第十話 「黒潮洞・夜眼の裂け目」
初めて書いてみました。よくわからない用語いっぱいあって、文章も拙いため聞きたいものがあれば言ってください。後書きで解説します。
作った設定をメモしておらず思い出しながらその場の雰囲気で書いてますので同じ意味なのに違う用語で書いちゃったりしてます。そのうち修正したいです。
1話あたりの文字数は2000〜6000くらいで考えてます。
雰囲気は王道な感じです。
第十話 「黒潮洞・夜眼の裂け目」
裂け目は、海の闇にひっそりと横たわっていた。波が吐いては飲み込むたび、黒いまぶたが薄く開く――そんなふうに見える。開眼の猶予は、ごくわずか。潮の呼吸と洞が噛み合う数分だけだ。
「今だ、突っ込む!」
舵輪を抱え込むピンの声が張る。
「前帆、半! ニーナ、右舷の綱で傾斜、二!」
「了解!」
ニーナが、甲板を走りながら綱を締める。船体がわずかに傾き、刃のような水の隙間へ舳先が滑り込んだ。
天井は低い。岩肌が斜めに張り出し、海中には白い渦が潜み、薄明かりはすぐ奥で千切れている。俺は反射的に息を止め、胸の奥でルアを掴む。
「――仮初の星、展開します」
エトが短く言って、額のティアラに触れた。指先から一粒、また一粒と光が生まれ、天井の晶洞に吸い込まれていく。暗い洞窟の天井に、人工の星がぱっと灯った。彼女の“星読み”が十秒分、息を吹き返す。
「タケシ、三、二、一……左舷の支柱へ“鉤綱”。固定は一瞬で切り替え」
「了解!」
俺は武器錬成。想像の形にルアを通し、手の中でフック付の太綱が形を持つ。甲板の支柱を抱かせ、フックを岩棚に打ち込む――次の瞬間、船体がぐらりと引かれた。
「今度は“鎖錨”、舳先から二十度下!」
すぐ切り替える。錨が水中に沈み、鎖の重みが船の鼻先を抑える。岩角が頭上を掠めた。冷たい汗が背をつたう。
ヘイルは甲板から身を乗り出し、掌ほどの鉄板――“重盤”を次々と投げ込んでいく。投げた先の水面が鈍く沈み、さっきまで走っていた波の筋がねじれて消えた。水の足場が、間欠的に“そこにある”かのように。
「ヘイル、いいところ! そのまま水面の山を平らにして」
「任された!」
仮面越しに声だけは軽いが、動きは鋭い。胸装の留め具を確かめ、投げた重盤の位置を瞬きもしないで追っている。
そのとき、洞の奥から、妙な“反響”が返ってきた。前方の水面が、鏡のように滑らかに見える。けれど、揺れの位相がずれている。
「第三律の“反響紋”だ」ヘイルが短く言う。「偽の水路が描いてある」
舵が少しだけ、逆に吸い込まれた。ピンの手首が跳ねる。
「待って、星が乱れる……」
エトの声が一瞬だけ細くなる。貼りつけた星の光が、反響でにじんだ。
「俺が見る」
俺は真眼を開く。情報が雪崩のように流れ込む。水がほんとうに“通っている筋”――流導線は、偽の滑面から指一本分ずれた黒い溝だ。凝視した瞬間、こめかみの奥で頭痛が立ち上がる。だが、目を逸らせない。
「あの溝だ。舳先、あと二つ分、右。……いける!」
「信じる!」
ピンの舵輪が切られた。船はぎりぎりで滑り込む。偽の水面が背後でぬるりと閉じ、岩の歯が右舷を撫でた。
「封糸をいく」
ヘイルが指に白い糸を絡め、反響札の角を一気に縫い塞ぐ。パチン、と洞の音がひとつ消えた。
「よし、息を合わせて――」
緊張をほどこうと、ヘイルが懐から“海中拡声器”を出す。
「全員、落ち着――」
洞内に、甲高い“キュピピピ”が響き渡った。
「誰だ今の小魚みたいな声は!」
舵の上からピンが叫ぶ。甲板に笑いが走る。緊張の糸がほんの少しだけ緩んだ。ヘイルは拡声器をそっとしまった。
笑いの残響が消える前に、暗闇が膨らんだ。
前方の水面に、巨大な影。円を描く翼膜、ぬるりと開く一つ目――
「渦眼鰩だ、注意!」とピン。
単眼の視線が船体を舐めた瞬間、空気が押し潰された。重力が曲がる。舳先が引きずられていく。
船が渦芯に寄せられる感覚。甲板の鳩尾がぎゅっと縮む。
