第十三話 「目覚め、島の空気」
いやー複数視点難しいですね。やりたくないです。いつ合流するんでしょうか。
初めて書いてみました。よくわからない用語いっぱいあって、文章も拙いため聞きたいものがあれば言ってください。後書きで解説します。
作った設定をメモしておらず思い出しながらその場の雰囲気で書いてますので同じ意味なのに違う用語で書いちゃったりしてます。そのうち修正したいです。
1話あたりの文字数は2000〜6000くらいで考えてます。
雰囲気は王道な感じです。
潮のにおいと、薬草を煮出した甘苦い湯気が鼻に触れた。目を開けると、編み竹の天井が揺れている。高床の小屋だ。窓越しにヤシの葉が擦れ、海鳥が鳴く。背に当たる寝床は柔らかな繊維で、俺の全身は――特に、尻が――妙にはっきりと痛い。
「……ここ、は」
体を横向きにしようとして、ズキン、と尻が抗議した。うめき声が漏れる。視界の端、入口の簾から子どもたちが四人、縦一列でにゅっと顔を出した。興味津々の目が四連。
「し、死んでる?」
「いや、動いた」
「生き物?」
「おしりの人?」
「お尻の人ではない。タケシだ」
声が枯れている。ふらつく上体を肘で支えると、簾がからん、と上がった。白髪まじりの老人が、籠を抱えて入ってくる。ゆったりした目つき。肩に乾いた海藻の匂いがくっついている。
「おはようさん。ワシは族長。ここはエルリア族の村。流されてきたのを砂浜で見つけてな、みんなで運んだんじゃ」
老人の後ろから、さらり、と影が入った。白い肌に、陽に揺れる金髪と尖った耳。瞳は淡い金色。弓は革紐で肩に提げ、細身の背にすらりと収めている。目がよく笑うのではなく、よく“聞いて”いる目だ。
「初めまして。オイラはアルセリオ。――まずは、水」
木杯が差し出される。唇がひび割れていたのだと、飲んでから気づいた。喉に水が落ちていく音が、やけに大きい。
「助かった。俺はタケシ。……礼を言うよ。それと――お尻に塗る薬は、ないだろうか」
子ども列がざわつく。族長が「ははは」と笑い、籠から塗り薬の壺を出した。
「あるぞい。山の樹液と海藻の粉じゃ。お尻はな、命の次に大事じゃからの」
「そんな格言ある?」
アルセリオが目を細め、肩を揺らした。
「……あるのかも」
俺は薬を受け取り、うつ伏せになりかけて――また、ズキン。呻きながらも塗る。ひんやりして、助かった。
「デジャヴだ……」
思わず漏らした独り言に、アルセリオが小さく首を傾げた。
「前にも、似た目覚め方を、したの?」
「まあ、似たような目に、ね」
日本の柔らかな朝と、この島の朝が、ふっと重なる。揺れる葉、子どもの視線、薬草の匂い。違うのに、懐かしい。
「タケシ。腹、減ってるでしょ。スープ、飲もう」
差し出された椀からは、魚と根菜の香りが立った。塩気が体に染み渡る。
「……生き返る」
ほんとうに、そう思った。
⸻
午前はゆっくり休めと言われたのに、昼前には外へ出ていた。じっとしていると、落ち着かないのだ。
村は、のどかだ。砂浜に干し棚が並び、銀色の魚が陽を受けて光る。畑では女たちが根菜を抜き、男たちは網を修繕する。子どもたちは裸足で走り、犬のように笑う。潮騒が絶えず響いている。
「網、貸して」
俺はしゃがみ込み、破れ目に目を近づけた。武器錬成。掌に意識を落とし“調息”。魂の底で形を結ぶイメージを静かに“起こす”。
糸の太さ、針の角度、返しの向き――。
ふっと軽くなり、指に触れたのは、小さな“綱針”。その場で麻紐を撚って“小鉤”も錬成する。綱をくぐらせ、きゅっ、きゅっと締める。手は自然に動いた。
