第三話 「黒い杭」
初めて書いてみました。よくわからない用語いっぱいあって、文章も拙いため聞きたいものがあれば言ってください。後書きで解説します。
作った設定をメモしておらず思い出しながらその場の雰囲気で書いてますので同じ意味なのに違う用語で書いちゃったりしてます。そのうち修正したいです。
1話あたりの文字数は2000〜6000くらいで考えてます。
雰囲気は王道な感じです。
夕焼けは、湿地をじわじわと煮詰めていた。空は赤く、影は長い。草むらの先に、かすかな膜のような音が漂っている――何千もの羽音が重なった音だ。
「合図したら、前へ。俺様が外周で押す。タケシは中心を切り裂け。嬢ちゃんは風向きの計算、頼む」
鉄の仮面の男――ヘイルの声は、妙に楽しげだった。俺は顎で頷き、薄布で口と鼻を覆う。呼吸は浅く、一定に。胸の奥でルアを少しだけ起こし、脚へ薄く回す。基礎技《纏身》
「風は北西から。いま群れは右へ寄ってる。――今」
エトの囁きに合わせ、ヘイルが指を鳴らした。その瞬間、仮面の両脇から投げられた小瓶がぱん、と弾け、青白い煙が一帯に薄く広がる。虫避けの香だ。群れの縁がわずかにひるむ。
「いくぞ!」
俺は湿地に足を取られないよう《纏身》を脚にもう一段重ね、低く跳び込む。視界の端で、エトが地面に素早く紋(第二律)を走らせる。簡易の《鎮虫》と《清浄》。群れの密度が少し崩れ、螺旋がほどける。
目の前に、赤い点の雲。俺は武器錬成を呼ぶ。想像し、形へ落とす。指の内側が熱くなり、掌に重みが生まれる――
「出ろ、“鎖”」
銀色の鎖が一瞬で伸び、網のように広がって群れの芯を絡め取る。絡んだ羽虫が空気を震わせ、鎖の編み目で弾けるように広がった。すかさず腕を一閃。鎖は散弾のように解けて、黄昏の空へ光を撒いた。
「いいね。じゃ、俺様は外を掃除する」
ヘイルは片手剣を抜き、小盾を肩へスライドするように装着した。足取りは軽く――そこで俺は気づく。ヘイルが一歩踏むたびに、「プニッ、プニッ」と妙な音がする。湿地の音じゃない、なんだこのプニプニ。
「……なに、今の音」
「おっと、バレた? 歩音ほおん切替の呪靴だよ。足音を“プニプニ”とか“コツンコツン”とか“どしんどしん”に変えられる。今はプニプニ期」
思わず笑いがこぼれた。顔の布の下で、肩が揺れる。
「なにそれ! 必要ある?」
「真面目すぎると、世界はつまらなくなる。覚えとけ、タケシ。遊び心は生存力だ」
ヘイルは冗談みたいな足音を撒き散らしつつ、しかし動きは鋭い。片手剣が空気を割るたび、羽虫の帯がスパッと切断され、盾の縁で押し流された虫が香の煙に溶けて消える。
俺は真眼を軽く開いた。映る。羽虫の渦が右に偏り、次の瞬間は左。地表近くに濃い“結び目”。そこが核だ。
「中心、あれだ!」
俺は泥を蹴って突っ込む。エトの《風導》の紋が背を押し、体が軽く運ばれる。渦の中心は、黒い塊だった。腐泥にまみれた球体――表面には細かい管が伸び、虫がそこから生まれては飛び立つ。俺は鍛えた腕で短棒を振り、鍛えた脚で踏み込み、錬成した楔を投げ込んだ。星の先端を模した金属の楔が、球の中心に突き刺さる。
ぐちゅ、と嫌な音。次の瞬間、地面が脈動した。
「下がれ、タケシ!」
ヘイルの叫び。地面の泥が盛り上がり、黒い“杭”が顔を出した。鉄でも木でもない。第三律の陣を焼き付けたような模様が全周に刻まれ、赤黒いルアがじりじりと滲む。杭から血色の羽虫が湧き、泥がまとわりついて、大きな形を作っていく――
「小ボス、お出ましだ」
泥の鎧を纏った泥骸。人型だが、腕は長く、指は鉤爪。胸には、さっきの黒い“禍紋杭”が刺さったまま心臓のように脈打っている。目にあたる部分で、何百という羽虫が明滅した。
「タケシ、杭が核! あれを折る!」
エトが叫び、同時に地面へ小さな立体陣を組む。第三律だ。薄い光の壁が三枚、泥骸の進路に扇形に浮かぶ。《衝膜》。泥の腕が叩き割るたび、膜が鳴り、エトの肩がびくりと揺れた。
