩をすくめる。プニプニは相変わらずだ。俺とエトはまた顔を見合わせ、同時に小声でつぶやいた。
「「またそれかよ……」」
⸻
騒動がおさまると、俺たちは港を見下ろす高台へ移動した。屋根瓦が夜露を吸って黒く光り、遠くの海には灯籠の帯が漂う。風が塩と甘い露店の香りを運んできた。
「ヘイル、その袋、便利だな。なんでも入ってる」
「便利だとも。だが便利すぎる道具は心を鈍らせる。お前の錬成みたいに、その場で“必要”を形にできるのは強い。鍛錬は続けろ」
「……うん」
ヘイルは仮面越しに俺を見て、いつになく真面目な声を出したかと思うと、次の瞬間にはいつもの調子に戻っていた。
「さて、余興タイム。便鈴いくか?」
「やめてくれ」
俺とエトは同時に拒否した。以前一度だけ体験したが、半径二メートルの便意が微増するという最低の呪具だ。たしかにヘイルは無効化できるが、“わざと受ける”のが趣味なのが問題だ。
「じゃあこの笑煙草。吸うと面白かった出来事が勝手に思い出され――」
「それもやめろ」
「……ちぇっ。お前ら、だんだん俺の扱いが上手くなってきたな」
「学習しただけだよ。俺の胃も精神もまだ無事でいたい」
小競り合いをしながら、俺たちは高台の縁に腰を下ろした。エトが夜空を仰ぐ。髪が夜風に揺れ、星飾りが微かに震える。
「……すこし、星見をするね」
さきほどの“星読み”とは違う、もう一つの力。エトは静かに目を閉じ、胸の上で指を組む。灯籠の光の明滅が遠ざかり、彼女の呼吸だけがはっきりと聞こえる気がした。
やがて、目を開く。そこに、いつもの柔らかい表情はない。遠いものをそのまま見てしまった人の、焦点の合わない視線。
「……海の上。荒れた甲板。四つの色が、闇に線を描いていた。赤は止め、青は穿ち、緑は戻し、黄は惑わせる。どれも、小さな銃口から生まれていたよ」
「四色の……弾道?」
「うん。それと、月の光を飲み込んだみたいな、青いブローチ。掌に握られて、奪われかけていた。誰かが追ってる。誰かが守ってる。けど、どちらも間に合わない」
エトは言葉を選ぶように、区切りながら続けた。星見は象徴で語る。名前は、顔は、くっきりとは出ない。
ヘイルはしばらく黙っていたが、やがて短く息を吐いた。
「……それ、たぶんマリカ・ヴェルデだ。セリオスの海で“四色弾”を使う海賊船長。青い飾り物の噂がついて回る。昔、ちょっとした借りがある」
「マリカ……」
俺はその名を反芻した。まだ会ってもいない人の輪郭が、星明かりに溶けて浮かぶ気がした。
「タケシ、次は海だ。セリオスへ渡る。マリカの足跡を追えば、禍星に繋がるものが出てくる。私の星見は、そう言ってる」
エトの声は淡いが、芯がある。俺は頷いた。怖さが消えたわけじゃない。それでも、進むしかないのは理解している。
「わかった。……でも、海か。泳げないんだけど」
「船に乗れ。溺れたら、俺様が要盾で浮かせてやる」
「頼りにしてるよ、ヘイル」
「おう。ついでに歩音靴で、海上でも“プニプニ”鳴らしてやるよ」
「――またそれかよ!」
俺とエトのツッコミが、奇麗に重なった。仮面の向こうで、ヘイルが確実にどや顔をしているのが、手に取るようにわかった。
⸻
人混みが落ちついた深更、港は灯籠の残り火で薄明るい。遠くの波が寄せては返す。俺たちは宿へ戻る途中、ふいに足を止めた。海風の向こうから、笛の音がひとつだけ残って流れてくる。
「……タケシ」
「ん?」
「さっき、山車が傾いた時、君は何も考えずに動いた。怖がりながら、でも動いた。それはちゃんと、強いことだよ」
エトは言って、ほんのすこしだけ照れたように目を伏せた。俺は何も返せず、かわりに拳を握って胸に軽く当てた。言葉にできないものを、そうやって誤魔化した。
「なあ、二人とも」
ヘイルが空を指差す。雲はなく、星は溢れていた。海面に浮かんだ灯籠の帯が、空の星座と呼応しているみたいだ。
「明日の朝、船の段取りつける。セリオス行きの便、選り好みはできねぇから、昨日話した男だ……名前は、本人からでも聞け」
「頼もしいね」
「ま、俺様を誰だと思ってやがる。海でも陸でも空でも、面白いものは全部拾ってやるさ」
プニプニ。
無粋な足音が、奇麗な夜を少しだけ台無しにして、そしてなぜかちょうどよく締めてくれた。
俺たちは見上げた星を背に、宿へ歩き出した。明日の朝、港で合流。そこから、海へ。セリオスへ。エトの星見が指した先へ。
胸の奥で、小さく火が灯る。怖さのとなりに、期待が座る。俺はそれを両手で包むみたいにして、夜の匂いを吸い込んだ。
――また、冒険が始まる。