「任せろ。結界展開――杭、受容で」
ヘイルの胸装が低く唸った。装甲の隙間から、四つの杭が“ガキン”と甲板へ突き出す。結界が船体の外周に淡い膜を張り、渦の引力を受け止める。その代償として、杭がヘイルの胸を中心に彼自身を甲板へ“縫い付けた”。
「くっ、やっぱ痛えな……だが持つ。落ちるなよ!」
吸着掌をオン。ヘイルは甲板端へ滑る船員の腕を次々掴み取り、杭に縛り付ける。
「吸引が弱まる二秒が来る。三、二、一――今。タケシ、渦芯へ“鎖錨”を投げて!」
エトの声に重なるように、俺は鎖錨を投げ込む。鎖が水を裂き、渦の中心で一瞬“止まる”。全身のルアを鎖へ通し、渦の芯を引き戻すイメージで引く。
「マリカ、目に“黄(惑乱)”を!」
「任せぇ!」
マリカがリボルバーを抜きざまに一発。弾丸は光をともなって単眼の縁で“弾け”、渦眼鰩の平衡を狂わせる。
「続けて“青(水穿)”」
彼女は甲板のバケツの水面に銃口を触れ、きゅっと引き金を絞る。青い弾が水を抱いて飛び、単眼の縁から内部へ潜り込む。
「硬くするよ――“赤(凝血)”」
彼女は自分の指先を噛み、血で銃身をなぞって一発。赤が膜の継ぎ目に滲み、そこが石のように固くなった。
「タケシ、今!」
「“回環刃”!」
輪状の薄刃を錬成し、硬化した継ぎ目だけを、刃の外周でなぞるように切り裂く。薄い膜がスパッと割れ、渦眼鰩が苦鳴を上げた。
吸引がわずかに緩む。エトがすかさず指示を重ねる。
「右舷の隙、二歩分。“簡盾”を強く――そう!」
俺は身体の前に“盾”を錬成して立てる。盾の表面に、敵の陣の細い糸が走った。
次の瞬間、盾の中心が穴だらけになりかける。第三律の“上書き”――こちらの紋や術を、上から縫い替えて反転させるあの技だ。
「エト!」
「見えてる」
エトのペン先が、空にほとんど見えない速さで走る。小さな補筆が、盾の穴を塞いだ。
ヘイルは潮目笛を一度だけ短く吹く。洞の風が逆に流れ、渦眼鰩の翼膜が一瞬だけめくれ上がった。
「――沈め!」
ヘイルが“重盤”を渦眼鰩の下へ叩き込む。水面が一重、二重と鈍って、巨大な影が持ち上がるように沈んだ。
船体の引きがほどける。杭がわずかに鳴き、ヘイルの肩が落ちる。
渦眼鰩は痙攣しながら海底へ沈降していった。波紋が静まり、洞の空気がひと息吐く。
「終わり……じゃないな」
ピンが舵を支えながら言う。俺は息を継ぎ、周囲を見渡す。岩肌に、海藻と貝殻が糸のように縫い付けられた“印”が刻まれているのが見えた。第三律の札に、潮のデータが混ぜてある――
「“潮刻印”。潮の重なりと、水路の切り替えを管理してる」
エトが近づいて指でなぞる。札に残った情報を読み取り、眉を寄せた。
「小艇は“転写水路”でさらに奥へ。……次に“潮窓”が開くのは、今夜、二刻後」
焦りの熱が、隣から伝わる。マリカだ。拳を握り、歯を噛んでいる。
「今、追えねえのか」
その声には、仲間を失った怒りも、青いブローチを奪われた痛みも、全部入っていた。
エトは一瞬、貼り付けた仮初の星を数え、胸元に手を当てて小さく首を振る。
「このままでは……私の星が持たない。タケシも消耗してる。行けはする、でも、戻れない可能性がある」
俺はうなずいて、マリカを見た。
「取り返す。絶対に。でも、賭けじゃなく勝ちに行く。二刻後の潮窓で確実に」
マリカは一度だけ目を閉じ、短く息を吐いた。
「……わかった。逃したら、あたしがぶっ飛ばす」
「そのときは俺も殴られるかな」
ヘイルが杭を外しながらぼそっと言う。仮面の下の苦笑が、少しだけ救いになった。
「待て、これ」
岩棚の陰に、細い札が布片と一緒に引っかかっていた。俺は真眼の痛みに耐え、札に通る“導線”を探る。さっきアルガスの袖から抜いた導線札と似た手触り。
破片は――“夜眼の下層・黒潮落差”。滝壺へ通じる座標が、糸で示されていた。
「目的地は確定だ」
ピンが舵輪を軽く叩く。「引き返す。二刻で整えて、もう一度入る」
