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第二十一話 「覚醒の灯」

 初めて書いてみました。よくわからない用語いっぱいあって、文章も拙いため聞きたいものがあれば言ってください。後書きで解説します。

 作った設定をメモしておらず思い出しながらその場の雰囲気で書いてますので同じ意味なのに違う用語で書いちゃったりしてます。そのうち修正したいです。

 1話あたりの文字数は2000〜6000くらいで考えてます。

雰囲気は王道な感じです。



 洞の奥に据えた長机の上で、蝋がひたひたと溶け、黄の炎が静かに揺れていた。湿り気のある石壁に、棚の式札が影を落とす。焦げた薬草の匂いと、海の塩と、古い紙の粉っぽさがまざる空気の中――俺たちは、ようやく腰を下ろした。


 寝台では、アルガスが浅く呼吸を刻んでいる。刺し傷の縫合は済み、第二律で内出血は抑えられた。だが瞼は重く閉ざされたままだ。柱の根、反対側ではセロラが“縛鎖”でぐるぐる巻きにされ、さらに第三律の封じ紋――エリオスが施した細い縫い合わせ、「縫鎖封」が彼女の両腕の上で静かに光る。口輪も二重。眉間の皺は消えない。


「……経緯を、整えよう」


 エトが誰よりも先に口を開いた。落ち着いているが、声質の奥に疲労がうっすら滲む。彼女は手元の紙に簡単な図を描きながら、俺たちが辿ってきた線を繋ぎ直す。


「タケシたちは“静海の輪”を破り、渦ノ庭で第四のセロラと交戦。合流前に“青のブローチ”を一時拘束したけど――」


「すぐに津波で流された」


 俺が頷くと、マリカが肩を竦め、笑わない目だけで続ける。


「その津波の前に、黒い小艇が“上”を滑ってた。あれに積んでたのが本命だね。……青は、もう奪われた」


 アルは黙って聞いていたが、時々ふっと眉を寄せる。千里眼で見えた断片が、言葉にされて輪郭を持つのに合わせるように、彼の指が膝の上で小さく動いた。


 エリオスは腕組みのまま、短く息を吐いた。


「大精霊の欠片も、まとめて盗られた。こっちは、わしらの“道中での手間省き”で拾った分しかない。……敵は、二つを同時に押さえた計算になる」


 火の粉がぱち、と跳ねる。胸の奥が、嫌なふうに熱い。


「ま、負け戦の整理だけしてても腹は膨れねえ」


 ヘイルが仮面を軽く指で叩き、立ち上がる。「で、次は。――その前にだ」


 彼の視線がセロラに向いた。縛鎖は、微動だにしない女の肩に沿って、きっちりと交差している。


「訊けるもんは、今のうちに訊いとく」


「穏やかに、ね」


 エトが言い、エリオスに視線を送る。老人は頷き、机引き出しから細い銀環を取り出した。内側に、針の先ほどの細さで刻まれた微紋が三重に走る。


「“誠紋環”。嘘に反応して、光が濁る。無理に真実を引きずり出す仕掛けではない。第二の“鎮静”を薄く添えて、素直な返答だけ狙う」


 口輪を外すのは最小限の時間に限る、とエリオスは皆に目で合図した。ヘイルがセロラの背を軽く起こし、エリオスが銀環を女の喉元に触れさせる。エトが小さく息を呑み、俺は自然に体重を前へ傾ける。


 口輪の留め紐が解かれた。


 次の瞬間――セロラの顎が、蛇のように跳ねた。舌先が不自然に歯の間に滑り込み、顎の筋肉が噛み締めて――


「やめろ!」


 俺は反射的に彼女の頬を両手で挟み、指を口の奥へ突っ込んで舌を押し戻した。生臭い味が口中に広がる。セロラの目が、一秒だけ俺を憎悪で切り裂き――すぐにまた虚へ向いた。


 ヘイルが素早く口輪を締め直し、エリオスが第二の鎮静を重ねる。


「……今は無理だ」


 老人は銀環を外し、石卓に置いた。光は、最後まで“澄んだまま”だった。質問を発する前に、女は“答えられる口”そのものを自壊させようとした。エトが唇を薄く噛む。ヘイルは仮面の下で舌打ちし、椅子の背もたれを親指で弾いた。


