プロローグ 「星が砕けた記憶」
初めて書いてみました。よくわからない用語いっぱいあって、文章も拙いため聞きたいものがあれば言ってください。後書きで解説します。
作った設定をメモしておらず思い出しながらその場の雰囲気で書いてますので同じ意味なのに違う用語で書いちゃったりしてます。そのうち修正したいです。
1話あたりの文字数は2000〜6000くらいで考えてます。
雰囲気は王道な感じです。
海は割れていた。
セリオス群島の外縁、黒い岩棚の上で、年老いた律師サザンは小石を三つ、掌で転がす。どこにでもある石ころ。それでも長年のルアを染み込ませれば、核になる。彼はひとつを足もとへ、ひとつを頭上へ、もうひとつを沖へと弾いた。透明な壁が三重に立ち、夜風の音が遠のく。
「分断はワシが持つ。――おぬしらは竜を落とせ!」
サザンの声に、三人が頷く。
岩陰の沖合、黒曜石の鱗が月を飲み込んだ。竜王ヴェルゼ。背鰭は山脈の稜線のように長く、咆哮だけで潮が逆巻く。
前へ出るのは鉄壁の戦士ガッデム。円盾と戦棍を構え、地を踏み割る。彼の背に続き、目隠しの若い王子フェニキ・パールが短槍を手に持つ。目は覆われているが、その視線は相手の呼吸まで測るほど冷静だ。
そして――両手剣を背に負う青年、エイオス。彼はいつものように、ほとんど律を使わない。足裏から手首まで、体中の光る糸を一本に束ね、刃へ通す。それだけで届くからだ。
サザンの結界が、禍星ノクタルの進路を塞ぐ。黒い長髪、光のない漆黒の双眸。表情はない。右手には、長い柄を持つ巨槌――滅星鎚。
ノクタルは黙って結界の前に立った。サザンは石ころを抱き締めるようにして、歯ぎしりを噛み殺す。
「一刻だって要らねぇ。落とせ、あの竜からだ!」
海側では、ガッデムの盾がヴェルゼの尾の一撃を受け止め、火花と波飛沫が夜を白くする。フェニキが布を少しだけずらし、わずかな隙間から視線を投げる。
「動くな!」
王の威圧。竜の肩が一瞬止まる。その刹那、エイオスが踏み込んだ。斬撃が鱗の隙間を縫い、肉ではなく“芯”を断つ。ヴェルゼの喉奥で、魂が擦れるような悲鳴が起きた。
尾がうねり、巨岩めいて薙ぎ払う。ガッデムは盾で受け、足を砂にめり込ませたまま耐え切る。フェニキの槍が関節を穿ち、竜の動きが鈍る。
エイオスは片膝をつき、胸元に右手を差し入れた。骨を割るのではない。心臓の“鞘”から、刃を抜くように――白い光が掌に凝る。
心剣。
(エリカ)
名を呼ぶ。刃が細く震え、胸の疼きが熱に変わる。
跳ぶ。光が空気を押しのけ、縦一文字の斬光が咆哮を断ち切った。ガッデムが頭を盾で叩き伏せ、フェニキが最後の脈を断つ。
竜王ヴェルゼ、沈む。
その瞬間――結界が悲鳴を上げた。
サザンの額に滲む汗が、白く蒸発する。外から叩かれているのではない。内側の支えが、限界に達しているのだ。
滅星鎚がゆっくりと上がり、透明の壁を叩く。音は小さい。だが世界の継ぎ目ごと、鈍く軋んだ。
「まだ、持てる……!」
サザンは核の石にさらにルアを流し込む。指先が震える。爪が割れる。
二撃目。ひびが星座みたいに広がる。
三撃目。壁が粉の光となって散り、石ころが同時に砕けた。サザンの体から力が抜け、膝が落ちる。
「王子、下が――」
言い切る前に、彼の胸を衝撃が貫いた。サザンは微笑に似た皺を作り、崩れ落ちる。石の欠片が手の中で砕け、彼の命もそこで途切れた。
ノクタルが結界の残滓を踏み越え、静かに進む。表情はない。
彼は顎をわずかに動かし、ひとこと落とした。
「止まれ」
命令は空気より深く食い込み、筋肉に直接届く。フェニキの足が鈍り、ガッデムの肩が痙攣し、エイオスの踵が砂を噛む。
次の瞬間、ガッデムが吠えた。
「ここは――俺が持つ!」
全身が金属の色へと変わる。硬化。皮膚も筋も骨も、刃をはじく強度へ。代償に体内の鉄と魔力が削れていく。それでも彼は、一歩前に出た。
滅星鎚が振り下ろされる。速い。重い。
盾と鎚がぶつかった場所で、夜が一瞬だけ白く弾け、次に黒く沈む。金属化した腕がひしゃげ、胸郭が砕け、硬化の煌めきごと彼は吹き飛ばされた。背中から岩に叩き付けられ、動かない。
「ガッデム!」
フェニキの叫びが裂ける。布を乱暴に外し、直視で威圧を強める。ノクタルの膝が、ほんの半拍だけ沈む。
その隙に、エイオスが駆けた。
心剣の光が、ノクタルの懐に滑り込む。斬るのは肉ではない。魂そのもの。無表情の頬を掠め、刃は胸の奥のどこか“要”に届く。
ノクタルの体内で何かが軋む。彼は初めてわずかに息を吐いた。
フェニキの槍が足元を縫い、進行を止める。エイオスの二の太刀が、滅星鎚の柄を弾いて軌道をずらす。
――届く。
ふたりの確信が重なった瞬間、ノクタルは後ろへ一歩下がった。表情は、ない。
だが次の行動は、はっきりと敵意だけで満ちていた。
彼は空へ鎚を掲げ、そのまま地を叩く。
灰色の波が、円状に広がった。石化。
触れたものから、色を奪い、音を奪い、時間を奪っていく。
サザンの遺体に灰が降り、輪郭が石へと固定される。ガッデムの崩れた体もまた、最後の咆哮の形のまま灰に塗り固められていく。
フェニキは息も絶え絶えだ。血の味が口に広がる。それでも布を捨てた目でノクタルを射抜き、命じた。
「動け――!」
自分自身に。エイオスに。世界に。
エイオスは最後の一歩を無理やり捻じ込み、心剣を振り抜いた。刃はノクタルの肩口を深く裂き、黒い血が霧のように弾ける。確かな“深手”。
同時に、灰が彼の脛から這い上がった。冷たい。重い。速い。
フェニキの指先が石になる。膝が固まる。
「――エリカ」
エイオスは小さく呼び、心剣を胸へ戻す間もなく、灰に絡め取られていく。最後に見えたのは、星の欠片のように砕けた光。そして、表情ひとつ変えない禍星の横顔。
静寂。
ノクタルはゆっくりと踵を返し、ヴェルゼの死骸へ歩く。滅星鎚の頭部が淡く脈打ち、黒い霧のようなルアが竜の体から吸い上げられていく。竜の力は、禍星の裡へ。
彼は何も言わない。
ただ、石になった四つの影を一瞥すらせず、夜の奥へ消えた。
――夜が明ける。波はいつも通り寄せ、いつも通り引いた。
ここに何があったのかを知る者は、ほとんどいない。
人は歌を作り、話を飾り、やがて忘れる。けれど風の強い夜には、ときどき聞こえることがあるのだという。
剣を抜く音。
鎚が地を叩く鈍い音。
そして、灰の向こうで、なお立ち上がろうとする若い息遣い――。