「おお……」
修繕していたおじさんの目が丸い。続けて、“簡盾”を薄めに錬成して、まな板サイズに調整し、包丁を走らせる女衆に渡す。
「これ、切りやすい板になってる」
「ルアを通せば固く、通さなければ軽い。水弾きもいい」
子どもたちには、おもちゃを錬成した。竹笛型の“風鳴”、小さな木の“跳球”。アルセリオも一緒に受け取り、子らの輪にそっと混ざる。彼はあまり喋らないが、よく笑う。笑うというより、“笑いの余韻を拾っている”顔だ。
族長まで混じってきて、跳球を追っては転び、子どもたちと一緒に大笑いする。俺も笑う。笑って、ふっと背の奥が軽くなった。
ひと息ついたとき、俺は浜の縁に膝を立てて座り、頭の中に、枠を描いた。
(登録枠――十三。増やせない。今の俺の“即席”で足りないのは、間合いの可変と、拘束と、突入の連携……)
思い出す。ヘイルの片手剣の刃筋。マリカの銃の“四色”。アルガスの糸のしつこさ。俺は砂に棒で、何本も線を引いた。
「糸を“打つ”……銃剣」
銃身の上に刃。射出されるのはルアで編んだ“糸”。捕縛、牽引、近接への移行。狙っている間、身を守る“簡盾”を薄く腰に回す補助仕様。
慎重に“調息”。胸骨の裏で、何かが“かちり”と嵌まる感覚――魂の回路に、一本、線が刻まれる。武器錬成の“登録”。取り消せない線。
「……よし」
握った感触は、冷たい。けれど、馴染む。銃口から伸びる刃の重心。引き金の重さ。巻き取るための“巻輪”。俺はそれを膝に置き、深く息を吐いた。
アルセリオが、いつからか隣に座っていた。砂浜の線を目で追い、俺の手の中のそれを“聞く”ように見ている。
「それ、名前は?」
「糸銃剣」
「強そう」
「強く……する」
自分に言い聞かせた。
⸻
午後、干し棚が急にざわついた。叫び声。鳥の影が空を幾重にも渦を巻く。
「海鳥群!」
干魚が次々にさらわれ、網が破られる。そこへ、砂丘から鼻息荒く“島猪”が降りてきた。群れだ。干物の匂いに釣られたか。
「下がって!」
俺は立ち上がり、糸銃剣を構えた。狙うのは――脛。痛いが、致命にならない場所。
引き金。銃口から“糸”が伸びる。光の細線が猪の脚に巻き、引き寄せる。俺は“纏身”で腰を落とし、力の流れを地に通して、猪の巨体を“地へ叩きつける”。土が跳ねた。
もう一頭。もう一本。空からは鳥が舞い降りてくる。俺は糸を“回環”させ、鳥の足を絡めて地へ落とす。威嚇だ。殺さない。村の子らが見ている。
「アル!」
「うん」
彼は長弓を引いた。指が弦に触れると、風が一瞬、歌う。矢は“火の精”をまとい、転げる猪の前足の土を焼いた。猪が怯む。その隙に、別の矢が正確に心臓を貫く。仕留めたのは必要数だけ。残りは山へ追い返した。
海鳥は“黄砂”の粉をぱっと撒かれると、目をしばたたき、塩風に乗って散っていく。アルの小さな袋から出た、精霊由来の粉だという。
静かになった。干し場には、散らばった魚と、転がる猪。村人たちが拍手をした。族長が、涙ぐみながら俺の手を握る。
「ありがとよ……ありがとよ」
俺は照れくさくて、頭を掻いた。尻がまた、ちくりとした。
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4.夕景の語らい—アルの輪郭
夕日が海に沈む。砂はまだ温かい。俺とアルセリオは並んで座り、空の最初の星を見た。
「オイラ、みんなの話を聞くのが好き」
彼がぽつりと言った。波の音に混ぜるように、穏やかな声で。