「だから言ったろ。頭を開口してちょちょっと――」


「ダメ」


 エトとマリカと俺、三人の声が重なった。エリオスは肩をすくめ、ふむ、と笑って引き下がる。「冗談だ」と言いつつ、目は冗談の温度ではない。


 そのとき――寝台の方で、短く湿った咳がした。


 アルガスが、目を開けた。面布は外され、瞼は重いが、意識はそこに帰ってきている。最初に見たのは天井の煤、次に、俺たちの顔だった。


「……何故、私は、生きている」


 低い、擦れた声だった。俺は思わず、安堵と緊張をごちゃごちゃに混ぜた笑みを作ってしまう。


「運がよかった。というか、エリオスが上手かった」


「そうか。……あなたたちが」


 アルガスは小さく頷き、短い沈黙のあとで目を閉じた。それは礼でも侮蔑でもない、ただの、現実の受容だった。


「話を、聞かせてもらえるか」


 ヘイルが前に出る。真正面から、飾りのない声で。


「俺たちは“情報”を聞き出すために助けた。人助けで助けたんじゃねぇ。答えないなら――」


「殺すまで、と?」


 アルガスの口角が、わずかに上がった。俺が一歩にじり寄る。


「ヘイル、待て」


「……お前は、俺の手を掴むのが好きだな」


 ぶっきらぼうに言って、ヘイルは半歩下がる。アルガスは天井を見た。


「私を殺したところで、新たな“五穢律”が加わるだけ。計画に、影響はない」


 火の音が、一段潜った。マリカが鼻で笑う。


「じゃあ、倒しまくっても意味ないって話?」


「一応、命を救ってもらった形なので、一つ言います」


 アルガスは横目でこちらを見た。仮面と、星と、海と、弓を抱えた少年と――順に、短く視線を滑らせる。


「あなた達の“英雄ごっこ”は、こちらでも把握している。このまま我らの邪魔を続けるなら、そのうち別の“穢れ”が、抹殺に動く。……今のうちに手を引いたほうが身のためですよ」


「俺らが、そんな奴に負けると?」


 ヘイルが仮面の奥で目を細める。アルガスは、間髪入れずに言った。


「負けます」


「もう二人も、あんたらの手から落ちたけど?」


 マリカが顎でセロラを指す。アルガスは首を横に振る。


「戦闘力の話じゃなく、“覚悟”の話をしています」


 言葉の温度が、すとん、と落ちる。俺は思わず、拳を握り直した。


「何が、違う」


「――“五穢律”の正体を、知っていますか」


 アルガスは、目を閉じたまま問い返した。エリオスが杖の先で床を軽く叩く。


「その風貌、その匂い、足取り。マルグレンじゃろう」


 ヘイルは眉をひそめ、エトは小さく頷く。聞いたことがある――くらいの、遠い知識。アルは首を傾げ、マリカはあからさまに面倒くさそうに腕を組んだ。


「ルエル、ドラムン、ネフェル……」


 エリオスは机の上に古い地図を広げ、乾いた指先でいくつかの地域を指した。


「マルグレンは“変位の民”。本来の種から逸れ、器と魂の結び目が緩んだ者の総称。自ら求めて変わる例は少なく、たいていは事故や呪いや、絶望の副産物だ」


 アルガスは薄く笑った。


「博識ですね。……大体、合ってます。“五穢律”は、全てマルグレンです。しかし、多くのマルグレンが望まずに変わったのに対し――私たちは違う。望んで、なった」


 エトの睫毛が震えた。彼女は唇を閉じ、黙って続きを待つ。


「長らく続く戦乱に倦み、悪人に虐げられ、世界を憎んだ。望んで、マルグレンとなった。私たちは、破壊が終わるまで、止まらない」


「じゃあ、破壊が終わったあと、お前らが支配するのか?」


 ヘイルの声は乾いていた。アルガスは面倒くさそうに、しかしはっきりと首を振る。


「察しが悪い」


「なんだと?」


 ヘイルが頭を小突こうと一歩出るのを、俺は慌てて止めた。「まあまあ!」


 アルガスは薄く笑ってから、静かに言い切った。


「当然、破壊が終われば、我々は“自害”する。……だから“覚悟”が違うのです」


 焚き火の音だけがしばらく続いた。マリカは鼻で笑うのをやめ、エトは目を伏せ、ヘイルは仮面の奥で視線をどこにも置けなくなったみたいに動かした。アルは、言葉の意味を追いかけて、追いつけず、胸の前で拳を握りしめただけだった。


「ところで」


 エトが、息継ぎの位置で言葉を挟む。声は静かだが、芯がある。


「なぜ、北岬で倒れていたんですか」


 アルガスの口角が、はっきりと歪んだ。


「“ピクシス”にやられた。“紋戯のピクシス”。五穢律の一人だ。……セロラを助けに向かったら、計画に必要ないと言われた」


「裏切りも、平気なのね」


 マリカが肩を竦める。アルガスは、一拍置いてからわずかに首を振る。


「先ほど、五穢律は世界を憎んでマルグレン化したと“総称”しましたが――少し訂正しよう。ピクシスと、もう一人。あの二人は違う。面白半分でマルグレン化し、やりたいようにやっている。正真正銘の、クズだ」


