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第九話 断崖の見えない網

 初めて書いてみました。よくわからない用語いっぱいあって、文章も拙いため聞きたいものがあれば言ってください。後書きで解説します。

 作った設定をメモしておらず思い出しながらその場の雰囲気で書いてますので同じ意味なのに違う用語で書いちゃったりしてます。そのうち修正したいです。

 1話あたりの文字数は2000〜6000くらいで考えてます。

雰囲気は王道な感じです。



 霧は白い壁だった。海も空も呑みこんで、船の先端だけが世界の端みたいに浮いている。


「――仮初の星、展開。十秒、読むよ」


 エトが胸元のティアラに触れ、空のない甲板に小さな星をばら撒く。淡い光点が円環に並ぶのと同時に、彼女の声が低くなる。


「四歩前傾、右舷に二度。三、二、一――今」


 ピンが即座に舵を切り、ニーナが綱で船体を引き倒す。船底が波を噛み、ぬるりと進路がずれた。次の瞬間、霧の内側で何かが水面を擦る音。見えない網――やはり罠があった。


「タケシ、マストに簡盾! 舷側に切替、鎖錨で支柱固定!」


「了解!」


 俺は“武器錬成”。左手に薄い“簡盾”、右手に“鎖錨”。盾で飛沫の粒立ちを読み、網の擦過を感じた刹那に切替える。鎖を舷側の支柱へ巻き、舫いを補強。甲板の下から船体が軋む。嫌な音だが、まだ折れてない。


「重盤、投下」


 ヘイルが仮面の奥で短く言い、水面へ黒鉄の円板を放った。ぽちゃん、と軽い音のあと、周囲の波形がぐにゃりと歪む。重力を局所的に増やされ、見えない網の“目”が広がったのが、素人の俺にもわかる。


「抜け道、十時方向に生まれる。三秒後――今!」


 ピンが舵輪を押し込み、舳先が白壁を裂いた。霧が薄泡みたいに割れて、灰色の崖が近すぎる距離に姿を見せる。断崖、入江。ここだ。


 船が一気に滑り込み、縫い目のような狭い水路を抜ける。霧が途切れ、視界が開けた。


 入江は、海ではなかった。海面の上に、糸のような光が幾重にも格子を組み、うっすらと輝いている。目を凝らすと、海の呼吸に合わせて格子が伸び縮みしていた。


「……第三律の“織り台”。海そのものを布に見立ててる」


 エトの声が硬くなる。


「ようこそ、灰礁の裏庭へ」


 岩棚の上。顔半分を面布で覆い、指ごとに金環をはめた痩身の男が、涼しげに立っていた。手には短い筆。足元には、紙でも布でもない、海に刺し込むための枠――それが“織り台”だ。


縫牢ぬいろうのアルガス……」


 エトが“やっぱり”という目でつぶやく。マリカは歯を噛み鳴らした。


「うちの船員を二十人殺ったのは、あんたの縫い目かい」


「数える者は、縫うことを知らぬ。数えたところで返らぬものは、縫い直せばいい」


 抑揚のない声。男の両脇には、貝殻を鎧にした護衛が二体。“礁鎧兵”――殻の継ぎ目が厚く、鈍そうに見えて動きは速い。


 アルガスは淡々と続ける。


「小さな青は、既に奥へ。お前たちは、ここで絡め取る」


 言いながら、筆先で海面を軽く撫でた。光の格子が一段と密になり、船体の速度が落ちる。第一律の詠唱が、口に出す前から重い空気に吸われていく――“反詠障”。詠唱を鈍らせる陣らしい。


「……来るよ」


 エトが星読みの声に戻る。「左舷、格子の目が薄い。ニーナ、綱で傾けて目に合わせる。タケシ、回環刃で結節だけ切って」


「回環刃!」


 俺は輪の刃を錬成し、格子の結節――光が少しだけ曇って見える“縫い目”――だけを斬った。水が生身の抵抗に戻る。ピンが舵で“縫い目”へ舳先を滑らせる。


「雑魚、接近!」


 礁鎧兵が海から這い上がる。マリカが一歩前に出た。濡れた髪が肩に張りつき、頬に血が一筋。


「黄(惑乱)」


 短い引き金。見えない“黄”が空気を撹乱し、礁鎧兵二体が同時に一歩ふらついた。足元の格子を踏み外したみたいに重心が泳ぐ。


「青(水穿)、指弾」


 左手の銃口を、一方の礁鎧兵の耳孔と肩関節へ。青の弾が水の芯になって体内で弾け、貝殻の中で何かが砕ける鈍い音がした。


「ニーナ、下!」


 エトの声と同時に、仲間の甲板員が礁鎧兵の反撃で弾かれ膝をつく。マリカは即座に“緑(蘇草)”を撃ち込んだ。裂けた皮膚が編み直されるみたいに塞がる。代償の薬草は、マリカの腰袋から一枚、二枚と消えた。


「赤(凝血)――私の血で足止め」


 自分の指先を噛み、赤を弾く。礁鎧兵の膝の継ぎ目に赤が花粉のように付着し、そこだけ硬く凝る。俺は“回環刃”で凝固した継ぎ目を狙い、ねじ込む。この連携、気持ちいいくらい素直に決まる。


「助かる」


「助け合いだよ」


 マリカは笑って、すぐに顔色を失った。赤は代償が重い。エトが素早く式札で小回復を補助する。


「ヘイル、右!」


「見えてる」


 ヘイルは封糸を取り出し、岩棚に貼られた補助札の上を一気に縫い塞いだ。織り台にルアを供給する糸道が、ぱたんと折れる。アルガスの筆がひとつ、止まる。


「潮目笛――」


 ヘイルが短く笛を吹く。一瞬だけ潮の向きが逆に走った。格子がよじれ、礁鎧兵の足場が崩れる。……同時に小魚が群れになって足元へ寄ってきた。


「副作用、多いなそれ!」


「生き物は正直だ」


 仮面の向こうで笑ったような声。俺は笑う余裕はなく、錬成を“杭縄”に替え、船と岩棚を束の間つなぐ。波に振られても、格子の“目”を踏み外さないための仮固定だ。


「――上書き」


 アルガスの筆先が踊った。細線が俺たちの紋の上をなぞる。瞬間、俺の“簡盾”が“穴あき盾”に変わる。円形に穴。……は?