「漁の話、畑の話、子どもが今日、どんな転び方をしたか。聞いているとね、胸の中で小さな灯が増える感じがする。外海のことは、千里眼で“見る”ことで満たしてきた。でも、今日、目の前で話す“旅人”がいる。音が違う」
俺はしばらく、何も言えなかった。日本での平和な日常と、この島の夕景が、また重なる。手に入らないものは、いつだって輝く。
「……アル。外に出たいのか? 危険だらけだ」
「連れ出してくれるの?」
こちらを見ないまま、彼は微笑んだ。からかうでもなく、淡々と。
「タケシは、仲間がいるんでしょ。話を、聞かせて」
俺は、エトのこと、ヘイルのこと、ピンのこと、マリカのことを話した。海の霧、見えない網、笑いながら戦う仮面、灯籠の夜。アルは一言も挟まず、全部、聞いた。
「……会ってみたい」
彼は最後にそう言った。星がひとつ増えた。
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夜、漁師が浜から流れてきた木片を持ってきた。焦げ跡が、奇妙な線を描いている。俺は真眼を薄く開いた。頭の奥に、冷たい針先が触れる。
(――第三律の“残滓”。しかも……禍陣の匂い)
血の色が薄くなった気がした。けれど、ここで深追いしたら、せっかくの“灯”を持ち崩す。俺は木片を受け取り、胸の奥にしまう。
(今は、みんなを探す。明日だ)
潮の匂いが濃くなった。
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別の小島。白い浜に、折れたマストの影が伸びる。マリカは腰にカットラス、手にリボルバー。頬に乾いた潮。足元に散る板材。
「拾える骨は拾いな。帆柱の節、見て選ぶんだよ」
黄の弾を空に一発。波打ち際の“カニ”が目を押さえ、ふらつく。そこへ青で水穿、小さな穴を板材に作る。木釘が通りやすい。
「緑は切り傷だけにして。赤は、今は温存」
指先で弾倉を回しながら、彼女は短く言う。
無口な女船員トゥリオが頷き、無言で鑿を入れる。少年ルースは鼻歌交じりにロープを運ぶ。古参のガリンは「節を読む目をもっと肥やせ」と唸りながら、板をひっくり返した。
「船は家、帆は心。直すたび、私らも縫い直すんだよ」
マリカの言葉に、頷きが連なる。
ーーー
匂いを嗅ぎつけた便乗海賊が数人、浅瀬を蹴って近づいた。錆びた鉤、粗末な槍。
「資材を置いていけ」
「やだね」
黄→青。二連の撃音が、乾いた昼に弾ける。視界を奪われ、平衡を失った海賊の顎に、カットラスの柄が容赦なくめり込んだ。砂が跳ねる。立ち上がった一人の武器を、トゥリオの“無言の一撃”が払う。ガリンの足払い。ルースの「そらよっ」でロープが絡む。
血は少しだけ。死体は少しだけ。残りは逃げた。マリカは肩で息をして、唇の塩を舐める。
「修理完了まで二日。潮は待ってくれない。……刻むよ」
帆布の端に、指で“二”の印をつけた。
ーーー
夜。帆継ぎ布の裏に、亡くなった二十人の名が刺された。マリカは針を置き、空を見た。青いものが、胸に痛い。
「取り返す。あたしの青」
頬を濡らした涙は、指の甲で荒っぽく拭う。
「まずはタケシたちを探す。ヘイルは……まあ、殺しても死ななそうだし」
くす、とルースが笑った。火が小さく、温かかった」
ーーー
森は、牙をむく。湿った熱が肺に重い。草の影から、目が光る。
「右二」
エトの声に合わせ、ヘイルが体を滑らせた。“軽歩”。刃のような爪が頬を掠める。仮面の下で呼吸を切り分け、片手剣が一閃する。“刃気”が薄く伸びて、獣の喉が裂けた。A級相当の影が、また一つ、土に沈む。
――だが、出る。間髪なく、出る。
