第四話 「杭を折る音、港に鳴る」
初めて書いてみました。よくわからない用語いっぱいあって、文章も拙いため聞きたいものがあれば言ってください。後書きで解説します。
作った設定をメモしておらず思い出しながらその場の雰囲気で書いてますので同じ意味なのに違う用語で書いちゃったりしてます。そのうち修正したいです。
1話あたりの文字数は2000〜6000くらいで考えてます。
雰囲気は王道な感じです。
朝、宿の中庭に白い光が斜めに差していた。
エトが指をひらりと振ると、彼女の頭上に仮初の星がいくつも点った。透明な板に金砂を散らしたみたいな微光が、薄青い髪とティアラの縁をきらっと撫でる。
「……はい、タケシ、纏身から瞬歩、次に集甲を腹、号令で減衝に切替。合図は三、二、一」
息を整え、俺はルアを立てる。
「纏身」——薄膜が皮膚に吸いつく感覚。
「瞬歩」——前足が一枚、空気を踏んだみたいに軽くなる。
「集甲」——腹に重い盾を当てがうイメージ。
「減衝」——来る衝撃を潰して逃がす。
エトが星読みで“この十秒の波形”を掴み、「三、二、一」とだけ告げる。横から木剣が飛ぶ。エトの肩越しに、鉄仮面の男——ヘイルが、片手で木剣を弾きながらニヤついていた。
「腹って言ったろ!」
木剣が肋に当たる寸前、俺は真眼で木剣の軌道の偏りと力点を読む。減衝に切り替え、衝撃を地面へ逃がした。
「エトの合図が的確だ。タケシの真眼が噛み合ってきたな」
エトが満足げに手を叩く。
ヘイルは壁を“歩く”みたいに中庭の縁をくるくる回っている。足音がプニプニ。
……プニプニ?
「その靴、結局なんだよ」
「音を変えられる呪具だ。今日はプニプニの気分。かわいいだろ?」
「かわいくはない」
「だよなぁ!」エトが即答した。
ヘイルは肩を竦め、靴をつま先でコツンと叩く。次の足音はコツンコツンに変わった。
⸻
午前、ギルドへ。昨日、俺たちがへし折って提出した黒い杭の破片は、市衛(この街の警備隊)の机上で物々しい布に包まれていた。
市衛の隊長が地図を広げ、羽虫の出没地点に赤い石を置いていく。
「……円の一部みたいに並んでる」
俺が呟く前に、エトが星形のピンで赤石をすっと結んだ。細い線が弧を描く。
「この弧が続くなら——次はここ」
エトが指さしたのは街の下層、古い導水路の入り口だ。
「許可を出す。市衛からは案内を二名つける」
隊長が頷く。ヘイルは肩をすくめ、仮面の奥で笑った。
「じゃ、いっちょ“配管掃除”だ」
⸻
導水路は湿った冷気で満ちていた。壁には昔の第三律の工事陣の名残が薄く光り、ところどころに第二律の雑な紋が落書きみたいに残っている。素人じゃない、でも“急いで描いた”手つき。
「重さが、揺れる」
足裏がふわつく。ヘイルが顎で合図し、俺は纏身を厚めに、エトは簡易陣で天井の小石を留める。
「前の様子を見る」
ヘイルが壁をコツンコツンで歩いて先行する。吸い付く靴底。俺は瞬歩で飛び石を渡るみたいに進む。
奥に、杭があった。
黒い槍みたいなそれは、水路の中心に突き立ち、根元から回転する陣輪が幾重にも巡っている。陣は水を巻き込み、泥を泡立て、すり潰したような羽虫の翅が混ぜ込まれて——
「来るよ」
水が、立ち上がった。
泥と羽のざらつきが混ざった塊が、壁から、床から、杭を護るように連結していく。半透明の獣みたいな形になったかと思えば、ばらばらに砕けて飛沫で殴ってくる。
「“杭守”の即席版だね」
エトが短く言い、手早く第三律の逆相干渉陣を描く。陣の輪郭が小さく明滅し、杭の回転陣輪が一拍だけ“鈍る”。
「今!」
エトの短い合図が落ちる。
俺は真眼で回転陣輪の歪みと停止窓の幅を測り、鎖斧を差し込む角度を決める。
「三秒貸せ」
ヘイルが壁から弾け、盾を構えて泥塊に突っ込む。コツンコツンから無音に変わった足音が逆に不気味だ。
奴の突進で泥の盾がめくれ、杭の根元が露出する。
俺は武器錬成で鎖斧を握り、回転陣輪の“止まる瞬間”に刃を差し入れる。引く。甲高い悲鳴みたいな音とともに、陣輪がズレた。
「食らえ!」
楔を錬成して亀裂に叩き込み、つづけて鎚を生成。全体重とルアを集甲に溜めてから、叩き折る。
黒い杭は低く鳴き、ぱきん、と根から割れた。
水の獣が溶ける。泥と羽が流され、導水路の歪みが少しずつ収まっていった。
「やるじゃん、タケシ」
ヘイルが笑う。仮面越しでも嬉しそうなのがわかる。
「本気、出したらもっと速い?」
エトが首をかしげる。ヘイルは肩をすくめて、
「本気は、退屈なときだけ出す主義だ」
「今は退屈じゃないのかよ!」
泥を拭いながら俺が食ってかかると、エトがくすっと笑った。
⸻
杭のそば、小さな監視室みたいなスペースを見つけた。薄い寝具と、水の入った壺、干からびたパン。机には第二律の紋が書かれた紙切れと、小瓶がいくつか。
