表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/41

第40話 「黒の炎」



港の石畳に、足音と怒号が重なっていく。

覚醒の紋で目の焦点を失った兵が、波のように押し寄せた。


「チッ、きりがねぇ!」

ヘイルが黄金の手甲で一人の喉を払い、小盾を叩きつける。冥蝕盾の面に青白い燐がまた一つ、ちろりと灯った。


「援護に入る」

シンラがドランから身を引き、ヘイルの側面を刈り払う。槍の石突きが槍兵の脛を打ち、倒れたところをヘイルの爆足がまとめて吹き飛ばした。


「なぁシンラ! 竜になるやつは、やんねぇのか!」

「極力、使いたくはない。理性を失い、二度と“人”に戻れなくなる」

「そうかよ!」

ヘイルは短く笑い、首筋に刃を通す。

血飛沫。足元で石が濡れ、焦げた匂いが立ち上る。


「そっちのデカブツ、一匹さっさと倒せ!」

ヘイルが叫ぶ。


「言うのは簡単なのよ、このデカブツ――しかも、なんか臭いし!」

マリカが鼻をしかめる。


「……臭い、だと……」

金剛ドランの眉がぴくりと動いた。だが、攻撃は止まらない。

ドランは右手の大剣を水平に投げ放つ。鋼の板が唸りを上げ、回転しながらマリカへ。

同時に、残った左の大剣を抱えたまま、投げた剣の刃に飛び乗った。

滑空する刃が土壁に影を落とし、その上を騎る岩甲冑。異様な圧が迫る。


「来な」

マリカは土の精霊――ドンゴロに意識を送り、足元から土壁を幾重にもせり上げた。

一枚、二枚、三枚――。だがドランの滑空剣は壁を貫く。

崩落の轟音。砂塵の向こうで、マリカは素早く銃身に自らの血を塗る。

赤の凝固弾が土壁に“しゅっ”と吸い込まれ、硬質な音へと変わっていった。


「――固まれ!」

最後の土壁が赤く脈動し、瞬時に岩よりも固い層へ。

ドランが乗った剣は、そのままぶすりと突き刺さって停止した。


「ちっ」

ドランが壁を砕こうと腕に力を込める、その瞬間――。


土壁の横から、土煙を割ってマリカが飛び出した。

「そっちは人形!」

ドランの縦斬りは、マリカ――ではなく、土で編んだ即席の人形を真っ二つにする。

逆サイド。真正面から駆ける本物のマリカが、赤の弾を四発、至近で叩き込んだ。


「おらぁぁッ!」


二剣で防がれた二発が火花になり、漏れた二発がドランの右膝を打つ。

じわり、と膝の内側が凝固。岩のように重く、片膝が石畳にめり込んだ。


「――今!」

マリカが両手を地に叩く。土が蛇のように伸び、ドランの腰と両腕、脚を縛り上げる。

ドランが膂力で破ろうとした瞬間、マリカはさらに赤弾を土へ。

土の拘束が鉄帯のように締まり、金剛の名を持つ巨体を無力化した。


「やっぱ、うち――強くなったかも~~」

マリカがどや顔。

「……エンメル、早く助けろ!」

悔しげにドランが、路地の奥へ名を叫ぶ。


「――五穢律の!」

エトの顔色が変わる。


「ドラン。俺の名を呼ぶなと言ったはずだ、マヌケめ」

ぬるりとした声が割り込んだ。赤いローブの男――詠獄のエンメルが、フードの影から白い歯を見せる。

掌に炎の陣。詠唱が刺突のように短く、鋭い。


「炎槍」


タケシへ一直線。

「うおっ――!」

タケシは皇帝から授かった黒剣を抜き、炎槍を斬り割る。

刃にまとわりついた炎が“黒”に変じ、剣身と合わさる。

黒い焔が刀身に絡み、黒炎剣が唸った。


「ぶっつけ本番だけど――できた!」

手応えに、思わず口角が上がる。


「ほぉ、そんな芸当もできるのか」

エリオスが目を細める。


タケシは黒炎剣を構え、エンメルへ踏み込む。

黒い焔が床を舐め、ローブの裾を焦がす。

エンメルは一歩、二歩と下がり、「厄介な能力だな」とぼそり。

「お前らが――ピクシスが言っていた“英雄ごっこ”の連中か」


「それがどうした」

タケシは肩越しに吐き捨て、切っ先をわずかに跳ね上げる。

エンメルの口角が、楽しげに歪んだ。


「今日は引く。ドランの雑兵もやられた。……だが、覚えとけ。この大陸に来て、生きて出られると思うなよ」


「どういう意味じゃ?」

エリオスが問いかけるも、エンメルは答えない。代わりに、ゆっくりセロラを見た。

フードの奥の目が、いやらしく細まる。


「仲間面してるが、信用するな。……青髪。お前はまだ“マルグレン”じゃねぇか」

ねっとりと舌で転がすように言って、踵を返す。


「待て!」

エリオスが転移陣を半径二十メートルに展開、追跡の座標を掴む――が、

新たに雪崩れ込んだ覚醒兵が壁になって塞いだ。


「細けぇ話は後! 先に全部倒すぞ!」

ヘイルが叫び、爆装の踵で一帯を薙ぐ。

シンラが無言で突進、槍の一撃ごとに二人、三人と兵が瓦解した。

