3-2.違和感の正体
「確か、カエルム聖衛兵の──」
シキの独り言に、修道女は驚いた顔だ。
「あ、いきなりすみません。入口が開いてたもので、ついフラフラと。立ち入り禁止でしたか?」
「いえ、ここは出入り自由です」
ホウキを持ったまま、修道女は訝しげに立ち尽くす。
「あ、怪しい者じゃありません」
その節はどうも。と懐を探り、シキは隊員手帳を見せた。
身元が分かったからか、修道女は安堵した様子。
「IMOの方でしたか。お名前は……セトウ・シキさん?」
変わった名前だ。とでも言いたそうだ。
「昨日、食堂でお見かけしたもので。随分と若い子が聖衛兵だなって、印象に残ってたものですから」
「食堂にいらしたんですか? すみません、全く気づかなくて」
口元に手を当て、修道女は目を丸くした。その様はまるで、小動物のよう。
「すれ違っただけですから。覚えてなくて当たり前ですよ」
「あ、そうですよね。……申し遅れました。私はペルフェ・ラピスです」
胸に手を当て、ペルフェは恭しく一礼した。
「聖衛兵であり修道女。ということですか?」
「はい。こう見えて、腕っぷしには自信がありますよ?」
得意げに、ペルフェはマッスルポーズを取る。
仕草は華奢だが、一本の芯が通っているような立ち姿だ。
「兼任だなんて、珍しいですね」
「主に祈るだけではなく、私は主を守りたいのです。それが、弱き者を救うことに繋がるのです」
まさに、ミウルギア信徒の模範だろう。
神の素晴らしさを説くペルフェの目は、それは眩しいこと。
「あ、引き留めてすみません! 主のことを語り出すと止まらなくて。セトウさんは、もうお国に帰られるのですか?」
「いや、そのまま休暇に入って観光しようと思っています。それで今日、修道院を早めに出てブラブラしてたんですよ」
「修道院に泊まってらしたのですか? 一度もお見かけしませんでしたね」
視線を上にずらし、ペルフェは首をかしげる。
「まぁ……。帰るのは夜遅くでしたから」
一昨日来たばかり。といえば話が拡張するので、シキはぼかした。
「そうだ。市内に長期滞在向けの宿ってありますか? これから宿を探そうと思ってて」
ガイドブックでも買おうと思っていたが、地元住民に尋ねた方が手っ取り早い。
「そ・れ・な・ら、修道院に泊まって下さい! 宿泊施設がありますよ!」
高級ホテルには及びませんが。とペルフェは笑う。
「あ、それは盲点だった」
教会や修道院は、食事付きで宿泊できることが多い。
納得した様子で、シキは何度も頷いた。
「IMOの方は大勢いらっしゃったので、大部屋で寝てもらっていたんです」
「じゃあ、泊まろうかな。ただ今のところ、チェックアウト日は未定で……」
「大丈夫です! サミット直後なので、宿泊客はいませんよ! 今なら、格安で連泊可能です!」
さぁさぁ。とペルフェは、シキの背中を押す。
「ちょうど掃除も終わったところですし。修道院に戻りましょう」
「……なんというか、商売っ気がありますね」
勢いに押され気味のシキは、苦笑い。
「何を隠そう、私は商人の娘ですから! サミット明けは空室率が高いのが悩みで。なので、ぜひ泊まってください!」
両目に弧を描き、ペルフェは上機嫌。
修道女であり、聖衛兵であり商売人。相反する属性を持っているらしい。
しかし、天真爛漫な振る舞いは厭らしさがなく、うまく乗せられてしまう。
商人の才能を、しっかりと受け継いでいるようだ。
「それじゃ、お言葉に甘えて。お世話になります」
つられて笑うと、シキは礼拝堂を出た。
──違和感の正体は、この子で間違いない。という確信を胸に秘めて。