第二十七章 紅蓮の再利用
昼下がりの《月影の宿》。
炭火と煮込みの香り、客たちの笑い声。
厨房では、やたら元気な転生者が張り切っていた。
「見ててくださいっス! 今日こそ成功っスよ! 異世界式調理術っス!」
「お前、前も“異世界式掃除術”で棚を燃やしただろ。」
カウンターに肘をついていたナナシが、眠たげに言った。
レガンは厨房の奥で腕を組み、低く唸る。
「頼むから今日は客がいる時間帯に燃やすなよ。」
「大丈夫っス! 今回はマジで安全っス! この前拾った“紅蓮の核”を使うだけっスから!」
「拾った時点で安全じゃねぇ。」
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ケンは意気揚々と“赤く光る金属片”を竈の下に差し込んだ。
次の瞬間、火が低く唸り、紅く脈打つ。
厨房の空気がひゅうっと吸い込まれ、湯気が爆ぜた。
「おいおいおい! なんか光ってるぞ!?」
レガンが叫ぶ。
鍋の底から紅の光が漏れ、店全体がぼんやりと照らされる。
客たちも目を丸くして立ち上がった。
ナナシは溜息まじりに呟く。
「……こりゃ紅いな。」
ケンは恍惚の笑みを浮かべ、耳を押さえる。
「“魂の熱を解放せよ”とか言ってるっス!! これが俺の――覚醒イベントっス!!」
その瞬間、鍋が爆発した。
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轟音と白煙、皿と椅子が宙を舞う。
ナナシは反射的に立ち上がり、即興で動く。
ジョッキの泡を投げ、皿を叩き割って火を散らし、
テーブルクロスを引き裂いて炎を包む。
その手際はまるで戦場のようで、どこか手慣れていた。
「ケン!! 生きてるか!」
「い、生きてるっス! でも髪がチリチリっス!」
「燃え残りの証拠だ。英雄っぽくていいじゃねぇか。」
「マジっスか!? ありがとうございます!!」
「褒めてねぇ。」
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煙が薄れた頃、店内は焦げと灰の匂いに包まれていた。
レガンが鍋を拾い上げ、顔をしかめる。
「……これを食えと?」
「燃え尽きたもんは、もう毒にもならねぇ。」
「料理の話してねぇ。」
「そうか。じゃあ哲学の話だ。」
ケンは灰まみれの顔で、それでも笑った。
「次は燃えない料理作るっス!」
「やめろ。」
二人の声が重なった。
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外では灰と雪が混じり、静かに降っていた。
街の喧噪が遠く、焦げた匂いだけが昼の空気に残る。
ナナシは空になった酒瓶を軽く振り、ぼそりと呟く。
「紅い昼は、眩しすぎる。」
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