洞の奥で、水が縫い始めた。裂け目の縁が、細い糸でゆっくり閉じていく。
「戻るぞ、全員準備!」
ピンの声。ニーナが綱を締め、オスカーが帆を落とす。
「タケシ、最後尾、マストを“鉤綱”で引っ張って角度を保って。ヘイル、水面に“重盤”、連打。エト、右舷の岩角に“刃気”で受け流すタイミング、コールお願い」
「了解。三、二、一――今」
俺は纏身で身体を軽く包み、腕に刃気を薄く走らせる。右舷の岩角が船腹に迫った瞬間、刃の面で斜めに受け流す。石が“キイ”と鳴り、船体がひらりと逃げた。
ヘイルの重盤が水面を“踏み石”に変え、マストが鉤綱で引き剥がされ、裂け目の縫い目が背後で音もなく閉じた。
――外だ。
濃い潮の匂いが肺に入り、胸の奥の固さがすこし溶けた。
◇
甲板に、深い呼吸が戻ってくる。
エトは仮初の星をほどき、ペンをしまう。掌がほんのり震えているのを、彼女自身が“調息”でなだめている。
「二刻の間は、式札と第二律で補助するね。星は温存する」
「助かる」
俺は頷いて、短い復習を始めた。錬成の切替を三秒で――“簡盾”から“鎖錨”、次いで“鉤綱”、最後に“回環刃”。呼吸と一緒に入れ替える。躓けば、たぶん死ぬ。体に覚え込ませるしかない。
ヘイルは仮面の額を指で押さえ、重盤を数えて補充する。封糸の束を新しく巻き、解呪札を一人ひとりに配った。
「念のため、これも――」
懐から出てきたのは、例の“寒笑人形”。全員の視線が一斉に突き刺さる。
「はい、しまいます」
マリカは甲板の片隅で、弾倉をばらし、薬草を切って小瓶に詰めていた。指先の震えは止まっている。顔色は悪い。赤の代償が体に残っているのだ。
それでも、彼女は立ち上がって短い盃を海へ流した。
「……行ってこい。遅れて悪かった」
灯りに照らされた盃が、波に揺られて遠ざかる。エトがささやかな守り紋を盃に描き添え、俺は胸に拳を当てた。ヘイルは仮面に触れ、短く「酒は帰ってからだ」とだけ言って、ポーチを閉めた。
潮が西へ寄っていく。空は群青に染まり、遠くの雲が赤を溶かし込む。
「二刻」
ピンが潮汐表に目を落とし、第三律の“潮刻印”を上書きするように細い線を引いた。
「“夜眼の裂け目”は、また開く。今度は、ど真ん中まで行く」
「道中の“上書き”対策は?」
エトが問う。
「糸の結節を俺が抜き陣を崩す。もし上書きされたら、エトが補筆して殺してくれ」
俺が言うと、彼女はこくりと頷いた。
「ヘイルは重盤を節約、要所で使う。ピンは舵で波の“呼吸”に合わせる。ニーナ、落水救助の綱を二重に」
「了解!」
段取りを詰めるうちに、甲板の空気がまた少しだけ軽くなる。コックのパルが大鍋を抱えて現れた。
「海鬼つみれ、できたぞー。辛いのは血の巡りにええからな!」
湯気が立つ椀が配られ、俺はひと口すすってむせた。
「辛っ……!」
エトも目を丸くして、ふうふうと息を吹きかける。
「辛味は痛覚、つまり訓練だ」ヘイルが真顔で言う。
「今は真面目ターン!」とピンが即ツッコミ。甲板に笑いが散った。
◇
二刻は、長いようで短かった。
潮が返し、風がわずかに変わる。星が濃くなる。その頃合いを待って、俺たちはもう一度、黒い裂け目の前に立つ。
洞の奥から、低い唸りが漏れてきた。糸の擦れる音に、水の轟き。そして、もうひとつ――
「……何か、混じってる」
エトの睫毛が揺れる。星読みが十秒先を射抜いた。
「糸と、水。それから、“影”」
第三律の隊長、アルガスの糸声に、別の律の気配が重なっている。
ピンが舵を握り直し、俺たちは互いに目を合わせた。
「本番は、ここからだ」
ピンの言葉に、全員がうなずく。
帆がわずかに張り、船が前へ滑る。洞は、再び眼を開いた。
――行く。
握った鉤綱に、手の汗が冷たく滲んだ。エトの仮初の星がまたひとつ、天井に灯る。ヘイルは重盤を親指で弾き、マリカは銃身を胸でそっと押さえた。
黒潮洞の口が、静かに飲み込む。
俺たちも、ためらいなく、そこへ。