「嬢ちゃん、負担を減らす」
ヘイルは前へ出た。片手剣の角度が一瞬変わって、泥骸の手首の“関節”に正確に入る。ざく、と泥と虫の筋が断ち切られ、肘から先が落ちた。落ちた腕がずるりと滑って俺の足首に絡む。
「うおっ」
《纏身》を一瞬厚くして、絡みつく泥を払い落とす。その間にも泥骸は膨らみ、背から新しい腕を生やし――どん、と叩きつけるような足音で突進してきた。
「くそ――!」
俺は武器錬成を呼ぶ。今度は鎚。柄は短く、頭は太い。重心をやや前に。足場が悪いから、振り切らず叩き込む。顎を引いて腰を落とす。来い。
泥の掌が横なぎに来る。真眼が瞬時に軌道を示す。半歩、下がる。掌が目の前を薙ぎ、頬に泥が散った。俺は泥骸のわき腹――杭に近い側へ踏み込み、鎚を全身で押し出す。手首じゃない、腰で。
どん。手応えがあり、泥が深くへこむ。が、粘る。もう一撃入れる前に、泥骸の肩が跳ね、逆の腕が俺の顔面を狙ってくる。――まずい。
盾の面が割り込んだ。金属と泥がぶつかる重い音。ヘイルだ。肩で受けず、腕で流す角度。押し込まず、滑らせる。プロの防御。
「良い踏み込み。でも、全力で笑え」
「今、誰が笑えるか!」
俺は怒鳴って、もう一度叩き込む。泥が裂け、杭の周りが露出した。杭の刻線が赤く脈打つ。第三律で汚した陣だ。地脈から何かを汲み上げ、群れを産む装置。
「嬢ちゃん、三数える。二で俺様、杭を固定。三でタケシ、折れ!」
「了解。――いち」
エトのペンが走り、杭の根元に《束縛》の紋が光る。
「に」
ヘイルが胸の装備に手を当て、短く息を吐いた。がきん、と重い音。彼の足元から小さな杭が四本、泥へ撃ち込まれ、胸の装甲が微かに展開する。簡易結界。代償としてその場に固定される呪具だが、ヘイルは当たり前のように無視して動いた。杭の根元を盾の縁で押さえ込み、片手剣を逆手に構える。
「さん!」
俺は鎚を捨て、武器錬成で楔を二本同時に生む。細い呼吸。核だけを視界に残す。真眼が薄く先を照らす。――いけ。
一打目は杭に“割れ”を作る角度。二打目はそこへ叩き込む角度。ぱきん。赤黒い光が弾け、杭の刻線が走りほどける。泥骸が全身を震わせ、羽虫の眼がばらばらに崩れ落ちた。
「まだ!」
エトが叫ぶ。杭の下から、さらに細い“根”が伸びて地面へ逃げようとしていた。第三律の立体陣がぱしゅんと光り、根の先に《封》の文字が浮かぶ。ヘイルが剣をすっと滑らせ、封の縁を切って根を露出――
俺は最後の一本を叩き折った。
静寂。羽音が、遠ざかった。泥骸は崩れ、ただの泥に戻っていく。黒い杭は、力を失ったただの汚れた棒になり、ぬるりと地面に倒れた。
呼吸を整える。エトが《清浄》の紋で俺とヘイルに付いた泥を軽く落とす。彼女の指が俺の頬に触れた。
「怪我は?」
「大丈夫。泥、まずかった」
「それは、そう」
ヘイルは倒れた杭をつま先で転がし、刻線を覗き込む。
「見覚えのない汚い改造だな。第三律の“陣”に、何か別の理で上塗りしてある。地脈を噛んで群れを産む――“禍紋杭”。どこの悪趣味だ?」
エトが膝をつき、杭の残滓に指をかざす。星飾りのティアラが微かに鳴った。
「――五穢律。この模様の奥に、やり口の匂いが残ってる。全部はわからないけど、“誰か”がここに杭を打ち、群れを撒いた。目的は、検証か、撹乱か」
「やっぱり、そういう連中か」
湿地に風が通り、赤は紫へと変わる。俺たちは杭を布にくるみ、証拠として携えた。帰る道すがら、プニプニ鳴る足音がまた妙に耳に残る。俺は横目でヘイルを見る。
「さっきの、『真面目すぎるとつまらない』ってやつ。戦闘中に言うことかよ」
「戦闘中だから、言うんだよ。肩を上げすぎると、視野が狭まる。緩むと、広がる。……それに、笑ってる方が、だいたい強い」
「俺は笑えないタイプだな」
「知ってる。だから言った」
エトが小さく笑って、前を向いた。
⸻
ギルドへ戻ると、証拠の杭はすぐに騒ぎを呼んだ。受付の女性の顔色が変わり、奥から責任者が出る。報告を簡潔にまとめ、場所、時間、風向き、群れの密度、発生源の形――エトは淡々と必要な項目を並べ、ヘイルは実地の所感を足し、俺は戦闘の体感を短く添えた。