「エト!」


「補筆!」


 エトが無詠唱で最小限の線を描き入れ、穴が塞がる。額に汗。第三律の“上書き”――こちらの術式を上から“縫い換える”……みたいだ、面倒くさいにもほどがある。


「その筆致、やっぱりあなたね」


 エトの目がわずかに冷たくなる。「杭を打った“揺れ癖”と、同じ」


「名などどうでもいい。機能だけが在る」


 アルガスはそう言って、袖口に指を滑らせた。ちらりと、薄紙の端が覗く。……何だ、あれ。


 頭蓋の内側が、少し軋んだ。真眼を、意識せず開いていた。


(……導線。転写。繋ぎ――)


 胸の奥が、ずきん、と痛む。情報の塊が、刺のついた糸みたいに視界へ入る。エトなら“読む”だろう。俺は“見える”。理解が追いつく前に、脳が悲鳴を上げる。


「タケシ?」


「だいじょ……ぶ。袖口の札、抜けば、ルートが……!」


「なるほど」


 ヘイルが半身で俺の前に出た。吸着掌の手袋をオンにし、岩棚に飛び移る。アルガスの筆が閃く。細線がヘイルの足元に走り、格子の“縫い目”が閉じる――


「重盤」


 ヘイルは足元に重盤を叩きつけ、無理やり足場を作った。吸着掌でアルガスの手首を一瞬だけ絡め取る。


「今だ、タケシ!」


 俺は“鎖針”を錬成し、袖口へ投げた。針の先端に細い鎖。札の端に引っ掛け、ぐい、と引く。紙が剥がれる感触。アルガスの目がわずかに開く。


「返せ」


「断る!」


 鎖を引き寄せ、札を手に収める。同時に、真眼に流れ込んでいた串刺しの情報が、嘘みたいに軽くなった。導線が切れたのだ。


「――礁鎧兵、止める!」


 マリカの黄、青、赤が矢継ぎ早に重なる。撹乱、内部破砕、凝血。俺は“回環刃”で硬化した継ぎ目を断つ。ヘイルは重盤で片膝を沈め、封糸で関節を縫い止める。護衛が崩れ落ちる。


 アルガスは、静かに指を動かした。彼の足下に置かれていた布が、ふわりと人の形に膨らむ。縫い目が走り、“身代わり”がそこに立った。……本体の影が、岩陰へ流れる。


「待て!」


 ヘイルが飛ぶ。だが岩棚の奥で糸光が閃き、縫い目が閉じて通路が塞がった。笛の音。潮が戻る。アルガスの声だけが、冷たく残った。


「邪魔が入ったが。絡める糸は十分」


 織り台が軋み、半ば崩れる。格子は薄れ、海の呼吸が戻った。


「……くそ」


 ピンが舵輪を握り直す。入江の水はまだ荒れているが、沈む気配はない。


 俺は手の中の札を見た。薄紙に、細密な線が編まれている。見ていると吐き気がする。だが、わかる。ルートの末端に“夜眼の裂け目”――黒潮洞の内側に、ごく短時間だけ開く“穴”。


「戦果は十分だ。導線札、回収。織り台、破損。護衛、二体撃破」


 ヘイルが簡潔にまとめる。マリカはしばらく岩棚を睨みつけ、銃口を下ろした。


「……借りは増やすと船が沈む。だから、ここは一回、相殺。ありがとよ」


「相殺、了解」


 俺は素直に頷いた。「でも、取り返すまで同行してくれ。あの青は、君のものだ」


 マリカは短く笑う。強がりの、でも芯のある笑い。


「一時同盟、継続。あたしはブローチを取り返す。あんたらは“目的の途中”で力を貸す。それでいい」


「いい」


 エトがやわらかく答えた。


「エト、休め」


 ヘイルが短く言う。エトは申し訳なさそうに頷き座る。


「仮初の星、たくさん使ったから……少し、休むね」


 短い時間、各自で手を動かす。甲板の上に、海と鉄と血の匂いが混ざる。


「――入口が、閉じる」


 ピンが顔を上げた。黒潮洞の口――断崖の裂け目を縫うように、光が走る。第三律の自動縫合が、再起動したのだ。


「でも、“夜眼の裂け目”だけは……」


 俺は導線札を掲げる。線の交点が一つだけ光り、時刻のような小さな印が浮かぶ。


「開く。数分だけ」


「入るしかないね」


 エトが、静かに言った。マリカが銃を回し、カチリと止める。


「戻れないかもしれない」


「それでも、行く」


 ヘイルが仮面をわずかに傾け、ピンが舵輪に手を置く。ニーナが綱を締め、オスカーが帆の角度を合わせる。パルが鍋を置き、手を拭った。


 言葉は、いらなかった。全員が頷く。海風が、霧をちぎる。崖の裾が口を開け、闇が中から呼吸する。


「――突入」


 ピンの号令で、船が走った。霧の中へ。黒潮洞の喉へ。夜の目の裂け目へ。


 見えない網はもう背後にある。前にあるのは、見えない闇だけだ。


 俺は拳を握り、胸に軽く当てる。怖さと、期待と。舟のきしみが、心臓の音と重なっていた。

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