アルの矢が関節を射抜き、エトが負傷者の止血を回る。

タケシの黒炎剣が敵を裂き、マリカの黄が敵の平衡を奪う。

エリオスは杖で“脆化紋”を刻んでは、的確に数を減らしていった。


――やがて、港に静けさが戻る。



石畳に尻を落とし、タケシは息を吐いた。「……なんとか、倒し切れた」


「ふん。呪腕引裂剣を出しときゃ、もっと早かったがな」

ヘイルがぼやく。みんなの視線がぴしっと刺さったので、仮面の下で咳払い。

「……まぁ、いざって時だけにしとく」


マリカが、チラとセロラを見る。

「で。さっきの、セロラの件だけど」


セロラはヘイルの背で、しっかり鯨のぬいぐるみを抱きしめたまま、ひとこと。「はぁ、疲れた」


「こいつが“まだ”マルグレンだとしても、今んとこ害はねぇ。それで十分だろ」

ヘイルは肩を揺らし、いつもの調子。


エリオスが穏やかに続ける。「マルグレンがどのくらいで安定化ネフェルへ移るかは、ワシも研究したことがないでの。……ただ、マルグレンも種族の一つ。街で暮らす者もおる。さっきのエンメルとやらは、疑心暗鬼を植え付けたいだけじゃ」


「そうですね」

エトが頷く。「エルノアでもマルグレンを保護して、ネフェルへ導く活動はしています。セロラさんなら大丈夫です」


「……ふん」

セロラはぷいと横を向くが、抱える鯨はぎゅっと強くなった。


タケシは拳を握った。「仲間のことを、あいつ――敵みたいに言いやがって」


「上陸そうそう、五穢律。……派手だね」

アルが苦笑する。彼の視線は遠く、煙の柱をいくつも数えていた。



マリカに固められたままの金剛ドランに、ヘイルが歩み寄る。

「質問だ。“エンメル”とはどういう関係だ」


「俺の国――バスレア侯国の軍にいる同僚だ。それがどうした」

鉄面皮の奥に、かすかな苛立ち。


エトが一歩進む。「ドランさん。五穢律をご存知ですか?」


「なんだそれ? 二つ名みたいなんはねぇぞ、あいつに」

ドランは本当に首を傾げている。マリカが肩をすくめた。


「本気で知らない顔だね。現場の駒ってやつか」


「この大陸は国同士の争いが激しい。五穢律どころではないんじゃろう。……ゆえに“やつら”には、動きやすい土壌、というわけじゃ」

エリオスが静かにまとめる。


タケシは息を吸う。「ドランさんの国を辿れば、エンメル経由で禍星の情報に届くかも」


「賛成だ。英雄探しも大事だが、敵の勢力を削る。まずはエンメル」

ヘイルが短く言い、みんなが頷いた。



その時、青地に三日月の紋をつけた鎧の一団が駆け寄ってきた。

先頭の男が兜を脱ぎ、胸に手を当てる。


「オルディナ公国軍、ベーコン。――我々の街を救っていただき、感謝します」

名前のインパクトに、アルが「お腹すく」と小さく呟いたのは、誰も突っ込まない。


「捕虜を領主へ引き渡したい。どうか館へ」

ベーコンは礼を重ね、ドランの拘束を丁寧に引き取った。


領主館。

石造りの広間に、堂々たる体躯の男――ハガイタスがいた。

「我らが街を救ってくれた英雄諸君。……礼を言う。あなた方がいなければ、住人の多くが死んでいた」


「感謝はいいが、理由を教えろ」

ヘイルが遠慮もなく切り込む。「なんで争いが起きた?」


ハガイタスは重々しく頷き、地図を広げた。

「近頃、バスレア侯国は“ドラン”と謎の男を迎え入れ、周辺の小国を武力で従え中堅国へとのし上がろうとしている」

指が港町から伸び、いくつかの赤い印に触れる。


「大義名分も薄い。ただの略奪だ。……やつらはまず覚醒の紋を我が住人に打ち、内側を混乱させる。その隙に奇襲。――ここら一帯では悪名が轟いている」


「倫理観、ゼロ」

マリカが吐き捨てる。

タケシは奥歯を噛んだ。「理由もなく、あんな虐殺を……」


「匂いますね、バスレア」

エトが目を細める。


「何が臭い? ……体臭なら、確かに湯浴みをしていなさそうだった」

シンラが真正面からズレた答えを出し、エリオスが「そこじゃない」とため息をつく。


「とりあえずだ」

ヘイルが全員を見回す。「今日は休む。明日は情報収集。――タケシ、お前は復興を手伝え。顔が売れる」


「もちろん」

タケシは即答した。胸のどこかの痛みを、作業で紛らわせたかった。


ハガイタスは深く頷き、「宿と食事は街が持とう」と温かな言葉をくれた。


窓の外で、夕日が黒環山脈の縁を赤く染める。

遠いどこかの峰へ、黒い鳥が二羽、音もなく飛んでいった。


――バスレアの影を追う。

――そして、詠獄エンメルの名に、輪郭を与える。


物語は、また一歩、戦の大陸の奥へ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