「お見事です。報酬は規程どおり。……そして、この杭は市衛と共同で調査します。似た事例があれば、優先で知らせます」
封筒が二つ。ヘイルが「折半でいい」と言い、俺とエトが頷く。受け取った封筒の重みが数字以上に現実的で、俺はわずかに息をついた。
カウンターを離れたところで、俺はヘイルに声を掛けた。
「――話がある。長い」
「お、出た。長い話」
「せっかくだし、お酒でも飲みながらはどう?」とエト。ヘイルは肩をすくめ、仮面の奥で笑った気がした。
「綺麗な嬢ちゃんの誘いは断れねえ。行こう」
⸻
港沿いの酒場は、船乗りと傭兵と冒険者で賑わっていた。オイルランプの灯りがゆらめき、笑い声と金属の音が交じる。窓際の丸卓に腰を下ろし、薄い酒と魚のフライが運ばれる。
「で、長い話ってのは?」
ヘイルは仮面の下から器用に酒を流し込み、喉を鳴らした。俺は言葉を選び、率直に切り出す。
「十三英雄の予言。俺とエトは、そのうちの二人だ。――そして、お前も、そのひとり」
ヘイルは酒器を止め、仮面のスリット越しに俺を見た。数拍。酒場の喧騒が、遠のく。
「へえ。俺様が“英雄”ね」
皮肉ではない。軽口でもない。ただ、言葉の重さを指先で転がしているような響き。
「柄じゃないな。まずそこがひとつ。二つ目に――今の二人と俺様じゃ、実力差がありすぎる。嬢ちゃんはまだ“実戦の形”がある。タケシ、お前は筋はいいがヒヨコだ。俺様の足を引かない程度に引っかくくらいはできるが、頼るには早い」
ぐさり。わかってるけど、言われると痛い。
「それでも呼ぶ理由がある。禍星――ノクタルを倒すため。五穢律を止めるため。さっきの杭が、その証拠」
エトが静かに続けた。
「星見で見た。全部は言えないけれど……禍星の城には、常識をねじ曲げる呪具が眠ってる。『邪竜剣』『重力の籠手』『願いの書』『転移の設計図』『不老の秘薬』『水の石』『古い地図』――名前だけでも、胸が騒ぐものばかり」
ヘイルの指が、酒器の縁を軽く叩く。カン、という短い音が二度、鳴った。仮面の奥の視線が、ごくわずかに温度を増す。
「……悪くない。とても悪くない。未知と呪具、二大栄養素だ。話に乗らない理由が、薄くなってきた」
「じゃあ――」
「ただし、条件がある。三つ。ひとつ。俺様の自由を邪魔しない。寄り道も、変な拾い物も、俺様の性だ。止めるなら理屈をくれ。命の危険が直近にあるなら、聞く」
「うん」
「ふたつ。魔道具を見つけたら俺様に報告。持ち主や扱いは状況次第で決める。俺様が全部もらうとは言わない。ただ、見逃すのはなし」
「了解」
「みっつ。俺様がリーダーだ」
一瞬だけ、真顔の沈黙。ヘイルが肩を揺らした。
「冗談。いや、半分冗談。指揮は場面ごとに得意なやつが取る。俺様は勝手に動くが、必要なら合わせる。――どうだ?」
俺は呆れ混じりに笑い、頷いた。
「そのくらいなら、問題ない」
「私は大歓迎」
エトがにこりと笑う。酒場の端で誰かが歌い出し、拍手が起きた。窓の向こうの港には、夜風が渡っていく。
ヘイルは掌を差し出した。仮面の奥から覗く目が、ほんの少しだけ、少年みたいに輝いた気がした。
「じゃ、仮加入だ。十三英雄の一角。俺様、冒険王ヘイル」
「俺はタケシ」
「私はエト」
三人の手が重なる。酒場の喧騒が、少しだけ遠くなった。指先に、確かな熱があった。
握手が解けたあと、ヘイルがふと思い出したように言った。
「そうだ。さっきの杭、もう一本、別の場所にもあるはずだ。群れの“揺らぎ”が二重だった。明日、朝から探す。――それと、タケシ」
「ん?」
「さっき怒鳴ったの、悪くない。真面目は武器だ。だが、プニプニを笑える余裕は、もっと強い武器だぜ」
俺は……ちょっとだけ笑った。エトが肩をすくめ、薄く笑ってグラスを傾ける。
夜はまだ長い。俺たちの物語も、まだはじまったばかりだ