「こいつ(セロラ)は、違うのか」


 ヘイルが背中の女を指で弾く。セロラは口輪越しに濁った息を吐き、床でころり、と転がった。


「彼女は違う。元は奴隷だ。私と同じく、世界を憎んでいる」


 セロラの目が、アルガスにだけ一瞬、焦点を結んだ。すぐにまた虚へ戻る。エトは小首をかしげた。


「アルガスさんは、なぜ“計画に必要ない”とわかっていながら、セロラさんを助けようと?」


「ピクシスは必要ないと言った。……私は、必要だと思った」


 それ以上の言葉は、喉の奥でほどけて消えた。だが足りない隙間は、十分に埋まっていた。マリカが口の端を上げる。


「そういうふうには、見えねぇけど?」


 アルガスは顔を背ける。エトは一度だけ、肩で火の匂いを吸い、頷いた。


「“ピクシス”ってやつがそんなクズなら――“英雄ごっこ”の私たちが、倒してやる。……情報を」


 マリカが言う。アルガスは首を横に振った。


「それは、目的のために答えない」


「ここまで話したんだ。いいだろ」


 ヘイルが膝に手を置いて前に出る。俺も思わず頷いた。アルガスは、薄く笑っただけだ。


「あなた達は、まだ気づいていないのですか。――先ほども言った。“覚悟”が違う」


 彼は、仰向けのまま、歯の奥で何かを噛んだ。エリオスの目が、鋭く細くなる。


「やめろ」


 ヘイルがとっさにアルガスの口へ手を伸ばす。だが、それは一拍遅れた。


「あなた達にここまで教えるのは――どうせ、今から私があなた達を“破壊”するからです」


 歯列の内側で、第二の紋が“起動”した。小さな音。だが、洞の空気が、それだけで一段深く“軋んだ”。


「離れろ!」


 エリオスが杖で床を叩く。第三律の“封陣”が寝台の下で広がるより速く、アルガスの全身に糸が湧いた。縫い目のように、裂け目のように、筋肉の間から春の芽みたいに生える糸が、瞬きの間に身体を包む。床の陣を食って増殖し、壁を登り、天井を走った。


「コロコロ」


 セロラは、コロコロと床で必死に転がって距離を取る。ヘイルは「お前はやかましい!」と怒鳴りつつ彼女を片手でひょい、と担ぎ上げ、口輪だけ外して叫ぶ。


「これはどうなってんだ!」


「コロコ…逃げなさい」


 セロラの声は掠れていたが、はっきりしていた。


「あの紋は、使用した者の“潜在”を強制的に引き出す。全ての破壊が終わるまで、止まらない」


「は?」


 ヘイルの仮面の奥で、目が一瞬だけ素で驚く。言葉の意味は、すぐに現実で補足された。


 糸が膨張した。人の大きさの“外”へ、さらに外へ。洞は広いが、広くない。天井の蔓を引きちぎり、石を砕き、アルガスは――“糸の巨躯”になった。おそらく三十メートルほど。洞に収まりきらず、屋根を破り、夜気へ巨腕を突き上げる。地鳴りが、隠れ家の器具を棚ごと落とした。外の森の鳥が、一斉に飛び立った。


「半径一里――いや、もっとだ。陣が、張られる」


 エリオスの声が乾く。第三律の感覚で、世界の“縫い目”が勝手に書き換えられていくのが見えるのだろう。地面だけではない。空にも、糸の薄膜が走り、星の光が“動いた”。


「来る!」


 エトの声。次の瞬間、隠れ家の周囲、半径一キロに張り巡らされた微陣が、順に“破裂”した。爆ぜるのは土と石。空気が圧で裂け、熱と衝撃が波となって押し寄せる。洞の入口の上で、石が砕け、火の粉が舞う。


 俺は“簡盾”を両腕の前に錬成し、“纏身”で全身にルアを走らせる。マリカは仲間の前へ躍り出て、黄を一発、全員の平衡を“補助”してから、青を連射――水の膜で飛沫弾の流れを逸らす。アルは矢をつがえ、第四の囁きで風の子に矢の軌道を任せ、崩れ落ちる梁を射抜いて落下方向をずらす。


 ヘイルはセロラを肩に担いだまま、片手で“要盾”を突き出し、もう片手で“重盤”を床に連打。爆圧の“足”を殺し、崩落の波の“峰”を踏み潰す。エリオスは第三律の“土壁陣”で洞の裂け目を応急処置し、第二の“抑爆紋”を要所に貼る。