ヘイルの肩が重い。“要盾”を斜めに構え、投げられた岩を受け流す。足場が崩れる。エトは小さく首を振った。星は温存。“第二”“第三”の省エネで、滑り止めの紋、簡易の支え杭。息が細い。
森の奥で、地鳴りがした。空気が急に冷える。次の瞬間、世界が白い炎で塗りつぶされた。――咆哮。S級並の気配。息を吸う暇もなく、ブレスが走った。
「――っ!」
ヘイルはエトを抱き締め、背中を丸める。“要盾”を背に寄せ、直撃を薄く散らす。結界杭が“ガン”と地を噛むが、外れる。二人はそのまま崖へ、落ちた。
闇と枝と、土の匂い。着地の瞬間、ヘイルは“圧歩”で膝を柔らかく潰し、衝撃を殺す。背が砕けるかと思った。
「……いってえ」
意識が落ち、上がり、落ちた。
⸻
先に目覚めたのはエトだった。雨が、洞の入口を白く糸で縫っている。ヘイルの背には血が滲んでいる。エトは衣服の紋を起動し、衝撃吸収を強めた布で簡易の固定。式札を剥いで、止血と炎症抑え。仮初の星は点けない。星は、ここでは命そのものだ。
「……ヘイル。痛い?」
「痛いに決まってんだろ。……でもまあ、生きてると痛い。いいしるしだ」
目を開けたヘイルが、無理に軽口を言う。エトは、ほんの少し笑う。笑いながら、表情はほどかない。彼の胸の上で手を重ね、“調息”のリズムを揃える。
「少し眠ろう。十六分」
「時計かよ……」
眠気が、二人を同時に攫っていった。洞の水が、細く滴る音。獣の匂い。皮と鉄と、星の微かな香り。
⸻
目を覚ます直前、エトは星を一つだけ灯した。仮初の星。小さい。息のような光が、洞の天井ににじむ。
「今から十秒。出ない。次の十秒、左へ二歩。止まる」
洞の外を“何か”が巡回している。巨大な影だ。鼻で空気を吸い、吐く音が、岩で反響する。ヘイルは身を起こせないまま、拳を握るだけ握った。
「星が、隠してくれる」
「信じる」
十秒。十秒。十秒。心臓の鼓動が、メトロノームのように刻む間、影は洞の縁をゆっくり往復した。やがて、森の深い方へ去っていく。
ヘイルは長く息を吐き、仮面の額を指で押さえた。
「……なあ、エト」
「うん」
「さっき落ちる時、お前を抱えた俺、かっこよかった?」
「うん。かっこよかった」
「よし。じゃあ、あとで“寒笑人形”を――」
「それは、よくない」
即答。ヘイルは肩をすくめた。
⸻
洞の奥へ進む。灯りを最小限に。壁には古い第三律の“古陣”が薄く残り、ところどころに“補筆痕”。踏み跡は少ない。だが、道具跡は洗練されていた。紙の切れ端、ガラス管の破片。油の匂いは古いのに、整っている。
「律師の匂いだ」
ヘイルが呟く。
「うん。……近い」
もっと奥へ。石で封じられた“封板”が行く手を塞いだ。第三律の鍵仕掛け。ヘイルは封糸を指に巻き、糸目を探る。エトはペン先で、ほんの一筆だけ補助を入れた。
――かちり。
封板が、わずかに口を開ける。冷たい風が頬を撫で、古い紙をめくるような音がした。
⸻
5.声
暗闇の奥で、細い灯がともった。古いランタン。紙の灯芯がじじ、と音を立てる。光に浮かぶのは、痩せた男の影。長い外套。手は骨ばっている。眼光は暗いのに、冴えている。
「……騒がしいのう」
低い声。岩と紙に染みたような響き。
「傷だらけで、星の匂いも、鉄の匂いも濃い」
ヘイルとエトは反射的に身構えた。ヘイルの手は剣に、エトの指はペンに。男は、ランタンを少し持ち上げた。
「ここまで辿り着いたというだけで、話す価値はある。――名は?」
灯が、わずかに揺れた。
ヘイルの仮面が、静かに傾く。エトの睫毛が、微かに震える。
洞の灯が、二人の瞳に、深く映った