隅で、人影がびくりと動いた。
痩せた青年。腕に雑な抑制紋が焼き込まれ、目が焦点を結ばない。エトが静かに近づいて、肩を押さえ、低い声で安心させながら脈を測る。
「第五の“洗脳”じゃない。二律の薬紋で、感情を鈍麻させられてる」
「やったのは誰だ?」
俺が問うと、青年は唇を震わせた。
「……黒衣の、学者。……手袋に、五尖花」
そこまで話すと、頭を押さえてうずくまる。エトが減衝を掌に載せ、痛みを丸めてやる。
「彼は被害者だよ。市衛に引き渡して、治療を回そう」
「人で、こんなことを……」
言い切れない言葉が喉で固まる。
ヘイルは机上の紙片をぐるっと見回し、一本の線を指でなぞった。
「“杭は並べるもの”——か。線にする気らしいな」
⸻
ギルドに戻り、地図に二本目の位置を落とす。エトが星座の補助線みたいに薄線を引く。
……見えてくる。街を中心に、湾に沿って延びる弧。
ヘイルが指先で地図の端をつついた。
「この延長、海の向こうに抜けるぜ」
エトの睫毛がびく、と揺れて、すぐいつもの落ち着きに戻る。
「なら、次の杭は——セリオス方向かも」
「船、か」
俺が呟くと、ヘイルが仮面を軽く叩いた。
「俺様の知り合いに船持ってるやつがいる……ちょいと変わってるけどな。」
エトは小さく笑い、頷いた。「ね、夕方。港で話そう」
⸻
夕暮れ、桟橋。
赤く濡れた板に、海鳥の影。潮の匂いに、遠くの市場の喧噪が混じる。
ヘイルは欄干に背を預け、片手で小さな金属パーツを弄んでいた。歩音靴の“芯”らしい。
「さて、だ。昨日は“仮”。今日からは——」
仮面の奥の視線がこちらを射る。「本加入でいい」
「本当に?」
エトが目を丸くする。ヘイルは指を一本立てた。
「条件のおさらいな。一、俺様の自由は縛らない。二、魔道具を見つけたら報告。三、俺様がリーダー。——冗談だ」
最後だけ一瞬真顔で言うから、俺は反射的に眉をひそめ、エトが吹きだした。
「三は冗談として、一と二は——了解」
俺が言うと、ヘイルは指のパーツをぱちんと弾いてポケットにしまった。
「それと」
仮面がわずかにこちらへ傾く。「入る以上、素性ってやつを少し出す。俺の能力な」
エトが頷く。俺は姿勢を正した。
ヘイルは空いている手で、自分の胸当て、腕当て、靴、仮面を順に叩いた。
「全装掌握。簡単に言うと、“どんな装備や呪具でもリスクなしで扱える”。毒でも呪いでも、俺様には効かない。逆に、わざと効かせることもできるが——普通はやらない」
「——チートじゃん!!」
思わず叫んでいた。エトが肩をびくっと揺らし、すぐ笑う。
ヘイルは首をかしげた。
「チート?」
「反則級って意味」
「ふぅん。じゃ、お前らも反則だろ。エトは十秒の未来を一瞬で読み、タケシは状況に応じて武器錬成——登録枠とかいう縛りはあるが、実戦でそれはずるい」
「ずるいって言うな」
「お互い様、ってこと」
エトが柔らかくまとめる。「ただ——能力は“明かし過ぎない”。敵に対策を与えないために」
ヘイルは親指を立てた。「それは同意。戦いは情報だ」
「じゃあ、改めて。俺、タケシ。よろしく、ヘイル」
差し出した手に、ヘイルは仮面越しに一拍置いてから、がっしりと握り返す。
「俺様はヘイル・アゲイン。冒険王、なんて呼ぶなよ。むず痒い」
「呼ぶね」
エトがにこっと笑って言い、二人で軽く笑った。潮騒がリズムを刻む。
「役割も決めちゃおう」
エトが言葉を置く。「タケシは前線の成長枠。私が索敵と設計。ヘイルは突破と撹乱。三人で“十秒”の連携を作る」
「了解」
俺は頷き、胸の奥で何かが“カチ”と噛み合う音を聞いた気がした。
「じゃ、明日から海に出る段取りだ。船が必要になる」
ヘイルが桟橋の先を顎で示す。夕闇の向こうに、無数のマストが黒い森みたいに立っていた。
「ヘイルの知り合いに心当たりがあるって言ったよね?」
「ある。ちょいと変わってるが、腕は良い。……アホだがな」
ヘイルが肩を竦める。
(アホなのか…。なんか嫌な予感がする……)
「それと、最後に」
エトが小さく息を吸った。「さっきの五尖花——“学者”って人、たぶん五穢律側の協力者。杭は線にするための部品。……追いつくには、こっちも速度が必要」
「だったらなおさら、俺様の自由は大事だ。寄り道してでも近道を拾うのが俺の仕事」
ヘイルがそう言って、仮面の口元に見えない笑みを灯した。
潮風が強くなる。仮初の星が、風で流れた本当の星に溶ける。
明日から、海だ。
⸻
そのころ、屋根の上。
港と桟橋を見下ろす黒衣が一人。
薄い手袋の甲に、五尖花の印が彫られている。
「……二本。許容範囲」
短い独白が風に消えた。
黒衣は踵を返し、夜の背中へすべり落ちていった。