「――――ちょっと、やべぇ!」


 全員が同時に悟った。これは“戦い”ではない。“災厄”だ。押し返す対象ではなく、やり過ごすべき波。


「脱出路!」


 ピンいないのに思わず誰かの名前を呼びそうになった俺に、エトが即答した。


「右――十秒、吹き抜け! タケシ、“鎖錨”で梁を引く!」


「了解!」


 俺は鎖を投げ、天井の支えを“斜め”に引いて崩落の角度を変える。ヘイルが吸着掌で壁を掴み、一足飛びにその向こう側へ。マリカは青で壁面に“踏み水”を作って駆け、アルは矢を連射して“落ちてくるもの”の“落ち方”を整える。エリオスは最後尾で第三の結界陣で、爆ぜる陣を防ぐ。


 地上に出た瞬間、夜が裂けた。糸の巨躯が、森の木々を束ねたような腕で、大地を薙ぐ。山一つ分の影が動き、空気が叫ぶ。遠くの岩が、紙の城みたいに崩れた。


 セロラが、ヘイルの肩の上で、かすれ声で言う。


「あれは、止まらない。……“世界の縫い目”に隙がなくなるまで、壊し続ける」


「止める方法は?」


「ない。発動者が、尽きるまで」


「尽きるって?」


「死ぬまで」


 ヘイルは仮面の下で、舌打ちを飲み込んだ。「クソが」


 エトが俺の袖を引く。金の瞳――じゃない、青の瞳が、真っ直ぐ俺を捉えた。


「タケシ。……“今は、逃げる”」


 俺は頷いた。逃げる、という選択が喉を逆なでする。けれど、見栄だけで残れば、死ぬ。全滅する。アルガスの“覚悟”とやらに殺されて、何も残らない。


「風下へ。森を盾に、谷を使う」


 エリオスの指示が飛ぶ。彼は杖を高く掲げ、第五の浮遊で身体を数尺浮かせると、空に薄い第三の“誘導線”を描いた。ルートは最短、そして最も“縫い目の薄い”方角。ヘイルがセロラを肩から背へ担ぎ直し、マリカがアルと俺の背中に短い“黄”を打って平衡感覚を補正する。


 背後で、大地が吠えた。糸の巨躯が、右腕をこちらへ――


「来る!」


 エトの“星読み”が、十秒先の“最短の無事”を鳴らす。俺は“簡盾”をさらに前へ重ね、ヘイルが“重盤”を空中へ投げ、階段のように走る。マリカが赤でその面を“凝固”し補強、アルが矢で“足場の次”を射抜く。エリオスが“結界陣”で直前の爆陣を“防御”して無効化。


 巨腕が地を打つ。波が飛ぶ。夜が、金属みたいにうなる。


「……こりゃ、やべぇなんてもんじゃねえ」


 ヘイルが短く笑った。笑っているのに、声は笑っていない。


          ◇


――どこか、遠くの海――


 黒い小艇の舳先で、ピクシスは頬杖をついた。胸ポケットの中で、青いブローチが“鼓動”する。彼は海面にしゃがれた星を一つ指で弾いて、唇の端を上げた。


「うん。起きたね」


 ルヴァンド大陸の各地に、ここ最近、静かにばらまいた“覚醒の紋”。一般人に使えばそれだけでB級やA級もどきの戦闘力を与える、その“玩具”を――“アルガス”クラスが使ったらどうなるか。答えは、夜の地鳴りと、空の悲鳴と、星の偏りが教えてくれる。


「最高」


 ピクシスは笑い、舵を切った。黒い帆の影が、波の間にすべり込む。彼の背後で、風がささやく。


 ――ああ、楽しい。


          ◇


 森の切れ目まで一気に駆け、谷底の影でようやく足を止めた。胸が焼ける。肺が海みたいに塩辛い。エトが短い“癒皮”を全員に走らせ、マリカが黄の余韻を消し、アルが矢筒を数える。セロラは縛鎖にさらに第三の“縫鎖封”を足され、ヘイルの背で、無言のままだ。


 上の方で、糸の巨躯が、なおも吠え続けている。星が欠けたみたいに、夜の一画が動くたび暗くなる。


「……計画を、立て直す」


 エリオスが短く言う。杖の先が地面に“コツ”と触れる。俺は頷き、喉の奥で固いものを飲み下した。マリカが顎で笑い、アルが拳を握り――エトが、夜空を見上げた。


 青い星は、ここにはない。けれど、遠くで、確かに“何か”が応えた気がした。


「逃げるのは、勝つための一手」


 エトの声は、柔らかく、それでいて揺れない。俺は肩で息をしながら笑った。


「……ああ。勝つために、“今は”逃げる」


 夜は長い。糸は尽きる。こちらの“覚悟”は、まだ終わらない。

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